学位論文要旨



No 217008
著者(漢字) 張,静
著者(英字)
著者(カナ) チョウ,セイ
標題(和) 離散型時間発展統合シミュレーションによるグローバル企業経営に関する研究
標題(洋)
報告番号 217008
報告番号 乙17008
学位授与日 2008.09.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17008号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮田,秀明
 東京大学 教授 青山,和浩
 東京大学 准教授 武市,祥司
 東京大学 准教授 秋元,博路
 東京大学 特任准教授 古賀,毅
内容要旨 要旨を表示する

近年、コストの削減、市場の拡大を求めて企業経営のグローバル化が進んでいる。グローバル経営の力は企業の収益に影響するだけにとどまらず、地域経済活動の活性化、国際競争力にも影響を与える。従って、グローバル経営は企業のみではなく、国・地域にとっても極めて重要な研究課題である。物流、生産管理、情報技術、マーケティング、組織科学など多岐にわたる既存分野は、その中の一部分に過ぎない。こういう背景の中、既存研究はその1分野に偏っているものが多く見られる。生産管理分野で、工場のリソースを最大限に活用し、生産コストを最小化する目的で如何に数理的に細密に計画しても、企業全体の収益から見れば、欠品により顧客満足度の低下と売れ残り(販社在庫)の増加に繋がる。つまり、部分最適がもたらしたトータル損失は1分野に集中(局所最適)したことの必然的な結果であるといえよう。こうした前提の中で、90年代後半に一部業界では、ERPシステムの提案・構築に注目し始めたが、殆どの企業は期待どおりに改善効果を得られていなかった。一方、企業の海外進出に伴い、従来のロジスティクスからネットワーク的にグローバル経営を取り組むSCMを注目されるようになったが、そのコンセプトと構造要因から実現困難な現状となっている。

グローバル企業経営は、域内完結型から世界規模分散型へシフトしている。そのため、認識の多様化と行動の複雑さに対応できる新たな経営支援システムが求められている。本研究はグローバル企業経営上の問題点にフォーカスし、シミュレーション技術を最大限に活用することにより、経営計画、オペレーションの最適化もしくは現状改善を実現できるシステムを提案した。

本研究で提案したGCMシステムは、企業経営のコアに当たる生産、物流、販売、在庫をネットワーク・チェーンとして捉え、企業全体の経営最適もしくは経営改善を図る有効なシステムである。そのコンセプトは離散的時間発展シミュレーションを用いたマルチ・エージェント型経営支援システムである。企業の製品を1つずつ生産され、製品サイズに合わせて一定個数になるとコンテナにまとめ、販売会社へ輸送される。こうした中、製品、コンテナを離散型エージェントとして、時間単位(月次、週次)で、時間発展的にその流れを制御することは有効なシステム手法である。

GCMシステムは「マネジメント」、「統合データベース」、「オペレーション」という3つのモジュール構成でモデル化を行った。「マネジメント」は、販売予測、生産輸送計画の立案を行うモジュールであり、「統合データベース」はデータの一元統合管理の役割を果たし、「オペレーション」は計画案をエージェントで忠実に再現を行い、その実行結果をリアルタイムに「統合データベース」へのフィードバックし、「マネジメント」で予測・計画の精度を高めていく時間発展的仕組みとなっている。

システムのアーキテクチャはGCMのコンセプトとモデルに従って、予測パッケージ、生産パッケージ、輸送パッケージという三つのパッケージ構成でGCMモデルに対応付けて設計した。GCM経営支援システムを具体的な企業の経営に適用して、その有効性を検証した。

