学位論文要旨



No 217058
著者(漢字) 石井,和久
著者(英字)
著者(カナ) イシイ,カズヒサ
標題(和) 3次元微細形状を機械的に製作するマイクロファクトリの設計に関する研究
標題(洋)
報告番号 217058
報告番号 乙17058
学位授与日 2008.12.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17058号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中尾,政之
 東京大学 教授 光石,衛
 東京大学 特任教授 松本,潔
 東京大学 准教授 割澤,伸一
 工学院大学 教授 畑村,洋太郎
内容要旨 要旨を表示する

通常大の生産システムを、例えば1/100の大きさで実現する場合、設計寸法そのものが大きな制約となり、通常大の機構部品の流用が利かなくため、設計で用いる機構や全体の構造を変える必要がある。また、大きさ1mm以下と微小な被加工物を一品生産し、組立等の次工程に搬送するためには、例えば加工の監視や被加工物の搬送といった機能の追加が不可欠となる。本論文では、機械加工を用いた微細切削加工装置、微細部品のハンドリングシステム、およびマイクロ工作機械の設計・試作・試用を通して得た知見をフィードバックして、大きさ約200mm立方の切削加工を用いたマイクロファクトリを設計・製作した。また、本設計の思考過程と設計結果の評価とを通して、先導的なマイクロファクトリ設計に有効となる設計指針を提示した。

本論文では以下の3点を明らかにした。

1.マイクロファクトリの一般的な設計指針を提示した。

設計指針その1:機能は同じでも機構は小形化に適したものを用いる。

図1に切削加工を用いたマイクロファクトリ設計の思考過程を示す。本設計では、創造設計原理に基づき、3次元微細部品の製作のために本質的に必要となる機能要素の分析からはじめ、単位機能への分解、機構要素への写像、さらに構造への統合までの過程を通して、切削加工を用いたマイクロファクトリを製作した。そこで、寸法の小形化という制約条件のもと、必要となる機能を満たす機構を選択する場合、通常大の機械で用いられているものとは別の機構で、かつ小形化に適した機構を採用するとよいという指針を得た。また、図1の設計の単位機能を機構要素に写像する過程では、数ある機構の選択肢の中から、目標とするサイズへの小形化に適した機構を選択した。しかし、寸法の1/100の小形化という制約条件に拘泥するあまり、ボイスコイルモータのように通常大の機構でもエネルギ効率が低い、剛性が低い、発熱密度が高い、というような、予め制約条件で規定しないものを用いたので、小形化した時も、通常大の工作機械で用いられたものを仮に小形化して得られると想定した物性よりも小さい値しか得られず、対症療法的な送風による冷却や粘性体を用いたダンピングの付与などの措置を用いて補償しても不十分であった。

設計指針その2:小形化した機構を被加工物の周りに集中配置させる。

本設計において、機構要素を全体構造へと統合していく過程では、採用した小形の機構を、被加工物を中心とする空間に集中的に配置し、それぞれの機構が独立して中央の被加工物に働きかけられるようにする必要がある。

マイクロファクトリでは、大きさ1mm程度の被加工物に対して、切削加工やその前後工程を実現するための機構を周囲に集中配置することで、1回のチャックでより多くの機能を実現できるようにした。図2に設計・製作したマイクロ・マニュファクチャリング・ショップの外観を示す。開発したマイクロファクトリのショップでは、縦形・横形マシニングユニット、搬送ロボット、および光学式顕微鏡を、中央部の被加工物を移動させるテーブルの四方に配することで、一辺200mmの立方体の中に要求機能を満足する機構を収めることができた。しかし、いずれの機構も電源や制御機器までを含めたすべてを小形化した訳ではなく、小形化した部分は被加工物に働きかけるエンドエフェクタとその駆動機構までである。また、洗浄や形状測定機能のように、技術的には小形化が可能でも小形化しなかったものもある。これらは、開発コストや時間の制約にもよるが、操作に必要なコンピュータや加工の監視のためのテレビモニタは、操作者である人間が小さくならないため小形化できない。今後、システム全体の小形化をすすめるためには、人間の五感を必要とする作業を極力減らすべく、プロセスの完全な自動化とそれを小形の機構で可能にするための要素技術の開発が必要である。

設計指針その3:干渉設計による性能低下を無くすことが必要である。

生産システムの小形化設計においては、寸法上の制約があるなかで設計をすすめていく過程で、設計指針1:小形化に適した機構の採用や、設計指針2:小形化した機構の集中配置が有用であるが、これらの設計指針は干渉設計の要因となり、それが性能低下を引き起こす場合がある。したがって、設計・製作したシステムの評価では、設計方程式を用いて干渉設計を可視化し、それが各機能の性能低下の要因となったかどうかを分析する必要がある。図3に本設計の設計方程式を示す。たとえば、本システムでテーブルに用いた各機構は、単純な構造という意味では小形化に適した機構と言えるが、平行平板の変形に必要な弾性力がコイルの発熱の要因となり、この発熱が、変位計に用いたひずみゲージの変位ドリフトの要因となっていた。次の設計のためにはこの干渉設計の排除が必要となった。

