学位論文要旨



No 217060
著者(漢字) 田中,秀幸
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,ヒデユキ
標題(和) 自律宇宙ロボットのための作業環境構造化に関する研究
標題(洋)
報告番号 217060
報告番号 乙17060
学位授与日 2008.12.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17060号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 町田,和雄
 東京大学 教授 堀,浩一
 東京大学 教授 中須賀,真一
 東京大学 教授 岩崎,晃
 東京大学 准教授 矢入,健久
内容要旨 要旨を表示する

地球周回軌道上の宇宙システムは,気象観測,通信,測位等,我々の生活に不可欠な社会インフラである.今後,この宇宙システムが持続可能な発展をするためには,構造物の組立・再構成やメンテナンス等の作業を軌道上で恒常的に行なう必要がある.これらの作業はロボットにより自動化することが望ましいが,高い信頼性が要求される軌道上作業をあらゆる環境下で自律的に実行することは現在のロボット技術では困難である.そこで,作業環境を整備・構造化することでタスクを簡易化し,ロボットによる自律作業を支援するという考え方が不可欠となる.

産業用ロボットの分野では,こうした作業環境の構造化が古くから行なわれており,単純繰り返し能力しかないロボットでもその実用価値を高めることに成功している.現在の宇宙システムにおいても,これと類似した構造化が行なわれている.しかし,従来の構造化は,定型的な動作の「確実性」を高めるものであるが,定型外の状況に対応する「柔軟性」の実現をサポートするものとはいえない.

今後,宇宙ロボットの自律性を高め,作業状況や周囲の環境変化に柔軟に対応できるようにするためには,対象や環境の状態推定・モデル化,その場での行動生成等,「ロボットの知能化」を促進するような作業支援の枠組みが必要になると考えられる.

そこで本論文では,宇宙ロボットの知能化・自律化を促進するための作業環境構造化と,その環境を活用するロボット要素技術について研究することを目的とした.

従来の宇宙作業環境では,構造化とロボット技術開発が独立で行なわれており,より柔軟なタスク実行をサポートするような作業環境設計は為されてこなかった.これに対し本研究では,構造化とロボット要素技術を効果的に組み合わせることで,ロボットタスクを簡易化し,システム全体としてロボットの知能化を図る.そして,このアプローチを精密マニピュレーション,姿勢運動推定,環境モデリング等,宇宙ロボットの重要な技術分野に適用した.

はじめに,システムの物理的構造化と,それを利用した精密組立支援および精密マニピュレーション技術の研究として,「再構成型衛星の構造化設計と精密組立」をサブテーマとした.ここではまず,自律ロボットの利用のために構造化された宇宙システムとして,再構成型宇宙システム(Reconfigurable Space System:RSS)という概念を提案した.RSSは,これまでの重厚長大,使い捨て型の宇宙システムを変革し,宇宙において再生・循環利用を実現するための概念である.次に,このRSSの概念を具現化するものとして,再構成可能なセル型衛星(Cellular Satellite:CellSat)の設計と開発を行なった.CellSatは,衛星の構成要素を部品レベルまで細分化してセルとし,それを組み合わせて作る究極のモジュール衛星である.軌道上ロボットによる自律組立を支援するためのロボットフレンドリーな設計を随所に施すとともに,宇宙環境で重要な軽量・コンパクト性を実現した.そして,セルの構造モデル,マニピュレータに装着するエンドエフェクタ,CellSat用の作業台システムのプロトタイプをそれぞれ開発した.次に,このCellSatをロボットが組み立てるための自律精密組立技術を開発した.ここでは,セル結合機構の設計とマニピュレーション技術を適切に組み合わせることにより,精密作業におけるロボットの自律性・ロバスト性の向上を図った.とくに,精密作業で問題となるスタック(行き詰まり)状態に対し,部品同士の接触で生じる反力の大きさを能動センシングで測定し,それを最小とする山登り探索によって克服する手法を提案した(Reaction-based Grope for Breakthrough method:RGB法).ここでは,制御の不確定性を吸収することで精密作業の確実性を高める作業支援と,複雑な接触状態を反力値によって抽象化することで,作業状態の判別を簡易化する知能化支援の双方を実現した.CellSat組立実験により,CellSatの構造化設計と精密組立技術の有効性を実証した.

