学位論文要旨



No 217051
著者(漢字) 北浦,次郎
著者(英字)
著者(カナ) キタウラ,ジロウ
標題(和) IgEによるFcεRIの凝集を介したマスト細胞の活性化
標題(洋) IgE molecules mediate a spectrum of effects on mast cell survival and activation via aggregation of the FcεRI
報告番号 217051
報告番号 乙17051
学位授与日 2008.12.03
学位種別 論文博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 第17051号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北村,俊雄
 東京大学 教授 渡邊,俊樹
 東京大学 教授 菅野,純夫
 東京大学 教授 清,野宏
 東京大学 教授 井上,純一郎
内容要旨 要旨を表示する

高親和性IgEレセプター(FcεRI)を介したマスト細胞活性化機序の解明はアレルギーの病態解析に不可欠である。長年の研究結果は以下のような定説(今でも基本的に正しい)を導いた。「最初に抗原特異的なIgEがマスト細胞上のFcεRI に結合する準備段階(sensitization)が必要である。この時点においてマスト細胞は活性化されない。次に特異的抗原がIgEに結合しFcεRIを架橋凝集したときマスト細胞は活性化される。」つまり、二段階のステップがマスト細胞の活性化には不可欠であると考えられてきた。しかし、近年、単量体IgEがFcεRIに結合するだけで引き起される現象に注目が集まった。その代表例は、(Yamaguchiらが報告した)単量体IgEによりマスト細胞表面のFcεRI発現量が増加する現象と(Asai, Kitauraらとkalesnikoffらが報告した)単量体IgEによってマスト細胞の生存が延長する現象である。後者の発表が特に関心を呼んだのは、単量体IgEの機能の新奇性と、二つのグループにより同一雑誌(Immunity)に報告された現象の相違点にある。両グループが見出した共通の現象は、増殖因子(IL-3)を除いたときにおこるマスト細胞(BMMC)のアポトーシスがIgEによって抑制されることであった。kalesnikoffらは、単量体IgEの刺激によって細胞内シグナル伝達分子が活性化されて各種サイトカインが産生されることを示し、IgEによるアポトーシス抑制効果はオートクラインの機序で説明できると考えた。一方、Asai, kitauraらは、同様の実験においてマスト細胞の活性化を示唆する結果を認めなかった。これは従来の単量体IgEの概念に合致していたが、単量体IgEによる抗アポトーシス効果を説明するには不十分であった。両者の研究結果の相違は何に由来するのか?その疑問に答えることを出発点とし、単量体IgEの機能とその生物学的意義に迫ることを本研究の目的とした。

両グループが使用した単量体IgEに注目して、由来の異なる単量体IgEを複数(DNPに対するモノクローナル抗体としてH1-ε-206, H1-ε-26, SPE-7、dansylに対するモノクローナル抗体として27-74、TNPに対するモノクローナル抗体としてIgE-3, C38-2, C48-2)を用意して機能を比較した。その結果、単量体IgEによるBMMCのサイトカイン産生がH1-ε-26, SPE-7, C38-2の刺激によって認められ、特にSPE-7 IgEによる産生量は顕著であった。一方、H1-ε-206, 27-74, IgE-3, C48-2による刺激ではサイトカインの産生量は検出感度以下であった。したがって、単量体IgEはそのサイトカイン産生能により2種類に大別可能で、前者をhighly cytokinergic (HC) IgE、後者をpoorly cytokinergic (PC) IgEと命名した。

細胞生存延長効果はいずれの単量体IgEによっても誘導されたが、その程度はPC IgEに比べてHC IgEで強く、HC IgEの中ではサイトカイン産生能と同じくSPE-7が最強であった。次に、野生型とFcεRIα欠損BMMCを種々の比率で混合しHC IgEあるいはPC IgEの存在下で両細胞の生存率を調べた結果、HC IgEによるマスト細胞生存延長効果においてのみ産生される液生あるいは膜結合型因子の関与が示された。

