学位論文要旨



No 217023
著者(漢字) 廣瀬,了
著者(英字)
著者(カナ) ヒロセ,リョウ
標題(和) 4型および5型環状ヌクレオチド・ホスホジエステラーゼ(type IV and type V cyclic nucleotide phosphodiesterases)阻害剤の生化学的および薬理学的解析
標題(洋)
報告番号 217023
報告番号 乙17023
学位授与日 2008.10.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第17023号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北,潔
 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 教授 関水,和久
内容要旨 要旨を表示する

細胞内の環状ヌクレオチド濃度は、cAMP、cGMPを対応するヌクレオチド5'-三リン酸から合成するアデニル酸シクラーゼ、グアニル酸シクラーゼと、cAMP、cGMPを分解、不活性化する環状ヌクレオチド・ホスホジエステラーゼ(PDE)の、2つの酵素群で制御されている。現在、哺乳動物において、PDEは基質特異性、反応速度、活性制御因子、阻害剤に対する感受性、および遺伝子の塩基配列の相同性から、11のファミリーに分類されている(Table1)。近年、PDEに関する分子生物学的および薬理学的な知見の増加し、非選択的なPDE阻害剤の副作用を軽減し、有効性を高めるために、各PDEファミリーに選択的な阻害剤が活発に探索されている。本研究では、気管支喘息への適用のためにPDE4(low Km,cAMP-specific PDE)阻害剤の、勃起不全および狭心症への適用のためにPDE5(cGMP-binding,cGMP-specific PDE)阻害剤の研究を行なった。

〈PDE4阻害剤の探索〉

PDE4は気管平滑筋と炎症細胞の両方に発現しており、初期の選択的PDE4阻害剤rolipramは気管平滑筋弛緩作用および抗炎症作用を有することが示されている。これらの根拠から、PDE4阻害剤は、気管支喘息、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、アトピー性皮膚炎およびその他の炎症性疾患を対象に探索されてきた。しかし、PDE4阻害剤は、いくつかの認容できない副作用(悪心、嘔吐、下痢など)を惹起するため、未だ臨床で用いられているものはない。特に、嘔吐惹起は、中枢神経系のPDE4を阻害することが原因のひとつであると考えられている。最近の研究で、rolipramはPDE4酵素阻害活性(IC50≒1μM)よりも高い親和性でPDE4酵素に結合する(1(D≒3nM)ことが示された。この事実から、PDE4はrolipramに対して高親和型、低親和型の2つの構造(conformer)で存在しているという仮説が提示された。低親和型PDE4 conformerは従来の[3H].cAMPの分解活性により、一方、高親和型PDE4conformerは[3H]-rolipram結合実験により検出される。高親和型PDE4confbrmerは、発現の組織分布においては、高親和性rolipram結合部位とも呼ばれる。高親和性rolipram結合部位は脳に多く発現しているので、PDE4阻害剤は本結合部位の占有(高親和型PDE4confbrmerの阻害)により嘔吐を惹起している可能性がある。そこで、PDE4阻害剤で惹起される嘔吐の作用機作を明らかにするために、in vivoの動物モデルを用いて高親和性rolipram結合部位の嘔吐への関与を調べ、また、in vitroでのPDE4阻害剤の神経細胞に対する作用を検討した。

最初に、スンクス(Suncus murinus:ジャコウズミ)を用いてex vivo[3H].rolipram結合実験を行なった。スンクスは食虫目の1種であり、嘔吐の研究によく使用される。In vitroの解析から、[3H]-rolipramはスンクス前脳の細胞膜画分に高い親和性で結合し、その結合定数、最大結合量はラットの脳とほぼ同一であった。5つのPDE4阻害剤(PDE4酵素阻害活性の強さに大きな差を有し、[3H]-rolipram結合阻害活性の強さもある程度の差を示す:Table 2)をスンクスに腹腔内投与し、嘔吐惹起作用を測定した。その結果、5化合物すべてが、スンクスで嘔吐を惹起した(Table3)。そこで、嘔吐を惹起する薬物量をスンクスに投与した後に脳を摘出し、in vivoでの薬物による脳の高親和性rolipram結合部位の占有を調べた。5つの化合物は、脳の細胞膜画分のex vivo[3H]-rolipram結合容量を投与量依存的に減少させた(Figure 1,Table3)。PDE4阻害剤の嘔吐を惹起する投与量とin vivoで高親和性rolipram結合部位を占有する投与量には、高い相関性が認められた(Figure 2)。この結果は、PDE4阻害剤で惹起される嘔吐は、脳の高親和性rolipram結合部位の占有(高親和型PDE4 confbrmerの阻害)が原因であることを強く示唆するものである。したがって、PDE4阻害剤の嘔吐惹起作用を最小限に抑えるために考えられるひとつの方法は、高親和性rolipram結合部位への親和性がin vitroで弱い化合物を探索することである。