1.物流による部分改善の経営効果を数値で示した

2.GCMシステムを年度途中に導入した場合に、その経営改善効果を数値で明らかにした。

本論文は6章で構成され、各章は以下のように構成されている。

第1章では、本研究の背景、目的について述べている。

第2章では、グローバル経営の基本的な考え、現存する問題点及び既存先行研究との相違点を明らかにし、本研究の位置づけを明確にした。

第3章では、本研究で提案したグローバル企業経営支援統合システムGCMのコンセプトとアプローチについて述べた。

第4章では、GCMシステムの構成、設計及びその詳細アーキテクチャについて述べた。

第5章では、グローバル展開している日本メーカの実データを用いて、GCMシステムの適用効果を明らかにし、システムの有効性を検証した。

最後の第6章では、本研究の結論を述べる。

審査要旨 要旨を表示する

日本における製造業の国際化は1970年代から始まったが、かつては世界の各地域に生産拠点を設け、域内での生産・輸送・販売活動を行うという、日本国内で行っていた国内向け販売の事業プロセスをそのまま他国へ持ち込んでいく域内完結型のものが多かった。しかし、時代の経過と共に、進出先での他国企業との国際競争に晒されていくうちに、製品によっては生産コストを抑え競争力を高めるためにも、全世界向けの製品を少ない数の工場で集中生産した方が良いという考え方が生まれるようになった。これにより、一か所、もしくは数を厳密に限定した少数の生産拠点から全世界に向けた製品を出荷するという、現在の代表的な国際的製造業の現状が生まれることとなった。

しかし、このひとつの生産拠点で全世界向けの製品を生産するという方法は、製品の生産効率を上げた半面、生産・販売間の地理的・時間的距離の拡大によって、大きな課題を残すこととなった。生産の現場から販売の現場までのリードタイムが大きくなったことにより、需要の変動に対するリスクは各段に高まった。域内で完結できる時代には、リードタイムが比較的短いため、需要の変動に対しても、短期間に販売結果を生産にフィードバックするようなオペレーションで対応することも可能であった。それが故に、生産現場は生産効率の改善、販売現場は売上増加にのみ注力する、といった形で、それぞれ独自の判断で動き、部分最適を行えば良かった。しかしリードタイムの拡大した現代においては、完全に生産の体制は見込み生産に変わり、その結果、需要変動リスク、つまりは多大な機会損失や売れ残りを回避するためには、需要に基づき生産から販売までビジネスチェーン上の全体最適をする必要が生じている。しかしながら、実際には大型の優良企業でも、旧時代の部分最適経営から抜け出すことのできないケースが数多く存在する。

これに対して近年、企業は、ERPを導入し情報の統合化を図るなどの努力を行っているが、情報システムの経営支援への利用は限定的で、これが現在ERPを導入した多くの企業の経営課題となっている。張氏の論文では、企業活動をオペレーション、データ統合、マネジメントの3つのパッケージより構成する経営支援システムを開発することが主題である。この3つのパッケージより構成されるシステムの最大の特徴は、製品をひとつづつまたは生産ロットごとに取り扱い、これらを時間軸上で管理することである。これによって各種の複雑性と非線形性を克服することができるし、さまざまな形への拡張と発展、小売業などの異業種にも対応できる。

本研究で開発されたシステムは「マネジメント」、「統合データベース」、「オペレーション」という3つのモジュール構成されたモデルによっている。「マネジメント」は、販売予測、生産輸送計画の立案を行うモジュールであり、「統合データベース」はデータの一元統合管理の役割を果たし、「オペレーション」は計画案をエージェントで忠実に再現を行い、その実行結果をリアルタイムに「統合データベース」へフィードバックし、「マネジメント」で予測・計画の精度を高めていく時間発展的仕組みとなっている。

システムのアーキテクチャは、予測パッケージ、生産パッケージ、輸送パッケージという三つのパッケージ構成でモデルに対応付けて設計されている。

本論文は6章で構成されている。

第1章では、本研究の背景、目的について述べられている。グロ-バル化に伴い、企業の経営は複雑になっていることと、現在の経営支援情報システムの不備が述べられている。第2章では、グローバル経営の基本的な考え、現存する問題点及び既存先行研究との相違点を明らかにし、本研究の位置づけを明確にしている。第3章では、本研究で提案したグローバル企業経営支援システムのコンセプトと研究のアプローチについて述べられている。第4章では、本システムの構成、設計及びその詳細アーキテクチャについて述べられ、具体的なシステムの設計、構築がおこなわれている。第5章では、グローバル展開している日本メーカ(グローバル展開しているエレクトロニクス・メーカー)の実データを用いて、本システムを適用することにより、経営支援ができることを示し、その有効性を検証している。二つの支援法が示されている。一つは過去の経営データによって、過去の経営を診断する方法であり、もう一つは、リアルタイムに未来(需要)予測をしながら現在の経営を支援する方法である。最後の第6章では、本研究の結論を述べている。

本研究では、全く新しい経営支援システムが開発されており、また、実際の経営に利用できることが実証されている。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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