学位論文要旨



No 217062
著者(漢字)
著者(英字) Cabangon,Romeo Jariel
著者(カナ) カバンゴン,ロメオ ジャリエル
標題(和) 灌漑稲作農業における節水と水生産性向上のための土水管理
標題(洋) Soil and Water management for saving water and increasing water productivity in irrigated rice systems
報告番号 217062
報告番号 乙17062
学位授与日 2008.12.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17062号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 塩沢,昌
 東京大学 教授 田中,忠次
 東京大学 教授 宮崎,毅
 東京大学 教授 山路,永司
 東京大学 准教授 西村,拓
内容要旨 要旨を表示する

地球規模の水不足が進む中で、稲作における水利用は、人口増加と工業化の進展という脅威にさらされている。かつて農業生産に使用されていた水は、漸次、生活用水、工業用水の供給にまわされることであろう。農業において、稲は、もっとも水を消費する作物である。稲作の用水を社会の他分野に回すべきであるとの大きな圧力がある。そこで、稲作における水使用を減じる必要が出てくる。水は稲作の土壌涵養から苗立ち、収穫に至るまでの各段階で使用される。本論の目的は灌漑稲作農業の各段階における節水方法を同定することである。

稲作土壌涵養のため、まず、土壌の浸漬状態を作るために、大量の水を必要とする。土壌含水率が低く、頻繁にクラックが見られるからである。土壌涵養期間における大きな水の損失はクラックを通るバイパス流によって起こる。それはクラック底部を通る優先水流である。土壌の乾燥期にクラックの拡がりを最小化したり、クラック水流を妨止したりする方法で水の損失を減少させ得るとの仮説が立てられた。休耕期にクラック形成において、ならびに土壌涵養期間に水流要素において、ストローマルチングと浅耕栽培法の効果が、フィリィッピンIRRIの実験田で調査された。ストローマルチングは土壌組成の水分保全を助け、土壌保全手段を講じないよりもクラックの幅を減少させた。また、土壌飽和量を減少させた。しかし、マルチングは土壌涵養における水使用量を顕著に減少させはしなかった。浅耕栽培法は、小さい土塊を形成してクラック水流を途切れさせ、クラック水流から地下水が補充されるのを妨ぎ、土壌涵養のための総流入水の31-34%、約120mmに相当する量を減少させた。浅耕栽培法は灌漑農業における水使用効果改善のための実際的方法を示している。

土壌涵養が終わると、苗移植(田植え)や、乾田直播(DS)、潤土直播(WS)などの方法で苗立ちが行われる。マレーシアMuda灌漑施設で1988年から1994年の間に30~50ヘクタールの三箇所の実験田(IU)で、苗立ちの方法が灌漑量と水生産性(1個所ごとの水消費量に対する生産量の割合)に及ぼす影響が調査された。TPにおける収穫高は潤土直播(WS)より高く、WSにおける収穫高は乾田直播(DS)より高かった。しかしその差が顕著だったのは(P<5%)TPとDSの間でのみである。土壌涵養期間は、DSやWSにおいては、TPと比べると顕著に短縮できた。これは、苗立ち前の灌漑量と総流入水量(降雨と灌漑)の顕著な減少につながった。しかし、主要実験地における作物成長期間には、TPはDSとWSより明らかに成長期間が短く、総流入水量が少なかった。全期間を通じて、DSは顕著に少ない灌漑用水量を示し、灌漑用水に関してWSやTPよりも水生産性が高かった。これは、DS米が苗立ち後の降雨を捉えられるからであった。乾田における低い流入水量も、多くのクラックのある粘土土壌で、乾田耕作法により、ひび割れを止めてクラック水流を少なくすることが出来たことに起因するであろう。WS米対TP米の耕作地特有の管理は、それぞれの流入水量と水生産性の相対的な優位性を評価する上で、勘案されねばならない。