次に、11個のPDE4阻害剤(構造、およびPDE4酵素阻害活性の強さと[3H]-rolipram結合阻害活性の強さに関する生化学的性質が多様である:Table 2)を選択し、これらの化合物の神経細胞内cAMP量に対する作用を検討した(Figure 3,Table 4)。11個の化合物は、いずれもβアドレナリン受容体作動薬で惹起されるラット大脳皮質神経細胞内のcAMP量を増加させた。PDE4阻害剤のcAMP量上昇作用は、化合物の[3H]-rolipram結合阻害活性の強さと相関したが、PDE4酵素阻害活性の強さとは相関しなかった(Figure 4A,B)。したがって、高親和型PDE4 conformerが、大脳皮質神経細胞内のcAMP量の調節に関与していることが示唆された。高親和性rolipram結合部位は脳内に広範に分布していることから、嘔吐惹起に関与しているとされる脳幹神経核の神経細胞においても、cAMP量は高親和型PDE4 conformerによって調節されている可能性が考えられる。一方、これらの化合物のTリンパ球の増殖抑制作用も解析した(Table 4)。リンパ球混合反応(allo-MLR)抑制作用は、化合物のPDE4酵素阻害活性の強さと[3H]-rolipram結合阻害活性の強さの両方に相関した(Figure 4C, D)。このことから、Tリンパ球の増殖には、低親和型PDE4 conformerと高親和型PDE4 conformerの両方が関与していることが推測される。これらの結果は、単に化合物の高親和性rolipram結合部位への親和性を低下させるだけでは、中枢作用を抗炎症作用から分離するのは困難であることを示している。

本研究の結果から、PDE4阻害剤の嘔吐惹起作用を低下させ、さらに抗炎症作用との分離を図るためには、脳透過性のない化合物を見出すことが有効であることが示唆される。さらに、脳透過性に関わらず、脳の高親和性rolipram結合部位をin vivoで占有しない化合物の探索研究も有意義である。

〈PDE5阻害剤の探索〉

PDE5は、主に血管平滑筋、気管平滑筋および血小板に発現している。PDE5阻害剤は、抗血小板作用、弱い強心作用、および血管平滑筋弛緩作用を有することが示されている。よく知られたPDE5阻害剤sildenafilは、陰茎海綿体の平滑筋を弛緩させ、男性の勃起不全の治療に有効である。血小板凝集反応は、PDE5阻害剤の強さを評価するのに便利な測定系である。ヒトおよびウサギの血小板は、専らPDE3(cGMP-inhibited,cAMP-specific PDE)とPDE5を発現している。細胞内のcGMPあるいはcAMPの上 昇により血小板の凝集は抑制され、選択的PDE5阻害剤の血小板凝集抑制作用はcGMP量の増加を介していることがわかっている。

PDE5阻害剤の探索から、KF31327(3-ethyl-8-[2-(4-hydroxymethyl-piperidino)benzylamino]-2, 3-dihydro-1H-imidazo[4, 5-g]quinazoline-2-thione dihydrochloride)を見出した(Figure 5)。そこで、KF31327の先行して開発されているsildenafilに対する違いを明確にし、疾患治療に優位な点を見出すことにした。KF31327は、PDE5をsildenafilよりも強く阻害した(Table 5)。反応速度論的解析から、KF31327は非拮抗的阻害剤であった(Ki=0.16nM)。KF31327はPDE5に対して高い選択性を示したが、PDE3に対してIC50=38nMと弱いながらも阻害活性を有していた。次に、collagenで惹起されるウサギ血小板凝集反応に対するKF31327とsildenafilの抑制作用を比較した。Nitroglycerin(一酸化窒素産生剤)存在下で、KF31327はcollagenで惹起されるウサギ血小板の凝集を0.1μM以下の濃度で抑制し、その作用はsildenamと同等以上であった(Figure6A)。このときいずれの化合物によっても細胞内のcGMP量は上昇し、cAMP量は変化しなかった(Figure7A)。したがって、nitroglycerin存在下では、KF31327による血小板の凝集抑制作用はcGMP量の上昇が原因であると考えられる。一方、nitroglycerin非存在下では、KF31327は血小板の凝集抑制に高濃度(1,10μM)を必要とし、このとき細胞内の環状ヌクレオチド量1まいずれも上昇した(Figure6B,7B)。これに対して、10μM sildenafilは細胞内のcGMP量を上昇させたにもかかわらず、血小板の凝集を抑制しなかった。この結果は、nitroglycerin非存在下でのKF31327による血小板の凝集の抑制作用には、cAMP量の上昇が関与していると考えられる。Sildenafilは細胞内cAMP量を上昇させなかったことから、高濃度のKF31327の作用はPDE3阻害が原因である可能性がある。血管平滑筋、血小板を含むほとんどの心血管系の組織ではPDE3とPDE5の両方が発現しており、cAMPとcGMPは血管拡張作用、抗血小板作用の伝達物質として協調的に働いていると推測されている。したがって、弱いPDE3阻害作用を有する非拮抗的な強いPDE5阻害剤というKF31327の特性は、多くの心血管系の病態に有効である可能性がある。

<まとめ>

PDE4阻害剤の探索において、ex vivoの実験により副作用の嘔吐惹起と脳内高親和性rolipram結合部位の占有(高親和型PDE4 conformerの阻害)が相関していることを証明した。さらに、in vitroの実験により神経細胞内のcAMP量の調節には、高親和型PDE4 conformSが関与していることを示した。しかし、単に生化学的に高親和性rolipram結合部位への親和性を低下させるだけでは副作用と抗炎症作用の分離は困難であり、in vivoで脳の高親和性rolipram結合部位を占有しない化合物の探索というスクリーニング方法を提示することができた。一方、PDE5阻害剤の探索においては、新規化合物KF31327を見出しsildenafilと比較した。KF31327は非拮抗的PDE5阻害剤で、sildenafilよりも効果的に血小板内cGMP量を上昇させ、sildenafilと同等以上の血小板凝集抑制作用を示した。また、KF31327は弱いPDE3阻害作用を有したPDE5阻害剤であり、心血管系の病態に有効である可能性があることを示した。

Table 1 Summary of PDE isozyme families

Table 2 Inhibition of rat PDE4 activity, and affinity to the high-affinity rolipram binding site in membranes of S. murinus and rat

Table 3 Emetic activity and inhibition of ex vivo [3H]-rolipram binding of PDE4 inhibitors in S. nutrinus

Figure 1 Inhibition of ex vivo [3H]-rolipram binding to brain membrane of S. murinus by the PDE4 inhibitors. Drugs were intraperitoneally administered 30 min before preparation of brain membrane fractions. [3H]-Rolipram binding assay was conducted by incubation with 3 nM [3H)-rolipram for 30 min at 30・Z. Results are expressed as the means ・} s.e.mean of 3 experiments. The asterisks, * and **, indicate significant differences at P<0.05 and P<0.01,respectively, compared with vehicle-administered animals (Dunnett's test).

Figure2 Correlation between emetic activity of the PDE4 inhibitons and inhibitory activity of ex vivo[3H]-rolipram binding. The compounds included in these analyses are as follows: denbufylline (1), rolipram( 2), piclammila(3st) ,CDP840 (4), KF19514 (5). The diagonal line represents the line of unity. The inset values, r and P,indicate the correlation coefficient and the probability of error of the Pearsons' regression analysis.

Table 4 Pharmacological effect of PDE4 inhibitors on rat cortical neurons and mouse T-lymphocytes

Figure 3 Effects of PDE4 inhibitors on the intracellular cAMP level in cultured cortical neurons. Cells were incubated for 10 min at room temperature with various concentrations of the PDE4 inhibitors and 10 nM isoprotercnol. Results are presentcd as the means ± s.e. mean of 6 experiments. The symbols, ## and ++,indicate significant differences at P<0.01 compared with vehicle-treated cells and 10 nM isoproterenol-treated cell,respectively(Student's unpaired t-test). The astcrisks*, and **, indicate significant differences at P<0.05 and P<0-01, respectively, compared with isoproterenol-treated cells( Dunnett's test).

Figure4 Comparison of pharmacological activities of PDE4 inhibitors in elevation of cAMP levels in cortical neurons (A,B ) and inhibition of mouse allo-MLR( C, D) with inhibition of rat PDE4 catalytic activity( A, C) or displacement of [3H]rolipram binding to rat brain membrane( B, D)The compound included in these analyses are as follows:denbufylline(1), rolipram(2), piclamilast(3), CDP840(4),cilomilast(5), roflumilast(6), Ro20-1724(7), YM976 (8), AWD12-281(9), BAY19-8004(10) and KF 19514(11). The diagonal line represents the line of approximation. The inset values, r and P,indicate the correlation coefficient and the probability of error of the Pearson's regression analysis.

Figure 5 Structure of KF31327 and sildenafil

Table 5 PDE inhibition profiles of KF31327 and sildenafil in each PDE isozyme (PDE1-5) fraction prepared from canine trachea and PDE6 prepared from rat retina

Figure 6 Inhibitory effects of KF31327 (gray bars) and sildenafil (hatched bars) on collagen-induced platelet aggregation in rabbit washed platelets in the presence (A) and absence (B) of nitroglycerin. Platelets were pre-incubated for 5 min with 10μM nitroglycerin and each of drugs at indicated concentration, and then challenged with 2μg ml-1 of collagen for 10 min. Values represent mean ±s.e.mean (n=4). **: P<0.01 compared with vehicle. ##: P<0.01 KF31327 vs. sildenafil. KF31327 (A and B) and sildenafil (A) concentration dependently inhibited platelet aggregation verified by max-t test (P<0.01).

Figure 7 Cyclic nucleotide levels in rabbit washed platelets after 5 min incubation with drugs in the presence (A) or the absence (B) of 10μM nitroglycerin just before the induction of aggregation by collagen. Values are presented as means±s.e.mean (n= 3).**: P<0.01 compared with vehicle. # And #6: P<0.05 and P<0.01 KF31327 vs. sildenafil. cGMP level (A and B) and cAMP level (B) were concentration dependently increased by treatment of KF31327 verified by max-1 test (P<0.05).

審査要旨 要旨を表示する

〈はじめに〉

哺乳動物において・環状耳クレオチド・ホスホジエステラーゼ(PDE)は、11のファミリーに分類されている。非選択的なPDE阻害剤の副作用を軽減し、有効性を高めるために、各PDEファミリーに選択的な阻害剤が探索されている。本研究では、気管支喘息への適用のためにPDE4(low Km,cAMP-specific PDE)阻害剤の勃起不全および狭心症への適用のためにPDE5(cGMP-binding,cGMP-specificPDE)阻害剤の硯究を行なった。

〈PDE4阻轡剤の捜索〉

PDE4は気管平滑筋と炎症細胞の両者に発現しており、PDE4阻害剤は、気管支喘息、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、アトピー性皮膚炎およびその他の炎症性疾患を対象に探索されてきた。しかし、PDE4阻害剤は、いくつかの副作用(悪心、嘔吐、下痢など)を惹起するため、未だ臨床で用いられているものはない。特に、嘔吐惹起は、申枢神経系のPDE4を阻害することが原因のひとつであると考えられている。最近の研究で、rolipramぱPDE4酵素阻害活性(IC50≒1μM)よりも高い親和性でPDE4酵素に結合する偽≒3nM)ことが示された。この事実から、PDE4はrolipramに対して高親和型、低親和型の2つの構造(confbrmer)で存在しているという仮説が提示された。低親和型PDE4conformerlは従来の[3H]-cAMPの分解活性により、一方、高親和型PDE4 conformerは[3H]-rolipram結合実験により検出される(高親和性rolipram結合部位)。高親和性rolipram結合部位は脳に多く発現しているので、PDE4阻害剤は本結合部位の占有(高親和型PDE4conformerの阻害)により嘔吐を惹起している司能性がある。そこで、PDE4阻害剤で惹起される嘔吐の作用機作を明らかにするために、嘔吐の動物モデルおよび初代培養神経細胞を用いて高親和性rolipram結合部位の嘔吐への関与を検討した。

最初に、スンクス(suncus murimus:ジャコウネズミ)を用いてex vivo[3H]-rolipram結合実験を行なった。Invitroの解析から、[3H]-rolipramの前脳細胞膜画分への結合において、その結合定数、最大結合量は、スン クスとラツトでぼぼ同一であった。5つのPDE4阻害剤(Table1)をスンクスに腹腔内投与し、嘔駐惹起作用を測定した。その結果、5つの化合物すべてが、スンクスで嘔吐を惹起した。そこで、嘔吐を惹起する薬物量をスンクスに投与した後に脳を摘出し、inv ivoでの薬物による脳の細胞膜画分の高親和性rolipram結合部位の占有を調べた。5つの化合物は、ex vivo[3H]-rolipram結合容量を投与量依存的に減少させ、嘔吐を惹起する投与量とin vivoで高親和性rolipram結合部位を占有する投与量には、高い相関性が認められた(Figure1)。したがって、PDE4阻害剤で惹起される嘔吐は、脳の高親和性rolipram結合部位の占有(高親湘型PDE4 conformerの阻害)が原因であることが示唆された。この結果から、PDE4阻害剤の嘔吐惹起作用を抑えるために考えられるひとつの方法は、高親和性rolipram結合部位への親和性がin vitroで弱い化合物を探索することであるとの結論が得られた。

次に、二個のPDE4阻害剤を選択し、βアドレナリン受容体作動薬で惹起されるラット大脳皮質神経細胞内のcAMP量の上昇に対する作用を検討した。その結果、二個の化合物のcAMP量上昇作用は、化合物の[3H]-rolipfam結合阻害活性の強さと相関したが、PDE4酵素阻害活性の強さとは相関しなかった(Figure2A,B)。したがって、高親和型PDE4 confbrmerが、1大脳皮質神経細胞内のcAMP量の調節に関与していることが示唆された。高親和性rolipram結合部位は脳内に広範に分布していることから、嘔吐惹起に関与しているとされる脳幹神経核の神経細胞においても、cAMP量は高親和型PDE4conformerによって調節されて いる可能性が考えられる。一方、これらの化合物のTリンパ球の増殖抑制作用(allo-MLR抑制)は、化合物のPDE4酵素阻害活性の強さと[3H]-rolipram結合阻害活性の強さの両方に相関した(Figure 2C,D)。このことから、Tリンパ球の増殖には、低親和型PDE4 conformerと高親和型PDE4 conformerの両方が関与していることが推測される。これらの結果は、単に化合物の高親和性rolipram結合部位への親和性を低下させるだけでは、中枢作用を抗炎症作用から分離するのは困難であることを示している。

本研究の結果から、PDE4阻害剤の嘔吐惹起作用を低下させ、さらに抗炎症作用との分離を図るためには、脳透過性のない化合物を見出すことが有効であることが示唆された。さらに、脳透過性に関わらず、脳の高親和性rolipram結合部位をin vivoで占有しない化合物の探索研究も有意義であることが判った。

PDE5阻害剤は、抗血小板作用、弱い強心作用、および血管平滑筋弛緩作用を有することが示されており、PDE5阻害剤sildenafilは、陰茎海綿体の平滑筋を弛緩させ、男性の勃起不全の治療に有効である。PDE5阻害剤の探索から、KF31327(3-ethy1-8-[2-(4-hydroxymethyl-piperidino)benzylamino]-2,3-dihydro-1H-imidazo[4,5-g]quinazoline-2-thione dihydrochloride)が見出された。そこで、先行して開発されているsildenafilに対するKF31327の違いを明確にし、疾患治療に優位な点を見出すことを試みた。

KF3B27(IC50=0.074nM)のPDE5阻害活性は、sildenafil(IC50=2.7nM)よりも強かった。反応速度論的解析から、KF31327は非拮抗的阻害剤であった。KF31327はPDE5に対して高い選択性を示したが、PDE3に対して弱いながらも阻害活性を有していた(IC50=38nM)。血小板凝集反応は、PDE5阻害剤の強さを評価するのに好適な測定系である。ヒトおよびウサギの血小板は、PDE5とPDE3(cGMP-inhibited,cAMP-specificPDE)を発現している。細胞内のcGMPあるいはcAMPの上昇により血小板の凝集は抑制される。Collagenで惹起されるウサギ血小板凝集反応に対するKF31327とsildenafilの抑制作用を比較した。Nitroglycerin(一酸化窒素産生剤)存在下で、KB1327は血小板の凝集を0.1μM以下の濃度で抑制し、その作用ばsildenafilと同等以上であった(Figure3A)。この時いずれの化合物によっても細胞内の。cGMP量は上昇し、cAMP量は変化しなかった(Figure4A)。したがって、nitroglycerin存在下では.KF31327による血小板の凝集抑制作用はcGMP量の上昇が原因であると考えられる。一方、nitroglycerin非存在下では、KF31327は血小板の凝集抑制に高濃度(1~10uM)のを必要とし、このとき細胞内の環状ヌクレオチド量はいずれも上昇した(Figufe 3B,4B)。これに対して、10μMsildenafilは細胞内のcGMP量を上昇させたにもかかわらず、血小板の凝集を抑制しなかった。この結果は、nitroglycefin非存在下でのKF31327による血小板の凝集の抑制作用には、非拮抗的阻害によるcGMPのレベル、分布の変化、または弱いPDE3阻害作用によるcAMP量の上昇が影響していると考えられた。血管平滑筋、血小板を含むほとんどの心血管系の組織ではPDE3とPDE5の両方が発現しており、cAMPとcGMPは血管拡張作用、抗血小板作用の伝達物質として協調的に働いていると推測されている。したがって、弱いPDE3阻害作用を有する非拮抗的な強いPDE5阻害剤というKF31327の特性は、多くの心血管系の病態に有効である可能性があることが判った。

