学位論文要旨



No 217017
著者(漢字) 高沢,克子
著者(英字)
著者(カナ) タカサワ,カツコ
標題(和) 成熟脂肪細胞におけるPPARγ活性上昇が個体の脂肪量やインスリン感受性及びロシグリタゾン投与に与える影響について
標題(洋) Impact of increased PPARγ activity in adipocytes in vivo on adiposity, insulin sensitivity and the effects of rosiglitazone treatment
報告番号 217017
報告番号 乙17017
学位授与日 2008.09.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第17017号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 矢富,裕
 東京大学 准教授 秋下,雅弘
 東京大学 准教授 上妻,志郎
 東京大学 准教授 平田,恭信
 東京大学 准教授 大西,真
内容要旨 要旨を表示する

[目 的]

PPARγは核内受容体型の転写因子であり、脂肪細胞分化と脂肪貯蔵に重要な役割を果たしている。PPARγにはPPARγ1とPPARγ2の2つのアイソフォームが存在し、PPARγ2の発現は脂肪組織特異的であるが、PPARγ1は脂肪組織以外の組織にもその発現が認められる。PPARγの発現は脂肪細胞分化の初期から誘導され、成熟脂肪細胞においても高い発現が認められている。またPPARγの活性は、翻訳後修飾によって調節されていることが知られており、112番目のセリンがMAPキナーゼによってリン酸化されるとその活性は抑制される。我々は以前PPARγヘテロ欠損マウスにおいて、高脂肪食負荷時、肥満や脂肪細胞肥大化、インスリン抵抗性出現が抑制されていたことから、PPARγが肥満やインスリン抵抗性出現においても重要な役割をしていることを明らかにした。一方、PPARγの恒常活性型変異であるSer112Ala (S112A)変異をknock-inしたマウスでは、高脂肪食下、体重は変わらないが、インスリン感受性を示すことが報告された。このマウスでは恒常活性型変異体の発現はPPARγ遺伝子のプロモーターによって調節されており、脂肪細胞分化初期から、その発現が認められていると考えられる。そこで本研究では成熟脂肪細胞におけるPPARγ活性上昇が、個体の脂肪量やインスリン感受性に果たす役割を検討するために、成熟脂肪細胞においてその発現が誘導されるaP2 (FABP-4)のプロモーターを用いて、脂肪組織特異的にPPARγ2 S112A変異を過剰発現させたトランスジェニックマウス(S112Aマウス)を作製し、解析を行なった。

[結 果]

S112Aマウスに導入された遺伝子はサザンブロットにより2コピーであり、白色脂肪組織、褐色脂肪組織においてのみ発現していることが確認された。その発現と下流の遺伝子の発現は野生型マウスに比し約2-3倍となっていた。普通食下においてS112Aマウスは体重、白色脂肪組織重量、白色脂肪細胞の大きさ、糖・脂質代謝何れにおいても野生型マウスと差は認められず、インスリン感受性ホルモンであるアディポネクチンやレプチンの血中レベルも同程度であった。そこで次に高脂肪食負荷を行い、各パラメーターやPPARγの下流の遺伝子発現について検討した。S112Aマウスの白色脂肪組織では、脂肪酸取り込み・合成にかかわるリポ蛋白リパーゼ(LPL), aP2, ステアロイル-CoA デサチュラーゼ1(SCD1)や脂肪酸酸化・脂肪分解にかかわるアシル-CoA オキシダーゼ(ACO), ホルモン感受性リパーゼ(HSL)の発現は野生型マウスに比し有意に上昇していたが、肥満や脂肪細胞肥大化の程度、糖・脂質代謝に野生型マウスとの差は認められなかった。また血中のアディポネクチン、レプチンレベル、絶食時の酸素消費量も野生型マウスと同程度であった。次にPPARγ活性化能を有し、インスリン抵抗性改善薬として臨床的に使用されているチアゾリジン誘導体のひとつであるロシグリタゾンに対する反応性について、高脂肪食下に検討した。S112Aマウスではロシグリタゾン投与に伴い、インスリン抵抗性と耐糖能の改善ならびに白色脂肪細胞の小型化、血中アディポネクチン値の上昇が認められたが、それらの程度は野生型マウスと同じであった。

[考 察]

成熟脂肪細胞においてPPARγ活性を上昇させたS112Aマウスでは、普通食、高脂肪食下、何れにおいても野生型マウスと同程度の体重、インスリン感受性を示した。PPARγの50%活性低下は高脂肪食による肥満・インスリン抵抗性出現を抑制したが、脂肪細胞における約2倍のPPARγ活性上昇はこれらのパラメーターに影響を与えず、肥満やインスリン抵抗性の増悪は認められなかった。

