学位論文要旨



No 217044
著者(漢字) 永尾,陽典
著者(英字)
著者(カナ) ナガオ,ヨウスケ
標題(和) 成形爆薬による超高速射出装置の開発とCFRP板への超高速衝突による損傷評価法に関する研究
標題(洋)
報告番号 217044
報告番号 乙17044
学位授与日 2008.11.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17044号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 教授 藤本,浩司
 東京大学 教授 青木,隆平
 東京大学 教授 小野田,淳次郎
 東京大学 教授 樋口,健
内容要旨 要旨を表示する

21世紀に入り,探査衛星による科学への貢献や,地球周回軌道を飛行する通信衛星による実利面での貢献など,宇宙活動によって人類にもたらされるものは極めて大きくなっている.また,国際宇宙ステーションの建設とそれを利用した活動も本格化しようとしている.一方,人工衛星等の宇宙機の増加は人類に大きな利益をもたらすと共に,宇宙ゴミといわれる宇宙デブリの増加という深刻な課題も同時に投げかけている.NASAによるシミュレーション解析ではデブリとデブリがぶつかって更なるデブリを産み,留まることがなくなる結果が得られている.この結果によると2000年に全ての打ち上げを中止してもデブリが増え続け,数十年後にはデブリによって地球の周りが占有され,新規の打ち上げができない状況となる.このような環境条件のなかで、新たな衛星打ち上げと運用が行われていく.そのため,近年,宇宙機にはデブリ衝突に対する防御や損傷を考慮した設計が求められている.既に従来の衛星や国際宇宙ステーション開発等を通じ,アルミニウム合金に関しては多くの超高速衝突による損傷データが取得され,デブリが構造を貫通する限界式などが実験的に求められている.

一方,軽量化要求から衛星構造や宇宙機構造には軽量化の観点から,複合材料がほぼ全面的に用いられているが,これら複合材料に超高速のデブリが衝突した時にどのような事象がおこり,また構造の健全性がどのような影響を受けるかについては,ほとんど明らかされていない.従って,複合材料へのデブリ衝突を模擬した地上設備による超高速衝突試験によってデータを取得していく必要があるが,以下の課題がある.

(1)低軌道での代表的なデブリ速度は約10km/secとされているが,この速度で模擬デブリを射出できる装置は、成形爆薬(以降CSCと称す)にほぼ限られる.しかしCSCから射出された模擬デブリによる損傷は,同じ速度・質量の固体球が衝突した場合よりも大きな損傷を与える事が報告されている.従って,CSCによる損傷量をそのまま用いることはできず,固体球衝突による損傷との関係を求める必要がある.

(2)炭素繊維を用いた複合材料(以降CFRPと称す)の超高速衝突による損傷データは少ない.そこでCSCに比べて簡便に多くのデータ取得ができる2段式ガスガンを用いて試験を行い,CFRPのデブリ超高速衝突に関する損傷特性とその評価方法を明らかにする必要がある.

以上を背景に,CSCと固体球を射出する2段式ガスガンとの損傷量の比較を行うため,ガスガンのほぼ上限速度である,7km/secまで速度を下げたCSCを開発した.このCSCを用いて2段式ガスガンとほぼ同質量・同速度の模擬デブリを射出し,損傷量を比較することで装置の差異による損傷関係を求めた.その結果,速度7.5km/secから10km/secの速度範囲でかつ質量が約2.0gの場合について,CSCによる損傷は固体球の質量が1.6倍のときと同じ損傷量になる事を明らかにした.これを等価損傷質量として定義した.また,この過程で超高速衝撃シミュレーション解析ソフトの有効性についても明らかにした.

異なる速度,異なる球径の模擬デブリを,異なる板厚のCFRPへそれぞれ超高速衝突させデータを取得した.この時,板厚で規準化した損傷面積と,同じく板厚で基準化した衝突エネルギーとでデータを整理する方法を提案した.この方法を採ることで,両者の間に一定の相関式が得られる事を明らかにした.さらにこの整理法によって,金属の場合と異なり,デブリが板を貫通する限界は規準化エネルギーによって,ほぼ一定値として求められることを明らかにした.本研究では,質量が0.72gから480mgでかつ速度が2.0km/secから6.8km/secの範囲で,規準化損傷面積と規準化エネルギーとは貫通域と非貫通域の2本の関係式で示すことができることを示した.また,超高速衝撃後の構造健全性の評価手法として,圧縮試験が有効であることを示した.

さらに,CFRPの繊維強度が貫通限界に及ぼす影響についても明らかにした.また,超高速解析シミュレーションソフトを用いて,異方性である積層板のCFRPを2次元で簡易的にモデル化する手法によって,層間剥離の進展挙動や剥離位置などを求めることができる事を示した.

CFRPに対して,CSCを用いた10km/secでの超高速衝撃試験を行った.その結果,上述のCSCの等価損傷質量を用いて求めた,規準化エネルギーと規準化損傷面積との関係は,この速度域でも適用できる見通しを得た.

以上に示したとおり,成型爆薬(CSC)による超高速射出装置を用いた損傷評価の手法を確立した.

また,炭素繊維複合材料に対する超高速衝突損傷事象と,損傷量の予測手法を明らかにした.

