学位論文要旨



No 217043
著者(漢字) 加藤,博光
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,ヒロミツ
標題(和) 対話空間遷移を用いた人間・機械協調計画立案システムに関する研究
標題(洋)
報告番号 217043
報告番号 乙17043
学位授与日 2008.11.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17043号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中須賀,真一
 東京大学 教授 鈴木,真二
 東京大学 教授 堀,浩一
 東京大学 准教授 土屋,武司
 東京大学 准教授 矢入,健久
内容要旨 要旨を表示する

有限な資源をいかにして適切に配分するかという問題は,我々の生活・経済活動の様々な場面で現れてくる.航空宇宙分野においても例外ではなく,空路の有効活用が必要な航空管制・運行計画問題,宇宙ステーションにおける設備利用計画問題,クルーの作業計画問題,などを初めとして,枚挙に暇がないほど資源配分問題は日常的に取り扱われている.

このような設計や計画立案に関する意思決定を行う場面では全般に「コスト最小」のように単一の目的にのみ着目すれば良いケースはまれで,通常は複数の目的・基準を用いて総合的に判断することによって意思決定を行うケースが一般的である.このように複数の目的が存在する資源配分計画問題は多目的計画問題または多基準意志決定と呼ばれている.

本研究では,最適性を測るための評価関数が複数存在する多目的計画問題を取り扱うにあたって,解の良し悪しは最終的にはユーザの意図に依存するものとして捉え,ユーザが意図する解を迅速に探索するための支援システム及びその方法論として対話空間遷移(TRAnsition Between Interaction Spaces: TRABIS)を提案した.計画者の設計空間を確保することを目的として,対話空間を適宜切り替えて遷移できる環境を試作し,実験を通じて提案方式の有効性を評価・検証した.

本研究の提案手法であるTRABISでは,ユーザが計算機システムと対話するインタフェースとして「パラメタ空間」「評価空間」「解空間」という3つの対話空間を設定し,その対話空間をユーザが適切に選択して利用できる環境を提供することで,ユーザがやりやすい方法で解をカスタマイズできる設計の自由度を確保した.また,評価空間におけるパレート曲面との幾何学的関係において,パラメタ空間はパレート解を接点とするパレート曲面への接平面の向き(法線ベクトル)を表すことを基本として,そのバリエーションとして対話空間を遷移する際の視点の変化を説明した.特に,非線形計画問題ではパレート解を接点とする接平面を直接求めることが困難であることを勘案し,解空間内での対話結果から得られる点と原点を通る直線とパレート曲面の交点によって所望のパレート解を求める手法(意図直線法)を提案した.

本研究では対話空間遷移TRABISを用いた計画立案に関して,線形計画問題として定式化できるものと,そうでないもの(非線形計画問題)の2種類の応用事例を通じて,TRABISの有効性を検証した.まず前者の線形計画問題として定式化できるものの代表例として,水運用計画の立案に提案手法を適用した場合の応用事例について述べた.まず,パラメタ空間内での対話において計画者のパラメタ設定履歴をノウハウとして蓄積し,後で再利用する手法について設計・試作・評価した.特に,緊急時の水融通戦略をパラメタの形で表現できることを利用し,事故箇所に応じて動的にパラメタを選択・適用することで緊急時の水運用計画を迅速に立案できる見通しを得た.さらには,評価空間内で対話したいニーズと,パラメタ空間を利用した高速解法を利用したいニーズを両立するために,日量を扱う概要計画と時間量を扱う詳細計画に水運用計画問題を階層化した.その上で概要計画では評価空間内で対話し,概要計画の解に基づいて詳細計画のパラメタを自動生成する手法を提案した.これはメタ知識によって階層化された2つの問題(概要計画・詳細計画)に対する対話空間の間をレイヤ跨りで遷移していることに相当する.システムの試作・評価を通じて,解をカスタマイズするための設計自由度の確保と,最適化のための計算量の削減の両立を実現できる見通しを得た.

もう一つの問題形式である非線形計画問題の代表例としては,多数の衛星によって形成される無線通信ネットワークNETSATを対象として通信時間と経路の割当運用計画の立案に提案手法を適用した場合の応用事例について述べた.NETSAT運用計画支援システムでは,特にユーザが直接的に理解できる解空間内で対話可能なユーザインタフェースを充実させ,他の対話空間とも合わせて計画者が解をカスタマイズするための設計自由度を高めた.また,解空間内での対話結果に基づいてパレート解を求める前述の意図直線法を利用可能とした.試作システムを用いた実験の結果,意図直線法は別の問題でも利用可能な汎用性があり,重み法に比べても所望の解に直接的に辿りつける優位性があることを確認した.

