学位論文要旨



No 217011
著者(漢字) 梶谷,敏之
著者(英字)
著者(カナ) カジタニ,トシユキ
標題(和) 鋼の連続鋳造におけるモールドフラックスの役割と鋳片表面品質制御
標題(洋)
報告番号 217011
報告番号 乙17011
学位授与日 2008.09.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17011号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,俊夫
 東京大学 教授 月橋,文孝
 東京大学 教授 山口,周
 東京大学 教授 小関,敏彦
 東京大学 教授 森田,一樹
 東京大学 講師 長汐,晃輔
内容要旨 要旨を表示する

近年世界的に鉄鋼需要が急増するなかで、我が国の鉄鋼業では付加価値の高い製品をより高い生産速度で製造することが求められている。したがって鋼の連続鋳造においても、鋳造速度の向上と鋳片表面品質の改善の両立を図る必要である。このような背景から、特に鋳型内における鋳型と鋳片間の潤滑および初期凝固現象の制御が、重要な課題となっている。

鋼の連続鋳造鋳型内では、鋳片すなわち凝固シェルの鋳型への焼き付きを防止するため鋳型を上下方向に振動(オシレーション)させ、さらに合成スラグであるモールドフラックスを溶鋼の湯面に添加する。モールドフラックスは溶融した後鋳型・凝固シェル間に流入し、液体と固体のフラックスフィルムを形成し、鋳型内の伝熱と潤滑に対して多大な影響を及ぼす。したがって鋳型と鋳片間の流路におけるモールドフラックスの物理的および化学的な挙動を正確に理解し、これを積極的に制御できれば、従来にない高速鋳造の実現や表面性状に優れた鋳片の製造が可能になると考えられる。

そこで本研究では、従来経験的に理解されたモールドフラックスの役割に対して理論的な解明を試み、鋳型内潤滑と伝熱制御に対する重要な支配因子を明確にすることを目的とした。さらに鋳片表面のフラックスフィルムは鋳型内だけでなく、それに続く2次冷却帯における伝熱にも影響を及ぼす。したがってモールドフラックスを介した伝熱に関しては、2次冷却帯での現象も含めて議論することとした。

第1章は序論であり、本研究の工業的な背景と、鋼の連続鋳造法の概要について述べた後に、鋳型内潤滑と初期凝固制御に関する従来の研究について検討した。これより、鋳型と鋳片間へのモールドフラックスの流入機構、モールドフラックスを介した鋼の凝固核生成、さらにフラックスを介した伝熱機構については、理論的な解釈が不十分であることを示した。

第2章では、鋳型内潤滑に重要な影響を及ぼすモールドフラックスの流入機構について検討した。従来の理論解析とは異なり、鋳型・凝固シェル間におけるモールドフラックスの液体フィルム厚が、溶鋼静圧とフラックス流路内の圧力のバランスによって鋳造中に変化するという新たな考えに基づき、フラックスの流入に対するコールドモデル実験方法を構築した。

まず現象を単純化するため、鋳型のオシレーションを無視した状態でモデル実験を行い、モールドフラックスの流入に対して、鋳型・凝固シェル間の流路の形状が決定的な支配因子であることを明らかにした。すなわち、フラックスの流路が上向きに広がっている場合と下向きに広がっている場合で、フラックスの流入挙動は全く異なり、連続鋳造の操業においてモールドフラックスの消費量(流入量)が鋳造速度とフラックスの粘度の増加によって低下することを理解するには、フラックスの流路が下向きに広がっている必要がある。さらに、溶鋼湯面で形成されるメニスカスの曲率に沿った凝固シェルの生成は、フラックスの流入を促進することが分かった。

次にモールドフラックスの流入に対する鋳型オシレーションの効果について検討し、鋳型の上昇時にフラックスの流路が拡大し、それに続く鋳型下降時にフラックスが流入するという新たなメカニズムを提案した。さらに、連続鋳造の操業上の諸因子すなわち鋳造速度、モールドフラックスの粘度、鋳型オシレーションの振動条件とモールドフラックスの消費量との関係を、初めて包括的に再現できたことは、本研究におけるモールドフラックス流入機構の妥当性を裏付けている。

第3章では、鋼の初期凝固制御におけるモールドフラックスの役割について、初期凝固シェルの不均一成長とオシレーションマーク(鋳型振動による鋳片表面の周期的な凹凸)が顕在化しやすい極低炭素鋼に注目し、検討を行った。まずモールドフラックスを介さない金属チル上の初期凝固について実験室的に検討し、極低炭素鋼では非常に微細な凝固組織が形成されるため凝固シェル厚が不均一になること、さらにその微細組織の形成は核生成に要する過冷度が大きいことに起因することが分かった。このように金属チル上の初期凝固では、凝固シェル厚の均一性に対する核生成の寄与が大きい。特に極低炭素鋼では核生成に要する過冷度が大きいために、核生成後の成長速度が大きく核生成の起こった位置と起こらなかった位置で、大きなシェル厚の差が生じる。

