学位論文要旨



No 217042
著者(漢字) 則竹,茂年
著者(英字)
著者(カナ) ノリタケ,シゲトシ
標題(和) 変化・変動への対応に優れた生産システムの構築と運用に関する研究
標題(洋)
報告番号 217042
報告番号 乙17042
学位授与日 2008.11.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17042号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木村,文彦
 東京大学 教授 大和,裕幸
 東京大学 教授 村上,存
 東京大学 教授 高増,潔
 東京大学 准教授 太田,順
内容要旨 要旨を表示する

近年,顧客の嗜好多様化と海外メーカーの参入・台頭による市場競争の激化に伴い,高品質で低価格な商品をタイムリーに市場へ投入していくことが企業存続の必須条件となりつつある.そのため,市場変動に柔軟に,且つ,迅速に対応できる生産システムを低コストで構築し,長期にわたって維持していくことを支援する技術の確立が求められている.しかしながら,生産システムの内外には様々な変化・変動要因が存在しており,長期にわたる生産システムの柔軟性確保とコスト削減を阻害する原因となっている.

本論は,長期利用可能な生産システムの構築と維持を支援する計算機支援技術の確立を狙い,生産システムを取り巻く様々な変化・変動を整理し,その特性に応じた対処法に関する研究を行った.特に,生産システムシミュレーション技術と生産スケジューリング技術を取り上げ,具体的なシステム構築と適用を通じた実証研究を行った.

具体的には,生産システムの設計段階から運用後の再構築,廃棄に至るまでの全期間を対象とし,その期間内に発生する様々な変化・変動要因に対する的確な対処方法を検討すべく,本論では変化・変動要因をその発生傾向と性質により以下の4つに分類した.

(1) 非定常要因:任意の周期で必ず発生する変動要因

(2) 不確定要因:発生タイミングを予測したり,制御したりすることができない変動要因

(3) 未確定要因:確定要因だが,設計途中でのシステム適用時には未確定な要因

(4) 継続的変化要因:時間経過に伴い,徐々に変化していく要因

ここで,非定常要因は,段取り作業や部品補充作業,工具交換作業,メンテナンス作業,品質チェック作業,運搬・整理作業など,通常の加工サイクル毎に行う定常作業とは別に,要因独自の間隔で周期的に発生する作業要因を指す.また,不確定要因は設備(機器)故障や加工不良発生,材料不良,部品欠品,作業者エラー,傷病等による欠員,突発受注など発生時期の予測や制御がほとんど不可能な要因を指す.未確定要因は,機械誤差や作業者能力,詳細動作の見積り誤差等の計画段階では未定であるが設計の進捗(詳細化)や実機の完成により初めて確定される要因を指し,継続的変化要因は,設備の経年変化や調整(チューニング),作業者の習熟度変化,材料の品質向上(低下),カイゼン活動など,生産システム運用開始後からの時間経過により徐々に変化する要因を指す.これら4つの変化・変動要因の特性と対策を以下に概観する.

非定常要因は,個別にはその発生タイミングを予測したり,制御したりすることが可能だが,一つの生産システムに多数の非定常要因が含まれるため,複数の非定常要因の発生が複雑に重なりあい,全体としては作業負荷のばらつきが大きくなる.そのため,作業負荷が高い時に備えて余剰人員を確保しなければ,作業遅れによる設備停止や不良発生の原因となる.そこで,非定常要因への対策として,生産ラインの進捗に柔軟に追従して作業負荷を平準化することができるスケジューリング方法を開発し,その上で,生産システムシミュレーションにて作業者数の検討と生産システムへの影響評価を行うことを提案する.本論文では,前者の非定常作業負荷の平準化スケジュール方法に関する研究を研究項目1,後者の対応動作を含む生産システムシミュレーション技術に関する研究を後述する継続的変化要因への対策とともに研究項目4として説明する.