苗の生長期(移植から収穫までの)における間断灌漑(AWD)を使った水管理は、持続浸漬(CF)による稲作に比べ、水を節約できると報告されている。AWDは、中国では普及しているが、収穫量における効果の程度には大きな差が有り、詳細な水文学的特定を往々にして欠いていることから一般化は難しい。さらに、AWDが肥料使用効果をどのくらい修正するか、CFに比して異なったN肥料管理が必要であるかどうかなどがわかっていない。この研究は、広く実践されているAWDを比較し、AWDとCF灌漑を異なったN肥料管理体制のもとで、稲の生長と収穫量、水生産性、肥料使用の効果について、1999年と2000年の5収穫期で、中国の二箇所の代表的な灌漑稲作田(Jinhua, Zheijang Province and Tuanlin, Hubei Province)で、浅層地下水層を持つ田において比較した。両所とも、穀粒収穫量、バイオマス、水生産性、栄養摂取とN使用効果について窒素相互作用による顕著な水は観察されなかった。収穫量はAWDとCFの間では顕著な差(P>0.05)がなかった。AWDにおける灌漑水の生産性はCFに比べると、約5-35%高かったが、その差は、降水量が少なく蒸散量が高いときに限って顕著(P<0.05)であった。分割回数が2回(農家の実践)から4-6回に増えると、総N摂取量が増えた。全体の窒素回収、ANR[(N強化施肥のN収量-N0のN収量)N-applied]は、回数が増えるごとに増えた。ANRは、AWDとCFのほとんどの場合に低かったが、その差は顕著ではなかった。AWDにおいてANRが低ければ、AWDにおいてN損失が高くなると言えるのかも知れない。AWD灌漑の乾期の間、宙水の深さはめったに-20cmより深くまで行くことはなく、根の土壌はほとんどの場合湿っていた。この結果、中国の代表的な灌漑稲作地域では、AWDは、稲収穫量に影響を与えずに投入水量を減らすことができ、持続的浸漬と違って、N肥料管理を必要としないことがわかる。この結果は、多くのアジアの浅層地下水層を持つ灌漑稲作地域に応用できる。

さきの実験でのAWDにおける低N回収の結果や他の報告は、AWDがCFよりも多くの窒素損失を蒙るのではないかということを示している。SPAD-based N-managementは、持続浸漬状態での稲生長のN-use効率を増加させる方法であるが、AWDについては応用できるかもしれないが、AWD米では、テストされたことはない。この研究は、SPADメーター(葉緑素計)がAWDにおける稲の同時窒素管理に使用できるか否かをテストするために実行された。実験は2004年と2005年の乾期に、フィリィッピン、ロスバニョスのIRRI農場において、穀粒収穫量におけるSPAD-based N management とAWD、稲の窒素使用効果と水生産性を決定するために行われた。実験の主たる構想は三つの灌漑体制の元で行われた:持続浸漬(CF)、土壌水ポテンシャルが15cm深度で2004年に-20kpa(AWD-20),-80kPa(AWD-80)、2005年に-10kPa(AWD-10),-50kPa(AWD-50)。そして副主題として、五つのN-management treatment:ゼロN(N0),180kg N ha- 1(N180),そして三つの実時間N-management、それは、 完全に開いたもっとも若い葉のSPAD値が2004年の35(NSPAD35),38(NSPAD38),41(NSPAD)、2005年のNSPAD32,NSPAD35,NSPAD38の臨界値と等しいか、少ない時、窒素が応用されたものである。IR72varietyは両年と2005年に使用され、PSB-RC80は含まれた。AWD法は、十分に水を使う灌漑法に比べて明らかに低い灌漑用水投入量(P<0.05)で済んだが、水生産性はAWD-10でのみ増加した(P<0.10)。低い窒素application率にもかかわらず、NSPAD38ではすべての灌漑法の中で、N180と同様の収穫量が得られた。NSPAD35の収穫量は戦略的に低い(P<0.05)が、N180のそれの90%の範囲においてである。両年とも、窒素相互作用水は窒素使用効率パラメーターにおいて明らかな効果はなかった。NSPAD38とNSPAD35の農業窒素使用効率(ANUE)はN180のそれより高かった。NSPAD35は2004年にはNSPAD38より高いANUEであったが、2005年には両方ともそうではなかった。NSPAD41(2004)は顕著に高い収穫量であったが、NSPAD38とNSPAD35よりANUEは低く、一方、NSPAD32は顕著に低い収穫量であり、NSPAD38,NSPAD35に比して同様のANUEであった。SPADメータはAWDのもとで、持続浸浸米で使うのと同様に、N fertilizer applicationを管理するために使用できると結論した。灌漑の用法に関わらず、SPAD値35-38はN使用のための閾値として使える。

米栽培の各段階において水は節約できる。土壌涵養期間に、浅耕法は土の湿潤のための水を節約できる。クラックのない土壌では、土壌マルチングが土壌の水分を保存し、水を節約し、飽和用水量を減らすことができる。乾田、湿田や田植え、各々の稲作に独特の水の節約方法がある。乾田直播は、苗立ちを進めることにより降雨を利用し、水を節約できる。湿田は田植え法に比べて早い苗立ちの利点がある。土作りが終わると、早速播種に入る。田植えは、苗立ちの手間なく移植できるので、水を節約できる。AWDはCFと比べて、効果的にseepageとpercolationの損失を減らすことによって水を節約できる。AWDテクノロジーは目標環境を持つ。それは通常より若干水供給が少ない灌漑稲作地域の水不足問題を軽減するために開発された。天水田や水不足が30%以上に達すると目される地域のために開発されたのではない。SPADベースの窒素管理はAWDにおいて35-38をSPADの閾値として使用できる。葉のカラーチャートは農家が実践する場合、SPADの代わりに使ってもよい。水源の開発が望めない中では、土壌、穀物、肥料の管理は水不足緩和のより効果的な方法である。