一方、モールドフラックスフィルムを介して凝固核生成が生じる連続鋳造鋳片では、大きな過冷却に起因する微細組織は観察されない。したがってモールドフラックスの存在によって、小さな過冷度で核生成が起こり、これが均一な凝固シェルの成長に寄与していると考えられる。さらに極低炭素鋼で観察されるオシレーションマーク部の凝固組織の不連続性より、鋳型下降時に曲率を持ったメニスカスに沿って凝固シェルが存在することを明確にした。従来オシレーションマークは鋳片品質に対して悪影響をもたらすとされてきたが、第2章で明らかにされたモールドフラックスの流入機構を踏まえた考察を行い、適正な深さのオシレーションマークの形成が、鋳型内潤滑の向上に対して極めて重要であることが分かった。

第4章では、モールドフラックスを介した伝熱に関して、フラックスフィルム中の気泡に注目し検討を行った。まずAl-K鋼に比べて鋳型内潤滑の不良によるブレークアウトが発生しやすいSi-K鋼の連続鋳造では、フラックスフィルムにおいて多数の気泡が生成することが分かった。そのため鋳型内の伝熱が著しく低下し、メニスカスにおけるオシレーションマークの形成が浅く不安定となるため、モールドフラックスの消費量が低下し、さらにはブレークアウトの発生に至る。このような鋳型内の伝熱と潤滑に関わる実機での現象は、第2章および第3章の知見から容易に説明が可能であり、本研究で明らかにしたモールドフラックスの流入機構を支持している。

さらにフラックスフィルムにおける気泡の発生に対して、フラックス中の水酸イオンの存在を仮定した新たな発生メカニズムを提案し、1H固体NMRによって可能となった水酸イオンの定量分析により、これを実証した。すなわち、鋳造中に大気中の水蒸気は溶融フラックスプールに水酸イオンとして溶解し、さらに水酸イオンが溶鋼中の脱酸元素により還元され、溶存水素として移動する。この過程でモールドフラックス中の水酸イオンが過剰になると、フラックスフィルム中に水蒸気の気泡が発生する。特にSi-K鋼ではSiの脱酸力がAlに比べて弱いために、水酸イオンの還元反応が起こりにくい。したがってフラックス中の水酸イオンが増加し、気泡の発生が顕在化する。一方Al-K鋼でも鋼中水素が著しく高いと、Alによる水酸イオンの還元反応が抑制されるため、同様のメカニズムで水素性ブレークアウトが発生する。さらにフラックス中の気泡は、鋳型・凝固シェル間にモールドフラックスが流入しcuspidine(3CaO・2SiO2・CaF2)が結晶化する過程で、液相中への水素の再分配と、体積収縮にともなう負圧の生成によって、発生することが分かった。これらの知見をもとに、高塩基性のモールドフラックスの適用により、フラックス中の水酸イオンを低減し、気泡の発生さらにはブレークアウトを防止できた。以上のように、従来全く注目されなかったフラックス中の水酸イオンが、鋳型内の伝熱に対する非常に重要な支配因子であることが明らかになった。

第5章ではCuによる鋼の高温脆化について実験室的に検討し、連続鋳造の2次冷却帯における割れの発生に対するモールドフラックスの影響について考察した。まずCuによる高温脆化に関して高温引張試験を行い、脆化温度範囲が1000~1150℃(Cu=0.2%)であり、高温酸化により鋼の表面に析出したCuが液体でかつスケールの固相率が高い温度域に対応することを示した。さらにCuの液体は非常に小さな歪により、オーステナイト粒界に侵入し割れをもたらす。そのため鋳片表面の小さな熱歪も割れの原因となると考えられる。

したがって、連続鋳造の2次冷却帯においてCuによる割れを防止するためには、この脆化温度域より低い温度まで急速に冷却するか、脆化温度域での曲げと矯正を許容した上で、緩冷却により熱歪を低減する必要がある。このようにCuによる表面割れを防止するためには、従来よりも精度の高い温度制御が必要であるが、鋳片に残存したモールドフラックスは、冷却水の沸騰状態を膜沸騰から遷移沸騰に変化させ、鋳片の表面温度のばらつきを助長し、熱歪を増大させる要因となる。したがってCuによる表面割れを防止するためには、モールドフラックスを鋳片から剥離し均一な冷却を図る必要がある。

