学位論文要旨



No 217053
著者(漢字) 佐藤,愛
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,メグム
標題(和) コーポレート・ガバナンスの制度分析
標題(洋) An Institutional Analysis of Corporate Governance : Theory and Evidence
報告番号 217053
報告番号 乙17053
学位授与日 2008.12.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(経済学)
学位記番号 第17053号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 神谷,和也
 東京大学 教授 BRAUN,R.A.
 東京大学 教授 市村,英彦
 東京大学 教授 小佐野,広
 一橋大学 教授 伊藤,秀史
内容要旨 要旨を表示する

本論文では、コーポレート・ガバナンスに関する理論モデルを構築する事によって今まで理論的に明らかにされていなかった取締役会の経営者に対する脆弱なモニタリングの新たな要因を特定しています。また、この要因がモニタリングのみならず、次期経営者の承継に対して与える効果についても理論的な分析を行っています。

特に、モニタリングとの関連では従来から明らかにされているモニタリングの脆弱性に加えてこの新たな要因を考え、とりわけ日米のコーポレート・ガバナンスの比較分析を行ったところ、日本におけるモニタリングの脆弱性の要因がその制度設計にはなく、取締役の属性によるものであることを明らかにしています。つまり、取締役の属性が同じであるなら、日本型の制度のほうがむしろアメリカ型よりもモニタリングが機能することを明らかにし、取締役の属性の差に脆弱性の要因があることを示しています。

CEOをクビにする事を目的にしたモニタリングを取締役会が効率的に行えない要因としては、既存の理論研究で明らかにされているものとして、友情(B. E. Hermalin and M. S. Weisbach, "Endogenously Chosen Boards of Directors and Their Monitoring of the CEO", American Economic Review, 88, 1998, 96-118)、情報の非対称性(C.G. Raheja,"Determinants of Board Size and Composition: A Theory of Corporate Boards," Journal of Financial and Quantitative Analysis, 40, 2005, 283-306)、CEOから解任される事に対する恐怖(V. A. Warther, "Board Effectiveness and Board Dissent: A Model of the Board's Relationship to Management and Shareholders," Journal of Corporate Finance, 4, 1998, 53-70), などが挙げられます。

本研究では、「CEO」と「Board」にとっての最適なモニタリング・レヴェルと、株主やその他の債権者が「Board」に期待する最適なモニタリング・レヴェルとの間にギャップがあることによって、「Board」が最適なモニタリングを行わないという事を明かにしています。具体的には、まず基本的なモデルの構造として、「Board」の行うモニタリングによって能力の無い「CEO」は解任され、より能力のある新しい「CEO」を雇う事で企業価値が高まるという設定をしました。その際「Board」が全体として将来的に得られる利益を企業価値からの一定割合とおきました。この事は一見「Board」が企業価値を最大化すれば「Board」全体としての効用も高くなる為、株主や他の債権者が望む最適なモニタリングを「Board」が行うインセンティブがあるように思えます。しかし、モデルの分析から明らかになった事は「CEO」も「Board」も取締役会決議においてその場に参加している当事者だけで将来の利益を分配したいが為に、モニタリングをすると現在決議に参加をしている「CEO」はクビになり新たな「CEO」(newcomer)が就任する可能性をもたらし、現在の「CEO」が最後まで残ったのであれば得られたであろうボーナスや、来期以降の収入のディスカウンテッド・サムとなる名声(以下ベネフィットと記述)をもらい損ねることになる為、そのようなベネフィットが大きい場合は適切なモニタリングをしないという事です。つまりベネフィットがギャップを生じさせているのです。

ここで注意すべき点は、「CEO」自身にとって将来ベネフィットを得られない事は直接的な損失であることは明らかですが、「CEO」以外の「Board」の構成メンバーにとって、現行の「CEO」がベネフィットを得られない事は、彼らの効用に対して間接的な損失として影響を与えるという事です。なぜならば、取締役会決議において、「CEO」と「Board」は「CEO」の給料とモニタリング・レヴェルを内生的にナッシュ交渉を通じて選ぶのですが、「CEO」が将来的に大きなベネフィットを手に入れる事ができるのであれば、現在必ず手に入れることができる給料を減らしてもよいが、そのかわり解雇する確率を減らすためにモニタリング・レヴェルも低くするように交渉します。従って「Board」にとっては彼らの期待利得から支払われる給料を減らすことになり、両者は合意に至ります。仮に、ベネフィットが低い場合は、「CEO」自身にとっては現在もらえる給料を多くもらってしまえば解任されても構わないということになり、また他の「Board」メンバーにとっても、ベネフィットを梃子に現在の給料を低くするように交渉に臨む事が出来なくなります。また、この理論からCEOを解任した場合に、「新CEO」を選ぶ際に現行の「Board」はベネフィットが大きい場合は、自分達のうちの誰かを必ず「新CEO」にしようとし、内部昇進をさせる傾向があることを理論的に示すものです。

