学位論文要旨



No 217028
著者(漢字) 前田,正博
著者(英字)
著者(カナ) マエダ,マサヒロ
標題(和) 大都市における下水汚泥の資源化の総合評価と事業化に関する研究
標題(洋)
報告番号 217028
報告番号 乙17028
学位授与日 2008.10.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17028号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 教授 藤田,豊久
 東京大学 教授 山本,和夫
 東京大学 教授 古米,弘明
 東京大学 講師 栗栖,聖
内容要旨 要旨を表示する

本研究は東京都においてこれまで取り組んできた下水汚泥資源化事業について技術的、経済的側面から評価し、その結果をもとに経営性、社会性などの視点に基づき総合評価を行い、大都市における下水汚泥資源化を持続的に進めていく上での基本戦略を提案する。またこの基本戦略に沿い今後の有力な資源化策として、低コストで付加価値を高め流通を市場に委ねる新たな資源化事業(素材提供型)の研究開発に取り組み、実用化を図った。

本論文は、緒論及び第1章~第6章で構成し、その要約と結論は、次のとおりである。

第1章 下水汚泥資源化の現状と課題

国土レベルにおける下水道の汚泥処理処分の現状と課題と東京都における下水汚泥の処理処分のこれまでの取り組みや課題を整理した。昭和54年度の下水汚泥処理調査委員会答申を受け、精力的に汚泥資源化の事業化に取り組んできた経緯と東京都における3つの方針((1)全量焼却による減量化、(2)湾岸部への集約化、(3)全量資源化)を踏まえ、今後の資源化事業のキーポイントが経営、効率化にあることを明らかにした。

第2章 各資源化事業の技術的特徴と評価

これまで取り組んできた主要な資源化事業について研究開発から事業化、維持管理にいたる各種情報を整理・分析した。資源化量の増大により汚泥処理処分コストも増大し、早くに始めた資源化事業(製品製造型)の販路の縮小、コスト高の傾向の中、老朽化による設備更新時期に入り、事業継続可否の判断の結果、事業休止するものもあった。既往資源化事業について、技術面と経済性に着目して分析評価した結果、これまで主として進めてきた製品製造型資源化事業の経営上の課題がコストと販路の確保にあることを明らかにし、素材提供型の資源化事業への転換を示唆した。また資源化率の向上に向け早期の事業の開発と事業化の必要性を述べた。

第3章 焼却灰の改質技術とその応用化

これまで長期にわたり東京都で進めてきた焼却灰のコンクリート材料化の研究と関連した研究から得られた知見をもとに、新たに粒度の調整という簡易な加工により、焼却灰がセメント代替などに飛躍的に利用可能となる方法の有効性を取りまとめた。研究の着眼点と成果は次の通りである。

(1)焼却成分はセメント成分に類似していることから、1975年頃よりヒューム管製作時、材料として使用されていた。しかし、脱水助剤に消石灰や塩化第二鉄を使用しており、吸水性が高く作業性が劣っていた。また、膨張性の問題もあった。

(2)脱水助剤として高分子系を利用するようになり、1997年から新しくコンクリート製品に活用する研究を再開したが、ワーカビリティが確保できないため添加量には厳しい限界値があった。

(3)汚泥焼却灰の溶融パウダー研究において、熱処理で焼却灰の形状を粒状化することによるワーカビリティの改善を発見した。

(4)簡易なプロセスで粒状化することで、汚泥焼却灰をセメント材料として活用する研究に着手した。長期にわたり東京都で進めてきた焼却灰のコンクリート材料化の研究と関連した研究から得られた知見をもとに、新たな粒度の調整という簡易な加工により、焼却灰がセメントの代替などに飛躍的に利用可能となる方法の有効性に着眼した。

(5)都内複数の下水処理場の焼却灰をサンプルに実験実証し、活用の普遍性を確認するとともに、特にコンクリート製品にセメント代替として添加することによる製品の強度と実用性を確認した。

(6)セメント代替やベントナイト材料代替としての利用について、試験杭施工による確認を行った。

以上の研究成果を取りまとめ事業化の提案を行った。この方式は製品製造型と素材提供型の長所を兼ね備えた方策である。

第4章 汚泥炭化事業の事業化検討

下水汚泥の有機成分に着目し、炭化し燃料として火力発電所における石炭代替燃料として活用する方策について研究し、20年間にわたる長期契約により安定的に資源化が可能となる事業スキームを締結した。

事業化に向けた検討の過程は

(1)これまで東京都で行ってきた下水汚泥のセメント資源化研究の歴史において、特に燃料化について積み重ねてきた技術的蓄積を整理するとともに、社会経済的に受け入れ可能性の大きさと有利さを実証した。