不確定要因は発生時期の予測や制御がほとんど不可能であるため,受身的な対処法が中心になる.そのため,生産システムシミュレーション上で様々な不確定要因の発生タイミングを再現し,全体パフォーマンスへの影響評価を行うことで,事前に様々な対策を講じておくことが重要である.また,運用開始後の生産スケジュールに関しても,不確定要因の発生時に即座に再スケジューリング可能な状態に備えておくことが必須となる.ここで,スケジュール案に対する評価が1指標のみであれば組合せ最適化法を適用し,迅速に再スケジューリングすることが可能となるが,混合生産における製品加工順序計画など,複数の属性を考慮してスケジューリングしなければならない場合,事前に,各属性の微妙な優先度合を明らかにしておかなければ,迅速な再スケジューリングを開始することができない.そこで,迅速な(再)スケジュールを可能とするため,スケジュール担当者が持つ潜在的な評価関数を顕在化させる研究を研究項目2として説明する.

未確定要因は設計の進捗(詳細化)途中における未確定な要因である.一般的に,設計段階において生産システムシミュレーション技術や生産スケジューリング技術による計画案の評価を行う場合,少しでも設計の上流段階で行う方が設計の自由度や変更可能範囲が大きくなり効果的であるが,未確定要因が多くモデル精度は悪化する.そのため,設計の進捗過程で,新たに確定した情報(設計諸元)を直ぐにモデルに反映できる環境を整えておき,設計の進捗に同期した詳細度でシミュレーションを実施することを狙いとした.具体的には,生産システムシミュレーションモデルを段階的に詳細化していくためのシミュレーションモデルの階層化ライブラリに関する研究を研究項目3として説明する.尚,生産スケジューリングに関しては,研究項目1と2で説明する技術により,その都度,迅速に再スケジューリングを実施する.

近年の市場流動性が激しい状況下では,生産システムとその周辺環境に関する継続的変化要因の発生を避けることができない.そのため,継続的変化要因を必然と考え,対処法を用意しておくことは生産システムの長期利用のためは必要不可欠である.生産スケジューリングで対応可能な微小変化であっても,その積み重ねや少し大きな変化が生じた場合,生産システムの動作方法や諸元を変更する必要が生じる.但し,設備を入れ替えるほどの大きな変更は稀であり,作業者動作やAGV制御等,ソフト的な変更を多頻度で行うことが多い.そのため,生産システムシミュレーションにおいても,モデルの動作則(制御)をカスタマイズするような変更が多くなるが,動作則の変更は専門家の知識が必要となるため,利用者を選ぶだけでなく,その作業が集中することで,迅速な対応が困難になる.そこで,生産システム内における作業者の作業内容やAGVの搬送ルールを取り上げ,簡単に微小変更することができるモデリング技術に関する研究を研究項目4として説明する.

以上に定義した非定常要因,不確定要因,未確定要因,継続的変化要因に対し,生産スケジューリング技術と生産システムシミュレーション技術の両面から対策法を開発した.その際,複数の要因へ関連する対策法に関しては,最も関連が深い要因を対象として取り上げ,具体的な説明を行った.

また,上記研究を支援する技術開発として,計画者の意思決定を支援するために,シミュレーションによる長時間評価を考慮し,少ない評価回数で効率的最適解を発見することができる最適化アルゴリズムに関する研究開発を実施した.本論では,研究項目5として説明する.

さらに,生産システムの運用開始から廃棄までの全期間を考えた場合,通常,初期の生産システム構成案の良否がその後の効率性の大部分を決めてしまうことが多い.そのため,目先の変化・変動要因への即時対応を基本としつつも,長期的な観点から,生産システム構成案の良否を十分に検討しておくことが重要である.そこで,生産システムの概略設計から,詳細設計,運用,再構築,廃棄に至るライフサイクル全体の観点から,生産システムを評価するためのシミュレーション評価技術に関する研究を行ったので,研究項目6として説明する.

以下に,本論文で実施した研究項目1~6をまとめる.