更に、上記のような結果を踏まえた上で、特に日米のガバナンス・システムを反映したモデルを構築し、上記のような問題が「Board」の「CEO」に対するモニタリングに対してどのような影響を及ぼすのかを分析しています。

日本でも、従来からの日本型の制度に加えて委員会設置会社制度の導入がなされました。しかし、日本企業にアメリカの企業の制度を導入してもそう簡単に日本企業の取締役会がみずからモニタリングを有効に機能させる事ができるかという問題があります。そこでまず、私は上記の論文Hermalin and Weisbach [1998]のガバナンスモデルを拡張(つまり、アメリカ型のモデルを日本型に拡張)しました。具体的に記述すると代表取締役をアメリカ型の「CEO」とし、彼らを監視する取締役や監査役等を「Board」とした上で、日本では特徴的とされる終身雇用や年功序列という特徴を反映したモデルを構築しました。これらの特徴をふまえた日本モデルをHermalin and Weisbach [1998]にならって構築したアメリカと比較し明らかになったことは、(日本独特の特徴徴を反映した理論モデルは本研究が初の試みです)「CEO」が最後まで会社に残った場合に得られるベネフィットがアメリカよりも低い日本のコーポレート・ガバナンスにおいての方が、アメリカのシステムよりも有効なモニタリングがなされ、ひいては企業価値の増加をもたらす、という事です。つまり、「CEO」が将来もらえるベネフィットが低い場合は、現行の「CEO」が解任され、その替わりに就任した「新CEO」がベネフィットを将来的に手にする事になっても、現在取締役会を構成している全メンバーからすると将来得られる利益からの損失が少ない為、モニタリングを阻むインセンティブが生じないという事になります。すなわち、モニタリングを行う際に生じる直接的なモニタリング・コストの他に、モニタリングの結果能力の無い「CEO」を解任し有能な「CEO」を雇う事による期待利潤の増加と、新しく取締役会にnewcomerを入れる事によって現行の「Board」に生じる期待損失との間にトレード・オフが生じる事を示しました。更に、日本の企業経営においては、「CEO」が取締役会の中から内部昇進されるという現状も考慮に入れると、モニタリングの結果現行の「CEO」が解任されたとしても、交渉当時にいた取締役のうちの誰かが「新CEO」のポストに就くといった意味で、「新CEO」はnewcomerでは無い為、ベネフィットが交渉当事者達にとってそもそも期待損失にならないという状況も想定できます。このような結果に対しては、制度としてはモニタリングが十分機能するはずであるのにも関わらず何故日本型のガバナンス・システムではモニタリングが実際になされないのか、という新たな疑問が生じます。この問いに対しては、内部昇進・年功序列などといった日本の企業慣行が現在取締役会を構成している「CEO」とそれ以外の取締役の間に友情関係や「CEO」に対する忠誠心をもたらし、結果としてそもそも取締役個々人のモニタリング・コストがアメリカ型よりも高いからだといえます。

また、上記のような結果をうけて、導き出せる結果として昨今の商法・会社法の法改正でアメリカ型のシステムに倣って導入された委員会設置会社が形式だけの輸入であり、取締役個々人間のモニタリング・コストに対して直接的な影響をもたらすものでは無い為、取締役会のモニタリング機能は必ずしも高まるものではないという事が言えます。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、コーポレート・ガバナンスに関する新概念(leak) を提唱し、それによりBoard のCEO に対する非効率なモニタリング、日米のガバナンス制度の比較、CEO 交代時における非効率性の発生などについて分析したものである。

本論文の構成は以下の通りである。

第1章 Introduction

第2章 Literature Review

第3章 Simple Model of 'Leakage'