次に,構造化による観測の支援と,定性的な観測情報を利用した推定技術の研究として,「RFID(Radio Frequency IDentification)を用いた衛星の姿勢運動推定」をサブテーマとした.従来の姿勢運動推定は画像による定量的かつ詳細な観測データを利用するものが多かったが,厳しい光環境の影響を受けやすかった.これに対し本研究では,よりノイズの影響を受けにくい定性的かつ粗い観測データによって姿勢運動推定を行なう手法を開発した.ここでは,「対象物体のどの領域(側面)がこちらから見えるか?」という観測情報を利用する.対象物体表面をN個の領域に分け,観測者から見える領域に1,見えない領域に0を与えることで,観測データとしてN次元のバイナリベクトルを得る.このような粗い定性的観測データのシーケンスを用い,Particle Filterによって姿勢運動を推定する技術を開発した.観測を支援するために,各領域に一つずつのRFIDタグを付け,これらをRFIDリーダで観測するというシステムの構造化を行なった.これは軽量,低コストに実現でき,光の影響も受けないため宇宙環境に適した構造化の実現である.シミュレーションにより,抽象的な観測データからでも実世界の姿勢運動を高精度に推定可能であり,また本手法がオクルージョンに対してロバストであることが示された.

また,構造化による観測支援と,それを利用した環境認識,および知識を活用した作業支援の研究として,「視覚IDタグを用いた環境認識と作業支援」をサブテーマとした.視覚IDタグは,単眼カメラによって位置・姿勢およびIDを取得可能な二次元マーカである.光条件に対するロバスト性が特長であり,宇宙環境での利用に適している.本研究では,まず,視覚IDタグを活用することで環境の3次元モデルを簡単に作成する手法を開発した.ここでは,環境や物体に複数の視覚IDタグを貼付し,それをカメラで観測することで局所的なタグ間の相対位置関係データを得る.これらを統合して全体のタグ位置を復元する最適計算手法を導出した.また,各タグが物体の接平面の一部であることに着目し,複数タグの情報から,論理演算によって多面体を生成するアルゴリズムを開発した.本手法により,自己位置未知,事前知識なしの宇宙ロボットが簡単にその場の環境の3次元形状モデルを作成することが可能になる.形状モデル作成実験により,本手法の有効性を実証した.

次に,この視覚IDタグを活用してロボットによる物体操作を支援するシステムのプロトタイプを構築した.ここでは,タグの提供するIDと位置・姿勢情報を基盤とし,形状モデルと操作知識を階層的に付加する.これにより,ロボットは作業環境のタグを認識するだけで,物体認識と操作法認識をその場で行なえるようになる.また,形状モデルを読み込んでシミュレーションによる動作計画も可能となり,宇宙環境における安全なタスク実行に活用できる.本システムの有用性を,マニピュレータを用いた実験により示した.

本研究の結論は以下の通りである.まず,精密組立,姿勢運動推定,環境認識,動作計画等,宇宙ロボットの重要な技術分野において,作業環境の構造化とロボット要素技術を組み合わせることでロボットの知能化を促進し,タスクに対する自律性・ロバスト性を向上させる手法を開発した.また,その有効性を実証した.その要点は次の二点である.1.構造化によってタスクのエントロピーを下げ,ロボットによって扱いやすい作業環境を提供した.2.物理的構造化・情報的構造化の連携と,それに適合したロボット技術という組み合わせでシステム全体を捉え,作業環境の設計およびロボット要素技術の開発を行なった.また,開発したロボット技術はいずれも,構造化された世界を扱う汎用的な枠組みを提供するものである.そのため,本研究の成果は宇宙ロボットのみならず,地上のサービスロボット分野等への応用も期待できる.

