学位論文要旨



No 217059
著者(漢字) 池永,雅良
著者(英字)
著者(カナ) イケナガ,マサヨシ
標題(和) 鉛を用いた免震・制震装置の実用化研究
標題(洋)
報告番号 217059
報告番号 乙17059
学位授与日 2008.12.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17059号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤田,隆史
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 久保,哲夫
 東京大学 教授 金子,成彦
 東京大学 教授 川口,健一
内容要旨 要旨を表示する

本論文は建物、橋梁などの構造物の地震時の安全性を高める免震・制震装置の実用化の研究であり、地震時における構造物のエネルギー吸収のため免震・制震装置に鉛を用いていることを特徴としている。積層ゴムを使用した建物の免震が海外で実用化されたが、日本の建築、橋梁の耐震設計法の中で免震工法が実用化できるか不明であった。日本の耐震設計法の中で免震・制震を実用化するための研究であり、この研究の結果、鉛を用いた免震・制震装置が実用化でき、阪神淡路大震災後多くの免震建物に使用されたり、橋梁の復旧で数多く使用されることとなった。

先ず、免震・制震装置の設計の基本となるエネルギー吸収のために共通して用いられている鉛の材料の性質について研究した。次に免震装置として建築物用の鉛プラグ入り積層ゴム、橋梁用の鉛プラグ入り積層ゴムの実用化について研究し、さらに制震装置として建築物用の鉛ダンパーの実用化について研究した。これらの実用化された免震・制震装置の鉛はいずれも密閉された構造である。積層ゴムに密閉された鉛プラグ入り積層ゴム、シリンダーチューブ内に密閉された鉛ダンパーの特性は鉛の材料による性質と密閉構造からもたらされる変形の条件によって決定される。実用化の研究では実際の装置の特性から設計法を構築した。研究の主な内容を以下に示す。

鉛の性質

免震・制震装置に使用される鉛の金属としての基本的性質について研究している。鉛の金属としての基本的性質は鉛を用いた免震・制震装置の実用化研究の基礎となるものである。研究に使用した鉛はきわめて純度の高い純鉛である。鉛の基本的性質は一般的性質と力学的性質にわけて記している。一般的性質は製造方法や結晶構造、化学的安定性、および温度に関する物性値である。これらの一般的性質は鉛を用いた免震・制震装置の性能の安定性に関する性質の基本となるものである。鉛が免震・制震装置のエネルギー吸収材料として優れた性能を有していることがあきらかとなった。

力学的性質として引張り試験による研究について記している。鉛の力学的性質についての研究は既に行われているが、応力をひずみ、ひずみ速度等の関係式で表すまでには至っていない。鉛を用いた免震・制震装置の設計のためには力を関係式で表せることが重要である。鉛の力学的性質を応力とひずみ等の関係として統一的に表現するための研究を行い、引張り試験の結果から鉛の応力-ひずみ関係をひずみ速度、温度の依存性を反映した統一的関係式を求めた。鉛の応力-ひずみ関係式はひずみ、ひずみ速度についてはべき乗型、温度は指数型であることを示した。ひずみはおよそ30%程度で最大値に達すること、ひずみ速度については依存性が小さいこと、温度については高温になると応力が低下することを示した。結晶の大きさの違う2種類の試験体についてその力学的性質の違いも明らかにした。

鉛の基本的性質から得られた結果から、免震・制震装置の設計法を研究する上で考慮すべきことがらを整理している。

建築用ダウエル固定型鉛プラグ入り積層ゴム

ニュージーランドにおける免震装置としての鉛プラグ入り積層ゴムの研究では、大変形に対する変形性能についての研究が不十分で、大変形時の挙動がどのようになるか、どこまで変形することができるのかが不明である。免震装置の設計水平変位も150mm程度となっていて日本の設計用地震ではより大きな変位が必要となる可能性がある。鉛直剛性に対しては橋梁用の積層ゴムの設計式が使用されているが、鉛直剛性が大きいことが求めれる建物用への式の適用についての検討も不十分である。これらのダウエル固定の鉛プラグ入り積層ゴムの不十分な特性を解明し、鉛プラグ入り積層ゴムが日本の耐震設計法による免震設計として成立することを実証した。