第6章は結論であり、本研究で得られた結果を総括し工業的な応用について述べた。

審査要旨 要旨を表示する

近年の鉄鋼需要の拡大により鋼の連続鋳造の高速化と鋳片表面品質改善が求められ、鋳型-鋳片間の潤滑と伝熱・初期凝固の制御が重要な課題となっている。鋼の連続鋳造では鋳型をオシレーションさせるとともに、モールドフラックスを溶鋼表面に散布する。このモールドフラックスは鋳型-凝固シェル間で溶融フラックスフィルムとして存在し、鋳型内の伝熱と潤滑に多大な影響を与えるため、その挙動を理解し、制御することは、高速鋳造と鋳片表面高品質化の実現に不可欠である。本研究は、このような鋼の連続鋳造におけるモールドフラックスの役割と挙動を実験と理論の両面より明らかにしたもので、6章よりなる。

第1章は序論であり、本研究の工業的な背景と鋼の連続鋳造法における鋳型内の潤滑と初期凝固に関する従来の研究を概説し、モールドフラックスに関する研究の必要性を述べている。

第2章では、鋳型へのモールドフラックス流入機構について検討した結果を述べている。ここでは、鋳型・凝固シェル間モールドフラックスフィルム厚が溶鋼静圧とフラックス内圧力により変化するという観点からフラックス流入のコールドモデル実験を行っている。その結果、フラックス流路が上向きに広がる場合と下向きに広がる場合ではフラックス流入挙動が異なり、連続鋳造実操業における鋳造速度とフラックス粘度の増加に伴うモールドフラックス消費量低下を理解するにはフラックス流路が下向きに広がっている必要があること、溶鋼メニスカスに沿った凝固シェル生成がフラックス流入を促進することを明らかにしている。また、鋳型オシレーションのある場合には鋳型上昇時にフラックス流路が拡大し、鋳型下降時にフラックスが流入するという機構を解明し、これにより連続鋳造の鋳造速度、モールドフラックス粘度、鋳型オシレーション振動条件とモールドフラックス消費量との関係が包括的に理解できることを述べている。

第3章では、初期凝固シェル不均一成長とオシレーションマークが顕著な極低炭素鋼について、初期凝固におけるモールドフラックスの役割を検討した結果を述べている。まず、金属チル板を用いた実験により、大きな核生成過冷度で微細な表面凝固組織が形成され、核生成位置によりその後の成長速度が異なり凝固シェル厚に差が生じることを明らかにしている。一方、モールドフラックスフィルムを介した連続鋳造鋳片では微細組織が観察されないことから、モールドフラックスにより核生成過冷度が低減し、均一な凝固シェルの成長に寄与していること、鋳型下降時にメニスカスに沿った凝固によりオシレーションマークが形成され、鋳型内潤滑に対して有効に作用するとしている。

第4章では、アルミキルド鋼に比べ鋳型内潤滑不良によるブレークアウトが発生し易いシリコンキルド鋼の連続鋳造において、モールドフラックスフィルム中に多数の気泡が生成している点に着目し、フラックス中の水酸化物イオンによる気泡発生機構を明らかにするとともに、その鋳型内伝熱に対する影響の検討結果について述べている。ここでは、モールドフラックス中の水酸化物イオンを1H固体NMRにより定量分析している。その結果、大気中水蒸気が溶融フラックス中に水酸化物イオンとして溶解、溶鋼中脱酸元素により還元され、溶存水素として移動すること、この過程でモールドフラックス中の水酸化物イオンが過剰となるとフラックスフィルム中に気泡が発生すること、また、モールドフラックスの結晶化過程で、液相中への水素の再分配と体積収縮に伴う負圧により気泡が発生することを明らかにしている。また、アルミキルド鋼でも鋼中水素が著しく高いと水酸化物イオンの還元反応が抑制され、気泡が発生することを考察している。そして、これらの知見よりフラックス中水酸化物イオンを低減できるモールドフラックスを開発し、気泡の発生、さらにはブレークアウトを防止できることを実証している。

第5章では銅による鋼の高温脆化挙動を検討し、連続鋳造の2次冷却帯における割れ発生防止に対するモールドフラックスの寄与を検討した結果を述べている。まず、銅0.2%を含む鋼の高温引張試験により、その脆化温度範囲は1000~1150℃であり、この温度域が高温酸化により鋼表面に析出した銅が液相となり、かつスケールの固相率が高い範囲であることを示し、液相の銅が熱歪によりオーステナイト粒界に侵入し、割れをもたらすことを明らかにしている。そして、連続鋳造2次冷却帯における割れの防止には、この脆化温度域以下に急速に冷却するか、緩冷却により熱歪を低減する必要があるとしている。また、このような温度制御には冷却水の沸騰状態を膜沸騰から遷移沸騰に変化させる必要があり、鋳片から容易に剥離するモールドフラックスが鋳片表面割れの防止に有効であることを実証している。

第6章は結論であり、本研究結果を総括し、工業的な応用について述べている。

以上要するに、本研究は鋼の連続鋳造におけるモールドフラックスの鋳型内の潤滑と伝熱に対する役割を明らかにし、連続鋳造の高速化と鋳片表面の高品質化への技術的指針を明確にしたもので、鉄鋼材料プロセス工学の発展に大きく貢献するものである。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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