(2)これらの研究結果をもとに下水汚泥を炭化することにより石炭火力発電の石炭代替燃料として活用する仕組みについて取りまとめた。

(3)炭化汚泥を有価物として下水道サイドに一定のイニシアチブを確保し、長期安定的に有効利用する。

(4)この事業はバイオマスの活用による地球温暖化防止対策として大きく評価される。

(5)事業は技術的、経済的に高く評価でき、さらに下水道事業者にとって長期の安定した受け入れ先が確保された汚泥資源化が可能となり、受け入れ側の事業者にとって社会制度として課せられている一定量の再生可能エネルギーの活用義務を果たすなどの双方に大きい利益が得られることを明らかにした。

第3章、第4章で取りまとめられた2つの新たな資源化策は今後の東京都に代表される大都市における下水汚泥資源化をリードする方策として提案した。

第5章 経営の視点での評価に基づくこれからの汚泥資源化事業のあり方

既往資源化事業の総合評価を行った上で、経営の視点からの評価にもとづく今後の資源化戦略の提案を行った。

(資源化事業の総合評価)

これまで東京都において進めてきた代表的な下水汚泥資源化事業について多面的に評価項目を抽出し点数化することにより総合評価を行った。評価の対象にはこれまでの代表的な汚泥資源化事業であるメトロレンガ製造、軽量細粒材化、セメント原料化の3事業および第4章と第5章で研究開発経過を説明する比較的新しく事業化を進めている粒度調整灰と炭化の2つの資源化事業の計5事業を取り上げた。

評価はまず「安定性」「経済性」「環境性」「社会性」の4つの項目についてそれぞれ評価細目を抽出し、定性、定量評価を行い総合化した。この評価に際しては複数の有識者による評価細目の選定とウエイト付け、および定性、定量評価を総合化し実施した。また、本研究ではもっぱら経営の視点を重視し評価を行うものであるが、社会環境の変化に評価がどう変化するか、社会性などに評価のウエイトを置いた場合の異なる総合評価結果についても算出した。

(ベストミックスの検討)

大都市における安定かつ効率的な100%を目指した汚泥資源化策として、製品製造型、素材提供型資源化事業の長所短所を評価した上で、今後の資源化戦略としてベストミックスについてリスクマネージメントの視点から分析し提案した。

総合評価の最大化を目的とすると、特定事業のみ事業規模を最大化する選択となるが、各評価項目のバランスは大きく崩れることになる。

複数メニュー化するアドバンテージは、各評価項目についてバランスよく得点できる点にあり、複数メニュー化による効果はこの点にあると考えた。重点評価項目について高い得点を求めるとともに、重み付けの低い項目についても最低限達成すべき水準を予め設定しておく必要があることを示唆した。

そこで下水汚泥資源化事業の総合資源化リスク(R)を次式で定義し、単一事業と複数事業の組合せのケースを想定し、これらについてリスク評価を行った。

総合資源化リスク(R)=√(資源化リスクX×リスク標準偏差)

資源化リスクX=リスクの発生頻度(I)×リスク発生時の影響度(II)

新たに定義した総合資源化リスク(R)に着目したケース検討の結果から、一定水準以上の評価を受けた事業を加えた多くのメニューを組み合わせたケースが最も評価が高かった。このことより、今後の資源化事業を進める上では、素材提供型等の既存事業の規模拡大を図るとともに一層の事業の多様化を進めることが望ましいことを明らかにした。

これらの検討結果から、複数の多数な資源化方策を併せ持つことと、事業者が常に有利な資源化策を主体的に生み出すべく継続して技術開発を行なっていく必要性を強調した。

(経営の視点からの評価に基づく今後の戦略提案)

東京都の下水汚泥資源化事業の方向性が経営性の観点より転換していくことを裏付けるために製品製造型の資源化の代表としてメトロレンガ製造を、素材提供型の資源化事業としてセメント原料化を事例に経営学で用いられている手法を活用してそれぞれ評価した。検討内容及び結果は次のとおりである。

(1)バリューチェーン分析を用い、主として内部事業構造を明らかにした。

(2)5フォース分析により外部環境の分析を行い、各事業の強み弱みを明らかにした。

(3)SWOT分析による資源化事業の想定シナリオと対応

実際に大都市における資源化事業を進めていくためには個別事業の評価による対応のみでなく総合的な戦略が必要であることから、これまでの個別の分析結果をもとに内部環境、外部環境を考慮し具体的な方策を定めた。東京都などの大都市域を想定しSWOT分析手法を用いた複数のシナリオを策定し、この結果を用いて今後大都市東京における下水汚泥資源化の戦略を構成する基本事項を抽出した。

第6章 結論

本研究ではこれまで実施してきた下水汚泥資源化事業について技術的経済的な分析と評価を行い、新たな資源化事業の開発と実用化研究を行った。またこれまでの資源化事業を総合評価するため手法を提案し実践した。その結果に基づき汚泥資源化率100%の目標にむけた基本戦略として次の通りとした。

1)原則として付加価値をつけた素材提供型の資源化事業にシフトする。

2)複数メニュー構築による交渉力の保持とリスク分散を行う。

3)技術開発の継続による資源化事業の多様化を目指す。

審査要旨 要旨を表示する

大都市において大量に発生する下水汚泥の処理・処分は従来から大きな課題となってきた。とりわけ近年では循環型社会の形成をめざす下水汚泥資源化事業が求められている。しかしながら、大量に汚泥が発生する大都市においてこの資源化を持続的に進めていくに当たっては、技術的な検討はもちろん、事業としての経営性、社会性などの視点に基づいた総合評価を行い、戦略を立てることが不可欠である。本研究は、大都市における下水汚泥資源化の基本戦略を提案し、実務的な面も含めて検討したもので、全6章からなる。

第1章は「下水汚泥資源化の現状と課題」と題し、大都市の代表である東京都における下水汚泥の処理処分への取り組みをレビューすることによってこれまでと今日の課題と事業の背景に対して、実際の事業者の立場から考察を加えている。

第2章は「各資源化事業の技術的特徴と評価」である。本章においては、これまで取り組まれてきた汚泥資源化事業について、技術面、資源化製品販路の面、コストの面から再評価している。汚泥の資源化事業の初期は技術面に重点が置かれ、下水汚泥のみから製造する「メトロレンガ」のように品質の高い製品を製造することに注力された。しかしながら、このような製品の製造は必ずしも事業性の面では優れているとは限らない。とりわけ固定費の負担の大きさがコストを押し上げる。そのことから、次第に素材を提供するタイプの資源化が中心になってきた。このような今日までの経緯を、技術的な側面および経営面の実際のデータを元に整理して、本研究の必要性を述べている。

第3章「焼却灰の改質技術とその応用化」は焼却灰を改質してセメント代替品として利用する技術に関する研究の成果をまとめたものである。コンクリートの特性であるワーカビリティの改善を焼却灰の粒状化による改質によって達成し、30%までのセメントを代替できることを示した。実際の下水汚泥に本技術を適用し、活用の普遍性を確認するとともに、特にコンクリート製品にセメント代替として添加することによる製品の強度と実用性を確認した。これらの研究成果をまとめて、事業化の提案を行っている。

第4章は「汚泥炭化事業の事業化検討」である。下水汚泥の有機成分に着目し、炭化し燃料として火力発電所における石炭代替燃料として活用する方策について研究している。とりわけ、実際の事業としての可能性と問題を明らかにした。その結果、下水道事業者にとって長期の安定した受け入れ先が確保された汚泥資源化が可能となり、電気事業者など受け入れ側事業者にとって社会制度として課せられている一定量の再生可能エネルギーの活用義務を果たすなど双方に大きい利益が得られることを明らかにした。

第5章「経営の視点での評価に基づくこれからの汚泥資源化事業のあり方」においては、全焼までに検討したさまざまな汚泥資源化事業を総合的に評価する方法を提案している。筆者は、「安定性」、「経済性」、「環境性」、「社会性」の4つの項目についてそれぞれ評価細目を抽出し、定性、定量評価を行い総合化するという評価方法を提案している。この種の評価ではそれぞれの項目の評価の妥当性をどのように担保するか、が大きな問題となる。本研究では、複数の有識者による評価細目の選定とウエイト付け、および定性、定量評価を総合化する方法をとった。さらに、それぞれの側面に置く重みづけを変化させ、総合評価結果を比較した。事業としてのリスクの観点からは、今後の資源化事業を進める上では、素材提供型等の既存事業の規模拡大を図るとともに一層の事業の多様化を進めることが望ましいことが明らかになった。経営の観点から、(1)バリューチェーン分析、(2)5フォース分析、(3)SWOT分析を行うことによって資源化事業の想定シナリオを評価した。

第6章は「結論」である。本研究ではこれまで実施してきた下水汚泥資源化事業について技術的・経済的な分析と評価を行い、新たな資源化事業の開発と実用化研究を行った。またこれまでの資源化事業を総合評価するため手法を提案し実践した。その結果に基づき汚泥資源化率100%の目標にむけた基本戦略として次の点を挙げている。

1)原則として付加価値をつけた素材提供型の資源化事業にシフトする。

2)複数メニュー構築による交渉力の保持とリスク分散を行う。

3)技術開発の継続による資源化事業の多様化を目指す。

本研究においては、大都市における汚泥資源化事業という、循環型社会の形成にとっても下水道事業にとっても重要な事業であるものの、事業性を始めとして実際の経営面での制約が厳しい事業を取り上げ、事業戦略を立てる上で必要な方法を提示し、東京都に対して適用した。この手法は他の都市に対しても適用可能であり、より合理的な判断に基づいて下水汚泥の資源化事業を推進する上で有用であり、有効である。

以上、本研究において得られた成果には大きなものがある。本論文は環境工学の発展に大きく寄与するものであり、よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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