さらに、単量体IgEによるヒスタミン遊離(脱顆粒)、ロイコトリエンの産生、DNA合成能を調べたが、いずれもHC IgEにおいてのみ明らかであった。また、HC IgEによるヒスタミン放出はIgEと抗原による刺激の場合と比較して緩徐で弱かった。以上から、IgEと抗原の刺激によりマスト細胞におこる現象をHC IgEがほぼ再現できること、ただしHC IgEはサイトカイン産生能が高いけれども相対的に脱顆粒を起こしにくいことが示された。また、これらの現象の差異(PC vs HC IgE)と一致して単量体IgEの刺激によるマスト細胞内シグナル伝達分子の活性化にも顕著な差が認められた。以上より、単量体IgEには機能的に大別して二種類のIgE (PC vs HC)が存在して幅広いサイトカイン産生能や細胞生存延長効果を有することが示された。

次に、FcεRIの凝集が単量体IgEの刺激によっておこるかどうかを確かめるため、ErythrosinでラベルしたPC IgEとHC IgEをマスト細胞株(RBL細胞)のFcεRIに結合させて、その動きをナノからマイクロ秒の範囲で定量する、time-resolved phosphorescence anisotropyの測定を施行した。これはFcεRIの凝集を直接評価できる方法で、二つの重要な所見、HC IgEのみならずPC IgEでもFcεRIの凝集が自発的におこること、その凝集の程度はHC IgEの方がはるかに大きいこと、が認められた。この所見は、PC IgEで認められる濃度依存的な(BMMC表面における)FcεRI発現量の上昇が、高濃度のHC IgEではFcεRIのinternalizationのため抑制される結果とも合致していた。興味深いことに、単量体IgEによるFcεRIの凝集,細胞生存延長効果など上記した機能はすべて特異的なハプテンによって濃度依存的に抑制されるため、単量体IgEの抗原認識部位の構造にFcεRIを凝集させる要因があると推定された。

また、FcεRIの直下で重要な働きをする二つのチロシンキナーゼSykとLynの欠損マスト細胞を使って単量体IgEの機能を調べた。その結果、単量体IgEにより誘導される機能はすべてSyk欠損マスト細胞において消失した。単量体IgE(特にPC IgE)による細胞生存延長効果に関してはLyn欠損マスト細胞において減弱を認めた。

以上の結果を総合すると、単量体IgEの刺激によっておこる現象はすべてFcεRIの凝集、およびその下流のSykチロシンキナーゼの活性化が不可欠であり、PC IgEとHC IgEによる現象の差はFcεRIを凝集させる強さに依存していると考えられた。

さらに単量体IgEが示す細胞生存延長効果をin vivoで検討する実験を施行した。マウスに高いIgE値を維持させるため腹腔にH1-ε-206 (PC IgE), H1-ε-26 (HC IgE)、コントロールとしてIgG2bのハイブリドーマを一定細胞数注入して、2週間後の組織におけるマスト細胞数、および血清IgE値を調べた。その結果、胃粘膜や空腸粘膜のマスト細胞数はIgEハイブリドーマ群で有意に高く、しかもHC IgEハイブリドーマ群でより高い値を示した。さらにマスト細胞数の上昇と血清IgE値の間には相関が認められ、単量体IgEによる細胞生存延長効果がin vivoの系でも示された。

次に、PC IgE、HC IgE、IgEと抗原(IgE + Ag)、IgEと抗IgE抗体(IgE + anti-IgE)の刺激によっておこる現象の違いを説明するために、刺激の強さ、凝集の強さを評価する系としてFcεRIのinternalizationに注目した。その結果、Agあるいはanti-IgEの濃度によりinternalizationの速度は大きく異なること、緩徐なinternalizationをおこす弱い刺激の際にマスト細胞生存延長効果が認められること、急速なinternalizationをおこす強い刺激に際して脱顆粒が認められること、サイトカイン産生はその中間から強い刺激により認められることが明らかとなった。Internalizationの初速度(V)を測定すると、Vが刺激の強さに相関し、Vが高いとき(IgE+high dose Ag) に脱顆粒が、Vが低いとき(IgE+low dose Ag)に細胞生存延長効果が、強く誘導された。また、IgEの刺激によるinternalizationは濃度依存的にHC IgEの場合に生じる(PC IgEにより誘導されない)ので、単量体IgEの刺激の強さとinternalizationの程度も相関していることが示された。