第4章 Main Model: Monitoring Levels and Succcession Policy

第5章 Comparison of the US and the Traditional Japanese Corporate Governance

第6章 Conclusion

各章の内容の要約・紹介

第1章のIntroduction に続き、第2章では、Board のCEO に対する非効率なモニタリングに関する先行研究を紹介している。特に重要な3論文、B. E. Hermalin and M.S. Weisbach, "Endogenously Chosen Boards of Directors and Their Monitoring of the CEO", American Economic Review, 88, 1998, 96-118)、C.G. Raheja,"Determinants of Board Size and Composition: A Theory of Corporate Boards," Journal of Financial and Quantitative Analysis, 40, 2005, 283-306)、V. A. Warther, "Board Effectiveness and Board Dissent: A Model of the Board's Relationship to Management and Shareholders,"Journal of Corporate Finance, 4, 1998, 53-70) について、ある程度具体的な紹介を行っている。つまり、Hermalin and Weisbach (1998) ではBoard のCEO に対するindependence、Raheja (2005) では情報の非対称性、Warther (1988) ではCEO から解任される事に対する恐怖、が要因となって非効率なモニタリングが発生する。

第3章以下では、上記の論文では取り上げられなかった要因(leak) を分析している。まず第3章では、簡単なモデルを使ってleak の概念を説明している。つまり、Board はCEO に対して、モニター水準とCEO の賃金の組み合わせをtake-it-or-leave-it offer する。これがaccept された場合にはBoard は提示されたモニター水準にしたがってモニターを行い、悪いシグナルを得たらCEO を解任し新しいCEO を雇用する。よいシグナルであればCEO は解任されない。解任される場合には、CEO が獲得する将来の賃金(あるいは名誉、評判など)は新しいCEO のものとなる。(つまり、これがleak となる。) 解任されなければ、incumbent CEO がこれを得ることになるが、Board は交渉力を持つので賃金の調整によりこれを手に入れることになる。したがって、Board にとってCEO のモニターによって生じるコストは、直接的なモニターコストだけではなくleak もある種のコストということになる。すなわち交渉の当事者達は、CEO 解任によって漏れる効用を考慮にいれて交渉することになる。本章では、これらをすべて考慮に入れた場合、モニターすべきとき(モニターしたほうが効率的な場合)にモニターが行われないという結論を得ている。

第3章のモデルは、leak の概念を分かりやすく説明するため多くの単純化を行っている。例えば、モニターレベルは0か1であり中間の値は取れない。また、交渉力はBoard が持ち、CEO に交渉力はない。第4章では、これらの単純化の仮定をはずして一般的に分析している。このモデルは、上記のHermalin and Weisbach [1998] のガバナンスモデルのある種の拡張とみなすことができる。具体的には、モニターレベルをモニター成功確率と考えその範囲を区間[0, 1] にしている。モニターコストは、成功確率に依存してd(p), p ∈ [0, 1], と表される。また、CEO も交渉力を持ちBoard とのNashBargaining を行うとする。(交渉の対象はモニターレベルおよびCEO の賃金。)さらに、第4章では新CEO を雇う場合にBoard のメンバーからの内部昇進か企業外から選ぶか、の選択が可能としこの選択も交渉の対象としている。モデルは第3章のものに比べて複雑になっているがleak をもとに分析すると、モニターレベルとCEO の選任について明確な構造が見えてくる。つまり、内部昇進の場合にはCEO の将来の賃金などに関するleak は発生しないが外部からCEO を選任する場合には発生する。交渉ではこれを考慮に入れることになるので、たとえ外部から選任した場合の方が優秀なCEO が見込める場合でも内部昇進が選ばれる可能性があることになる。モニターレベルに関しても同様にleak を考慮に入れて交渉することになるので、モニターレベルはleak が発生しないときに比べて小さくなる。

第5章では、日米のガバナンス・システムを反映したモデルを構築し、上記のような問題がBoard のCEOに対するモニタリングに対してどのような影響を及ぼすかを分析している。日本では、従来からの日本型の制度に加えて委員会設置会社制度が導入された。委員会設置会社は米国的な制度であり、日本型ガバナンスシステムにおけるモニタリングの脆弱性を補うために導入された。しかし、日本企業にアメリカの企業の制度を導入した場合、日本企業の取締役会が有効にモニタリングを機能させるか否かについては明確ではない。そこで、第5章では第4章のモデルを拡張してこの問題を理論的に分析している。具体的に記述すると、代表取締役をアメリカ型のCEO とし、彼らを監視する取締役や監査役等をBoard として上記のモデルを適用する。明らかになったことは、CEO が最後まで会社に残った場合に得られるベネフィットがアメリカ型よりも低い日本型の方が、アメリカ型のシステムよりも有効なモニタリングがなされ、結局は企業価値の増加をもたらす、という事である。これを説明すると以下のようになる。モニタリングを行う際に生じる直接的なモニタリング・コストの他に、モニタリングの結果として能力の低いCEO を解任し有能なCEO を雇う事による期待利潤の増加と、新しく取締役会にnewcomer を入れる事によって現行のBoard に生じる期待損失との間にトレード・オフが生じ、これらすべてを考慮に入れて交渉でモニター水準が決定することになる。たとえば、CEO が将来得ることになるベネフィットが低い場合は、現行のCEO が解任されその代わりに就任した新CEO がベネフィットを将来的に手にする事になっても、現在取締役会を構成している全メンバーからすると将来得られる利益からの損失が少ない為、モニタリングを阻むインセンティブが生じないという事になる。さらに、日本の企業経営においては、CEO が取締役会の中から内部昇進する場合が多い。その場合には、モニタリングの結果現行のCEOが解任されたとしても、交渉当時にいた取締役のうちの誰かが新CEO のポストに就くという意味で新CEO はnewcomer では無い為、新CEO のベネフィットが交渉当事者達にとってそもそもleak にならないという状況となる。したがって、日本型の方が、アメリカ型のシステムよりも有効なモニタリングがなされる。

以上の結果に対しては、制度としてはモニタリングが十分機能するはずであるのにも関わらずなぜ日本型のガバナンス・システムではモニタリングが脆弱なのか、という疑問が生じる。これに関して、内部昇進・年功序列などといった日本の企業慣行が現在取締役会を構成しているCEO とそれ以外の取締役の間に友情関係やCEO に対する忠誠心をもたらし、結果としてそもそも取締役個々人のモニタリング・コストがアメリカ型よりも高くなっているからだと考えられる。論文では、これを実際のデータを使って示している。つまり、委員会設置会社(58社)に関し取締役会の構成メンバーがその企業の内部者であるとみなせるか否かを分析した。その結果、多くの企業(委員会設置会社)において、取締役会メンバーの内かなりの割合のものは内部者とみなせることがわかった。したがって、近年の商法・会社法の法改正でアメリカ型のシステムに倣って導入された委員会設置会社が形式だけの模倣であり、取締役個々人間のモニタリング・コストに対して直接的な影響をもたらすものでは無いため、取締役会のモニタリング機能は必ずしも高まるものではないという事が、理論的にもデータの面からも結論づけられた。

論文の評価

本論文では、新しい視点(leak) からコーポレート・ガバナンスに関する理論モデルを構築している。この視点により取締役会の経営者に対する脆弱なモニタリングの新たな要因が明らかになった。また本論分では、この要因がモニタリングのみならず、次期経営者の承継に対して与える効果についても理論的な分析を行い、実際に観察される低い能力のCEO の内部昇進についてその原因を理論的に明らかにした。また、日米のコーポレート・ガバナンスの比較分析を行い、日本におけるモニタリングの脆弱性の要因がその制度設計にはなく、取締役の属性によることを理論的に明らかにし、それをデータにより裏付けた。つまり、取締役の属性が同じであるなら、日本型の制度のほうがむしろアメリカ型よりもモニタリングが機能することを明らかにし、取締役の属性の差に脆弱性の要因があることを示した。

これらの結果は、コーポレートガバナンスの理論に新しい視点を導入してモニタリングの脆弱性の一つの要因を特定すると共に、これまでに理論的に解明されていなかった委員会設置会社導入の効果や能力の低いCEO の内部昇進の原因などを明らかにしたもので、高く評価されるものである。実際、これらの結果は国際的にも高く評価されており、第5章は国際的に高く評価されている学術誌に投稿中で改訂を示唆されている。

以上により、審査委員は全員一致で本論文を博士(経済学)の学位授与に値するものであると判断した。

審査委員(主査)神谷 和也

小佐野 広

伊藤 秀史

市村 英彦

Richard A. Braun

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