学位論文要旨



No 217037
著者(漢字) 大野,宏明
著者(英字)
著者(カナ) オオノ,ヒロアキ
標題(和) マクロファージコロニー刺激因子受容体チロシンキナーゼ阻害剤を用いた骨破壊抑制、抗炎症作用に関する研究
標題(洋)
報告番号 217037
報告番号 乙17037
学位授与日 2008.11.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第17037号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 三浦,正幸
 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 准教授 武田,弘資
 東京大学 准教授 紺谷,圏二
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

マクロファージコロニー刺激因子(M-CSF)は骨芽細胞などの間葉系細胞や血管内皮細胞、繊維芽細胞等、多くの細胞で産生され、レセプターであるc-Fmsを介したシグナル伝達により単球系細胞の分化、増殖に作用する。マクロファージの分化、炎症性サイトカイン産生促進などの生理活性を有する一方、同じ単球系細胞に由来する破骨細胞の分化、生存維持に重要であることが知られている。これらM-CSF/c-Fmsシグナルに制御されるマクロファージや破骨細胞については、炎症や骨破壊を伴う様々な疾患への関与がモデル動物を用いた検討より明らかにされているが、M-CSF/c-Fmsシグナル選択的低分子抑制剤を用いた病態モデルでの薬効解析に関する報告は極めて少ない。本研究では、破骨細胞の骨破壊が病態進展に重要な、骨転移モデルにおける選択的c-Fms阻害剤の有効性を検証することで、その薬剤としての可能性のみならず、M-CSF/c-Fmsシグナルの疾患における重要性を明確にすることを試みた。加えて、破骨細胞の骨破壊と同時にマクロファージの炎症反応が病態進展に重要な関節炎モデルにおけるc-Fms阻害剤の薬効解析を実施し、新たなメカニズムを有する薬剤としての可能性についても検討を行なった。

c-Fms阻害剤Ki20227の活性プロファイルと骨転移モデルでの薬効解析

骨転移の病変部においては、骨転移腫瘍細胞の産生するPTHrPにより骨芽細胞におけるRANKL発現が促進され、このRANKLとM-CSFの刺激により破骨細胞の分化、骨吸収活性が亢進している。更に破骨細胞の骨破壊により骨基質中のTGF-β が漏出し、これが転移腫瘍のPTHrP産生を亢進するといった悪循環を形成していると考えられている。

そのため、c-Fmsに対する阻害剤を用いることで破骨細胞分化を阻害し、転移腫瘍によって誘導される骨破壊を始めとした病態進展を抑制することが可能であると考えられる。

c-Fms阻害剤の探索を行った結果、選択的な阻害活性を有するKi20227を得た。Ki20227(ラセミ体)のc-Fmsに対するIC50値は2nMであったが、同じPDGFレセプターファミリーに属するKDR,c-Kit,PDGFRβ に対するIC50値はそれぞれ、数倍~200倍程度弱いものであった。なお別途合成した(R)-,(S)-Ki20227を比較した結果、その阻害活性はほぼ同様であった。

細胞を用いた検討においては、Ki20227(ラセミ体)はマウスマクロファージ様細胞株RAW264.7におけるc-Fmsのリン酸化を10nMの濃度でほぼ完全に抑制することが確認された。またM-CSF依存的なM-NFS-60細胞の増殖と骨髄細胞のM-CSF、RANKL依存的な破骨細胞分化を同程度の濃度で阻害すること、その一方でHUVEC細胞のVEGF依存的増殖やA375の血清依存的な増殖は全く抑制しないことが明らかとなった。この阻害活性はラセミ体、(R)-,(S)-Ki20227において同様であった。以上の結果よりKi20227はc-Fmsのリン酸化阻害により、M-CSF依存的な細胞の増殖、分化を抑制することが示された。一方、ラセミ体、(R)-,(S)-Ki20227で活性が同等であったことから、以下の検討についてはラセミ体Ki20227を用いることとした。