2.マイクロファクトリにおいて、工作機械による微小切削加工を用いると、上述の3次元微細部品が加工できる。

次の3つのもの、つまり、刃先が0.1μmと鋭利なダイヤモンド工具、工具・被加工物間の1μmと高精度の3次元相対運動を創生する機構、切り込み量1μmの微小切削に適した被削材、を用いることで、数μm程度の寸法精度を持つ3次元微細部品の製作が実現できた。たとえば、工具に直径300μmのダイヤモンドエンドミルや直径100μmの超硬エンドミルを、被加工物にアルミニウム合金やアクリルをそれぞれ用いて、大きさ500μm程度で加工精度が5μm程度の3次元微細部品を製作できた。

図4にマイクロファクトリで製作した3次元微細部品"マイクロポリゴンミラー"のSEM写真を示す。粗加工には微細放電加工を用い、仕上げ加工ではショップ内でダイヤモンドエンドミルを用いた切削加工を実施した。材質はアルミニウム合金で、対辺の長さは約200μmである。

3.マイクロファクトリでは生産システムとしての機能は全て満足できる。

微小切削で3次元微細部品を作る生産システムを構築するには、通常大の工作機械が持つ形状創成機能に加え、被加工物が微細なため加工の監視や前後工程への部品の搬送機能が不可欠である。そしてこれらを目標とする寸法内にすべて収めなければならない。本研究では、図1に示すように、はじめに通常大の2種類の微小切削加工の装置と3次元微細作業システムとの設計・試用の知見を通して、マイクロファクトリの機能を分析し、19の単位機能へと分解した。すなわち、(1)微小径切削工具、(2)工具交換、(3)被加工物材質、(4)被加工物の搬送、(5)被加工物の固定、(6)テーブルの駆動、(7)テーブルの案内、(8)テーブルの位置決め、(9)テーブルの原点出し、(10)主軸の駆動、(11)主軸の軸受、(12)切りくずの除去、(13)クーラント噴射、(14)切削力の測定、(15)加工の監視、(16)粗加工、(17)洗浄、(18)形状測定、および(19)環境の管理である。そして、機構要素へと写像する過程では各単位機能を小形化するもの(単位機能(1)~(13)、(15))と小形化しないもの(単位機能(14)、(16)~(19))とに分け、1/100の大きさに縮小することを制約条件にして機構を選択した。たとえば、回転駆動源に1辺20mm立方程度の超小形エアタービン、駆動にボイスコイルモータ、ガイドに平行平板、また変位計としてひずみゲージを用いた大きさ20×20×40mm3の3軸微動テーブル、回転軸と直動の空気圧シリンダ一体形の直径20mm、長さ150mmの2自由度アクチュエータ、などを用いることで、要求される機能と性能を満足する機構を通常の工作機械に用いるものの1/100程度に小形化できた。そして、これらを統合して、約1/100の大きさのマイクロ工作機械と称するミリングマシンを試作した。このマイクロ工作機械の試作・試用を基にして、小形化した機構を被加工物周辺に集中配置した、マイクロ・マニュファクチャリング・ショップを製作し、その制御機器や粗加工機、寸法測定機などからなるマイクロファクトリを構築した。この結果、19の機能が定性的にほぼ満足することがわかった。

図1 切削加工を用いたマイクロファクトリ設計の思考過程

図2 マイクロ・マニュファクチャリング・ショップの外観

図3 マイクロファクトリの設計方程式

図4 マイクロファクトリで加工した3次元微細部品のSEM像

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、3次元微細形状を機械的に製作するマイクロファクトリの設計に関する研究をまとめたものである。

第1章、第2章、第3章では、マイクロファクトリの必要性とその一般的な設計指針を3点提示した。

設計指針その1:機能は同じでも機構は小形化に適したものを用いる。

本設計では、創造設計原理に基づき、3次元微細部品の製作のために本質的に必要となる機能要素の分析からはじめ、単位機能への分解、機構要素への写像、さらに構造への統合までの過程を通して、切削加工を用いたマイクロファクトリを設計した。そこで、寸法の小形化という制約条件のもと、必要となる機能を満たす機構を選択する場合、通常大の機械で用いられているものとは別の機構で、かつ小形化に適した機構を採用すべきである、という指針を得た。たとえば、本研究ではテーブル駆動のためにボイスコイルモータ、テーブル位置測定のために歪ゲージを用いた。しかし、ボイスコイルモータのように、通常大の機構でもエネルギ効率が低い、剛性が低い、熱の発散性が低い物性の機構を用いると、たとえ小形化が達成できても、通常大の工作機械で用いられる誘導モータの物性から相似則で想定した物性よりもさらに低い値しか得られない。本研究では対症療法的に、送風による冷却や粘性体を用いたダンピング、などの措置を用いて補償したが、物性は不十分であった。