ダウエル固定方式の鉛プラグ入り積層ゴムの水平特性について研究し、変形の特徴を明らかにするとともに、小変形から大変形まで適用可能な精度の高い新たな設計法を提案した。新たな設計法では、鉛プラグ入り積層ゴムの降伏荷重特性値はせん断ひずみよってべき乗型となること、降伏後剛性はせん断ひずみとともにべき乗型で低下していくことを示した。また鉛直特性について、鉛直荷重下での鉛プラグの応力状態と実験から鉛直特性の設計法を提案した。

新たな設計法を適用したダウエル固定型鉛プラグ入り積層ゴムを製作し、その特性を実験により検証した。さらに、免震建物に日本で始めてとなる鉛プラグ入り積層ゴムを用いた。この免震建物の振動実験を行い、免震建物としての振動特性も検証した。

建築用フランジ固定型鉛プラグ入り積層ゴム

ダウエル固定の鉛プラグ入り積層ゴムが日本でも建築免震に使用できることが証明されたが、その研究のなかでダウエル固定の鉛プラグ入り積層ゴムは鉛プラグ入り積層ゴム本来の変形性能を十分に活かし切れていない可能性がでてきた。鉛プラグ入り積層ゴム本来の変形性能が十分発揮されるような構造を研究することによって、より大きな安全余裕度を有する免震装置を実用化した。

ダウエル固定方式の鉛プラグ入り積層ゴムよりフランジ固定方式の鉛プラグ入り積層ゴムが優れた変形性能を持っていることを実証した。また、鉛プラグ入り積層ゴムの変形性能は積層ゴムに依存し、鉛プラグは変形性能には影響がないことを示した。ダウエル固定方式の鉛プラグ入り積層ゴムでは有り得なかったフランジ固定鉛プラグ入り積層ゴムに生じる課題、引張り力が加わったときの特性についても、使用できる条件を明確化した。

建物の固有周期をより長周期化したフランジ固定鉛プラグ入り積層ゴムの実大試験に基づく設計法を提示した。この新しい鉛プラグ入り積層ゴムは、長周期を実現するため、ゴムの弾性率を小さくし、大きな面圧でも使用できるよう設計した鉛プラグ入り積層ゴムである。また、鉛の力学特性から明らかになった環境温度による特性についても設計法を提示した。さらに特性値の経年変化についても促進試験から予測した。

得られた設計法を適用したフランジ固定方式の鉛プラグ入り積層ゴムを製作し、その特性を実験により検証し、免震建物に実用化した。この鉛プラグ入り積層ゴムを使用した建物が大きな地震を経験し、実地震記録による免震性能が実証された。

また、戸建住宅の免震用として、積層ゴムでは実現困難な軽荷重用免震装置を鉛プラグ入り積層ゴムにバックアップリングを付加することにより実用化し、実地震記録による免震性能が実証された。

橋梁用鉛プラグ入り積層ゴム

ニュージーランドで研究された鉛プラグ入り積層ゴムの大きさは600mm×600mmまでとなっている。径間が広く反力の大きい橋梁についてはより大きな鉛プラグ入り積層ゴムが必要となるが、大型の鉛プラグ入り積層ゴムの特性については未解明である。大型の鉛プラグ入り積層ゴムの製造のため多くの技術的課題を解決し、大型の鉛プラグ入り積層ゴムが橋梁用に実用化できることを示した。

橋梁用鉛プラグ入り積層ゴムとして建築用にはない温度と車両の活荷重による耐久性について実験を行ない、橋梁用支承として鉛プラグ入り積層ゴムが充分な耐久性を有していることを示した。

橋梁用支承として従来から積層ゴムが使用されてきた経緯を踏まえ、鉛プラグ入り積層ゴムの設計法は従来の設計法の考え方を取入れた形で示した。この設計法により製造した鉛プラグ入り積層ゴムの性能が設計どおりであることを検証している。これらの実用化研究によって、阪神淡路大震災後の復旧工事を始め、その後の多くの免震橋梁に鉛プラグ入り積層ゴムが使用されている。

鉛ダンパー

鉛ダンパーは制震装置として既に使用されているが、明確な設計法は構築されていない。エネルギー吸収量に着目した完全弾塑性モデルによる設計法を作成するとともに、押し出し理論やエネルギー法から力の算出式を提示した。この算出式は本研究の鉛の力学的性質とも合致する新しいものである。

