学位論文要旨



No 217019
著者(漢字) 大崎,久司
著者(英字)
著者(カナ) オオサキ,ヒサシ
標題(和) トドマツ水食い材の乾燥処理にともなう物性変化に関する研究
標題(洋)
報告番号 217019
報告番号 乙17019
学位授与日 2008.10.03
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17019号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 太田,正光
 東京大学 准教授 信田,聡
 東京大学 教授 安藤,直人
 東京大学 准教授 和田,昌久
 東京大学 准教授 江前,敏晴
内容要旨 要旨を表示する

緒言

トドマツ(Abies sachalinensis Mast.)は北海道の代表的な造林樹種であり,現在では北海道の人工林面積の半数を占めるバイオマス資源となっている。今後大量に出材されることが予想されるトドマツ人工林材の利用拡大を図ることは大きな課題である。

しかし,トドマツ丸太には高い割合で「水食い」と呼ばれる異常に含水率が高い材が出現し,この高含水率部分は乾燥処理に悪影響を及ぼす。すなわち,水食いを含む材は乾燥時間ひいては乾燥コストが増大し,利用上大きな問題となっている。また,水食い部は乾燥によって割れが生じやすく不良材が多くなるために歩留まりの低下を招くこととなる。

これらのことを解決すべく,これまでに熱気乾燥における諸条件の検討が行われた結果,トドマツ材の乾燥割れや捩じれが改善されたが,それらの問題が完全に解決されたわけではない。

水食い材の乾燥における困難な問題は,水食い部と正常部という初期含水率が大きく異なる部位が同一材内に存在するため,それらの部位を同一条件で乾燥しなければならない点にある。従って,トドマツ水食い材の乾燥過程では,正常部が水食い部よりも先に乾燥するため,乾燥過程において両者で物性変化が異なることが予想される。よって,乾燥過程で生じている現象を明らかにし,さらに乾燥過程において水食い部と正常部では物性に差が存在するのか,差が存在するとすれば,それはどれくらいか,またその差は何に由来するのか明らかにした上で乾燥スケジュールを作成すべきである。

そこで,本研究では水食い部とそれに隣接する正常部を分離し,各々の乾燥中および乾燥後の物性を精度良く比較検討することを目的とした。この結果は水食い部と正常部が混在するさらに複雑な系,すなわち実際の木材において生じている現象を説明することに反映される。

但し,本研究では水食い材に対する乾燥スケジュール等の問題には深入りせず,乾燥時加熱によるダメージを考慮しながら水食い部と正常部の強度性能を検討した。このことによって,水食い部が木材利用において欠陥であるか否かを総合的に判断した。

乾燥過程における木材の粘弾性を測定する意義と手法

本研究では,乾燥後のみならず乾燥過程における粘弾性も測定したが,そのような測定は従来耐熱性で高精度のセンサが殆ど存在しなかったということもあり,あまり試みられていない。また,その粘弾性は振動法で測定したが,乾燥性を考察するのに振動特性を用いた例は従来多くはない。そこで,乾燥過程における木材の粘弾性を測定する意義と手法について整理した。

粘弾性は乾燥割れに関わる極めて重要な因子である。すなわち,乾燥過程で材温や含水率が変化することに伴って,ヤング率が減少すれば強度が低下していて割れやすくなっていると判断ができ,また損失正接が増大すればクリープが増大してゆっくり木材が伸びているので割れにくい状態にあるといえる。このような粘弾性を乾燥過程においてリアルタイムで把握するためには,高温条件で非破壊的に同一試験体を用いて試験可能な手法が不可欠で,この目的には振動法が最適である。

天然乾燥されたトドマツ水食い部の粘弾性の含水率依存性

水食い部がどのような条件で乾燥を行っても,乾燥後の養生中あるいは用材として使用状態にある場合に問題となるのかどうか検討することを目的として,温度条件が人工乾燥と比較して極めて緩やかである天然乾燥を行った場合のトドマツの水食い部と正常部について粘弾性の含水率依存性を比較検討した。北海道産トドマツより180mm(L)×25mm(R)×10mm(T)の寸法の試験体を互いに隣接する水食い部と正常部から5組作製した。水食い部の箇所は,生材状態で肉眼により判定した。水食いの出現状況の特徴からL方向およびT方向のマッチング材が採取が出来なかったので,R方向にマッチングした。105℃の電気炉で全乾にし,温度20℃の所定の飽和塩水溶液の水蒸気中で調湿後,両端自由たわみ振動試験を行った。振動試験は試験体をデシケータから取り出して温度20℃,相対湿度65%の恒温恒湿室中で速やかに打撃する手法で行った。以下の結果を得た。

1)相対湿度の変化による平衡含水率の変化傾向は水食い部,正常部とも同様であった。2)マッチングの際の試験体採取位置の影響は存在したものの,振動特性の水分変動に対する変化傾向は水食い部と正常部で差は少ないと考えられた。3)従って,水食い部も適切に乾燥すれば,その後の含水率変化に対する物性の挙動は正常部とほぼ同様で,使用上,力学的性質に問題があることはないと推測された。

トドマツ水食い部の振動特性の温度依存性

乾燥過程の粘弾性の経時変化を振動法で測定するにあたり,粘弾性は温度の影響を受けるので,高温条件におけるトドマツ水食い部の粘弾性の挙動を検討した。北海道産トドマツより180mm(L)×25mm(R)×10mm(T)の寸法でR方向に互いに隣接する水食い部と正常部の試験体の組を作製した。試験体は予め105℃で全乾にした。そして,室温から200℃まで温度変化させて,電気炉内に試験体と振動試験系を設置して振動試験を行った。試験体の振動は励振器によって励起した。以下の結果を得た。

1)比ヤング率は,昇温過程において減少し,降温過程において増加した。比ヤング率の比(対室温全乾)は水食い部と正常部で全ての設定温度において有意差は認められなかった。2)損失正接は,昇温過程,降温過程の両方で約100℃で最小値をとった。損失正接の比(対室温全乾)は水食い部と正常部で有意差が認められなかった。3)これらの結果は,乾燥過程において,水食い部は正常部と同様な強度特性を示すことを示唆している。

トドマツ水食い部の乾燥過程における振動特性の経時変化

乾燥過程で生じている現象を明らかにし,それが水食い部と正常部で差があるのかどうか,また差を生じさせる原因は何かということを明らかにすることを目的として,設定温度100℃,120℃および140℃の乾燥過程における振動特性の経時変化を検討した。北海道産トドマツより180mm(L)×25mm(R)×10mm(T)の寸法でR方向に互いに隣接する水食い部と正常部の試験体の組を作製した。加熱前含水率状態は,生材または飽水状態とした。そして,電気炉内に試験体と振動試験系を設置して振動試験を行った。試験体の振動は励振器によって励起した。以下の結果を得た。

1)水食い部と正常部で共通した傾向としては,材温変化が,初期の上昇する領域(I),沸点付近で安定する領域あるいは上昇速度が低下する領域(II),再上昇する領域(III),設定温度付近で安定する領域(IV)の4領域に大まかに分割できたこと,含水率が領域IIの終わりか領域IIIの初期で繊維飽和点に到達したこと,乾燥の初期には,木材が軟化するために,比ヤング係数が小さくなり,損失正接が大きくなったこと,すなわち比ヤング率の経時変化と損失正接の経時変化が材温の経時変化と対応したことが挙げられる。2)一方,水食い部と正常部で異なった傾向としては,同じ設定温度での加熱において,正常部より水食い部の方が,各領域における経過時間が長かったことおよび水食い部では正常部よりも,比ヤング率が減少し,損失正接が増大したことが挙げられる。3)これらの相違点は水食い部由来および正常部由来の飽水材を乾燥させたときには見られなかったため,乾燥過程におけるトドマツの水食い部と正常部と粘弾性の違いは,細胞壁の特性といった解剖学的特性の違いによるものでなく,主として初期含水率の違いによるものと考えられる。従って,トドマツ水食い材は適正に乾燥すれば,種々の有効利用が可能になると思われる。そのためには,トドマツの水食い部と正常部の差がなるべく小さくなるような乾燥スケジュールを開発する必要がある。

トドマツ水食い部の乾燥処理による強度特性と寸法の変化

乾燥後の水食い部と正常部の性能の差に関する情報を得る目的で,トドマツ水食い部の人工乾燥時の熱負荷に相当する熱処理による静的曲げ特性,衝撃曲げ特性の変化,並びに乾燥収縮による変形を正常部と比較検討した。試験体には北海道産55年生トドマツ造林木を用いた。静的曲げ試験体および衝撃曲げ試験体として,7mm(R)×7mm(R)×115mm(L)の寸法の試験体,収縮変形測定用として30mm(R)×30mm(T)×5mm(L)の寸法の試験体をそれぞれ作製した。いずれの試験体も水食い部と正常部は半径方向に隣接したものを用いた。スパンを98mm,変形速度を5mm/minとし,柾目面荷重で3点曲げ試験を行い,静的曲げヤング率,静的曲げ強度ならびに破壊に要する仕事を求めた。容量30kgw・cmのシャルピー型衝撃試験機を用い,スパン84mmで,柾目打撃の衝撃曲げ試験を行い,衝撃曲げ強度と衝撃曲げ吸収エネルギーを求めた。また,R方向とT方向の収縮率および試験体の4隅の角度の変化を求めた。熱処理は,設定温度を100℃, 120℃, 140℃とし,試験体の重量が変化しなくなったときに終了した。以下の結果を得た。

1)静的曲げヤング率,静的曲げ強度および曲げ破壊に要する仕事は正常部の方が水食い部より大きい場合があったが,これは試験体のマッチングがR方向に木取られたためと考えられ,静的曲げ特性に対する熱処理の影響の程度が水食い部と正常部で明確な差異は認められなかった。2)衝撃曲げ強度および衝撃曲げ吸収エネルギーはいずれも正常部の方が水食い部より大きい場合があったが,これは試験体のマッチングが半径方向に木取られたためと考えられ,衝撃曲げ特性に対する熱処理の影響が水食い部と正常部で差があったとはいえなかった。3)収縮率は水食い部の方が正常部よりも大きい場合があったが,乾燥変形に対する熱処理の影響の程度は水食い部と正常部で大差なかった。4)以上より,熱処理を受けたトドマツ材の物性は水食い部と正常部で大差ないと考えられる。従って,乾燥が適正に行われれば水食い部の物性は正常部と比較してほぼ同等であるということが示された。

結論

加熱乾燥処理過程におけるトドマツ水食い部と正常部の粘弾性の相違は,温度依存性や解剖学的な違いではなく,初期含水率の違いによることが分かった。また,水食い部も適切に乾燥すれば,乾燥後の力学特性や収縮は正常部とほぼ同等であり,その後の含水率変化に対する力学特性の挙動も正常部とほぼ同様で,使用上特に問題が生じることはないと推測された。

審査要旨 要旨を表示する

トドマツは北海道の代表的な造林樹種であり、現在では北海道の人工林面積の半数を占めるバイオマス資源で、今後大量に出材が予想されるトドマツ人工林材の利用拡大を図ることは大きな課題である。しかし、トドマツ丸太には高い割合で「水食い」と呼ばれる異常に含水率が高い心材が出現し、このため乾燥コストが増大し、またこの部分は乾燥による割れが生じやすく不良材が多くなるために歩留まりが低下し、利用上大きな問題となっている。解決策として熱気乾燥法等が考案され、割れや捩じれの問題は改善されたが、水食い部の材質がそれ以外の部分と同等であるかどうかは不明であった。本研究は水食い部の材質ならびに過酷な乾燥条件で新たな材質低下発生することがないのか等を究明することで、水食い材の材質的位置づけを明らかにし、資源の有効利用に路を開こうとするものである。

第1~3章で本研究の位置づけを述べた後、第4章では本研究での測定手法の中心となる振動試験法による粘弾性的物性測定の原理を解説し、以降の章では水食い材部と正常材部の材質をさまざまな試験条件で比較検討した。木材の性質は材軸方向にはあまり変化しないので、本来は性能比較をする場合には材軸方向に並べて試験体を採取するのが通常である。しかし、水食い部は材軸方向に長く連なって斑状に出現するため、本研究では半径方向に隣接させて水食い材と正常材の試験体を採取せざるを得なかった。これを半径方向マッチングという。

第5章ではまず、乾燥後用材として使用状態で周囲環境等の変化で含水率に変化が生じた場合に水食い材部の強度性能が劣ることがないかどうかを検討した。試験体としては天然乾燥された北海道産トドマツを用いた。その結果、0~100%の8水準の相対湿度にたいする平衡含水率の変化傾向は水食い部、正常部とも同様であった。また、マッチング法に起因する試験体採取位置の影響は存在したものの、振動特性の水分変動に対する変化傾向は、水食い部と正常部で差は少なかった。従って、水食い部も適切に乾燥すれば、使用上、力学的性質に問題はないことが明らかとなった。

第6章ではトドマツ水食い部の粘弾性的性質の温度依存性を検討した。室温から200℃まで温度変化させて、電気炉内に試験体と振動試験系を設置して振動試験を行った。その結果、比ヤング率は、昇温過程において減少し、降温過程において増加した。比ヤング率を室温全乾での値を基準化して求めると、全ての設定温度において水食い部と正常部で有意差は認められなかった。また、損失正接は、昇温・降温どちらの場合も約100℃で最小値をとった。基準化した損失正接は水食い部と正常部とでは有意差が認められなかった。これらの結果から、乾燥過程において、水食い部は正常部と同様な強度特性を示すことが明らかとなった。

第7章ではトドマツ水食い部の乾燥過程における材質変化を、振動特性を乾燥炉内で経時的に測定することで追った。設定温度は100℃、120℃および140℃とし、加熱前含水率状態は、生材または飽水状態とした。その結果、水食い部と正常部どちらにおいても、材温変化の傾向を、初期上昇域、安定域、再上昇域、最終安定域の4領域に分割できることがわかった。一方、同じ設定温度での加熱において、正常部より水食い部の方が、各領域における経過時間が長くかかり、水食い部では正常部よりも、比ヤング率が減少し、損失正接が増大した。この相違点は両者由来の飽水材を乾燥させたときには見られなかったため、乾燥過程における両者での粘弾性挙動の違いは主として初期含水率の違いに起因するものと考えられた。

第8章ではトドマツ水食い部が人工乾燥時の熱負荷に相当する熱処理を受けた場合の処理後の強度特性と寸法変化を調べた。熱処理の設定温度は100℃, 120℃, 140℃とし、試験体の重量が一定になるまで処理を継続した。その結果以下のことが明らかとなった。静的曲げヤング率、曲げ強度および曲げ破壊に要する仕事、衝撃曲げ強度および衝撃曲げ吸収エネルギーは正常部の方が水食い部より大きい場合があったが、これは半径方向マッチングの影響を凌駕する明確な差異とは認められなかった。収縮率も水食い部の方が正常部よりも大きい場合があったが、乾燥変形に対する熱処理の影響の程度は水食い部と正常部で大差なかった。これらから熱処理を受けたトドマツ材の物性は水食い部と正常部で大差ないことがわった。

以上申請者さまざまな方向から、トドマツの水食い部が材質的に劣ることの可能性を検討したが、乾燥が適正に行われれば水食い部の物性は正常部と比較してほぼ同等であるということが明らかとなった。このことにより従来低質の欠点部分と見なされて適切な利用がされていなかったトドマツ材が、十分に建築用材等として利用可能であることを示したもので、その功績は資源の有効利用の面からも大きい。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として十分に価値を有するものと認めた。

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