さらにこれらの現象のチロシンキナーゼLynおよびSykに対する依存度を調べた結果、以下のことが判明した。IgEによるFcεRIのupregulationにはLyn、Sykともに無関係である。弱い~中等度の刺激(IgE+low dose Ag、HC IgE、IgE+anti-IgE)ではLyn依存的Syk非依存的にinternalizationが、強い刺激(IgE+high dose Ag)ではLyn依存度が低下しSyk非依存的にinternalizationが生じる。また、種々の刺激によるサイトカイン産生や脱顆粒はすべてSyk依存的である。弱い刺激によるサイトカイン産生にはLyn依存性が認められるが、強い刺激によるサイトカイン産生はLyn非依存的でありLyn欠損細胞ではその産生がむしろ亢進する。このように刺激の種類によりFcεRIを凝集する強さ(internalizationの速度と相関する)が規定され、シグナル伝達分子(Lyn/Syk)のはたらきとともにマスト細胞の機能(細胞生存延長効果、サイトカイン産生、脱顆粒)が変化する。単量体IgEの機能解析を通じて、FcεRIを介したシグナル伝達機序の一旦が解明された。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は一章からなり、IgEによるFcεRIの凝集を介したマスト細胞の活性化について述べられている。長年多くの研究者により培われてきたIgEとマスト細胞の活性化に関する研究成果と近年報告された新知見に基づき、問題点と疑問点を呈示し、自らの研究結果を踏まえて仮説を立て実験により証明することで新しい概念を構築している。新たに生じた課題に対しても従来と異なる手法で研究を進めFcεRIを介するマスト細胞活性化機序を解明している。

従来の考え方によると、マスト細胞の活性化には二段階、抗原曝露により産生する特異的なIgEがマスト細胞上のFcεRIに結合する段階(感作)とその後抗原がIgEを介してFcεRIを架橋凝集する段階(刺激)が必要である。ところが、論文提出者を含む研究グループおよび別の研究グループが単量体IgEによる新しい生理的な機能(IgEがマスト細胞のアポトーシスを抑制する効果)を同時に発表するに至り、定説に対する修正が迫られた。一方で、両研究グループの解析結果には多くの相違点が認められたため、この研究分野における一時的な混乱が生じた。本論文では、これまでの研究結果を統合的に理解するために重要な概念が示されている。すなわち、IgEは単独でもFcεRIを凝集できること、その凝集力の強さによってIgEは異なる作用を示すこと、IgEは大別するとサイトカイン産生能の強弱によってhighly cytokinergic (HC) IgEとpoorly cytokinergic (PC) IgEに分けられること、が証明されている。本論文はIgEに関する定説を覆しIgEの多様性と機能を明らかにした点が第一に評価される。

次に本論文は、活性化したマスト細胞の機能が(HCあるいはPC)IgE単独やIgEと抗原など刺激の種類や濃度によって大きく異なることを証明した上で、刺激によるFcεRI凝集の強さがマスト細胞機能を規定するという概念を呈示している。さらに、その評価系としてFcεRIのinternalization速度に注目してマスト細胞機能との相関性を示している。刺激の強さによってFcεRIのシグナル伝達が異なり細胞機能が変わるという結論は、従来のアレルギー治療において見逃されてきたが今後の創薬においては留意すべきであり、高い評価に値する。

本論文で実施されている実験の精度は高くその結果の解釈と考察は的確であり導かれている結論には新奇性を有すると判断する。また、この分野の研究の進歩に大きく寄与したと考えられる。

なお、本論文は、Asai Koichi, Fu-Tong Liu, Attila Mocsai, Mindy Tsai, Stephen J. Galli, Jinming Song, B. George Barisas, Clifford A. Lowell, Yamamoto-Maeda Mari, Wenbin Xiao, Kawakami Yuko, Kawakami Toshiakiとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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