鉛ダンパーが組み込まれたフレーム全体の特性を明らかにし、鉛ダンパーの取付け方法を変えた実験から新しい接合法を提案し合理的な設計が可能となった。

制震建物用の鉛ダンパーを設計製作し、その性能が設計どおりであることを検証している。

以上のように本研究の内容は日本における免震・制震装置の実用化である。特に阪神淡路大震災以後、それまでの10倍以上の多くの免震建物が建設されることとなり、建築用フランジ固定型鉛プラグ入り積層ゴムは主要な免震装置として数多く使用されることとなった。また、阪神淡路大震災後の橋梁の復旧にあたって、本研究の成果によって橋梁用鉛プラグ入り積層ゴムの信頼性が高まっていたため、速やかに免震橋梁として設計、使用されることとなった。建築用、橋梁用鉛プラグ入り積層ゴムは日本の耐震設計における重要な免震装置となっている。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「鉛を用いた免震・制震装置の実用化研究」と題し、7章から構成されている。

第1章「序論」では本研究の背景、免震・制震装置の分類、鉛を用いた免震・制震装置に関する従来の研究について述べ、本研究の目的および本論文の構成を示している。

第2章「鉛の性質」では、鉛の応力-ひずみ関係式を実験的に求め、免震・制震装置の設計において考慮すべき特性を整理している。

第3章「建築用ダウエル固定鉛プラグ入り積層ゴム」では、水平特性について小変形から大変形まで適用可能な精度の高い新たな設計法、および鉛直特性についての設計法を提案し、これらの設計法を適用したダウエル固定型鉛プラグ入り積層ゴムを製作し、実験により設計法の妥当性を検証している。さらに、ダウエル固定型鉛プラグ入り積層ゴムを用いた免震建物の振動実験を行い、免震建物の振動特性に関する設計値の妥当性を検証している。

第4章「建築用フランジ固定鉛プラグ入り積層ゴム」では、まず、フランジ固定方式の方がダウエル固定方式より優れた変形性能を持っていること、鉛プラグ入り積層ゴムの変形性能は鉛プラグの影響を受けないことを実験的に示している。また、引張り力が加わった場合の特性についても、使用できる条件を明確化している。次に、フランジ固定鉛プラグ入り積層ゴムの高度化として、低弾性率のゴム材料を用い、高面圧下で使用する場合の設計法を、実大試験によって求めるとともに、環境温度による特性変化に関する設計法を示し、特性値の経年変化についても促進試験から予測している。さらに、これらの設計法を適用したフランジ固定鉛プラグ入り積層ゴムを製作し、実験により設計法の妥当性を検証している。また、このタイプの鉛プラグ入り積層ゴムを使用した建物が大地震を経験し、その実地震記録によって良好な免震性能が実証されたことを示している。

第5章「橋梁用鉛プラグ入り積層ゴム」では、橋梁用鉛プラグ入り積層ゴム特有の、温度と車両の活荷重による耐久性について実験を行ない、橋梁用支承として鉛プラグ入り積層ゴムが充分な耐久性を有していることを示している。積層ゴムが橋梁用支承として従来から使用されてきた経緯を踏まえ、鉛プラグ入り積層ゴムの設計法は従来の設計法の考え方を取入れた形で求めている。この設計法により製作した鉛プラグ入り積層ゴムの性能が設計どおりであることを検証し、多くの免震橋梁に鉛プラグ入り積層ゴムが使用されていることを示している。

第6章「鉛ダンパー」では、エネルギー吸収量に着目した完全弾塑性モデルによる設計法を作成し、押し出し理論やエネルギー法から力の算出式を求めている。この算出式は本研究の鉛の力学的性質とも合致する新しいものである。次に、鉛ダンパーが組み込まれたフレーム全体の特性を明らかにし、鉛ダンパーの取付け方法を変更した実験から新しい接合法を提案し合理的な設計を可能にしている。さらに、制震建物用の鉛ダンパーを設計製作し、その性能が設計通りであることを検証している。

第7章「結論」は、以上の結果を総括したものである。

以上を要約すると、本論文は、建築用鉛プラグ入り積層ゴム、橋梁用鉛プラグ入り積層ゴム、鉛ダンパーに関する数多くの実験を行い、それらの設計法を確立して、今日、鉛プラグ入り積層ゴムが建物および橋梁の主要な免震装置として実用されている状況を作り出す基となった研究を纏めたものであり、振動工学・構造工学に寄与するところ大と思われる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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