審査要旨 要旨を表示する

工学士 永尾 陽典 提出の論文は、「成形爆薬による超高速射出装置の開発とCFRP板への超高速衝突による損傷評価法に関する研究」と題し、7章よりなる。

近年、人工衛星などの宇宙機の増加は人類に大きな利益をもたらしているが、スペースデブリの衝突によってこれらの宇宙機が機能を失う可能性も増えるという課題も同時に投げかけている。そのため、国際宇宙ステーションではデブリ衝突に対する防御が求められ、アルミニウム合金板をデブリが貫通する限界式などが実験的に求められている。一方、軽量化要求から昨今の衛星構造には複合材料がほぼ全面的に用いられているが、超高速のデブリが衝突した時の事象や構造健全性に与える影響についてほとんど明らかにされていない。従って、デブリ衝突による影響を考慮した設計を可能にするとの観点から、複合材料に対する超高速衝突損傷事象の把握と評価手法を明らかにすることは重要である。本研究では、低軌道での平均的デブリ速度10km/secを実現できる成形爆薬(CSC)超高速射出装置を開発・改良し、射出体の材料相の影響を含めた損傷評価手法を提案すると共に、炭素繊維強化エポキシ樹脂複合材料への超高速衝突試験結果の知見を基に、複合材料特有の貫通限界について議論し、さらに炭素繊維の強度が超高速衝突損傷に与える影響についても明らかにしている。さらに複合材料に対する超高速衝突シミュレーションの簡易手法の提案を行っている。

第1章は「序論」であり、本研究の背景についてまとめ、従来研究の問題点を総括するとともに、本研究の目的と本論文の構成について述べている。

第2章は、「成形爆薬による速度7km/sec級の超高速射出装置の開発」であり、固体と溶融体の混合相である可能性が高いCSCによる射出体と、固体を射出する2段式軽ガスガンによる損傷との直接比較を目的として、ガスガンの上限速度である7 km/sec級の速度で射出できるCSCの開発について示している。CSC各部の寸法を、シミュレーション結果を参考としながら設定し、所定の速度と質量を射出できるCSC超高速射出装置の開発に成功している。

第3章は、「速度7km/sec級の成形爆薬射出装置の改良」であり、前章で課題となった後追いジェットの除去方法を開発し、実験によってその効果を確認している。さらにCSC射出体形成の詳細シミュレーションと実験結果との比較によってシミュレーションの有効性を明らかにしている。

第4章は「2段式軽ガスガンとCSC装置による超高速衝突損傷の相関」であり、射出体形状が損傷に与える影響をガスガンによる衝突実験から明らかにしている。また、速度7km/secで同質量の射出体を用いたCSCとガスガンの損傷量比較から、CSCを用いた場合の等価損傷固体質量の定量化に成功している。さらに材料相からの議論によって、この関係は10km/secでも適用できることを示している。

第5章は「高強度炭素繊維強化複合材料への超高速衝突による損傷」であり、射出体の運動エネルギーと積層板内部損傷面積の関係を定式化できることを示し、併せて複合材料の貫通限界は板厚で基準化した衝突エネルギーで表すとほぼ一定の値となり、金属と異なる事象を示すことを明らかにしている。その要因については、シミュレーションによって得られる樹脂温度からの検討を行っている。また、超高速衝突試験後に複合材料の非破壊検査と残存強度測定を行うことで、損傷量と健全性評価が可能であることを示している。さらに、超高速衝突により発生する応力波により樹脂層破壊が早期に発生するであろうとの推論から、板厚方向特性を繊維直角方向の特性で代表するモデル化を提案し、シミュレーション結果が試験の層内破壊位置を良く再現することから、2次元簡易モデル化によって損傷部位の推定が可能であることを示している。これらの知見は、費用と時間のかかる超高速試験の数を軽減し、デブリ損傷を考慮した設計に貢献するものである。

第6章は「炭素繊維の差異が損傷へ及ぼす影響とCSC装置によるCFRP衝突損傷の評価」であり、繊維強度が低いと内部損傷が広がるよりも繊維破壊が早期に起こることから、繊維の強度が損傷域に与える影響について明らかにしている。簡易シミュレーション手法によってもこの傾向が現れることを示している。さらに本研究で明らかにした、CSC装置とガスガンによる損傷の差異を示す関係式の複合材料への適用可能性について、10km/sec級のCSC装置による試験を行うことにより明らかにした。

第7章は「総括」であり、本研究で得られた結論を述べ、今後の課題について検討している。

以上要するに、本論文では、地上でのデブリ衝突を再現できるほぼ唯一の装置である、CSC超高速射出装置を用いた定量的な損傷評価法を確立すると共に、繊維強化複合材料に対する超高速衝突実験による知見を基に、デブリ衝突に対する貫通限界を求める手法と繊維や樹脂が損傷に与える影響を明らかにすることに成功している。また本論文で得られた成果は、繊維強化複合材構造の耐デブリ設計を支援する汎用的な数値シミュレーション手法を提供しており、超高速衝撃下における複合材料工学、損傷力学、複合材料構造設計の新しい発展に大いに寄与する有益な知見を与えている。とくに衛星構造の設計・製造を行う産業界への貢献は極めて大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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