No | 217006 | |
著者(漢字) | 松本,忠 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | マツモト,タダシ | |
標題(和) | スウェーデンの都市計画における分権と調整のシステムに関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 217006 | |
報告番号 | 乙17006 | |
学位授与日 | 2008.09.18 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 第17006号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | スウェーデンは、他の北欧諸国とともに世界でも最も地方自治の進んだ国の一つとして知られている。都市計画については、基礎自治体であるコミューンに大きな権限が与えられている一方で、政府間の利害対立を調整するためのシステムが発達・成熟しているとされる。しかし我が国においては、スウェーデンの都市計画制度の詳細や運用の実態についてこれまでほとんど研究がなされていない。 そこで本研究では、地方分権の進んだスウェーデンの都市計画制度を基礎自治体、広域自治体、中央政府の異なる政府間の調整システムに着目して分析し、その特徴と課題を明らかにした。また、EU加盟を背景とした1990年代以降の都市計画を取り巻く状況の変化を踏まえ、今後のスウェーデンの都市計画における調整システムのあるべき方向性を展望した。 本研究論文は7章から構成される。 まず第1章では、論文全体の枠組みを示すとともに、スウェーデンの都市計画に関する既存研究のレビューと、本研究が対象とする「都市計画における調整システム」の定義及び主要諸外国の都市計画における調整システムのレビューを行った。 第2章では、スウェーデンの都市計画制度について概説した。 まず、都市計画にかかわる政府主体について説明した。スウェーデンの地方行政体系の特徴は、いわゆる一般的権限と課税権によって、基礎自治体であるコミューンに大きな権限と自由度が与えられていることである。国は、地方自治法及び各種の個別法により、地方自治体が行う行政事務に対する枠組みを定めているが、1950~70年代のコミューン合併、1980年代の地方自治改革を経て、コミューンの権限強化、自由度の拡大が進められた。 次に、スウェーデンの都市計画法制は、1987年計画建築法と1998年環境法典を中心とする体系から成り立っている。1874年建築法典以降の都市計画法制の発展経緯をみると、初期の段階は国による関与が強かったが、その後は徐々にコミューンがその法的位置づけを強め、1947年建築法を経て、1987年計画建築法によって現在の分権化されたシステムが整えられた。現行法では、ランスティングが策定する地域計画を除き、法定の土地利用計画の策定権限はすべてコミューンに与えられている。 第3章から第5章では、1987年計画建築法に基づくスウェーデンの現行都市計画制度について、代表的な調整のシステムを取り上げ、その特徴と運用実態の分析を行った。 まず第3章では総合計画と詳細計画を取り上げた。これらの計画は、スウェーデンの都市計画制度における最も中心的な役割を果たしている手法である。その策定主体は基礎的自治体であるコミューンであり、計画策定プロセスを通じ、主に中央政府の出先機関である地方行政局との間で調整が行われる。 分析の結果、調整システムの特徴として、地方行政局の関与の視点は法令で明示されているものの、コミューンの計画に対し地方行政局が広範かつ裁量的に関与することが可能な仕組みとなっていることが明らかとなった。また、コミューンの権限を尊重しつつも地方行政局の関与を受容するシステムがスウェーデンにおいて成立・定着している背景として、(1)スウェーデンでは歴史的にコミューンに対して地方行政局が広範に関与する体制が長く続いてきたこと、(2)自然環境保護に対する高い市民意識と、生活の質を損なうような開発は受け入れないことに対する社会的合意が存在することを指摘した。 一方で現行の調整システムは、地方行政局によるコミューンに対する関与が原因となって都市政策上必要な開発まで抑制されるとの懸念、計画決定プロセスや異議申立の審査手続きにより開発に時間がかかることに対する批判があり、コミューンの計画に対する地方行政局、中央政府の関与のあり方の見直しを求める声も起こりつつあることが明らかとなった。 