提案手法の意義について上記の2つの応用事例への適用結果を俯瞰することで考察し,TRABISコンセプトによる対話型計画立案システムは,特に緊急時における選択肢提示やWhat-if解析において有効性が高いものとして特徴付けた.また,提案手法の汎用性は高いと考えられ,航空宇宙分野のみならず一般産業分野へも幅広く応用可能な技術として捉えた.

審査要旨 要旨を表示する

工学修士加藤博光提出の論文は,「対話空間遷移を用いた人間・機械協調計画立案システムに関する研究」と題し,7章からなつている.

有限なリソースをいかにして適切に配分するかという計画問題は,我々の生活・経済・知的生産活動の様々な場面で現れる.たとえば,航空宇宙分野においては,航空管制・運行計画問題,宇宙ステーション等におけるスケジュリング問題,衛星の設計問題等があり,またそれ以外にも列車のダイヤ計画や水道・電気の流路計画問題など枚挙にいとまがない.このような問題では,複数与えられた目的・評価基準を完全でないにしても,できるだけ満たすような意思決定を行うことが一般的であり,多目的計画問題または多基準意志決定問題と呼ばれている.

本論文は,このような多目的計画問題を取り扱うにあたって,ユーザが意図する解を迅速に探索するための,人間・機械協調計画立案システムのフレームワークを提案するものである.ここで重要な考慮事項は,解を探索する最中でのユーザの問題に対する理解度の向上に伴って,ユーザの意図する最適の概念自体が変化することが多いという点である.本論文で提案する新しい方法論である対話空間遷移(TRAnsition Between Interaction Spaces:「TRABIS」)においては,ユーザが支援システムと対話するインタフ ェースとして「パラメタ空間」「評価空間」「解空間」という3つの対話空間を定義し、それらをユーザが自由に選択して利用できる環境を提供し,また支援システム側には現在までの解をそれらの空間の間で自由に移動させられるメカニズムを持たせることで,ユーザが問題に対する理解度に応じて適切な空間で意図を伝えられるフレームワークを提供している.それを実現するための数学的枠組みの考察の中では,特に,評価空間におけるパレート曲面上への解の移動方法に関して,パレート解を接点とする接平面を直接求めることが困難である場合に,対話結果から得られる点から原点に向かって引いた直線とパレート曲面の交点によってユーザの意図に近いパレート解を求める「意図直線法」を提案している.提案された対話空間遷移の方法論は,水道の運用計画問題および人工衛星間の通信ネットワークの計画問題という二つの応用事例を通じてその有効性が評価・検証されている.

第1章は序論であり,多目的最適化問題の概要と特徴を述べ,それを支援する人間・機械協調システムを構築するという本研究の目的について述べている.

第2章では,関連研究の動向を概観し,従来技術の問題点を整理することで,ユーザ意図に沿った最適解の導出と,得られた解の効率的なカスタマイズが未解決の課題として残っていることを示している.

第3章では,その問題を解決する新しい方法論として対話空間遷移「TRABIS」のコンセプトを提案している、ユーザ意図の伝達の重要性を述べ,ユーザが計算機システムと対話するインタフェースとなる3つの対話空間を定義している.また,「TRABIS」を実現する数学的枠組みとそれをさらに強化する「意図直線法」を説明し,各空間を遷移することの意味と実現性について示している.

第4章では,線形計画問題の代表例として上水道の運用計画問題に提案手法を適用した応用事例について述べている.対話型計画システムの試作・評価を通じて,3つの空間を通して解をカスタマイズするための設計自由度が確保されることと,最適化のための計算量の削減の両立を実現できることを検証している.本システムはすでに現場で実利用されており,その有効性も確認されている.

第5章では,非線形計画問題の代表例として,多数の衛星によつて形成される無線通信ネットワークを対象として通信時間と経路の割当運用計画の立案に提案手法を適用した事例について述べている.特にユーザが直接的に理解できる解空間内での対話を可能とするユーザインタフェースを充実させ,他の対話空間とも合わせて計画者が解をカスタマイズするための設計自由度を高めている.また,本論文で提案した意図直線法は汎用性があり,重み法に比べてもユーザが所望する解に直接的に辿りつける可能性が高いことを確認している.

第6章では,提案手法の意義について、上記の2つの応用事例への適用結果を俯瞰することで考察し,TRABISコンセプトによる対話型計画立案システムは,特に緊急時における選択肢提示とそこからの選抜の支援やWhat-if解析において有効性が高いものとして特徴付けている.

第7章は結論であり,提案した方法論の特徴と検討の結果得られた知見をまとめ,今後の課題と展望を述べている.

以上要するに,本論文は,多目的計画問題において,ユーザ意図に沿うように解を効率的にカスタマイズできる人間・機械協調計画システムの実現に向けて,ユーザが対話空間を自由に選択して利用できる環境を提供する対話空間遷移のコンセプトを提案し,現実的な問題への応用を通してその有効性を検証したものであり,宇宙工学・情報工学上貢献するところが大きい.

よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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