学位論文要旨



No 217031
著者(漢字) 鈴木,均
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,ヒトシ
標題(和) 現代イランにおける地方農村社会の構造変容 : 革命・戦争とルースター・シャフルの形成
標題(洋)
報告番号 217031
報告番号 乙17031
学位授与日 2008.10.23
学位種別 論文博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 第17031号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山内,昌之
 総合文化研究所 教授 羽田,正
 総合文化研究所 准教授 井坂,理恵
 人文社会系 教授 小松,久男
 東京外国語大学 教授 八尾師,誠
内容要旨 要旨を表示する

本論文執筆のそもそもの出発点は、筆者が奉職しているアジア経済研究所の1999 年から2001 年の海外派遣の時期に遡る。この時の海外派遣では当初からフィールドワークを中心にしたイランの地方農村部の調査を実施し、その結果をやがてモノグラフの形で1 冊の研究所にすることを意図して計画を立案していた。

本論文は全体として6 章構成となっており、他に報告の全体的な背景を述べた「序章」と「巻末付表」、「参考文献リスト」が付属している。まず「現代イランの地方における都市化について」と題した第1 章においては、第1 に本論文の序論的な議論としてイランの地方農村社会についての先行研究を概観し、併せてそこで描かれているマーレキ・ライーヤト制度(地主小作制度)の実情を紹介した。次に1979 年のイラン革命後の政治過程と1999年の改革期における地方行政制度の改変を跡付け、その後の改革派の退潮と保守化傾向の背後にある地方の動向までを見通した。

さらに公式の人口統計結果を長期的に比較する事により、イランにおける最近50 年間の都市化傾向が革命以前においては明確に大都市への人口集中を示していたのに対し、革命後は地方農村部重視の政策と対イラク戦争の影響によってむしろ地方における農村部中小都市(ルースター・シャフル)の全国的な形成へと変化したことを示した。このルースター・シャフルこそ本論文において中心的な考察の対象となっているイラン社会の新たな構成要素である。第1 章の最後ではフィールドワーク調査の具体的な経過と内容、質問項目、さらに本成果における「社会的事実の確定」に関する問題を扱った。

次に「ルースター・シャフル形成の一般的特徴」と題した第2 章においては、まず前章で存在を明らかにした「ルースター・シャフル」をその形成要因から17 の類型に分類し、そのうちの16 タイプを「狭義のルースター・シャフル」として再定義した。次にルースター・シャフル形成の全国的傾向を項目別に具体的に整理して提示した。その際筆者が主に用いたデータは、筆者がイランにおけるフィールド調査の第一段階において169 のルースター・シャフルを訪問し、町のショウラー議員などにインタビューを行なった一次情報であり、これを整理・加工したものである。

その際の整理の項目としては、質問票の項目をベースにして町の歴史と交通・流通関係、行政、社会インフラ、産業・経済、水事情関係、人口流動性と社会構成という諸項目を立てた。またルースター・シャフルの諸特徴が全国的傾向として類型別に顕れているのか、或いは地域的な特徴を大きく残しているのかが基本的な関心となったが、特に「水事情」においては地域的な特徴の方がより明確に顕れており、イランにおける社会発展の風土的規定要因としての水の重要性がルースター・シャフルの分析においても改めて確認された。

以上の考察を議論の前提として、第3 章から第5 章においては筆者の第二段階におけるフィールドワーク調査の結果を整理することによって、少数の典型的事例におけるより詳細なルースター・シャフルのあり方を提示した。まず第3 章ではイラン西北部の「東アゼルバイジャン州ミヤーネ周辺における具体相」として、セフィードルード川上流の同じ水系に属するトルキャマンチャーイ、ソウメエ・オリヤー、ヴァランケシュという3 つのルースター・シャフルを扱った。その結論として、これら3 つの農村的ルースター・シャフルは似通った文化と経済水準を持ちつつもそれぞれに個性をもっており、地理的条件からしても将来的に統合していくことは考え難いが、数年後に開通予定の鉄道によって競合しつつも新たな都市化への可能性を模索していく事が期待される。

第 4 章ではイラン中央部の「エスファハーン州ザーヤンデルード川流域における具体相」として、ザーヤンデルード川上流域のレンジュ、フーレンジャーン、アーデルガーンの3ヵ村(2002 年以降は統合してズィーバーシャフル市となる)、および下流域の農村都市ヴァルザネを考察の対象とした。前者の3 村はエスファハーン近郊の米作農村として発展し、また近くにはモバーレケという工場町もある。このように地理的条件に恵まれた3 村の統合が新市の名称の問題をきっかけに混迷していく有様を、市長の行政手腕に支えられたヴァルザネの事例と比較しつつ検討した。

第5章ではイラン南部の「フーゼスターン州デズフール周辺における具体相」としてシャムサーバード、ガルエ・セイエド、シャハラケ・トウヒード、アンジーラクの4 つのルースター・シャフルを取り上げた。これらの4 村は互いに隣接しつつも極端なほどの経済格差を抱えており、革命前から集村化計画が実施された周辺地域の中で唯一現在に至るまで統合が実現していない。とりわけアンジーラクは遊牧民のバフティヤーリー族が革命後に定住した村で、この村の窮状はある意味でイランの地方農村部における革命前後からの激しい社会変化を象徴していると言えるものである。

以上のようなルースター・シャフルの実態に関する帰納的考察の結果として、筆者が結論部(第6 章)において述べた主旨は以下のようなものである。すなわちイラン革命とその後8 年間におよんだ対イラク戦争は、イランの地方農村部におけるルースター・シャフル(農村部中小都市)の出現を全国的に促すことになった。それは大枠としては西欧的近代化としての都市化の方向に沿いながらも、「イスラーム革命」の刻印を大きく受けた、極めて個性的で新しい要素を含んだ都市化過程であったと言いうる。

審査要旨 要旨を表示する

鈴木氏の提出した学位論文、「現代イランにおける地方農村社会の構造変容一一革命・戦争とルースター・シャフルの形成」は、もともと、氏の務めるアジア経済研究所の1999年から2001年の海外派遣の時期に構想が遡る。本論文は全体として6章構成となっており、他に報告の全体的な背景を述べた「序章」と「巻末付表」、「参考文献リスト」が付属している。まず「現代イランの地方における都市化について」と題した第1章においては、第1に本論文の序論的な議論としてイランの地方農村社会についての先行研究を概観し、併せてそこで描かれているマーレキ・ライーヤト制度(地主小作制度)の実情を紹介した。次に1979年のイラン革命後の政治過程と1999年の改革期における地方行政制度の改変を跡付け、その後の改革派の退潮と保守化傾向の背後にある地方の動向までを見通した。

さらに公式の人口統計結果を長期的に比較する事により、イランにおける最近50年間の都市化傾向が革命以前においては明確に大都市への人口集中を示していたのに対し、革命後は地方農村部重視の政策と対イラク戦争の影響によってむしろ地方における農村部中小都市(ルースター・シャフル)の全国的な形成へと変化したことを明らかにした。このルースター・シャフルこそ本論文において中心的な考察の対象となっているイラン社会の新たな構成要素である。第1章の最後ではフィールドワーク調査の具体的な経過と内容、質問項目、さらに本成果における「社会的事実の確定」に関する問題を扱っている。

次に「ルースター・シャフル形成の一般的特徴」と題した第2章においては、まず前章で存在を明らかにされた「ルースター・シャフル」をその形成要因から17の類型に分類し、そのうちの16タイプを「狭義のルースター・シャフル」として再定義している。次にルースター・シャフル形成の全国的傾向が項目別に具体的に整理して提示された。その際鈴木氏が主に用いたデータは、氏がイランにおけるフィールド調査の第一段階において169のルースター・シャフルを訪問し、町のショウラー議員などにインタビューを行なった一次情報であり、これを整理・加工したものである。

その際の整理の項目としては、質問票の項目をベースにして町の歴史と交通・流通関係、行政、社会インフラ、産業・経済、水事情関係、人口流動性と社会構成という諸項目を立てた。またルースター・シャフルの諸特徴が全国的傾向として類型別に顕れているのか、或いは地域的な特徴を大きく残しているのかが基本的な関心となったが、特に「水事情」においては地域的な特徴の方がより明確に顕れており、イランにおける社会発展の風土的規定要因としての水の重要性がルースター・シャフルの分析においても改めて確認された。

以上の考察を議論の前提として、第3章から第5章においては筆者の第二段階におけるフィールドワーク調査の結果を整理することによって、少数の典型的事例におけるより詳細なルースター・シャフルのあり方を解明した。まず第3章ではイラン西北部の「東アゼルバイジャン州ミヤーネ周辺における具体相」として、セフィードルード川上流の同じ水系に属するトルキャマンチャーイ、ソウメエ・オリヤー、ヴァランケシュという3つのルースター・シャフルを扱った。その結論として、これら3つの農村的ルースター・シャフルは似通った文化と経済水準を持ちつつもそれぞれに個性をもっており、地理的条件からしても将来的に統合していくことは考え難いが、数年後に開通予定の鉄道によって競合しつつも新たな都市化への可能性を模索していく事を鈴木氏は見通している。

第4章ではイラン中央部の「エスファハーン州ザーヤンデルード川流域における具体相」として、ザーヤンデルード川上流域のレンジュ、フーレンジャーン、アーデルガーンの3ヵ村(2002年以降は統合してズィーバーシャフル市となる)、および下流域の農村都市ヴァルザネを考察の対象とした。前者の3村はエスファハーン近郊の米作農村として発展し、また近くにはモバーレケという工場町もある。このように地理的条件に恵まれた3村の統合が新市の名称の問題をきっかけに混迷していく有様を、市長の行政手腕に支えられたヴァルザネの事例と比較しつつ検討している。

第5章ではイラン南部の「フーゼスターン州デズフール周辺における具体相」としてシャムサーバード、ガルエ・セイエド、シャハラケ・トウヒード、アンジーラクの4つのルースター・シャフルを取り上げた。これらの4村は互いに隣接しつつも極端なほどの経済格差を抱えており、革命前から集村化計画が実施された周辺地域の中で唯一現在に至るまで統合が実現していない。とりわけアンジーラクは遊牧民のバフティヤーり一族が革命後に定住した村で、この村の窮状はある意味でイランの地方農村部における革命前後からの激しい社会変化を象徴していると言えると結論づけている。

以上のようなルースター・シャフルの実態に関する帰納的考察の結果として、鈴木氏が結論部(第6章)において、イラン革命とその後8年間におよんだ対イラク戦争が、イランの地方農村部におけるルースター・シャフル(農村部中小都市)の出現を全国的に促すことになったことを結論づける。それは大枠としては西欧的近代化としての都市化の方向に沿いながらも、「イスラーム革命」の刻印を大きく受けた、極めて個性的で新しい要素を含んだ都市化過程であったと言うのが鈴木氏の結論でもある。すこぶる緻密な実証と調査に裏付けられた仕事であるとともに、イラン社会の変容を大きな文脈に位置づけようとするスケールの大きな学位論文である。論文の体裁などに瑕疵も認められるが、審査委員の質問に対しても適宜回答をおこない、論文博士としての水準にゆうに達しているものと判断された。

したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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