・研究項目1:非定常作業の平準化による保全作業スケジューリング

非定常要因への対応作業を平準化するため,組合せ最適化手法を用いた保全作業スケジューリングに関する研究

・研究項目2:知識獲得支援システムによる作業手順スケジューリング

不確定要因の発生時に,即座に再スケジューリングすることを狙いとし,専門家が潜在的に持つスケジューリングのための評価関数を顕在化させる知識獲得支援技術に関する研究

・研究項目3:未確定諸元を考慮したシミュレーションモデルのテンプレート構成法

設計の詳細化に応じた粒度でのシミュレーションモデルを構築することを狙いとし,多重継承のオブジェクト指向技術を用い,計画者とシミュレーション解析者(利用者)の異なる視点を両立する階層化シミュレーションモデルライブラリに関する研究

・研究項目4:自律的動作と継続的変化を考慮したシミュレーションモデル構築法

多頻度の修正(変化)を伴う作業者やAGVの詳細動作の中で,最もモデル化が難しい自律的判断動作を簡単に記述できるモデリング環境に関する研究

・研究項目5:シミュレーション評価を用いた最適化手法の開発

シミュレーション評価時間に配慮して,評価回数の観点から効率的な最適化アルゴリズムに関する研究

・研究項目6:ライフサイクルを考慮した生産システム評価技術

生産システムの運用開始から廃棄に至るまで,生産システムの運用と再構築のシミュレーションによるライフサイクル評価に関する研究

これらの各研究項目に関して,「柔軟性」,「即時性」,「現場で使える容易さ」の指標を考慮しながら研究を実施することで,継続的に利用し続けることができる計算機支援技術の構築を目的とした.さらに,各研究項目で実施する技術を適切,且つ,補完的に組み合せることで,相互作用による精度向上だけでなく,幅の広い支援技術とすることを本研究の狙いとした.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「変化・変動への対応に優れた生産システムの構築と運用に関する研究」と題して、長期利用可能な生産システムの構築と維持のための計算機支援技術の確立を目的として、生産システムに係わる変化・変動を分類、整理し、その特性に応じた対処法を研究したものである。生産システムシミュレーション技術と生産スケジューリング技術を取り上げ、具体的なシステム構築と適用を通じた実証研究を行ってその有効性を検証した。

本論文は、全10章からなり、第1章は、上記の研究の目的と背景を記述している。第2章は、従来研究および現状の課題を述べている。

第3章では、本研究の基本概念と位置付けを議論している。生産システムの設計段階から運用後の再構築、廃棄に至るまでの全期間を対象とし、そこで発生する変化・変動要因に対する対処方法を検討するために、本論文では変化・変動要因をその発生傾向と性質により以下の4種に分類している。

・非定常要因:任意の間隔で必ず発生する変動要因

・不確定要因:いつ発生するかを予測できない変動要因

・未確定要因:確定要因だが、設計途中でのシステム適用時には未確定な要因

・継続的変化要因:時間経過に伴い、徐々に変化していく要因

非定常要因は、段取り作業や部品補充作業、工具交換作業、メンテナンス作業、など、要因毎に固有の間隔で周期的に発生する作業要因を指す。不確定要因は設備機器故障、傷病等による欠員、突発受注など発生時期の予測や制御が困難な要因を指す。未確定要因は、機械誤差や作業者能力、詳細動作の見積り誤差等の計画段階では未定であるが設計の進捗や実機の完成により確定される要因を指し、継続的変化要因は、設備の経年変化や調整、作業者の習熟度変化など、生産システム運用開始後からの時間経過により徐々に変化する要因を指す。

