学位論文要旨



No 217007
著者(漢字) 水島,文夫
著者(英字)
著者(カナ) ミズシマ,フミオ
標題(和) 新幹線車両の車間部から発生する空力騒音に関する研究
標題(洋)
報告番号 217007
報告番号 乙17007
学位授与日 2008.09.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17007号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,千幸
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 大島,まり
 東京大学 准教授 鹿園,直毅
 豊橋技術科学大学 教授 飯田,明由
内容要旨 要旨を表示する

新幹線の高速化実現の上で最大の課題は,沿線騒音の低減で,特に速度の約6乗に比例して増大する空力騒音の低減は必要不可欠である.これまでの低騒音化の取り組みは,走行試験や風洞実験など実験計測を中心として行われてきた.しかし,実験計測では,マイクロホンを用いて音の測定は比較的容易に行えるものの,その発生メカニズムとなる流れ場の情報を得ることが困難である.さらなる低騒音化実現のためには,騒音発生メカニズムとなる流体現象の解明と,現象理解にもとづく騒音低減手法の確立が必要とされている.

空力騒音の音源となる流体現象の解明には,CFD(Computational Fluid Dynamics)による3次元の非定常乱流の数値計算が有望な手法として期待されている.これまで,CFDは,平均流れ場の解析が中心で,非定常解析は単純形状を対象とした計算しか行えなかったが,近年のコンピュータの発達により,LES(Large Eddy Simulation)などの手法を用いた複雑形状を対象とする,3次元の大規模な非定常流解析が可能な状況となってきている.しかし,空力騒音の数値解析手法はいまだ確立されていない.

本研究では,新幹線の主要な空力騒音源のひとつである,車間部を対象に解析を行い,以下の3点を実現することを目的とする

・空力騒音の解析手法の確立

・空力騒音発生メカニズムの解明

・現象理解にもとづく騒音低減手法を開発

本論文では,はじめに,どのような現象が車間部で発生しているか,ターゲットとなる現象を明確化するため,1/5縮尺車両模型を用いた風洞実験を行った.

実験の結果,以下の知見を得た.(1)車間部から発生する空力音の本質は,乱流が流入するキャビティ音である.(2)発生騒音には,低周波のピーク音と高周波広帯域の音が混在している.(3)強いピーク音が発生するのは,渦放出周波数と,音響共鳴周数が一致する場合のみで,ピーク音の低減は比較的容易に行える.(4)高周波広帯域音は,下流側エッジ部付近で発生しているが,その騒音発生メカニズムは不明である.

そこで,本研究では,後者の高周波広帯域音を対象として,CFDを用いたより詳細な解析を行うこととした.

非定常流から発生する空力騒音の発生メカニズムを知るためには,音源となる渦の挙動と,そこから発生する音の伝播を解析する必要がある.本研究の対象は低マッハ数,高レイノルズ数の流れであり,またフィードバック音を対象としないことから,音源となる流れ場の解析と,音響の解析を分離して解く,分離解法のアプローチをとった.音響計算に用いる音源には,Lighthillの応力テンソルTijの第一・項,UiUjの空間微分(発散)で定義する渦音源を与え,その音源となる流れ場の解析は,非圧縮のLES解析で行った.

まず,音源となる車間部下流エッジ部の流れの解析に必要な,流体解析メッシュの格子解像度の検討を行った.キャビティの下流側エッジに衝突する流れを解像するためには,平板上の流れの解析と異なり,X方向(主流方向)とY方向(壁面垂直方向)の両方の格子解像度が必要である.本研究では,エッジ近傍のX方向とY方向の格子解像度を同じ値に設定し,格子の細かさを変化させて数値解析を行った.風洞実験で測定した値と定量的に比較を行った結果,エッジに衝突する流れを,平均流れ場だけでなく変動成分まで含めて正しく解像するのに必要な最小格子解像度はΔ=1/500L程度であり,この解像度で解析できる周波数範囲はSt=10程度であることがわかった.

次に,渦音源div(UiUj)を用いた音響解析手法の乱流騒音への適応を検討した.渦音源を用いた音響解析は,円柱や角柱後流のカルマン渦から発生するエオルス音の解析など,比較的音源構造が大きいものを対象とした解析事例はあるが,高周波広帯域の乱流騒音に対する音響解析手法については検証されておらず,その格子解像度や音源の与え方,音源領域の取り方などについての検討が必要である.

