学位論文要旨



No 217027
著者(漢字) 服部,敦
著者(英字)
著者(カナ) ハットリ,アツシ
標題(和) 構造改革特区制度の成立と変遷にみる地域参加型政策決定モデルに関する研究
標題(洋)
報告番号 217027
報告番号 乙17027
学位授与日 2008.10.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17027号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西村,幸夫
 東京大学 教授 浅見,泰司
 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 教授 北沢,猛
 東京大学 准教授 小泉,秀樹
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、国の制度改革に地域の主体が直接参加する仕組みを我が国で初めて本格的に導入した構造改革特区制度(以下「特区制度」という。)を取り上げ、その成立と変遷の過程を通じて、地域参加型の政策決定のモデルを抽出し、その適用状況を分析することにより、モデルの効果と問題点を明らかにするとともに、問題点の克服に向けて、新たな地域参加型の政策決定の枠組みを構築するための政策提言を行うことを目的としたものである。

本論文は、5章で構成され、第1章で研究対象となる特区制度の全体像を明らかし、第2章ではパイロット自治体制度との比較により地域参加型の政策立案過程のモデルの抽出、分析を、第3章では地域再生制度との比較により地域参加型の政策調整過程のモデルの抽出、分析を、第4章では特区制度の全国展開のための評価の実施状況に照らして地域参加型の立法構造のモデルの抽出、分析を、それぞれ行い、第5章で各モデルの適用状況の分析に基づく問題点を克服する新たな地域参加型の政策決定の枠組み構築のための政策提言を行っている。

第1章では、特区制度の全体像を、制度の仕組み、成立の背景、運用の変遷、関連制度との関係、制度の見直しの内容等の多面的な視点から明らかにしている。

特区制度は、区域を限定して国の規制の特例措置を導入し、その適用状況の評価に基づき全国規模での規制改革を実現するものである。特区制度は、(1)提案募集のプロセス、(2)計画認定のプロセス、(3)評価のプロセスの3つのプロセスから構成されている。

特区制度の成立当時、港湾の国際競争力の強化、産学連携の促進、農企業の創生、教育の高度化・多様化の推進といった政策テーマについて、分野・制度横断的な規制改革を実現し、地域経済の活性化を図ろうとする動きが、地域、国の双方に存在していた。このようなニーズを背景に、特区制度は、「規制改革の推進」と「地域の活性化」という異なる二つの目的を持った両義的な制度として成立している。

特区制度の最も特徴的な仕組みは、国の規制改革に地域の主体が直接政策提案を行うことができる提案募集のプロセスにある。提案募集のプロセスは、2006年度末までに581の規制改革(うち特区の特例211)を実現し、その効果を示したが、提案数、実現数ともに減少の一途をたどっている。提案の主体は民間の比重が増しており、提案の内容は、産業振興に関するものから、社会保障改革、地方行政改革に関するものにシフトしている。

提案募集の結果、リスト化された特区の特例措置を地方公共団体が実際の事業に適用する特区計画の認定のプロセスでは、2006年度末までに943の特区を生み出している。当初は、複数の特例を組み合わせて地域のプロジェクトを総合的に推進する特区(プロジェクト型特区)が多数あったが、次第に減少し、個別の地域課題を解決する単一特例の特区が大半を占めるようになっている。

特区計画の実施状況を踏まえて、一般制度に移行させる全国展開の評価は、特に問題が発生していなければ全国展開という原則を極めて厳格に適用し、3年間で評価対象となった91特例のうち72特例を全国展開させたように、急速な展開を示している。急速な全国展開には、特区制度に対する地方公共団体のモチベーションを下げるなどの弊害が指摘されるようになり、全国展開の対象から外される原則外の特例が散見されるようになっている。

特区制度の当初の成功を受け、提案募集や計画認定の仕組みを踏襲して成立した制度に、地域再生制度がある。地域再生制度と特区制度は、地域活性化のための車の両輪として政府では位置づけられており、都市再生、中心市街地活性化といった関連分野と接近して、最近では、地域活性化の一施策として埋没する傾向にある。

提案募集の低迷や急速な全国展開への批判を受けて、2006年末に特区法が改正され、あわせて運用を定める基本方針が改定されている。ここでは、地域の活性化という目的をより強調し、提案募集のプロセスを法定化したほか、全国展開の評価の方法を改めている。

第2章では、提案募集のオープン・システム(提案主体の無限定性、過程の公表による一般のアクセスの拡大)という特性に着目し、特区制度の国内唯一の先行制度といえるパイロット自治体制度との比較により、地域参加型の政策立案過程のモデルを抽出している。ここでは、制度改革の提案者と提案の検討結果に基づく政策の実際の適用者を分離した「提案者・適用者独立モデル」と、提案者と適用者が同一である「提案者依存モデル」を抽出した。前者は、特区制度が採用したものであり、後者はパイロット自治体制度が採用していたものである。提案者・適用者独立モデルの採用は、制度改革の内容を提案者の属性や地域づくりの構想と切り離すことにより、制度の汎用性を高め、民間も含めた地域の主体の参加を拡大するという効果を生み出したが、プロジェクト型特区の減少に見られるように、地域が形成する総合的な構想を実現する機能を犠牲にするという問題点が生じている。

第3章では、提案募集の内閣の一元的調整という特性に着目し、地域再生の交付金の成立過程との比較により、地域参加型の政策調整過程のモデルを抽出している。ここでは、地域の主体の代弁者たる内閣官房と、制度維持側である規制所管省庁との政策提案をめぐる合理的な判断を競う「合理的判断ゲームモデル」と、複数の政策決定主体が形成する利害対立状況に対し、地域の主体のニーズに基づき選択肢となる政策を内閣官房が投げ入れる「状況判断ゲームモデル」とを抽出している。前者は、規制改革を推進する特区制度に適していたが、補助金改革を推進しようとした地域再生には適さず、地域再生の交付金の成立に際しては、後者のモデルが選択されている。合理的判断ゲームモデルの採用は、調整期間の短期化、調整過程の簡略化といった効果を生み出したが、(1)圧力環境への依存(マスコミや官邸の関心度への依存)、(2)政府の主体性の喪失(国の機関としての政策立案機能の低下)、(3)政策の偏向の危険性といった問題点を一方で発現させている。状況判断ゲームモデルの採用は、政府内部のパワーバランスが不安定化した状況下(例えば三位一体の改革の状況下)において通常ではなしえない改革(地域再生の交付金)を実現するという効果を生み出したが、(1)省庁間のパワーバランスへの依存、(2)地域の主体からの乖離(地域の主体の政策提案を一般化、類型化する傾向)、(3)政策の陳腐化の危険性という問題をはらんでいる。

第4章では、全国展開の評価のプロセスに着目し、地方公共団体の関与という観点から、特区法の計画認定及び特例措置の立法構造から二つのモデルを抽出している。一つは、特区計画の導入にあたっての要件適合性の判断を一義的に地方公共団体が行う「地方公共団体事前関与モデル」であり、もう一つは、事前関与と併せて、特例措置の導入に伴い懸念される弊害の発生を防止するために地方公共団体が実施段階で関与することを求める「地方公共団体事前・事後関与モデル」である。特区の特例措置には、この二つのモデルに基づく二類型があり、前者の類型では全国展開が速やかに進んでいるのに対し、後者のモデルでは全国展開が進まず、前述したような原則外の取り扱いがなされるようになっている。地方公共団体の事後関与は、地方公共団体の責任と権限を強めることで国の規制改革を実現したものという点で「地方分権の推進」に寄与するものであり、そもそも、特区計画の認定の対象外とする全国展開になじまない。2006年度末の特区法改正を受けた評価方法の見直しでは、地域の活性化に資する特例を当面の間は評価の対象としないという考え方が導入されたが、規制改革の面からは明らかに本筋を外した後退である。地方公共団体の事後関与による制度改革を「規制改革」の対象から外し、「地方分権」の対象として改めて位置づけ、推進する必要がある。

第5章では、第2章から第4章までに指摘したモデルの適用状況を踏まえた問題点を克服するための政策提言を行っている。

第2章で指摘したように、特区制度が採用した「提案者・適用者独立モデル」により地域の構想の総合的な実現という機能が犠牲にされているという問題点を踏まえ、従来の提案募集のプロセスは維持しつつも、「提案者依存モデル」に基づくプロジェクト型の制度改革への回帰を提案している。ここでは、規制改革に限らず、財政制度の改革もあわせて一体的に行うことが有効である。

次に、第3章で指摘したように、地域に本来無関係な状況の変化に依存せず、国と地域の双方が主体性を失わずに、地域の共通的な政策テーマに対応した制度改革を実現するために、国と地方が特定の目的のもとに、それぞれの役割を明確にし、履行する協定等の契約的な手法の導入を提案している。

さらに、第4章で指摘したように、地方分権の推進という観点から、地方公共団体の関与を前提として国の制度改革を推進するという考え方を明確にし、期間、プロジェクト限定の権限移譲を実現するとともに、地方公共団体が条例により国と異なる定めを置くことが容易となるような環境整備を行うことを提案している。

さいごに、まとめに代えて、上記で指摘した政策提案を具体化するものとして、地域力再生法試案の要綱を提示している。ここでは、補完性の原則に基づき、地域の主体、地方公共団体、国の関係を明確にし、地域が発意するプロジェクトの推進のために地域と国が協定を締結し、協定に基づき、国と地域の制度改革を実現し、自由度の高い財源を確保するための制度的な枠組みを示している。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は2002年に導入された規制改革特別区域、いわゆる特区制度に関して、その全体像を明らかにしたのち、地域参加型の政策決定について、一方ではパイロット自治体制度の比較から、政策立案過程のモデルを抽出し、もう一方では地域再生制度との比較から政策調整過程のモデルを抽出し、さらに構造改革特別区域法、いわゆる特区法の構造と全国展開の評価の状況から政策実施過程のモデルを抽出し、それぞれのモデルの適用状況を検証することによって、モデルの効果と課題を明らかにすることを目的としている。さらに、明らかになった課題に基づき、新たな地域参加型の政策決定のための枠組みを構築するための提言を行ったものである。

論文は研究の背景・目的・構成および用語の定義を述べた第1章と、政策立案過程、政策調整過程、政策実施過程というプロセスごとに3つのモデルそれぞれについて考察した第2章,第3章,第4章、および全体のまとめにあたる終章から成っている。なお、巻末に試案としての地域力再生法案とその解説が付されている。

第1章では、特区制度について、その構造、成立背景、成立過程と設計意図、実施状況の推移、制度の見直しの論点が明らかにされている。

続く第2章では、地域参加型の政策立案過程について、パイロット自治体制度の比較に基づき、特区制度が採用したモデルを抽出し、その運用状況に照らした効果と課題を明らかにしている。とりわけ、政策立案のオープン・システムの構築により、特区制度は急速に普及し、政策の提案主体も公共から民間に拡大したが、分野や制度を横断するプロジェクトを推進する機能が次第に低下し、個別の規制改革要望への対応へと制度が偏向していったことを明らかにしている。また、特区制度は政策の提案者とその適用者を分離するモデルをとっており、このことが規制改革の推進と地域づくりの構想との間の乖離となるという問題を生み出したことを指摘している。

第3章では、地域参加型の政策調整過程について、地域再生制度との比較に基づき、特区制度が採用したモデルを抽出し、その効果と課題を明らかにしている。とりわけ、内閣による一元的な調整機能は初期において特に効果的に機能したものの、次第に調整機能が低下していく傾向があることを明らかにしている。また、その後の地域再生制度においては、制度が有効に機能しなかったことを明示している。

第4章では、地域参加型の政策実現過程について、特区制度の法構造と全国展開の状況に基づき、モデルの選択が全国展開に与えた影響を明らかにしている。とりわけ、初期の厳格な評価が、規制の特例措置を急速に全国展開して成果を示したものの、そのことが逆に新たな特例措置を創出する障害となるなどの問題点を指摘している。また、特区制度の特例措置には地方公共団体が事前に関与するタイプと事後に関与するタイプとがあり、前者は全国展開が進んだのに対して,後者は地方分権の推進という別の課題を負ったことを明らかにしている。

終章ではこれら3つの章のまとめを総括し、さらに今後の展開のための提言として筆者が関与した地域再生法の位置づけを示し、その発展的改善案である地域力再生法試案を提言している。

以上、本論文は、特区制度の制度設計からその実施まで全般にわたって政策決定の中枢にいた行政の実務担当者による総合的かつ客観的な特区制度の評価およびその将来展望に関する貴重な論考であり、その指摘は実務的でかつ示唆に富んでいるものとして高く評価できる。

よって本論文は博士(工学)の学位申請論文として合格と認められる。

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