第4章では、非定常作業の平準化による保全作業スケジューリングについて述べている。非定常要因は、個別にはその発生タイミングを予測したり、制御したりすることが可能だが、多数の非定常要因が含まれる場合には、複数の非定常要因の発生が重なりあい作業負荷のばらつきが大きくなる。生産の進捗に追従して作業負荷を平準化できるスケジューリング方法を開発し、生産システムシミュレーションにて作業者数の検討と生産システムへの影響評価を行うことを提案している。対応作業を平準化するために、組合せ最適化手法を用いた保全作業スケジューリング手法を機械加工ラインに適用して実用的に有用な成果を得た。

第5章は、不確定要因に備えた知識獲得支援技術と作業着手スケジューリングを扱っている。不確定要因は発生時期や規模を予測したり、制御したりすることが困難であるため、シミュレーションで様々な不確定要因の発生タイミングを再現し、全体性能への影響評価を行うことで、事前に様々な対策を講じておくことが重要である。混合生産における製品加工スケジュール立案のように、複数の属性を考慮しなければならない場合、各属性の優先度合を明らかにしておかなければ、迅速な再スケジューリングができない。ファジー推論を用いて、各属性の優先度合に関するスケジュール担当者が持つ潜在的な評価関数を顕在化させる手法を明らかにした。

第6章では、未確定諸元を考慮した生産システムシミュレーションのための設備モデルテンプレートの構成法を論じている。未確定要因は設計の進捗途中における未確定な要因である。生産システム設計において計画案の評価を行う場合、設計の上流段階で行う方が設計の自由度が大きくなり効果的であるが、未確定要因が多くモデル精度は悪化する。設計の進捗過程で新たに確定した設計諸元を直ぐにモデルに反映できるように環境を整えておき、設計の進捗に同期した詳細度でシミュレーションを実施するとよい。シミュレーションモデルを段階的に詳細化していくためのモデルの階層化ライブラリの構成法を明らかにした。

第7章は、自律動作と継続的変化を考慮したシミュレーションモデル構築法を述べている。市場流動性が激しい状況下では、継続的変化要因の発生は避けることができない。生産スケジューリングで対応可能な微小変化であっても、その積み重ねや少し大きな変化が生じた場合、生産システムの動作方法や諸元を変更する必要が生じる。モデルの動作則をカスタマイズするような変更が多くなるが、動作則の変更は専門家の知識が必要となるため、迅速な対応が困難になる。生産システム内における作業者の作業内容やAGVの搬送ルールを取り上げ、容易に微小変更することができるモデリング技術を研究している。

以上のように、第4章から第7章において、非定常要因、不確定要因、未確定要因、継続的変化要因に対し、生産スケジューリング技術と生産システムシミュレーション技術の両面から対策法を開発した。

第8章においては、シミュレーション評価を用いた最適化アルゴリズムの開発を議論している。上記研究を支援する技術開発として、計画者の意思決定を支援するために、シミュレーションによる長時間評価を考慮し、少ない評価回数で効率的最適解を発見することができる最適化アルゴリズムに関する研究を行った。

第9章では、総合的な適用例として、ライフサイクルを考慮した生産システム評価支援技術を述べている。初期の生産システム構成案の良否がその後のシステムの効率を決めてしまうことが多い。目先の変化・変動要因への即時対応を基本としつつも、長期的な観点から生産システム構成案の良否を検討しておくことが重要である。生産システムの概略設計から、再構築・廃棄に至るライフサイクル全体において生産システムを評価するためのシミュレーション評価技術を開発し、加工システムに適用してその効果を評価している。

第10章は、本研究の結論である。上述各章に記述されているように、柔軟性、即時性、現場で使える容易さなどの指標を考慮して、継続的に利用し続けることができる計算機支援技術を構築し、これらの技術を補完的に組み合せることで、効率や精度向上のみならず、変化・変動対応の幅の広い支援技術となることを述べている。

以上を要するに、本論文は、生産システムにおける変化・変動要因を分類し特性に応じた対処法を研究し、生産システムシミュレーション技術と生産スケジューリング技術による具体的なシステム構築と適用を通じた実証研究を行ってその有効性を検証したものであり、精密機械工学の発展に寄与するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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