審査要旨 要旨を表示する

米はとくにアジアにおける主要穀物であるが、米の75%は潅漑水田の湛水状態で生育・生産され、大きな潅漑水量を要する。世界の人口増加と工業発展の中で、生活用水、工業用水の需要が増大し、水資源は逼迫し水の価値が高まっており、水を節約し単位用水量あたりの収量(水生産性)を増加させる水・土の管理技術が求められている。本研究は、様々な現場水田における実験によって、(1)潅漑稲作のそれぞれの段階における可能な節水技術を検討し、(2)各栽培段階の水収支を求めて水・土管理方法による水生産性の違いを比較し、(3)節水管理に適した窒素の施肥管理方法を求めたものである。なお、本研究における実験は、著者が所属する国際稲作研究所(IRRI)の主導で行われた。

本研究では、水田稲作の3つの段階のそれぞれにおける節水技術と水・土管理方法を検討した。

第一に、田植えや播種前の段階である。初期湛水のために多量の用水を使うが、その内訳は土壌を飽和させ湛水するための貯留量増加(ΔS)と深部への浸透損失である。ΔSは、初期湛水前の土壌水分の、飽和状態に対する欠損量が主要成分で、前作の刈り取り後の乾燥によって増加する。また、水田土壌には乾燥亀裂が発生し、亀裂が初期湛水時の浸透損失を増加させる。そこで、刈り取り後に稲ワラでマルチングをする方法および表土の耕起によって土壌面蒸発を減じてΔSと亀裂を減少させる効果を、フィリッピンの3カ所の水田で調べた。この結果、稲ワラマルチは土壌水分減少を防ぐもののその効果は大きくないが、表土の耕起は乾燥亀裂を防ぎ、代かきまでの浸透損失を防ぐ効果が大きく、初期湛水用水量を約30%(120 mm)減少させた。

第2に、稲の定着(crop establishment)方法について水収支を検討した。稲の定着方法には、代かき湛水直播き(Wet Seeding: WS)、乾田直播き(Dry Seeding: DS)、田植え(Transplanting: TP)がある。それぞれの方法による水収支項目、水生産性、収量、生育期間を比較する実験をマレーシアで行った。その結果、TPは、田植えまでの段階で浸透損失が大きかったが、生育段階(Crop growth stage)ではこの期間が短いため用水量は少なく、全期間ではDSの消費水量が少なくかった。収量はTP>WS>DSであるが、水生産性(収量/用水量)はDS>TP>WSとなった。アジアの従来の田植え(TP)は、本田に苗代を設け、苗代での生育期間中、本田が湛水状態でおかれるため、田植えまでの期間の用水量が大きい。日本におけるように、苗代を本田と別に設けて代かきの直後に田植えをすれば本田の湛水期間が短くなり、TP栽培での用水量を大きく減らすことが可能である。

第3に、稲の成長期間における節水と窒素肥料管理方法を検討した。ここで注目したのは水田での間断潅漑であるAWD(Alternate Wetting and Drying)である。AWDは、田面湛水がなくなっても潅漑をせず、作土が一定の限度に乾燥してから湛水させるという潅漑サイクルを繰り返す水管理方法で、通常の連続湛水栽培(Continuous Flooding: CF)に比べて浸透損失を減らすことができる。これまでの研究では収量が多いという報告と少ないという報告があり、本研究では中国の4地域においてAWDとCFとの比較実験を行った。この結果、AWDの収量は、潅漑のタイミングとなるテンショメータ測定による土壌水の水ポテンシャルの下限が-10kPaまでは収量の減少は生じず、潅漑水量は6-23%少なく、それだけ水生産性が高かった。一方、AWDはCFよりも窒素肥料の収率が低かったが、葉の緑色度をSPDAメータで測定して施肥時期を決める施肥管理が、AWD においてもCFにおけるのと同様に有効であることを示した。

以上の水田稲作の節水技術を水収支から考えると、田植えや播種前の段階および定着段階では、刈り取り後の表土耕起、乾田直播や日本型田植えによって田面からの無駄な蒸発を少なくすることが重要であり、その後の生育期間では浸透損失を最小にすることが重要となり、AWDは浸透損失の大きな水田において有効である。また、AWDを普及させるには、テンショメータによらずに簡易な水位測定パイプで農民が潅漑時期を決められるようにすることや、SPDAメータによらずにカラーチャートでの葉の色の測定によって施肥管理を行うなどの工夫が必要と考えられる。

以上のように本研究は、東南アジアの様々な国と地域の水田において現地実験を行い、節水のための水・土管理方法を評価し、技術の普及のための方策も考察したもので、この点で独自性のある実践的で重要な研究である。よって、審査委員一同は本論文を博士学位に値するものと認めた。

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