学位論文要旨



No 217005
著者(漢字) 岡井,有佳
著者(英字)
著者(カナ) オカイ,ユカ
標題(和) フランスの都市圏における広域都市計画(SCOT)制度に関する研究
標題(洋)
報告番号 217005
報告番号 乙17005
学位授与日 2008.09.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17005号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 教授 西村,幸夫
 東京大学 教授 大方,潤一郎
 東京大学 教授 浅見,泰司
 東京大学 准教授 城所,哲夫
内容要旨 要旨を表示する

わが国においては、戦後の急激な経済成長などによる都市化、および、交通・通信網の発達などを要因として、生活圏や経済圏といった都市圏が拡大している。その結果、行政需要は行政界域を超えて発生し、複数の市町村にまたがって広域的に調整するべき課題が増加するなど、広域計画の必要性が指摘されている。しかしながら、広域計画システムは制度的には整備されているものの、実際にはあまり機能しているとはいえず、(1)総合的・戦略的機能の欠如、(2)策定主体の意思決定の困難、(3)実効性の欠如、(4)区域設定の不適切、(5)住民との関係の希薄といった課題があげられている。

一方、フランスにおいても都市化の進展は著しく、基礎自治体の細分化の状況と相まって広域都市計画が必要とされてきたが、策定主体が明確に定められなかったことや、複数コミューヌ間での調整の困難等を原因として十分に機能してこなかった。しかしながら、近年のグローバル化や欧州化の中で、都市の競争力を高めることを目的に、複数のコミューヌからなる一体的な空間である「都市圏」が創設され、その中心的計画として位置づけられた広域都市計画SCOTは、従前の基本計画(SD)から大幅な改正が行われた結果、その策定が急激に進んでいる。

本研究は、フランスにおいて重要な役割を担いつつある都市圏を単位とする計画の中で中心的計画として位置づけられているSCOTをとりまく制度の特徴と運用の実態を明らかにすることを目的としている。その際、法制度の分析のみではその制度が実際にどのように機能しているのかを把握することは困難であることから、具体的に2つの都市をとりあげ、その実態について運用面を含めて詳細に把握するものである。さらに、地方分権下におけるわが国の都市計画システム構築に貢献するため、国と地方の役割分担という観点から、国の関与のあり方について考察を加えている。

本研究は、序章を含め全6章から成る。

第1章では、フランスの空間計画システム全般を概観し、SCOTを制度論から分析している。

フランスの空間計画システムは、コミューヌ単位の計画を中心とする都市計画システムと全国レベルの計画を中心とする国土整備システムの2つの体系が別々に発展しており、その接点が見え難い構造となっていたが、近年制定されたヴォワネ法によって創設された「都市圏」というレベルを介して両体系がつながれつつあることを指摘した。さらに、SCOTは、その「都市圏」において作成される中心的計画として位置付けられ、上位あるいは下位に位置づけられた計画との間に整合性が義務付けられることで垂直的整合性が確保されるとともに、SCOT同様に「都市圏」で策定される、交通・居住・商業計画などの他の分野別計画より上位に位置づけられ、それらの計画に対しても整合性を義務付けたことで、広域圏レベルにおける計画間においても水平的整合性が確保されたことを示した。

第2章では、SCOTの区域の基準となる「都市圏」のあり方について、その主体となるコミューヌ間の広域行政組織であるコミューヌ間協力公施設法人(EPCI)との関係から考察している。

行政の効率性や財政面から、維持管理型広域行政組織が長年発達してきたが、近年、経済発展や地域開発を目的とする、固有の財源を徴収する包括型広域行政組織の発達が著しく、フランス国土を概ね覆うようになり、特に、単一職業税を徴収するEPCIの設置が進んでいる。このような包括型組織の特徴として、意思決定機関である独立した議会の設置、固有の財源を徴収する権限、義務的権限、さらには、計画契約制度を介してプロジェクトの財政措置が講じられたことを挙げている。区域設定については、一体となった「都市圏」全域において、課税権をもつ包括型EPCIが設置され、SCOTをはじめとする広域計画を策定し、「都市圏」の将来の発展を検討することが望ましいとされたが、実際には、EPCIの区域は「都市圏」より小規模なものが多く、今後はEPCIの再編・統合による区域の拡大が望まれる。モンペリエ都市圏の事例からは、EPCIの区域設定については、経済的、歴史的、政治的、文化的背景など地域的要因が大きく影響しており、一体となった「都市圏」全域において唯一のEPCIを設置することは困難であり、共通の目標をもった組織として持続可能な発展を行うためには、「都市圏」を考慮したうえで地域的要因を重視することが必要であると考えられる。