第4章ではランスティングが策定する地域計画制度について取り上げた。 地域計画制度は、その策定主体であるランスティングに対し、(1)地域計画策定プロセスを通じたコミューンとの調整、(2)地域計画の策定後、策定した地域計画との整合性の観点からのコミューンの計画に対する関与、の2種類の調整機能を与えるものである。 しかし策定実績を見ると、法定地域計画が策定されているのはストックホルムランスティングのみであり、現行のスウェーデンの都市計画における地域計画制度の役割は限定的であることが明らかとなった。その理由は、(1)これまで、地域レベルの広域行政のニーズがそれほど大きくなかったこと、(2)コミューンの都市計画に対しては、地方行政局が「国の利害」の観点から比較的広範に関与していること、(3)地域計画はコミューンの計画に対して整合性を求める法的拘束力を持たず、ガイドライン的な性格にとどまること、(4)策定主体であるランスティングのリソース(マンパワー・予算)が十分でないため策定自体が進まないことである。 ただし、ストックホルムランスティングにおける地域計画の事例では、計画決定プロセスを通じて、ランスティングと地域内のコミューンとの間で、地域の目指すべき中長期的な目標、目標を実現するための具体的方策などについて関係者間で一定の合意形成が図られた。このように強制力を伴わないゆるやかな調整により、分権化されたコミューンの権限を尊重しながら「広域」の利害との調整を図る手法として、地域計画には一定の意義が見出されると考えられる。 第5章では中央政府主導の政治的合意を通じた調整システムを取り上げた。 分権化が進んだスウェーデンの計画体系においては、中央政府が主体的に計画策定を行うことは実態上困難である。このような状況下で、スウェーデンでは、ストックホルム大都市圏の交通インフラ整備という国家的重要課題に取り組むため、中央政府がインフォーマルな形でコミューンの都市計画に積極的に関与する方法として、中央政府が指名した「交渉人」による調整の仕組みが生まれた。 この調整システムは、「デニス合意」と呼ばれる政治的合意を通じ、中央政府の主導によりコミューンの計画策定を推し進めていく手法であるが、(1)長い間解決することができなかった地域の利害対立を解決する一つのきっかけとなったこと、(2)複数の施策のパッケージ化により全体としての合意形成に導いたことなど、調整手法としては一定の意義があることが示された。一方で、(1)「広域」と「局所」の利害関係の対立が生じているすべての関係者の間で調整が図られたわけではないこと、(2)政治的合意であるがゆえに、政治的状況の変化により合意自体の安定性が損なわれること、(3)利害関係の対立が深刻で、コミューンが強硬に反発している状況下では、中央政府主導といえどもこうしたインフォーマルな手法では限界があること、などが明らかとなった。 さらに、調整システムとしての改善方策として、(1)「交渉人」による調整の枠組みは幅広いステイクホルダーを含むべきであること、(2)地域レベル、コミューンレベルとで共有できる国家レベルの空間計画の必要性、(3)地域計画制度の充実など、実効性のある広域調整のシステムの構築の必要性、を指摘した。 第6章では、1987年計画建築法に基づくスウェーデンの都市計画における政府間調整のシステムが、1990年代以降の社会経済情勢の変化に伴いどのような変化を遂げているかについて論じた。 分析の結果、スウェーデンの調整システムには次の3つの変化が生じていることが明らかとなった。 第一に、EU構造政策に対応した地域レベルの政策立案の必要性から、共通の課題を持ったコミューンおよびランスティングによる自発的な(インフォーマルな)地域連合組織の創設や、法定ではない地域のビジョンづくりが活発に行われるようになったことである。また、制度的な対応として、ランスティングの合併・再編の動きと「レジオン実験」による新たな広域行政制度の創設の動きが発生した。 第二に、都市問題に重点を置いたEUの施策展開への対応の必要性から、スウェーデン国内では、EU加盟国の各都市とのネットワークによる連携強化の動きが生じた。また、いわゆる都市内分権により、住民自治を一層活性化させ、都市政策の充実を図る動きが生じた。 第三に、EUの空間計画、特に欧州空間開発見通し(ESDP)への対応の必要性から、国レベルの空間計画策定の動きが生じた。しかし、最終的な計画策定には至っておらず、都市計画におけるコミューンの権限と国レベルの計画との関係を整理することの困難さが浮き彫りとなる結果となった。 第7章では、これまでの論述で得られた知見をまとめ、スウェーデンの都市計画制度における調整システムの特徴と課題を述べるとともに、今後の調整システムの改善の方向性を展望した。また終わりに、本論文の成果が我が国の都市計画制度に対して示唆を与えうる点についても付言した。 | |
審査要旨 | 本研究は、地方分権が進んでいるとされるスウェーデンの都市計画制度について、基礎自治体と広域自治体、中央政府との利害関係の対立が生じた場合の調整システムに着目し、その特徴と課題を明らかにしたものである。 第1章では、本研究が対象とする「都市計画における調整システム」の定義、地方分権と政府間調整の関係について論じるとともに、主要諸外国の都市計画における調整システムのレビューを行っている。 第2章では、スウェーデンの都市計画制度の成立・発展経緯と現行制度の概要を明らかにしている。基礎自治体であるコミューンに大きな権限と自由度が与えられていること、1950~70年代のコミューン合併、1980年代の地方自治改革を経て、コミューンの権限強化、自由度の拡大が進められたこと、都市計画法制について、その成立から現行の1987年計画建築法の創設に至るまで一貫して分権化が進められてきたことを明らかにしている。 第3章から第5章では、スウェーデンの現行都市計画制度の計画手法について、具体事例の分析を踏まえ、政府間調整システムの特徴と運用実態の分析を行っている。 まず、詳細計画の計画策定プロセスを通じた地方行政局とコミューンの調整システムを分析した第3章では、コミューンの計画に対し地方行政局が広範かつ裁量的に関与することが可能な仕組みとなっていること、そのシステムは広く受容されつつも、過度な開発抑制や調整の長期化に対する懸念や批判が生じていることを明らかにしている。 地域計画制度を通じたランスティングとコミューンの調整システムを分析した第4章では、現行制度における地域計画の役割は限定的であることをその理由とともに明らかにしている。しかし一方で、分権化されたコミューンの権限を尊重しながら「広域」の利害との調整を図る手法としては、地域計画には一定の意義が見出されることを論じている。 中央政府主導の政治的合意を通じた調整システムを取り上げた第5章では、地方分権が進んだ状況下で、中央政府がインフォーマルな形でコミューンの都市計画に積極的に関与することの必要性、中央政府が指名した「交渉人」による調整の意義と限界、調整システムとしての改善方策を論じている。 第6章では、1990年代以降のスウェーデンの調整システムにおいて、EUの構造政策・都市政策・空間政策に対応するための新たな変化について論じている。特に、「レジオン実験」による地域レベルの政策立案機能強化の動き、「都市内分権」による住民自治の一層の充実の動きについて分析し、調整システムとしての評価を行っている。 第7章では結びとして、スウェーデンの都市計画制度における調整システムの特徴と課題を踏まえた改善の方向性を論じている。 審査にあたっては、既存研究がほとんど存在しないスウェーデンの都市計画について、丹念な事例分析を行い、単なる制度の描写にとどまることなく運用面も含めた特徴と課題を明らかにしたこと、また政府間調整のシステムについて、地方分権との関係に基づく考察やそのようなシステムが受容されている社会文化歴史的背景まで含めた考察を的確に行っていることに高い評価が与えられた。 また、EU加盟に伴う調整システムの変化の具体的内容とその過程を明らかにするとともに、ヨーロッパという国家を超えた地域的広がりの中での国内政策のあり方や政府間調整のあり方について考察を加えており、この点が独創的な点であると評価された。 本研究はスウェーデン現行都市計画制度の特徴、とりわけ政府間調整システムの特徴と課題について、制度・運用の両面から体系的に明らかにした我が国で初めての学術論文である。この成果は今後のスウェーデン都市計画研究の基礎的知見として極めて有効であるばかりではなく、分権が進んだ都市計画における政府間調整のあり方に関する知見は我が国の都市計画制度に対しても有用な示唆を与えうるものと、審査員一同高く評価するものである。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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