設計指針その2:小形化した機構を被加工物の周りに集中配置させる。

本設計では、機構要素を全体構造へと統合していく過程において、採用した小形の機構を、被加工物を中心とする空間に集中的に配置し、それぞれの機構が独立して中央の被加工物に働きかけられるようにすべきである、という指針を得た。マイクロファクトリでは、大きさ1mm程度の被加工物に対して、切削加工やその前後工程を実現するための機構を周囲に集中配置し、1回のチャックでより多くの機能が実現できた。

設計指針その3:干渉設計による性能低下を無くすことが必要である。

生産システムの小形化設計において、寸法上の制約があるなかで設計をすすめていくと、設計指針1:小形化に適した機構の採用や、設計指針2:小形化した機構の集中配置が有用であるが、これらの設計指針が干渉設計の要因となり、干渉が性能低下を引き起こす場合がある。したがって、設計・製作したシステムの評価では、設計方程式を用いて干渉設計を可視化し、干渉が各機能の性能低下の要因となったかどうかを分析する必要がある。たとえば、本研究でテーブル駆動に用いた機構は、組立・加工しやすく小形化に適した機構であるが、平行平板の変形に必要な弾性力に抗するためにボイスコイルモータは常時オンとせざるを得ず、コイルが発熱し、この発熱が変位計に用いたひずみゲージの変位ドリフトの要因となった。ボイスコイルモータがテーブル位置測定の要求機能に干渉したのである。

第4章では、マイクロファクトリにおいて、工作機械による微小切削加工を用いると、上述の3次元微細部品が加工できることを明らかにした。

次の3つのもの、つまり、刃先が0.1μmと鋭利なダイヤモンド工具、工具・被加工物間の1μmと高精度の3次元相対運動を創生する機構、切り込み量1μmの微小切削に適した被削材、を用いることで、数μm程度の寸法精度を持つ3次元微細部品の製作が実現できた。たとえば、工具に直径300μmのダイヤモンドエンドミルや直径100μmの超硬エンドミルを用い、また被加工物にアルミニウム合金やアクリルを用いて、大きさが500μm程度の形状で加工精度が5μm程度の3次元微細部品を製作できた。

さらに第5章、第6章、第7章では、マイクロファクトリを構築し、生産システムとしての機能は全て満足できることや、その他の小形化製造装置にもその設計指針が適用できることなどを明らかにした。

微小切削で3次元微細部品を作る生産システムを構築するには、通常大の工作機械が持つ形状創成機能に加え、被加工物が微細なため加工の監視や前後工程への部品の搬送機能が不可欠である。本研究では、マイクロファクトリの機能を分析し、19の単位機能へと分解した。すなわち、(1)微小径工具による切削、(2)工具交換、(3)被加工物への微小切り込み、(4)被加工物の搬送、(5)被加工物の固定、(6)テーブルの駆動、(7)テーブルの案内、(8)テーブルの位置決め、(9)テーブルの原点出し、(10)主軸の駆動、(11)主軸の軸受、(12)切りくずの除去、(13)クーラント噴射、(14)切削力の測定、(15)加工の監視、(16)粗加工、(17)洗浄、(18)形状測定、および(19)環境の管理である。そして、機構要素へと写像する過程では各単位機能を小形化するもの(単位機能(1)~(13)、(15))と小形化しないもの(単位機能(14)、(16)~(19))とに分け、1/100の大きさに縮小することを制約条件にして機構を選択した。たとえば、回転駆動源に1辺20mm立方程度の超小形エアタービン、テーブルの駆動にボイスコイルモータ、テーブルのガイドに平行平板、またテーブル位置測定の変位計にひずみゲージをそれぞれ用いた大きさ20×20×40mm3の3軸微動テーブル、回転軸と直動の空気圧シリンダ一体形の直径20mm、長さ150mmの2自由度アクチュエータ、などを用いることで、要求される機能と性能を満足する機構を通常の工作機械に用いるものの1/100程度に小形化できた。これらを直径200mmの面積内に統合して、約1/100の大きさのマイクロ工作機械と称するミリングマシンを試作した。このマイクロ工作機械の試作・試用を基にして、小形化した機構を被加工物周辺に集中配置した、マイクロ・マニュファクチャリング・ショップを製作し、その制御機器や粗加工機、寸法測定機などからなるマイクロファクトリを構築した。この結果、19の機能が定性的にほぼ満足することがわかった。

本論文は工学的・工業的に非常に有用であり、よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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