第3章では、SCOTを制度面および実態面から明らかにするため、SCOTの制度を概観するとともに、その区域設定、および、関係主体間における調整手法の実態を分析している。

SCOTの特徴については、従前のSDと比べ、内容が総合的計画となるとともに計画体系の中心的計画として位置づけられるなどその重要性が高まったことに加え、「都市化の制限」の原則によりその策定が半ば義務付けられたこと、策定主体が恒久的組織として明確に位置づけられたこと、フォローアップや評価が義務付けられたこと、国ではなく地方の主体性に基づいて作成されることなどから、実効性あるシステムになっていると捉えている。その区域については、一般的には、理想とされた「都市圏」より小さく、その主体は課税権を持つEPCIより複数のEPCIから構成される混成組合がなることが多く、また、「都市圏」の中心都市を含むSCOTが中心となりそれに隣接して複数のSCOTが花びら状に設定されている事例が少なからず見られた。その要因として、SCOTが「都市圏」より小さい場合が多いこと、同一「都市圏」に複数のEPCIが隣接して設置されていること、「都市化の制限」の原則によりSCOTの設置が都市化を行うには不可欠なことをあげている。また、隣接する複数のSCOT間での協力連携体制である広域SCOT連合が整備されており、一体となった「都市圏」において整合性のとれた計画が確立されつつある。ストラスブール都市圏の事例からは、SCOTの区域設定にはEPCIの区域が大きく影響しており、EPCI同様SCOTの区域についても、経済的、歴史的背景などを考慮することが計画の実施のためには重要であること、関係主体間の調整は十分に議論された上で、意思決定機関による議決により最終的に決定されるなど透明性のある民主的プロセスがとられていることが把握できた。ただし、広域SCOT連合や関係主体間の調整手法については、運用上の取組みであり、法的に位置づけられたものではない。

第4章では、広域行政組織の課題としてあげられる住民との関係を把握するため、SCOT策定における合意形成手法の実態を明らかにしている。

近年、フランスにおいては、都市計画分野における訴訟の増加や、選挙への投票率の低下といった代表制民主主義の危機が指摘される中、住民参加制度が多く創設されており、今後もその役割は増すことが考えられる。また、フランスの住民参加は、いかに透明性を確保しながら情報提供を行うかということに最大の配慮がなされており、住民主導型といえるものではなく、代表制民主主義を補完する役割として機能していることを示した。ストラスブールの事例からは、議員や専門家と住民との間の役割分担が明確になされており、特に議員の役割が大きいことが明らかとなった。その背景には、議員や専門家への一定の信頼が根底にあること、真の代表ではない不特定多数の住民が行政に介入することへの正当性の是非等が指摘できる。さらに、住民はいつでも情報を入手し、意見を述べる機会が与えられており、住民の意見は何らかの方法で必ず検討されていることが把握されたが、これらは法的に担保されたものではなく形式的になる恐れもあることを指摘した。

第5章では、新たな広域圏における協力連携の実態を明らかにするため、都市の競争力を高める取組みとして、複数の都市圏を対象に、近年創設されたメトロポール政策について考察している。

フランスは都市の競争力を高めるために、都市の拡大ではなく都市の連携を選択したと見ることができる。その連携の態様は様々であり、SCOTの区域と一致するものは少ないが、メトロポール政策を契機として広域SCOT連合の取組みがなされる可能性や、隣接する都市圏における複数のSCOT間において整合性が確保される可能性があることを指摘した。

第6章では、結章として本研究の知見をまとめている。

SCOTの特徴として、(1)多様な分野にわたる政策文書を含む総合的計画であること、(2)SCOTを通じて垂直的整合性と水平的整合性が確保されたこと、(3)SCOTの策定を促す「都市化の制限」の原則が定められたこと、(4)策定主体として広域行政組織が明確に位置づけられたこと、(5)フォローアップや評価が義務付けられ主体の存続が計画の有効性に不可欠であること、(6)国の関与は広域的観点や整合性・合法性のコントロールに限定されたことを整理した。また、制度上十分に規定されなかった点や、想定されなかった点については、運用上においてその意図を補足あるいは補完する方向で何らかの取り組みがなされており、制度上の不備を運用上において補うことで整合性かつ実効性ある計画になっていることを示した。

国と地方との関係については、国は法規制等により一定の枠組みを構築し、地方はその枠組みの中から適当なものを選択し自主的に実施していく柔軟なシステムが形成されている。地方分権下においては、国の政策を地方に強制させることに正当な理由を見出しにくいが、地方が実施する場合には何らかの利得を、実施しない場合には地方の自主性を制限するといった間接的手法により、国が一定の方向性に誘導していると見ることができる。