次にKi20227が骨転移腫瘍によって誘導される骨破壊を抑制するかどうかを検討した。ヒトメラノーマ細胞株A375を用いたヌードラット骨転移モデルにおいて、細胞移植翌日からKi20227を1日1回、20日間の連投を行なった。X線写真を用いた評価と組織学的解析の結果、Ki20227の50mg/kg投与群において、骨転移に伴う骨破壊が抑制されていること、また腫瘍細胞の浸潤、増殖の有意な減少と、病変部の骨表面におけるTRAP陽性破骨細胞数の顕著な減少が確認された。加えて血清中の骨代謝マーカー、TRAP-5bレベルもKi20227投与群において有意に低下していることが確認された。一方、転移前後のA375におけるc-fms発現変化を解析するために、移植前のA375細胞と骨転移モデルにおける脛骨骨端部の骨転移部位から回収したA375細胞の遺伝子解析を実施した。その結果、骨転移の前後でc-Fms発現に変化は認められなかったことから、Ki20227による骨微小環境内に転移したA375への直接的な増殖抑制作用は低いと考えられた。加えて腫瘍が関与しないラット卵巣摘出骨粗鬆症モデルにおいてもKi20227の破骨細胞分化誘導抑制作用が確認されたことから、Ki20227の骨破壊抑制作用は、腫瘍に対する抑制作用を介したものではなく、c-Fms阻害を介した破骨細胞の分化に対する直接作用であると考えられた。

以上のように経口投与可能な低分子c-Fms阻害剤が骨転移に伴う骨破壊に対する新規メカニズムを有する薬剤として有用であること、さらにその薬効からは、骨転移の病態進行時における破骨細胞分化、骨破壊に対してM-CSF/c-Fmsシグナルが重要な役割を果たすことが明らかになった。

マウスII型コラーゲン誘導関節炎(CIA)モデルにおける薬効解析

関節リウマチにおいては炎症反応とそれに伴う骨破壊が病態進行に関与する。M-CSFはマクロファージの分化誘導に加え、LPS刺激によるTNF-α 産生を増強するなど、炎症反応を促進することが知られている。また関節炎病変部においては、マクロファージが産生するTNF-α やIL-6などの炎症性サイトカインが骨芽細胞などのM-CSF産生を誘導し、更なる炎症反応、炎症性骨破壊進展を誘導していると考えられる。これら知見と、骨転移モデルでの評価で得られたデータより、骨破壊抑制、抗炎症の観点からc-Fms阻害剤Ki20227の関節炎における薬効が期待される。

In vitroにおける検討においては、DBA/1Jマウスの骨髄細胞をM-CSF存在下で培養することで得られる、骨髄マクロファージのM-CSF依存的なc-Fmsリン酸化や細胞増殖、加えてM-CSFによるTNF-α 産生誘導も用量依存的に抑制することが確認された。

次にマウスCIAモデルにおける、Ki20227の病態進行抑制効果を予防的、及び治療的見地から検討した。DBA/1Jマウスにbovine type ll collagen(CII)を免疫し、その21日後に再度CIIの免疫を実施し、関節炎の病態を惹起した。予防的検討については、2回目免疫当日から15日間、治療的検討については2回目免疫5日後から25日間、0.02%Ki20227となるよう調製した餌を用いて混餌投与を行った。その結果、予防的検討では、Ki20227投与により病態の進行は顕著に抑制され、治療的検討においても投与直後から病態進行が遅延し、更なる病態の進行が抑制されることが明らかとなった。以下、予防的効果検討終了時の後肢足首関節炎病変部の組織学的解析からは、CIAマウスにおいて認められる炎症細胞浸潤がKi20227投与群において顕著に抑制されていること、加えて、これら浸潤細胞の多くがF4/80陽性マクロファージであり、この陽性領域はKi20227により顕著に減少することも確認された。更に、TRAP染色を用いた組織解析からは、Ki20227投与による病変部のTRAP陽性破骨細胞数の顕著な減少と骨破壊抑制作用も確認された。また血中のTRAP-5bレベルもKi20227投与群で低下しており、炎症性骨破壊の抑制が再確認された。CIAマウスの脾臓細胞の解析では、関節炎進行時の炎症反応と骨破壊に関与し、c-Fmsの発現が報告されているCD11b陽性細胞数のKi20227投与による顕著な抑制が確認された。更に、Ki20227投与マウス由来の脾臓細胞においてはCII依存的なTNF-α,IL-6等のサイトカイン産生量の顕著な減少も確認された。この結果より、これら炎症性サイトカイン産生抑制もKi20227の薬効発現に寄与していると考えられた。

以上よりKi20227が骨破壊抑制に加え、抗炎症の観点からも関節炎の病態進行を抑制することから、低分子c-Fms阻害剤の関節リウマチに対する新規薬剤としての可能性が示された。

まとめ

c-Fmsチロシンキナーゼに対し高い選択性を有する阻害剤Ki20227は、M-CSFのシグナルを抑制することによりin vitroにおいてはM-CSF依存的な増殖やサイトカイン産生を抑制し、加えてM-CSF、RANKL刺激によるTRAP陽性破骨細胞の分化を抑制することを明らかにすることができた。骨転移モデルを用いた検討からはKi20227がin vitro同様、破骨細胞の分化、骨吸収活性を抑制することで骨転移に伴う骨破壊などの病変を抑制することが明らかとなり、同時にその薬効から骨転移の病態進行に対するM-CSF/c-Fmsシグナルの重要性を明らかにすることができた。一方、関節炎モデルを用いた検討からも、Ki20227投与による病態進行抑制効果が確認され、その薬効発現は破骨細胞の分化のみならず、炎症細胞の増殖や浸潤、サイトカイン産生抑制作用等を介したものであると考えられた。低分子選択的c-Fms阻害剤を用いた、これらモデル動物における抗炎症、骨破壊抑制作用を介した病態進展抑制作用はこれまで報告がないことから、Ki20227の薬効メカニズムの新規性、薬剤としての有用性は高いと考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究のタイトルは、「マクロファージコロニー刺激因子受容体チロシンキナーゼ阻害剤を用いた骨破壊抑制、抗炎症作用に関する研究」である。マクロファージコロニー刺激因子(M-CSF)は骨芽細胞などの間葉系細胞や血管内皮細胞、繊維芽細胞等、多くの細胞で産生され、そのレセプターであるc-Fmsを介したシグナル伝達により単球系細胞の分化、増殖に作用する。マクロファージに対しては、分化、炎症性サイトカイン産生の促進などの生理活性を有する。同じ単球系細胞に由来する破骨細胞の分化、生存維持に重要であることも知られている。M-CSF/c-Fmsシグナルに制御されるマクロファージや破骨細胞については、炎症や骨破壊を伴う種々の疾患への関与がモデル動物を用いた検討より明らかにされているが、病態モデルを用いて、in vivoでc-Fmsチロシンキナーゼの選択的低分子抑制物質の効果を判定した報告はなかった。本論文に述べられている研究の目的はそこにある。

本論文の主要な部分は第二章と第三章であり、第二章では、破骨細胞の骨破壊が病態進展に重要な骨転移モデルにおけるc-Fms阻害物質の有効性を検証し、その薬剤としての可能性と、MCSF/c-Fmsシグナルの疾患における重要性を明確にした結果が述べられている。第三章では、破骨細胞の骨破壊とマクロファージの炎症反応とが同時に病態進展に重要な役割を持つとされる関節炎モデルにおいてc-Fms阻害物質の効果を検証した結果が述べられている。

第二章ではc-Fms阻害による骨転移の抑制効果を検証した結果が以下に要約するように述べられている。骨転移の病変部においては、骨転移性の高い腫瘍細胞が産生する副甲状腺ホルモン関連ペプチド(PTHrP)により骨芽細胞においてはRANKL(receptor-activator of nuclear factor κ B ligand)の発現が促進され、このRANKLと可溶性のM-CSFの両方の刺激により破骨細胞の分化と骨吸収が亢進する。更に破骨細胞によって骨が破壊され、骨基質中のTGF-β が漏出すると、これが骨転移性の腫瘍細胞によるPTHrP産生を亢進するという悪循環を形成している可能性があった。学位申請者は、c-Fmsに対する阻害物質は、破骨細胞の分化を阻害し、結果として骨破壊を始めとする病態進展を抑制できると考えた。経口投与可能な低分子のc-Fmsチロシンキナーゼ特異的な阻害物質の候補であるKi20227が、骨転移腫瘍によって誘導される骨破壊を抑制するかどうかを、ヒトメラノーマ細胞株であるA375を用いたヌードラット骨転移モデルにおいて検討した。X線写真を用いた評価と組織学的解析の結果、骨転移に伴う骨破壊の抑制、腫瘍細胞の浸潤、増殖の減少、病変部の骨表面における破骨細胞数の顕著な減少が確認された。血清中の骨代謝マーカーであるTRAP(tartarate resistant acid phosphatase)-5bレベルも、投与群において有意に低下していた。メラノーマ細胞によるc-Fms発現にはこの物質は直接影響しないこと、ラット卵巣摘出骨粗鬆症モデルにおいても破骨細胞分化誘導を抑制する作用を持つこと確認されたことから、この物質の骨破壊抑制作用は、腫瘍細胞に対する直接抑制作用ではなく、c-Fms阻害を介した破骨細胞の分化に対する作用であると結論された。以上よりc-Fms阻害物質が骨転移に伴う骨破壊を抑制すること、骨転移の病態進行時における破骨細胞分化、骨破壊に対してM-CSF/c-Fmsシグナルが重要な役割を果たすことが明らかになった。

第三章では、マウスII型コラーゲン誘導関節炎(CIA)モデルにおける薬効解析と題して、c-Fms阻害物質の関節リウマチに対する効果を検証した結果が述べられている。関節リウマチにおいては炎症反応とそれに伴う骨破壊が病態進行に関与することがよく知られているが、M-CSFがマクロファージの関与する炎症反応を促進すること、関節炎病変部においてはマクロファージが産生する炎症性サイトカインがM-CSF産生を誘導して炎症反応や炎症性骨破壊進展を誘導していることも事実である。従って、骨破壊抑制、抗炎症の観点からこの阻害物質の効果が期待された。学位申請者は先ず、in vitroにおいて骨髄マクロファージを誘導しM-CSF依存的なc-Fmsリン酸化や細胞増殖、加えてM-CSFによるTNF-α 産生誘導がこの物質によって用量依存的に抑制されることを確認した。次にマウスCIAモデルを用いて、この物質を経口投与し病態進行抑制効果を検討した。その結果、予防的検討では、病態の進行は顕著に抑制され、治療的検討においても投与直後から病態進行が遅延することが明らかとなった。関節炎病変部の組織挙的解析から、炎症細胞(F4/80陽性マクロファージ)の浸潤の抑制、破骨細胞数の減少と骨破壊抑制が確認され、骨破壊の血清マーカーも低下していた。この物質を経口投与することにより骨破壊が抑制されるだけでなく、炎症が抑制され、関節炎の病態進行を遅らせることが可能であることが分った。

以上のように学申請者の研究によって、経口投与可能なc-Fms阻害物質候補分子が、M-CSFのシグナルを抑制することにより破骨細胞の分化、骨吸収活性を抑制し、骨転移に伴う骨破壊などの病変を抑制することが明らかにされた。また同時に、骨転移の病態進行にM-CSF/c-Fmsシグナル系が重要な役割を果たすことが証明された。関節炎モデルを用いた検討からは、この物質が破骨細胞の分化と炎症細胞の増殖や浸潤、サイトカイン産生等を複合的に抑制し、病態の進行を遅らせることが明らかとなった。本研究はこれらの疾患モデルにおいて、低分子c-Fms阻害物質候補分子による病態進展抑制作用を詳細かつ系統的に検討した初めての報告である。従って、本研究は実験病理学に基づく創薬学に資するところが大きく、本研究を行なった矢野宏明は博士(薬学)の学位を受けるにふさわしいと判断した。

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