はじめに,基礎検討として平板上に発達する乱流境界層を対象として検討を行った.その結果,渦音源を用いた音響解析では,音源の解像度とサンプリング領域端部処理が重要であることがわかった.音源の解像度については,音の波長から見積もられる程度の格子解像度では不十分な場合があり,細かい音源構造をもつ現象の解析には,その音源構造を表現できる程度の格子解像度が必要であることがわかった.高周波の乱流騒音の渦音源は,プラスとマイナスの逆位相の音源が並んだ微細な音源構造を有しているが,これらについては,音響計算に音源を与える時には,空間平均した値を与えるのではなく,微細な音源を位相分布も含めて正しく配置し解析する必要があることが示された.また,音源のサンプリング領域については,音源領域の打ち切りに対しての注意が必要で,突然の打ち切りで本来キャンセルされるはずの音源から非物理的な指向性を持つ音場が形成される場合があることがわかった.音源領域の端の処理については,サンプリング範囲を音源の無い領域まで広く取ることが理想であるが,それが困難な場合には,ハニング窓関数と同様のフィルタリングを空間的に施し,音源領域の端部を滑らかに処理する手法を提唱した.

流体解析の格子解像度の検討と,音響解析手法の検討を踏まえて,キャビティ下流側エッジから発生する空力音の解析を行った.解析の結果,高周波広帯域の音源は,エッジ上面に存在し,エッジ上面の再剥離領域で巻き込み引きちぎられる渦の挙動が,騒音発生メカニズムであることがわかった.渦音源を用いた音響解析の結果,音はエッジ上面の鉛直方向である上方に指向性を持って放射されることがわかった.また,下流側エッジ上面に存在する音源は,主流方向,スパン方向にプラスとマイナスの逆位相の音源がランダムに配置されていることがわかった.つまり,位相のキャンセリング効果が既にきいており,騒音低減には音源そのものの強さを弱める必要があることがわかった.

騒音発生メカニズムの理解にもとづき,騒音低減手法の検討を行った.尖ったエッジ部での急峻な渦の変形を緩和するため,エッジ形状を円弧状に丸める手法を提唱した.本手法を適応することで,直角形状のエッジ上面における急峻な渦の変形が緩和され,渦音源の強さが弱められることを数値解析で確認した.

提唱した騒音低減手法の効果を確認し,また,円弧半径Rの大きさに対するパラメータスタディーを行うため,キャビティ要素モデルを用いた風洞実験を行った.まず,上流側は直角形状とし,下流側エッジのみを丸めてRの大きさ変化させて音の測定を行った結果,円弧が大きいほど,より低い周波数帯まで騒音低減効果が得られることがわかったが,R=O.2L程度で有意な騒音低減効果が得られる見通しを得た.また,上流エッジ,下流エッジとも丸めた場合にも,下流側のみを丸めた場合と同等の騒音低減効果を得られ,本手法が,鉄道車両への応用にも適した手法であることを確認した.

キャビティ要素形状で検討した騒音低減手法の,3次元の車両形状への適応を検討した.新幹線の車間部周りを対象とした,約1億5000万格子点の大規模LES解析の結果から,3次元性を有する車両形状周りの流れも,周方向にはキャビティ要素形状周りの流れと同様であることを確認した.

また,1120縮尺模型を用いた風洞実験により,本研究で開発した,エッジを円弧状に丸める騒音低減手法が,車両形状に対しても有効であることを確認した.無指向性マイクロホンで測定した騒音スペクトルを,模型縮尺をスケール換算し聴感補正を行った解析結果から,エッジを円弧状に丸める手法は,騒音のオーバーオール値の低減に有効な手法であるとの見通しを得た.また,円弧の大きさは,R=0.2L程度の丸めでも騒音低減に有意な効果が見込めることを示した.

渦音源を用いた大規模な車両形状の音響解析は今後の課題である.理論上は,全ての渦音源を代入した音響解析を行えば騒音の定量予測が可能で,その際には,本研究で示した音源の解像度と音源領域の打ち切りに対して注意を払う必要がある.ただし,高周波音の乱流騒音は非常に細かい音源構造を有するので,音響計算にも流体計算と同程度の格子解像度を用いた大規模計算が必要である.現時点では,音響計算の可能な解析規模の制約から,渦音源を用いた音響解析は要素形状のみで行ったが,今後,大規模な音響計算を高速かつ安定して行うことが可能になれば,本研究で示した音響解析手法を用いて,渦音源を用いた車両形状の音響解析も実現されると期待する.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、新幹線車両車間部から発生する空力騒音に関して、数値シミュレーションによる予測手法を構築するとともに、構築した予測手法を用いて、空力騒音源となっている流れの渦構造を詳細に検討し、騒音を低減する具体的な形状を提案し、風洞実験により騒音低減効果を確認することにより、本論文で構築した、空力騒音の予測手法の有効性を実証したという内容である。

