学位論文要旨



No 217014
著者(漢字) 山本,裕紹
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,ヒロツグ
標題(和) 空間符号化による可変構造ディスプレイの研究
標題(洋)
報告番号 217014
報告番号 乙17014
学位授与日 2008.09.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 第17014号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石川,正俊
 東京大学 教授 舘,
 東京大学 教授 満渕,邦彦
 東京大学 教授 原島,博
 東京大学 教授 志村,努
内容要旨 要旨を表示する

情報通信技術の進化を背景に,情報機器と人とのインタフェースとして用いられる情報ディスプレイには紙のメタファーを超える機能化が必要とされている.具体的には,三次元の動画表示に代表される豊かな映像表示機能と,共生の場の提供機能,表示情報のセキュリティ確保機能が求められている.豊かな映像表示機能は,産業面では設計の表示やプロトタイピング,芸術面ではメディアアート,教育や医療などの現場での利用にも重要である.共生の場としてのディスプレイは,大画面スクリーンを用いたパブリックビューイングでは観衆との一体感を提供する.あるいはネットワークを介して遠隔ユーザーとともに過ごす空間がディスプレイ上に提供される.セキュリティの観点からは,ディスプレイにおける情報アクセス制御機能が重要である.なぜなら,記録媒体もしくは,ネットワークに潜在する情報がディスプレイ上においてユーザーに顕在化されるからである.現状の情報処理システムにおいては,データが潜在中は暗号によってセキュリティを確保することができるが,ディスプレイ上に顕在化されたデータは無防備に近い状態である.ソフトウェアによる暗号化だけでは,ディスプレイに表示された復号後の情報が観察者の網膜に伝達される過程のリスクが残る.たとえば,表示画像の覗き見や,情報機器が発する電磁波から情報が解読されるリスクがある.いつでもどこでもどんな情報にもアクセスできる情報通信技術の実現には,情報ディスプレイのセキュリティ確保が必要である.

近年のディスプレイデバイスの進展は,三次元表示や視野制御などの新しい表示機能を可能にしたが,種々の機能ごとに異なる構造を必要とする課題が残されている.本論文では多機能を融合するディスプレイの構成法を議論する.ディスプレイから観察者までの情報媒体は光であるため,空間符号を用いた光演算によりディスプレイの実効的な構造を再構成できる可能性がある.そこで,可変構造ディスプレイとして,画像表示デバイスもしくは空間光変調器をある間隔で積層した物理構成をもち,各層の画像により実効的な構造を再構成するアーキテクチャを提案する.アーキテクチャの有効性を,各種のプロトタイプにより実証する.

まず,発光ダイオード(LED)パネルと特殊な遮光マスクの積層により,公衆向けの大画面立体ディスプレイを設計した. LEDランプの周りの黒領域により観察領域が拡大される効果があることを解析して,実験により,設計した観察距離で左右に多数の観察領域が並ぶことを実証した.つぎに,黒領域の拡大により,瞳孔間隔が異なる観察者でも立体視が可能であることを示した.さらに,公衆向けの大画面LED立体ディスプレイの実現に適したパララックスバリアの構成法を議論した.透明基板に黒ストライプ模様を塗装した従来型パララックスバリアでは表面反射が生じるが,アパーチャグリル型パララックスバリアでは表面反射が防止されることを示した.従来型では透明基板における光の屈折が視野角を制限する要因となることを示し,アパーチャグリル型では遮光素子の断面形状の工夫で広視野角化が可能であることを述べた.実際に140インチのLEDパネルを用いた立体表示を実現した.観察距離15mにて幅16mの範囲で複数人が同時に立体映像を観察できた.さらに,広視野角設計がなされたアパーチャグリルを製作して,4mmピッチの高精細LEDパネルを用いた立体表示を実現して,今後のハイビジョン画素数の立体ディスプレイの可能性を見出した.

つぎに,暗号化された画像の積層により,セキュアディスプレイを構成した.セキュアディスプレイとは,表示情報の暗号化と観察領域の限定により表示情報のセキュリティを確保するディスプレイである.暗号化された表示画像の前に復号用マスクを設置して,ある限定された位置からは光演算により復号結果を視認できる.光暗号のための空間符号を構築するとともに,表示画像の画素配置と観察領域の関係を解析した.復号用マスクを用いて観察領域を限定する設計を明らかにした.両眼間隔程度まで観察領域を拡大するために,黒領域による観察領域の拡大法を利用した.暗号化された表示画像画素のピッチと黒領域の幅を変えるだけで,機械操作なしに観察位置を前後左右上下に移動できることを示した.表示される映像だけで観察位置を3次元的に決定できることは可変構造ディスプレイの特長の1つである.観察領域を限定するディスプレイを,物理鍵としてOHPシートを用いる方式とマルチレイヤーディスプレイに復号用マスクを表示する方式で実現した.セキュアディスプレイのカラー化のために,復号用マスクのパターンを固定したままで,8色マルチカラー,216色カラー,19諧調グレイスケール画像を表示する空間符号を構成した.

つづいて,2人のユーザーのためのセキュアディスプレイを設計した.2人のユーザーがそれぞれの復号用マスクを持ち寄り,重ねたものを画像表示デバイスの前に置くことで,各々が独立した秘密情報を観察できるという従来にはないディスプレイ機能を実現した.技術上のポイントは3点ある.その1は復号用マスクの情報を2枚に分ける空間符号の構築である.その2は黒ストライプを導入した画素配置と設置距離の設計である.その3は,2枚の復号用マスクを離して設置しながら2視点を実現する開口列の多層設計である.観察領域のシミュレーションと液晶ディスプレイパネルを用いた実験により設計を実証した.復号用マスクの複数化は1人のユーザーの場合でも,復号用マスクの盗難に対する秘密保持に役立つ.

加えて,セキュアディスプレイにおけるセキュリティ上の課題として残された復号用マスクのセキュリティ確保策を述べた.復号用マスクのセキュリティを強化するために,2種類の空間符号を設計した.設計した空間符号の一方は,復号用マスクの重ね合わせ枚数に閾値特性を有する暗号化を行う.復号用マスクの情報を,さらに3枚の復号用マスクに分散して,そのうちの2枚以上を重ねて復号用マスクを構成するものである.したがって,復号用マスクのうちの1枚だけが盗難にあっても秘密は確保されるし,復号用マスクのうちの1枚を破損しても残りの2枚を用いて秘密情報にアクセスできる効果がある.設計した符号の他方は,復号用マスクと暗号化された表示画像に識別用の画像を複合化する空間符号である.これまでの暗号化では,復号用マスクと暗号化画像の見かけはランダムドット状であり,復号用マスクとともに識別用の情報を同時に管理する必要があった.ここで設計された識別用画像を複合化する空間符号には,復号用マスクの識別用画像,暗号化画像の識別用画像,ならびに復号される秘密画像を独立して複合化できる利点がある.製作したプロトタイプにより復号画像の観察位置が三次元的に限定されることを実証した.

さらに,空間符号の利用に伴う画質低下の課題を克服するために,偏光変調型の空間光変調器を用いた偏光演算型ディスプレイを構成した.まず,偏光演算を用いた多諧調画像に対する光暗号のアルゴリズムを示し,位相差フィルムを用いた実験により偏光演算の原理を実証した.次に,液晶ディスプレイを分解して液晶デバイスを偏光変調型の空間光変調器に利用して,偏光演算型の可変構造ディスプレイのプロトタイプを製作した.観察位置を限定する復号用マスクの設計を用いて,偏光式視覚復号型暗号による視野の限定を実証した.すなわち,表示画像は,暗号化された2枚のランダムドット状のパターンであり,限定された位置からは秘密情報を視認できるが,上下左右からはランダムドットパターンにしか見えないことを確認した.加えて,視点位置の複数化を実現した.これは偏光演算向けに新たに設計された空間符号ルールにもとづく.液晶デバイスの解像度を保ったままで2視点の映像が表示される.

偏光変調型空間光変調器を利用する可変構造ディスプレイには,光の強度変調を利用する可変構造ディスプレイに対して,画質の点で優れた特長がある.開口列や強度変調型空間光変調器を用いる可変構造ディスプレイでは,光強度の減算しかできない制約のため,演算の自由度を得るために1つの画素を複数の補助画素を用いて符号化する必要があった.偏光演算型の可変構造ディスプレイでは,偏光角度の自由度があることと,偏光角度により減算や加算が可能になることで,画質向上のポテンシャルが非常に高い.偏光演算型ディスプレイを用いて,視野の限定,複数視点表示,ならびに通常の二次元表示を切り替え可能とする可変構造表示を達成した.

本論文では,空間符号による可変構造ディスプレイのアーキテクチャを示して,5種類のディスプレイ機能に対する設計と実証を記した.数十名が同時に眼鏡なしで鑑賞できる世界最大級の大画面立体ディスプレイの実現,ならびに,表示情報のセキュリティ確保という新しい課題を解決するセキュアディスプレイの実現において,際だった効果が得られた.

今後,ディスプレイの高解像度化が進展すれば,空間符号を構成する補助画素のピッチの微調整が可能になり,多彩な機能を自在に書き換えるディスプレイシステムの実現が可能になると期待される.本論文はこれまで個別に扱われていた様々な表示機能を融合することで,情報ディスプレイ技術の進展に貢献するものである.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「空間符号化による可変構造ディスプレイの研究」と題し,8章より構成されている.情報通信技術の発展に伴い,情報機器と人とのインタフェースとしてのディスプレイに対して多様な機能が求められるようになってきた.このことから,3次元の動画表示に代表される豊かな映像表示機能,複数の利用者に対する共生の場の提供,表示される情報のセキュリティ確保等は,ディスプレイの新しい機能として,注目を集めている.表示素子および装置技術の進展により,特定のハードウェア上では,3次元表示や視野制御等の新しい表示が可能となったが,種々の機能ごとに異なる構造を必要とするという問題が残っていた.本論文は,空間符号化という手法を導入し,共通のハードウェアを用いて,複数の表示機能を実現することを可能にするディスプレイの構成方法を提案するとともに,具体的な表示機能を実装することによって,様々な機能が実現できることを実証したものである.

第1章は「序論」であり,情報ディスプレイの今後の方向性と要求される機能および多機能の融合技術の必要性を論じるとともに,情報ディスプレイの課題を整理した上で,本論文の目的と構成を述べている.

第2章は「空間符号化パターンの積層によるディスプレイ機能の再構成」と題し,種々の情報ディスプレイの基本原理について概説するとともに,空間符号化を利用した可変構造ディスプレイを提案している.ここで提案された可変構造ディスプレイは,画像表示素子と空間光変調素子で構成され,両素子の間に隙間を設けることで,視点位置に応じて映像を変えることができる点に特徴がある.ここでは,画像表示デバイスと空間光変調素子の構成を示し期待される情報表示機能を整理している.

第3章は「格子パターンと大画面LEDパネルの積層による広視域立体表示」と題し,LED(発光ダイオード)パネルと特殊な遮光マスクの積層により,公衆向けの大画面立体ディスプレイの設計を示している. LEDの周りの黒領域により観察領域が拡大される効果があること,並びに黒領域の拡大により,瞳孔間隔が異なる観察者でも立体視が可能であることを解析的に示し,公衆向けの大画面LED立体ディスプレイの実現に適したパララックスバリアの構成方法を論じている.これらの設計に基づき,140インチのLEDパネルを用いた立体ディスプレイを製作することにより,その効果を実証している.

第4章は「復号用マスクにより観察領域を限定するセキュアディスプレイの設計」と題して,表示情報の暗号化と観察領域の限定により表示情報のセキュリティを確保するディスプレイの設計を示している.このディスプレイは,暗号化された表示画像の前に復号用マスクを設置することにより,ある限定された位置から光演算により復号結果を視認できるものである.光暗号のための空間符号を示し,復号用マスクを用いて観察領域を限定する設計を明らかにするとともに,実際のディスプレイでその効果を実証している.

第5章は「複数の限定された観察領域を有するディスプレイの設計」と題して,2人のユーザーのためのセキュアディスプレイの構成を示している.2人のユーザーがそれぞれの復号用マスクを持ち寄り,重ねたものを画像表示デバイスの前に置くことで,各々が独立した秘密情報を観察できることを示し,その機能を実際の実験システムで実現している.

第6章は「セキュアディスプレイにおける復号用マスクのセキュリティ強化」と題して,復号用マスクのセキュリティ確保策を提案している.復号用マスクのセキュリティを強化するために,復号用マスクの重ね合わせ枚数に閾値特性を有する暗号化を行う方法,並びに復号用マスクと暗号化された表示画像に識別用の画像を複合化する方法を提案している.ここで用いられる識別用画像を複合化する空間符号には,復号用マスクの識別用画像,暗号化画像の識別用画像,ならびに復号される秘密画像を独立して複合化できる利点がある.

第7章は「偏光演算によるセキュアディスプレイの解像度向上」と題して,空間符号の利用に伴う画質低下の課題を克服するために,偏光変調型の空間光変調器を用いた可変構造ディスプレイの構成を示している.偏光面の回転を利用して1画素ごとの暗号化を可能にする原理とアルゴリズムを示すとともに,偏光演算型ディスプレイを用いた多視点表示手法を示し,液晶による可変構造ディスプレイを試作している.この可変構造ディスプレイにより,空間符号の変更だけで,セキュア表示,複数視点表示,3次元表示ならびに広視野2次元表示の可変構造が可能であることが示されている.

第8章は,以上の結果がまとめられている.

以上要するに,本論文は,空間符号化による可変構造という新しい情報ディスプレイ方式を提案し,実際に大画面立体表示,並びに観察領域の限定と表示画像の暗号化を行うシステムを用いた実験結果を示すことにより,その有効性を実証したものである.特に,明るい照明下で複数人が同時に眼鏡なしで鑑賞できる世界最大の大画面立体ディスプレイや表示情報のセキュリティ確保という新しい課題を解決するセキュアディスプレイの実現は,今後のディスプレイ技術に重要な方向性を示すものである.これらの成果は,可変構造ディスプレイという新しい分野を開拓するものであり,関連する分野の発展に貢献するとともに,システム情報学の発展への寄与が大であると認められる.よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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