学位論文要旨



No 217057
著者(漢字) 小林,洋平
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,ヨウヘイ
標題(和) 風力エネルギーの高度利用法を目指した水素/メタン混合ガスの計測技術に関する研究
標題(洋)
報告番号 217057
報告番号 乙17057
学位授与日 2008.12.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17057号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荒川,忠一
 東京大学 教授 笠木,伸英
 東京大学 教授 石原,孟
 東京大学 准教授 鹿園,直毅
 電力中央研究所 上席研究員 浅野,浩志
内容要旨 要旨を表示する

第一章は、序論である。地球温暖化対策の切り札として自然エネルギーの導入促進が急務であり、エネルギー密度の高さから採算性に優れる風力発電に対する期待が急速に高まっている現状について述べた。

第二章では、地球上に賦存する風力エネルギーの利用可能量を評価した。地理情報システムを活用して、様々な地形要素と気象データの関係を世界規模で統計学的に解析した。地形因子を解析する為に地表をおよそ38万のメッシュに分割し各メッシュの持つ地形因子を算出した後、風速の高い地点が有する特徴を見出そうとした。この結果として算出された風力エネルギーの賦存量は、1.73×1020[J]である。この数字は、2100年に地球上の人口が130億人になると仮定し、その人々が現在の日本人と同等のエネルギー消費をしたと仮定するとエネルギー需要の7.7%を供給できる量である。また、海に近い場所に風力エネルギーが多く賦存することを示した。

第三章では、膨大に賦存するエネルギーが十分に活用されない理由として風力エネルギーの不規則性・希薄性があるとし、この問題の解決策として水素/メタン混合ガスベースのエネルギーシステムの有効性を示した。具体的には、風力エネルギーの電気出力により発生させた水素を天然ガスのパイプラインで流送する場合の有効性を示した。風力エネルギーの発電出力を水素化し、パイプラインでメタンガスと一緒に流送する場合、不規則ゆえに発生する水素の量は常に変動する。その為、水素/メタン混合ガスの混合割合を安全に計測する技術の開発が重要となることを述べた。

第四章では、水素/メタン混合ガスベースのシステムを構築する際に必要とされる水素の濃度を安全に計測するセンサーの研究開発を行った。不規則な風力エネルギーの電気出力により発生する水素の濃度は、頻繁に変動する。この変動を監視することは水素/メタン混合ガスを流送するパイプラインの運用上、最重要課題である。なお、ヨーロッパやアメリカでは、水素/メタン混合ガスに関する研究はハイタンあるいはナチュラルハイプロジェクトと称して重点的に研究されているが、本研究で提案する様な安全な計測手法に関する報告はない。水素濃度を計測する為の従来の手法は、およそ150℃に熱せられたタングステンワイヤーの抵抗値変化を計測することにより行われてきた。しかし、多量の電流が流れる裸の銅線を水素雰囲気にさらすこの手法は、災害時や回路の故障時等に着火の危険が常につきまとう。専門家による使用ならば問題も少ないが将来の水素社会では家庭に来る都市ガスの配管でもこの様なセンサーが使用される必要があり、不安が残る。本研究で提案する計測手法は、一定の周波数で振動する水晶振動子を駆動する電力の変化を計測し、ガスの状態変化を検知する物理センサーであり、熱や光を媒介としないので安全性において非常に優れる。

ガス雰囲気中で振動する水晶振動子が受ける抗力は、衝突する気体分子の個数で表わされる圧力、衝突する分子の運動エネルギーで表わされる温度、振動子と気体との摩擦で表わされる粘度の三つの因子によって支配される。温度と圧力とガスの混合割合を精密に制御された実験装置を設計・製作し、各因子に対する依存性の入念な計測を行った。水晶振動子の温度変化に対する感度は比較的小さい。圧力に対する感度は分子流領域では大きいが、実際に使用される粘性流領域ではそれほど大きくない。混合割合に対する依存性を調べる目的でガスの状態をメタン100%から水素100%まで変化させて実験を行った。その際に計測された温度の条件は20°Cから70°Cまでである。混合割合に対するセンサーの感度幅は、ガスの状態に応じた変化を示した。この原因が混合気体の粘度変化の特性であることを確認する為、一般的な粘度計測手法である細管法による絶対粘度測定を行った。実験結果は粘度と混合割合の非線形性を示し、ガスの状態に応じてセンサーの感度幅が変化する原因を確認した。温度と圧力を正確に管理された状態でセンサーの示すばらつきは0.01%である。水素濃度の高い混合割合では、この計測手法が熱線を用いた従来の計測手法よりも高い分解能を示した。

さらに、第四章でこのセンサーを粘度計として応用する可能性についても検討を加えた。仮定に基づき解析的に解かれたナヴィエストークス方程式の解析解はセンサー周りの流れの状態を記述する運動方程式であり、電圧として出力されるセンサーが受ける抗力値を絶対粘度に換算できる。換算された粘度は、等しい混合割合の条件で比較的正しい値となった。混合割合の変化に応じてセンサーが描く出力が精密であり、粘度計として利用できる可能性を示した。