以上、本研究はPDE4阻害剤の探索において、ex vivoの実験により副作用の嘔吐惹起と脳内高親和性rolipram結合部位の占有(高親和型PDE4conformerの阻害)が相関していることを示し、さらに、in vitroの実験により神経細胞内のcAMP量の調節には、高親和型PDE4conformerが関与していることを示した。その結果、in vivoで脳の高親和性rolipram結合部位を占有しない化合物の探索という新しいスクリーニングの指標を提示することができた。一方.PDE5阻害剤の探索においては、新規化合物KF31327が非拮抗的PDE5阻害剤で、sildenafilよりも効果的に血小板内cGMP量を上昇させ、sildena飢以上の血小板凝集抑制作用を示すことを明らかにし、心血管系の病態に有効である可能性があることを明らかにした。

これらの結果はPDEを標的とする薬剤の開発に大きく貢献するものであり、博士(薬学)の学位論文として十分な価値があるものと認められる。

Table 1 Inhibition of rat PDE4 activity, and affinity to the high -affinity rolipram binding site in membranes of S, murinus and rat

Figure 1 Correlation be tween emetic activity of the PDE4 inhibitons and inhibitory activity of ex vivo [3H]-rolipram binding. The compounds included in threse analyses are as follows: denbufylline(1), rolipram(2),piclamilast (3), CDP840 (4),KF 19514 (5) . The diagonal line represents the line of unity. The inset values, r and P, indicate the correlation coefficient and the probability of error of the Pearson 's regression analysis.

Figure 2 Comparison of pharmacologicai activities of PDFA inhibitors in elevation of cAMP levels in cortical neurons (A,B)and inhibition of mouse allo-MLR(C,D)with inhibition of rat PDE4catalytic activity (A, C) or displacement of [3H]-rolipram. binding to rat brain memblran(eB , D). The compounds included in these analyses are as follows:denbufylline (1) rolipam (2) piclamilast (3), CDP840 (4),cilomilast (5), xollumilast (6), Ro20 -1724 (7) YM976 (8), AWD12 -281(9), BAY19 -8004 (10) and KF19514 (11) The diagonal line repiesents the line of approximation. The inset values, r and P, indicate the correlation coefficient and the probability of error of the Pearson 's regression analysis.

Figura 3 Inhibitory effects of KP31327 (gray bars) and siidenafil (hatched bars) on collagen -induced platelet aggregation in rabbit washed platelets in the p resence (A) and absence (B) of nitroglycerin. Platelets were pre -incubated for 5 min with 10 fμM nitroglycerin and each of drugs at indicated concentration, and then challenged with 2μg ml-1of collagen for 10 min. Values represent mean ± s.e.mean (n=4). **: P<0.01 compared with vehicle. ##: P<0.01 1031327 vs. sildenadit .KP31327 (A and B) and sildenafil (A) concentration dependently inhibited platelet aggregation verifie d by max-t test (P<0.01).

Figure 4 Cyclic nucleotide levels in rabbit washed platelets after 5 min incubation with drugs in the presence (A) or the absence (B) of 10μM nitroglycerin just before the induction of aggregation by collagen. Values ate presented a s means ± s.e.mean (n = 3). **: P<0.01 compared with vehicle. # And ##: P<0.05 and P<0.01 KF31327 vs. alildenafil. cGMP level (A and B) and cAMP level (B) were concentration dependently increased by treatment of KF31327 verified by max -t test (P<0.05).

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