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学) 田中秀幸 提出の論文は「自律宇宙ロボットのための作業環境構造化に関する研究」と題し、本文6章と補遺からなっている。

宇宙インフラストラクチャが持続可能な発展をするためには、構造物の組立・再構成や保守等の作業を軌道上で恒常的に行なう必要がある。これらの作業はロボットにより自動化することが望ましいが、高い信頼性が要求される軌道上作業をあらゆる環境下で自律的に実行することは現在のロボット技術では困難である。そこで、作業環境を整備・構造化することでタスクを簡易化し、ロボットによる自律作業を支援するという考え方が不可欠となる。しかし、従来の構造化は、定型的な動作の確実性を高めるものではあるが、定型外の状況に対応する柔軟性や知能化をサポートするものになっていないのが現状である。

本論文ではこの問題を解決するため、従来の「物理的な構造化」に加え、「情報的な構造化」を活用し、ロボットの知能的側面をも支援する枠組を研究している。すなわち、構造化によってタスクのエントロピーを下げ、ロボットによって扱いやすい作業環境を提案するとともに、物理的構造化、情報的構造化およびそれに適合したロボット技術の一体的組み合わせでシステムをとらえ、作業環境の設計およびロボット要素技術の開発を行なっている。具体的には、「宇宙構造物の精密組立」、「衛星の姿勢運動推定」、「環境の3 次元モデリングおよび形状モデルを利用した物体操作支援」の技術分野にこの枠組を適用し、その有効性を示している。

第1章は序論であり、宇宙ロボットの軌道上作業環境について現状を概観するとともに、本研究の基本的な動機や方向性を述べ、研究の意義と目的を明らかにしている。

第2 章では、作業環境の構造化に関する地上および宇宙の従来技術の内容と特徴をまとめるとともに、その課題を明らかにしている。さらに、本研究で提案する「知能化を支援する構造化」、「物理的構造化・情報的構造化の連携とロボット技術の組み合わせ」、および「タスクエントロピー低減による作業支援」の基本思想を述べている。

第3 章から第5 章では、上記の基本方針に基づいた作業環境構造化とロボット要素技術開発について述べている。まず第3 章では、ロボットの作業システムを物理的に構造化するという観点から、組立・再構成が可能なセル型衛星の概念を提案し、その構造モデルの設計・開発を行っている。次に、このセル型衛星をロボットによって組み立てるために必要な自律精密組立技術の開発を行っている。ここでは、対象物の構造化設計と、それに合わせた能動センシングおよび探索的マニピュレーションの組み合わせによって、不確定環境下でもロバストに精密作業を実行する、「反力に基づく探索マニピュレーション法」を開発し、実験によりその有効性を示している。

第4 章では、定性的な観測データを利用することで衛星の姿勢運動推定を行なう手法について述べている。ここでは、RFID により観測システムを構造化し、対象表面の各領域の可視性という定性的な観測データを取得し推定する方式を提案している。取得した観測値にParticle Filter を適用して対象の姿勢運動を推定することを試み、シミュレーションによりその有効性を示している。このような構造化とロボット要素技術の組み合わせにより、対象物体の状態推定という知能化技術の支援が可能なことを示している。

第5 章では、視覚ID タグおよび構造化された情報・知識を活用したロボット作業支援システムについて述べている。まず、単眼カメラにより位置・姿勢、ID を取得できる視覚IDタグを利用し、環境の3 次元形状モデルを多面体近似によって簡単に作成する手法を示している。次に、この視覚ID タグを介して環境を情報的に構造化し、形状モデルや物体操作知識等の情報を活用することで、ロボットによる物体・環境の3 次元的認識からマニピュレーションまでを統合的に支援するシステムが可能なことを実験により示している。

第6 章は結論であり、本論文で議論した宇宙ロボットのための作業環境構造化に関して得られた知見と成果をまとめ、今後の課題と展望を述べている。

補遺では、タスクエントロピー低減の評価例、セル型衛星の熱解析例、本文中で使用した式の導出、プログラムなどが説明されている。

以上要するに、本論文は、宇宙ロボットの知能化・自律化を目的として、作業環境の物理的構造化と情報的構造化、および、ロボット要素技術との効果的な組み合わせによりタスクエントロピーを低減する枠組みを提案し、精密マニピュレーション、衛星姿勢運動推定、環境モデリングに適用しその有効性を示したものであり、これらの成果は宇宙工学、ロボット工学上貢献するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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