第五章ではここまで行なわれてきた研究を総説し、水素/メタン混合ガスをベースとしたエネルギーシステム実現の為に行った計測技術の研究開発について結論を述べた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究論文は、風力エネルギーの高度な利用を目指すに必要な水素/メタン混合ガス計測技術の研究開発について論述したものである。近年の地球温暖化に伴う急激な気候変動に対する対応として、自然エネルギーの導入促進が急務であり、具体的な対応策の一つとして、風力エネルギーと計測の先端技術の組み合わせによる新しいシステムを提案している。

第一章の序論で概要を記述したのち、第二章で風力エネルギーに関する議論の前提として、世界の風力エネルギーの賦存量に関する試算を最初に行っている。本研究論文で用いられた手法は地形因子解析法と呼ばれる地表の状況と風速の因果関係を統計学的に解析するものである。地球上をおよそ38万のメッシュに分割し、各メッシュについて様々な地形の因子を分析している。算出結果は、賦存量のみならず風力発電可能な場所の情報も持ち合わせている。なお、賦存量算出結果の精度に関しては、スタンフォード大学の研究チームが後に発表した論文と比較を行った結果、風車の設置間隔等の前提条件を合わせることでほぼ一致した結果となることが分かっている。算出結果は有用であり、手法も独創的である。

次に第三章において風力エネルギーの導入促進に不規則性・希薄性の欠点を克服することが不可欠であるとし、そのために自然エネルギーを水素化する重要性を説いている。水素は都市ガスや天然ガスのパイプライン網に混合され消費地まで輸送されることで、不規則性・希薄性の問題は解決される。その様なシステムを作り上げることを本論文ではシステムエネルギー技術と称している。ここではアイディアのみならず、定量的な解析を入念に行い、その有効性を高い信頼性をもって示す努力をしている点が評価できる。

著者は自然エネルギー水素化とそのための技術開発の重要性を述べてきた。特に水素/メタン混合ガスが重要と判断し、第四章では水素/メタン混合ガスをベースとしたエネルギーシステムで重要な役割を果たす、水素の濃度を安全に計測する技術を開発した。従来は水素濃度を計測するために、およそ150℃に熱せられたタングステンワイヤーの抵抗値変化を調べる手法が用いられてきた。多量の電流が流れたむき出しのワイヤーを水素雰囲気にさらすこの手法は、災害時や回路の故障等により着火する危険が常に付きまとう。少数の使用ならば問題も少ないだろうが、将来の水素社会において無数のセンサーが使用される状況では不安が残る。本論文で提案するセンサーは、一定の周波数で振動する水晶振動子を駆動する電力の変化を計測することによって、ガスの状態変化を検知する物理センサーであり、熱や光を媒介としないので安全性が非常に優れている。

ガス雰囲気中で振動する水晶振動子が受ける抗力は、衝突する気体分子の個数で表わされる圧力、衝突する分子の運動エネルギーで表わされる温度、振動子と気体との摩擦で表わされる粘度の3つの因子によって支配される。本研究論文では温度と圧力とガスの混合割合を精密に制御された実験装置を設計・製作し、それぞれに対する依存性を入念に計測している。温度に対する感度はそれほど大きくない。圧力に対する感度は分子流領域では大きいが、実際にセンサーとして使用される粘性流領域ではそれほど大きくない。実験結果の示すところによると、センサーの示す感度はガスの混合割合に応じて変化する。このことが混合気体の粘度変化の特性であることを確認するために、粘度計測の一般的な手法である細管法による絶対粘度の計測も行っている。その結果、感度がガスの濃度に応じて変化する特性は粘度変化に起因することを確認した。温度と圧力の条件を正確に管理された状態でセンサーの示すばらつきは0.01%であり、感度の高い混合条件において熱線を用いた従来の手法よりも高い分解能を有する。水素/メタン混合ガスの混合割合を計測するための新しい手法であり、独創性が認められる。

センサー周りの流れの状態を理論的に解明することで粘度計としての活用も検討されている。仮定に基づき解析的に解かれたナヴィエストークス方程式を利用し、電圧として出力される抗力を方程式に代入することで絶対粘度を算出している。この式による検討では、混合割合がほぼ等しい場合には比較的正しい値となることが確認された。混合割合の変化に応じてセンサーの描く出力が精密であり、粘度計として利用できる可能性を示した。

第五章は結論であり、第二章、第三章、第四章で行なわれた研究内容が纏められている。

風力エネルギーの導入促進を図る目的で行われた計測技術に関する本研究の内容は、斬新で示唆に富むものである。従来は導入促進を目的として、風車などの機器自体の研究開発に力が注がれる場合が多かった。しかし、本論文では水素化こそが最も必要なシステムであることを、具体的な算出結果を用いて示し、それを実現するための技術開発として、水素/メタン混合ガスの混合割合を計測する手法を構築した。風力エネルギーの賦存量の算出結果と合わせて、センサー技術の理論と工学的発展を、科学的根拠を持って示した。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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