我々の作成したS112Aマウスでは、体重に変化がないという点では一致していたが、いくつかの点で既報のS112A knock-in マウスとはその表現型が異なっていた。S112A knock-inマウスでは野生型マウスに比し高脂肪食下において脂肪細胞肥大化やインスリン抵抗性出現が抑制されていたが、我々のS112Aマウスでは何れも野生型マウスと同程度であった。この表現型の違いは1つには導入した遺伝子の発現時期による違いが考えられる。すなわちS112A knock-inマウスでは内因性のPPARγ遺伝子のプロモーターが使用されているため、aP2プロモーターを使用したS112Aマウスに比し脂肪細胞分化初期からその発現が誘導されていた可能性が高い。実際S112A knock-inマウスでは脂肪細胞分化による脂肪細胞小型化とそれに伴うインスリン感受性ホルモンであるアディポネクチンの増加が認められており、これがS112A knock-inマウスの高脂肪食下におけるインスリン抵抗性出現抑制に作用した可能性がある。もう一つはPPARγ臓器特異的欠損マウスの解析から他のインスリン作用臓器においてもPPARγはインスリン感受性に作用することが報告されており、内因性のPPARγプロモーターを使用しているS112A knock-inマウスでは脂肪組織以外の臓器におけるインスリン感受性が増加している可能性も考えられる。

我々の作成したS112Aマウスもロシグリタゾン投与も何れも脂肪組織におけるPPARγ活性を上昇させているが、その表現型は大きく異なっていた。すなわちS112Aマウスではコントロールマウスとインスリン感受性に差は認められなかったが、野生型マウスにロシグリタゾンを投与した群ではインスリン抵抗性の改善が認められた。これはPPARγ活性化能そのものの違いが最も考えられるが、受容体が過剰な場合とリガンドが過剰な場合の違いである可能性も否定できない。PPARγはリガンド依存的に活性化される核内受容体であり、生理的な状態では受容体の量に比し、リガンド量が少ない状態となっていると考えられる。そのためリガンド投与に比し、受容体の過剰発現は活性化上昇の程度が弱く表現型が認められなかった可能性もある。またリガンドは全身投与であるため、もう一方のアイソフォームであるPPARγ1を活性化して他臓器のインスリン感受性に作用している可能性も考えられる。

[総 括]

我々は以前PPARγ活性の50%低下は高脂肪食負荷時の肥満や脂肪細胞肥大化、インスリン抵抗性出現を抑制することを報告したが、本研究の結果より、成熟脂肪細胞における約2倍のPPARγ活性上昇は、肥満や脂肪細胞肥大化、インスリン抵抗性に影響を与えないことが明らかとなった。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は成熟脂肪細胞におけるPPARγ活性上昇が個体の脂肪量やインスリン感受性に果たす役割を検討するため、脂肪細胞分化後期に発現誘導されるaP2プロモーターを用いて脂肪組織特異的にS112A変異を過剰発現させた恒常活性型トランスジェニックマウス(S112Aマウス)を作製し解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. PPARγ2S112Aを過剰発現させたトランスジェニックマウスは野生型マウスと比べ、PPARγ2の発現が約2-3倍に増加し、PPARγの下流の遺伝子発現が約2倍に上昇していることが示された。

2. 普通食下、S112Aマウスの体重、白色脂肪組織重量、白色脂肪細胞の大きさ、血清の遊離脂肪酸、中性脂肪、アディポネクチン及びレプチンレベルは野生型マウスと同程度であった。また、インスリン感受性及び耐糖能も同程度であることが示された。

3. 高脂肪食下、S112Aマウスの白色脂肪組織では、脂肪酸取り込み・合成にかかわるリポ蛋白リパーゼ(LPL), aP2 (FABP-4), ステアロイル-CoA デサチュラーゼ1(SCD1)や脂肪酸酸化・脂肪分解にかかわるアシル-CoA オキシダーゼ(ACO), ホルモン感受性リパーゼ(HSL)の発現が野生型マウスに比し有意に上昇していたが、体重、白色脂肪組織重量、白色脂肪細胞の大きさ、血清の遊離脂肪酸、中性脂肪、アディポネクチン及びレプチンレベルは野生型マウスと同程度であった。また、インスリン感受性、耐糖能及び酸素消費量も同程度であることが示された。

4. PPARγ活性化能を有し、インスリン抵抗性改善薬として臨床的に使用されているチアゾリジン誘導体のひとつであるロシグリタゾンに対する反応性について高脂肪食下において検討したところ、ロシグリタゾン投与によりS112Aマウスの白色脂肪細胞の大きさは小型化し、血清の遊離脂肪酸、レプチンは低下、アディポネクチンレベルは上昇し、またインスリン抵抗性と耐糖能は改善されたが、それらの程度は野生型マウスと同じであることが示された。

以前、我々はPPARγ活性の50%低下は高脂肪食下の肥満や脂肪細胞肥大化、インスリン抵抗性出現を抑制することを報告したが、本研究は成熟脂肪細胞における約2倍のPPARγ活性上昇は、肥満や脂肪細胞肥大化、インスリン抵抗性に影響を与えないことを明らかにした。これまで特に成熟脂肪細胞におけるPPARγ活性上昇の個体レベルの報告はされておらず、PPARγ活性の生理機能の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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