審査要旨 要旨を表示する

フランスは、わが国同様に都市化の進展が著しく、基礎自治体を超えて広域的に調整するべき課題が増加するなど広域都市計画が必要とされてきたが、これまで十分に機能してこなかった。しかしながら、近年のグローバル化や欧州化の中で、都市の競争力を高めることを目的に、複数のコミューヌからなる一体的な空間である「都市圏」が創設され、その中心的計画として位置づけられた広域都市計画SCOTは、従前の基本計画(SD)から大幅な改正が行われた結果、その策定が急激に進んでいる。本研究は、フランスにおいて重要な役割を担いつつある都市圏を単位とする計画の中で中心的計画として位置づけられているSCOTをとりまく制度の特徴と運用の実態を明らかにすることを目的としている。さらに、地方分権下におけるわが国の都市計画システム構築に貢献するため、国と地方の役割分担という観点から国の関与のあり方について考察を加えた優れた研究である。

本研究は、序章を含め全6章から構成されている。

第1章では、フランスの空間計画システム全般を概観し、SCOTを制度論から分析している。

第2章では、「都市圏」の主体となる広域行政組織について検討し、一体となった「都市圏」全域において、権限・財源・意志決定機関をもつ包括型EPCIが設置され、SCOTをはじめとする広域計画を策定し、「都市圏」の将来の発展を検討することが望ましいとされたが、実際には、EPCIの区域は「都市圏」より小規模なものが多く、今後はEPCIの再編・統合による区域の拡大が望まれること、また、その区域設定には地域的要因が大きく影響しており、共通の目標をもった組織として持続可能な発展を行うためには、「都市圏」を考慮したうえで地域的要因を重視することが必要であると指摘している。

第3章では、実効性あるシステムに貢献しているSCOTの特徴を整理するとともに、その区域設定と関係主体間の調整手法の実態を把握することで、SCOTを制度面および実態面から考察している。SCOTの区域はEPCIの区域の影響を大きく受け、理想とされた「都市圏」より小さく、同一「都市圏」に複数のSCOTが隣接して設置される場合が多いことを示し、その要因を分析している。また、運用上、隣接するSCOT間での協力連携体制が整備されていること、関係主体間の調整は透明性のある民主的プロセスがとられていることが事例から把握されたが、法的には位置づけられていないことを指摘している。

第4章では、SCOT策定における合意形成手法について論じ、フランスの住民参加は、住民主導型ではなく代表制民主主義を補完する役割として機能していること、議員や専門家と住民との間の役割分担が明確になされており、特に議員の役割が大きいことを示した。また、住民は常に情報を入手し、意見を述べる機会が与えられ、その意見は必ず検討されていることを事例から把握したが、法的には必ずしも担保されているものではないことをあわせて指摘した。

第5章では、都市の競争力を高めるために複数の都市圏を対象に創設されたメトロポール政策について論じ、新たな広域圏における協力連携の実態を明らかにしている。

第6章では、結章として本研究の知見をまとめている。

SCOTの特徴として、(1)多様な分野にわたる政策文書を含む総合的計画であること、(2)SCOTを通じて垂直的整合性と水平的整合性が確保されたこと、(3)SCOTの策定を促す「都市化の制限」の原則が定められたこと、(4)策定主体として広域行政組織が明確に位置づけられたこと、(5)フォローアップや評価が義務付けられ主体の存続が計画の有効性に不可欠であること、(6)国の関与は広域的観点や整合性・合法性のコントロールに限定されたことを整理した。また、制度上十分に規定されなかった点や、想定されなかった点については、運用上においてその意図を補足あるいは補完する方向で何らかの取り組みがなされており、制度上の不備を運用上において補うことで整合性かつ実効性ある計画になっていると考えられることを示した。また、国は法規制等により一定の枠組みを構築し、地方はその枠組みの中から適当なものを選択し自主的に実施していく柔軟なシステムが形成されており、地方が実施する場合には何らかの利得を、実施しない場合には地方の自主性を制限するといった間接的手法により、国が一定の方向性に誘導していると見ることができる。

本研究は、フランスの広域都市計画SCOTを事例として、法制度面からのみならず具体的事例を用いることで運用面においても詳細な分析が行われており、日本の広域計画制度のあり方を議論する上で高い有用性を持つものであるとともに、地方分権の観点からみた国の役割についても重要な示唆を含んでいる。

よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク