学位論文要旨



No 217022
著者(漢字) 阪口,裕史
著者(英字)
著者(カナ) サカグチ,ヒロシ
標題(和) (-)-Kainic Acidの全合成
標題(洋)
報告番号 217022
報告番号 乙17022
学位授与日 2008.10.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第17022号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 柴,正勝
 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 准教授 金井,求
 東京大学 講師 横島,聡
内容要旨 要旨を表示する

【序】(-)-Kainic acid(1)は1953年、フジマツモ科(Rhodomelaceae)に属する紅藻類である海人草(Digenea Simplex)より抽出、単離され1、グルタミン酸イオンチャネル型受容体におけるAMPA/Kainate受容体に選択的かつ非常に強力なアゴニスト活性を示すことが知られている。(-)-Kainic acid(1)は従来は回虫駆虫薬として汎用されてきたが、現在では、受容体サブタイプの分類や、てんかん、アルツハイマー病など神経変成疾患の分野で必須の標準物質として汎用されている。そのため、安定供給が望まれているが、従来の回虫駆虫薬としての需要減少に伴い生産量が激減し生産が一時停止するなどその供給不足が問題となっている2。そこで我々は、大量合成が可能な全合成経路の開発に着手した。

【分子内Michael付加反応を鍵反応とした合成】(-)-Kamic acid(1)の逆合成解析をScheme1に示す。ピロリジン環のC2-C3結合をα,β-不飽和ラクトン2の立体選択的な分子内Michael付加反応で構築することとし、2は対応するアクリル酸エステル誘導体3の閉環メタセシスにより構築することとした。3のグリシン部分は、不斉補助基を有する4とグリシン誘導体と還元的アミノ化反応で導入することとし、4はクロトン酸誘導体5とアセトアルデヒドとのEvans aldol反応により合成することを計画した。

不斉補助基6を有するクロトン酸誘導体7を、四塩化チタンを用いたEvans aldol反応3に付し、対応するアルコール8を単一異性体として得た(Scheme2)。8の水酸基をTBS基で保護した後、DIBAL-Hを用いて還元しヘミアミナール9へ誘導した。得られた9とグリシンのメチルエステル塩酸塩を、還元的アミノ化の反応条件に付したところ、望みとする二級アミン10を高収率で得ることができた。その際、不斉補助基6はシリカゲルクロマトグラフィーで容易に回収することができた。次に、二級アミンをBocで保護し、TBS基の脱保護に続いてアクリル酸エステル11に変換し、閉環メタセシス反応を試みた。その結果、第二世代のHoveyda-Grubbs触媒4を用いて、1,2-ジクロルエタン中で加熱還流を行うと、触媒量をわずか0.8mol%に減じても望みの環化反応が効率的に進行し、鍵反応である分子内Michael付加反応の前駆体であるα,β-不飽和ラクトン12がほぼ定量的に得られた。

一方、閉環メタセシスを用いないα,β-不飽和ラクトン12の別途合成方法についても検討した(Scheme3)。10より合成した13のオレフィン部分をオゾンで開裂し、得られたアルデヒドをHomer-Wadsworth-Emmons反応に付し、TSB基を除去してアルコール14を得た。得られた14を野出らにより報告されている微臭チオール5と触媒量のDBUの存在下、無溶媒で加熱したところMichae1付加反応が進行するとともにラクトン化が進み、δ-ラクトン15を合成した。次いで15にオゾンガスを用いてスルフィドをスルホキシドへ酸化し、引きつづき1ポットで加熱することで生じたスルホキシドをsyn-β脱離し、目的のα,β-不飽和ラクトン12を高収率で得た。

続いて、鍵工程である分子内Michael付加反応によるピペリジン環の構築に関して反応条件の詳細な検討を行った(Table1)。その結果、立体選択性に関して顕著な溶媒効果がみられ、DMFを用いた際に最も高いジアステレオ選択性で望みの2,3-シス体を与えた(Entries 1-3)。次に、塩基の種類を検討したところLiHMDSが最も良好な結果を与え、生成比は91:9まで改善し、高い収率で目的の16aが得られた(Entries3-5)。また、生成比の改 善を目的により嵩高いエステル部分を有する基質で反応を行ったところ、生成比は若干改善されるもの、のこれらの基質では還元的アミノ化工程(9to10)の収率が低下することが判った(Entries 5-7)。

望みの2環性化合物を高立体選択的に構築することができたので、次に得られたδ-ラクトン16をメタノリシスにより開環し、2級アルコールのケトンへの酸化、高井らの条件6を用いてエキソメチレン化し18へ誘導した。最後にエステルの加水分解とBoc基の除去を経て、再結晶によりC-2エピマーを分離し、(-)-kainic acid(1)の全合成経路の確立に成功した(Scheme4)。6から全工程15ステップ、総収率は13%であった。

【アゼチジン誘導体を原料に使用した(-)-kainic acid(1)の全合成】先に述べた合成方法により、中間体のα,β-不飽和ラクトン12から目的の(-)-kainic acid(1)が短工程で合成できることにがわかったので、より効率的な方法の確立を目的に、12の別途合成方法を検討した。その逆合成解析をScheme5に示す。αβ-不飽和ラクトン2のラクトン部分を開裂後、グリシン部分を別途導入しアルコール部分とアミン部分は対応するアミド結合を還元的に開裂することで、アゼチジノン誘導体20から導くことを計画した。20は市販のアゼチジノン誘導体21に酢酸ユニットを置換することで合成できる。出発物質の21は抗生物質の製造原料として工業的スケールで製造されており、大量入手が可能であることから出発原料に適していると考えた。

訓に対して容易に調製可能な有機亜鉛試薬22を作用させて増炭したラクタム23をCbz基で保護した後、水素化ホウ素ナトリウムでラクタム部分を還元的に開裂してアミノアルコール24を得た(Scheme6)。アルコール24とNsグリシン誘導体25を光延反応条件下縮合し二級アミン26を得た。得られた26をトリフルオロ酢酸で処理したところ、TBS基の脱保護およびラクトン化が進行し、ラクトン27を高収率で得ることができた。ついで27のNs基をBoc基へ変換しラクトン28を得た。

28のCbz基を脱保護した後、生じたアミノ基をヨウ化メチルによりHofmann脱離し、鍵中間体であるα,β-不飽和ラクトン16を合成することができた(Scheme7)。次に、工程短縮を検討した結果、Entry2に示すように28のアミノ基をCbz化するとともに、系内でそのまま塩基処理することにより、1工程で16を得る方法を見出した。そのとき、16とその2位のエピマーの生成比は92:8であり、Table1で検討した分子内Michael付加反応の場合とほぼ同じであった。16からはScheme4の方法で(-)-kainic acid(1)を合成し、(-)-kainic acid(1)の改良合成法の確立に成功した。本合成法では原料のラクタム21から全工程12ステップで総収率は14%であった。

【参考文献】(1) Murakami, S.; Takemoto, T.; Shimizu, Z. J. Pharm. Soc. Jpn. 1953, 73, 1026. (2) (a) Tremblay, J.-F.Chem. Eng. News 2000, Jan 3, 14. (b) Tremblay, J.-F. Chem. Eng. News 2000, March 6, 31. (c) Tremblay, J.-F. Chem. Eng.News 2001, Jan 29, 19. (3) Crimmins, M. T.; King, B. W.; Tabet, E. A.; Chaudhary, K. J. Org. Chem. 2001, 66, 894. (4)Kingsbury, J. S.; Harrity, J. P. A.; Bonitatebus, P. J. Jr.; Hoveyda, A. H J. Am. Chem. Soc. 1999, 121, 791. (5) Node, M.;Kumar, K.; Nishide, K.; Ohsugi, S.; Miyamoto, T. Tetrahedron Lett. 2001, 42, 9207. (6) (a) Hibino, J.; Okazoe, T.; Takai, K.;Nozaki, H. Tetrahedron Lett. 1985, 26, 5579. (b) Takai, K.; Kalduchi, T.; Kataoka, Y.; Utimoto, K. J. Org. Chem. 1994, 59,2668.

Scheme1

Scheme2

Scheme3

Table 1, Optimization of the intramoiecuar Michael Addition Reaction.

Scheme4

Scheme5

Scheme6

Scheme7

審査要旨 要旨を表示する

(-)-Kainic acid(1)は紅藻類である海人草(Digenea Simplex)より抽出、単離された天然物であり、グルタミン酸イオンチャネル型受容体におけるAMPA/kainate受容体に選択的かつ非常に強力なアゴニスト活性を示すことが知られている。(-)-Kainic acid(1)は回虫の駆虫薬として以前は使用されていたが、現在では、受容体サブタイプの分類や、てんかん、アルツハイマー病など神経変成疾患の分野で必須の標準物質として汎用されている。そのため、安定供給が望まれているが、回虫駆虫薬としての需要減少と同時に、日本近海の海人草の激減によりその供給不足が問題となっている。そこで阪口はこの問題を解決すべく大量合成可能な全合成経路の開発を行なった。

まず阪口は、分子内Michael付加反応を鍵反応とした全合成経路の開発を企画し、不斉補助基2を有するクロトン酸誘導体3を、四塩化チタンを用いたEvans aldol反応に付し、対応するアルコール4を単一異性体として得た。次に、4の水酸基を保護した後、DIBAL-Hを用いて還元しヘミアミナール5へ誘導した。得られた5とグリシンのメチルエステル塩酸塩を、還元的アミノ化の反応条件に付すと、望みとする二級アミン6を高収率で得ることができた。6より導いた7の閉環メタセシス反応を試みたところ、触媒量を0.8mol%に減じても望みの環化反応が効率的に進行し、8がほぼ定量的に得られる条件を見出した。続いて8を塩基(LIHMDS)で処理すると、鍵反応である分子内Michael付加反応が進行し、良好な選択性および高い収率で9を得た。9より2工程の後、得られた10のケトン部分を緩和な条件下でエキソメチレン化し、ついで脱保護を行い、(-)-kainic acid(1)の新規全合成を完成させた。

次に阪口は、.より実用的な(-)-kainic acid(1)の合成ルートの確立を目的として、アゼチジン誘導体を出発原料に使用した全合成経路の開発を行なった。出発物質の12はチエナマイシン系抗生物質の製造中間体として工業的スケールで製造されており、大量に入手が可能であることから出発原料として適していると考えられる。まず、文献に従って12に有機亜鉛試薬13を作用させてラクタム14を合成し、ここから二工程で導かれる15とNsグリシン誘導体16を縮合して17を得た。得られた17をトリフルオロ酢酸で処理したところ、脱保護およびラクトン化が進行し、18を高収率で得た。ついで18のNs基をBoc基へ変換して19を得た後、19のアミノ基をCbz化するとともに系内でそのまま塩基処理する鍵反応により重要中間体9を得た。これは窒素を活性化して脱離・付加を一挙に行う注目すべき変換法といえる。9からは先と同様に数工程を経て(-)-kaincia cid(1)を合成することができた。このように、阪口は(-)-kainica cid(1)のより効率的な新規全合成ルートの確立も達成した。

阪口は、(-)-Kainic acid(1)の効率的な合成ルートの開発に成功し、(-)-Kainic acid(1)の大量合成による供給不足の解消に道を開いた。また、本合成法は広くカイノイド類およびその誘導体の合成にも応用可能であり、薬学研究に寄与するところ大である。よって、博士(薬学)の学位を授与するに値すると認めた。

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