第1章では研究の背景として、新幹線車両から発生する空力騒音は車両速度の増加に伴い、速度の約6乗に比例して急減に増大するので、沿線騒音の低減は新幹線車両の更なる高速化にとって不可欠であること、また、新幹線車両から発生する空力騒音の中でも、特に車間部から発生する空力騒音の低減が重要であること、さらに、このような騒音の予測手法は工学的にも応用範囲が広く、その構築は重要な課題であることを詳述している。このような背景の下、本論文の目的として、新幹線車間部から発生する空力騒音の予測手法の確立、確立した予測手法による騒音発生メカニズムの解明、ならびに、得られた知見による騒音低減方法の提案とその効果の実証においたことを述べている。

第2章では、研究対象とする現象を明確にするために実施した、1/5縮尺車両模型を用いた大型風洞実験の結果について記述している。風洞実験の結果、(1)車間部から発生する空力音の本質は、乱流境界層が流入するキャビティ音であること、(2)発生騒音には、低周波のピーク音と高周波広帯域の音が混在していること、(3)ピーク音の低減は、音響共鳴の発生を防止することなどにより、比較的容易に行えること、および、(4)高周波広帯域音は下流側エッジ部付近で発生しているが、その騒音発生メカニズムは不明であることなどが明らかとなった。これらの結果に基づき、本研究では、高周波広帯域音を対象として、数値流体解析による空力騒音の予測手法の構築を目指すことにした。

第3章では、数値解析による空力騒音の予測手法の構築に関して記述している。本研究の対象は低マッハ数、高レイノルズ数の流れから発生する空力騒音であり、またフィードバック音を対象としないことから、音源となる流れ場の解析と、音の伝播の解析(音響解析)を分離して実施する、分離解法のアプローチをとった。音響計算に用いる音源には、Lighthillの応力テンソルTijの第一項、uiuj の空間微分(発散)で定義する渦音源を与え、その音源となる流れ場の解析は非圧縮性のLES(Large Eddy Simulation)により解析した。まず、音源を計算するLESの格子解像度に関する詳細な検討を行い、音源となる車間部下流エッジ部の周りでは、車間部代表長さの1/500程度の格子解像度が必要であり、この解像度を用いたLESにより、実用上問題となる、無次元周波数範囲にして10程度までの空力騒音源を正確に計算できることを示した。次に、渦音源div(uiuj) を用いた音響解析手法に関しては、従来、格子解像度として音の波長の1/10程度で十分であるとされていたが、本研究で対象としている乱流境界層騒音に対しては、上記の格子解像度では、音源のキャンセリング効果が正確に考慮されず、発生する音を大幅に過大評価してしまうことが示され、少なくとも音源領域に関しては、流れの解析に用いたのと同程度の格子解像度が音響解析にも必要であることを示した。さらに、音源領域の端部における打ち切り効果を考慮することが重要であること示し、このための一手法として、空間的な窓関数を掛ける手法を提唱した。

第4章では、前章で構築した空力騒音の解析手法を用いて、車間部の基本形状である、乱流境界層中に置かれたキャビティから発生する空力騒音を計算し、音の発生メカニズムの関して詳細な検討を加えた。この結果、高周波広帯域の音源はエッジ上面に存在し、エッジ上面の再剥離領域で巻き込み、引きちぎられる渦の挙動が、騒音発生の基本的なメカニズムであることがわかった。一方、音響解析の結果、音はエッジ上面の上方に指向性を持って放射されることがわかった。また、上記の下流側エッジ上面に存在する音源は、主流方向、スパン方向に逆位相の音源がランダムに配置されているため、位相のキャンセリング効果が既に効いており、騒音低減には音源そのものの強さを弱める必要があることがわかった。このような新たに得られた知見に基づき、尖ったエッジ部での急峻な渦の変形を緩和するため、エッジ形状を円弧状に丸める手法を提唱し、数値解析ならびに風洞試験により、騒音低減効果を確認した。

第5章では、要素形状であるキャビティ流れを対象とした騒音低減手法を実際の車両形状に適用した結果について述べている。新幹線の車間部周りを対象とした、約1億5000万格子点の大規模LES解析の結果から、3次元性を有する車両形状周りの流れや音源構造も基本的な特性はキャビティ形状の場合と同じであることを確認するとともに、1/20縮尺模型を用いた風洞実験により、本研究で開発した、エッジを円弧状に丸める騒音低減手法が、車両形状に対しても有効であることを確認した。

第6章では、本研究で得られた、新たな学術的、工学的知見を纏めて記述している。

以上、本研究により、乱流境界層や境界層中に置かれたキャビティから発生する空力騒音の予測手法が構築されたとともに、キャビティから発生する空力騒音に関して、詳細な音源構造が明らかとなり、その知見を新幹線車両車間部から発生する空力騒音の低減に適用することにより、本研究で構築した空力騒音の予測手法の有効性を実証することができた。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク