学位論文要旨



No 217016
著者(漢字) 山本,寛
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,ヒロシ
標題(和) 抗原誘発性気管支喘息モデルマウスにおける気道過敏性亢進機序とアドレノメデュリンとの病態生理学的連関に関する検討
標題(洋)
報告番号 217016
報告番号 乙17016
学位授与日 2008.09.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第17016号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 矢冨,裕
 東京大学 准教授 中村,元直
 東京大学 講師 高見澤,勝
 東京大学 講師 大石,展也
 東京大学 講師 江頭,正人
内容要旨 要旨を表示する

【背景と目的】アドレノメデュリン(ADM)は近年褐色細胞腫細胞から単離された血管拡張ペプチドで、肺においてそのmRNA、受容体の発現が豊富に認められる。一方、ADMには強力な気管支拡張作用があることが示されており、新しい気管支拡張薬として臨床応用できる可能性がある。私はADMが気管支喘息において果たす病態生理学的役割を明らかにするため、そのヘテロ接合体遺伝子改変マウスを用いて気管支喘息モデルを作製し、検討した。

【方法】まず肺中のADM量については、摘出・凍結保存した肺組織を用いてRIA法により測定し、検討した。また卵白アルブミン(OVA)による抗原感作・吸入負荷を行い、気管支喘息モデルマウスを作製した。マウスを気管切開、気管内挿管し、人工呼吸管理の下、肺抵抗、肺エラスタンスを測定した。濃度勾配をつけたメサコリン(MCh)を順次吸入させ、同様に肺抵抗、肺エラスタンスを測定し、肺抵抗が2倍に上昇するまでに必要な累積MChメサコリン吸入量(EC(200)RL)を気道反応性の指標とし、比較検討した。また、気管支肺胞洗浄を行って洗浄液中の細胞数を計数し細胞分画を同定した。さらに血清のサンプリングを行ってOVA特異的lgE抗体、OVA特異的IgGl抗体を測定した。気管支肺胞洗浄液中の蛋白濃度や、Th1、Th2系サイトカインとしてIL-4、IL-5、IFN-rを、さらにロイコトリエン(LT C4/D4/E4)についても測定し、比較検討した。摘出した肺組織の一部は伸展固定標本とし、各種染色標本を作製、形態学的評価に用いた。

【結果】非特異的気道収縮物質であるMChの吸入により、肺抵抗・肺エラスタンスは濃度依存的に上昇した。各群において、baselineでの肺抵抗・肺エラスタンスに有意差は認められなかった。OWいこより感作されたmutant群では、明らかにinflexion point が左方に偏位しており、第4濃度(2.5 mg/m1)と第5濃度(5 mg/ml)においてはsaline吸入群より明らかな肺抵抗の上昇が認められた(P<0.05)。さらに、第5濃度(5 mg/ml)においては野生型群と比べても有意に肺抵抗が上昇していた(P<0.05)。気道反応性の指標であるEC200Rいこついて検討したところ、OVAにより感作された群ではsaline群と比べて有意に低かった。また、OVA感作群で野生型、mutantを比較すると、mutant群において有意にEC2ooRlが低値(P<0.05)であり、mutantの喘息モデルマウスにおいてはMCh気道過敏性が有意に充進していることが示唆された。

この肺組織サンプル中に含まれるADMの含有量をRIA法により測定した。MCh吸入負荷を行う前のADMの量を比較すると、mutant群では野生型と比べて有意に低値であった(P<0.01)。MChの吸入により各群とも有意にADMの上昇が見られた(P<0.01)が、MCh吸入負荷後のADM量を比較すると、mutant群では有意に低値であった(P<0.01)。

気管支肺胞洗浄液の細胞数・細胞分画を検討した。OVA感作群の好酸球分画の有意な増多が認められた(P<0.05)が、野生型群とmutant群の間に有意な差は認められなかった。一方、BALF中総lgEの値については、野生型群とmutant群の間で有意な差はみられなかった。BALF蛋白濃度についても野生型群とmutant群の間に有意な差は認められなかった。IL-4、IL-5、IL-13、IFN- Y について測定したデータからも野生型群とmutant群の間に有意な差は認められなかった。 LTC4/D4/E4についても同様に有意な差は見られなかった。血清中のOVA特異的IgGl抗体、OVA特異的lgE抗体を測定した。抗原暴露によって、OVA特異的IgGlの血清抗体価は上昇したが、野生型群とmutant群の間に有意な差は認められなかった。OVA特異的lgEの測定も試みたが、いずれも検出感度以下であった。

HE染色標本では、OVA感作群で単核細胞、好酸球の気道周囲への浸潤が顕著に認められた。しかし野生型群とmutant群の間に明らかな差は見られなかった。 Luna染色標本では、OVA感作群で顕著な好酸球浸潤を気道周囲に認めたが、その程度は野生型群とmutant群の間に有意な差が認められなかった。 PAS/Alcian blue重染色標本ではOVA処置群できわめて強く染色されており、気道過分泌・杯細胞の過形成が示唆された。OVA負荷により野生型、mutantいずれの群においても杯細胞の過形成が生じたが、その程度については両群間で有意な差が認められなかった。

さらに気道の形態計測を行った。OVAで感作したmutantマウスの気道内腔面積はOVA感作マウスで有意な狭小化を認めた(P=0,007)。しかし野生型と比較して有意な狭小化は認めなかった(P=0.20)。また、上皮細胞層の面積も同様に、OVA感作マウスで有意な肥厚を認めた(P=0.00007)が、mutant群と野生型の間に有意な差は認められなかった(P=0.20)。一方で、OVAで感作したmutantマウスの気道平滑筋領域の面積は非感作マウスのそれと比較して有意に大きかった(P=0.00007)。また、OVA感作mutantマウスの気道平滑筋領域の面積は野生型のそれと比べて有意に高値であった(P=0.0001)。この気道平滑筋領域の細胞数はOVA感作マウスで有意に増加しており(P=0.0019)、またmutant群の細胞数は野生型と比較して有意に増加していた(P=0.012)。

【結語】ADM遺伝子ヘテロ接合体ノックアウトマウスを用いた検討で、私はmutantマウスの気道の形態学的解析により、ADMの不足が気道平滑筋細胞を増殖させ、MCh吸入負荷後の気道過敏性が亢進することを示した。ADMを投与することによって気道修復の際に生じる平滑筋細胞の増殖を抑え、リモデリングを生じにくくする可能性があり、今後ADMが気管支喘息の気道リモデリングを防ぐ薬剤として臨床応用できる可能性を示唆する重要な知見であると考える。ADMを臨床応用できるようになれば、気管支喘息による気道のリモデリングを防ぎ、喘息の重症化・難治化、ひいては死亡率の低下に寄与しうると考えられる。今回検討したADM遺伝子改変マウスは喘息気道の気道反応性における気道平滑筋細胞の役割を探索する上で極めてユニークなモデルマウスであり、気管支喘息の遺伝的背景に関する今後の研究に貢献し、生体内におけるA:DMの生理学的意義を研究する上で新しい視点を提供するものとして今後の研究の進展が期待される。さらに、ADMを補充することによって気道過敏性やリモデリングを抑制することができれば、従来の治療薬では治癒が困難な難治性喘息患者に対する新しい治療法を提供することも可能となるかもしれない。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、アドレノメデュリン(ADM)が気管支喘息において果たす病態生理学的役割を明らかにするため、ADM遺伝子ヘテロ欠損マウス(以下変異型マウス)を用いて気管支喘息モデルを作製し、検討したものであり、以下の結果を得ている。

1. 肺組織サンプル中に含まれるADMの含有量をRIA法により測定した。メサコリン(MCh)吸入負荷を行う前のADMの量は変異型マウスにおいて有意に低値であった。MChの吸入により各群とも有意にADMの上昇が見られたが、MCh吸入負荷後のADM量を比較すると、変異型群で有意に低値であった。

2. 卵白アルブミン(OVA)で感作した気管支喘息モデルマウスにおけるメサコリンに対する気道反応性を検討したところ、変異型マウスにおける気道反応性が野生型と比較して有意に充進していることが明らかとなった。

3.気管支肺胞洗浄液の好酸球分画、同蛋白濃度、インターロイキン(IL)-4、IL-5、インターフェロン(IFN)-T、ロイコトリエン(LT)C4/D4/E4濃度、OVA特異的IgGl抗体価、OVA特異的lgE抗体価については、いずれも野生型、変異型の間に有意差を認めなかった。肺組織標本においても、気道周囲の好酸球浸潤の程度、杯細胞の過形成および気道過分泌の程度を半定量的に解析したが、野生型、変異型の間に有意差を認めなかった。

4. 肺組織の形態学的解析を行ったところ、気道内腔面積はOVA感作マウスで有意な狭小化を認めた。気道上皮細胞層の面積も同様に、OVA感作マウスで有意な肥厚を認めた。しかし、いずれについても野生型と変異型の間に有意な差は認められなかった。一方で、気道平滑筋層の面積はOVA感作マウスにおいて有意に高値であり、また変異型マウスにおける気道平滑筋層の面積が野生型のそれと比べて有意に高値であった。そして気道平滑筋層の細胞数が変異型群において有意に増加していた。

以上、本論文はADMの遺伝子をヘテロに欠失したマウスを用いることにより、ADMの不足が気管支平滑筋細胞の増殖を促し、気道リモデリングを進めることを明らかにしたものである。本研究はこれまで明確に示されてはいなかった気道リモデリングの機序にADMが関与することを初めて証明したきわめてユニークなものであり、ADMが気管支喘息の気道リモデリングを防ぐ薬剤として臨床応用できる可能性を示唆する重要な知見を提示した。本研究は今後の気管支喘息の病態解明に多大な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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