学位論文要旨



No 217067
著者(漢字) 八木,信行
著者(英字)
著者(カナ) ヤギ,ノブユキ
標題(和) WTOと水産に関する分析
標題(洋)
報告番号 217067
報告番号 乙17067
学位授与日 2008.12.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17067号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 黒倉,寿
 東京大学 教授 鈴木,宣弘
 東京大学 教授 林,良博
 東京大学 教授 青木,一郎
 東京大学 教授 福代,康夫
内容要旨 要旨を表示する

概要

WTOと水産に関し、漁業補助金の側面及び貿易自由化の側面について分析を行った。

漁業補助金

漁業補助金に関しては、補助金により過剰漁獲が生じ、ひいては貿易歪曲が生じるとの議論が一部でなされている。しかしながら、筆者は、OCEDなどにおいては、効果的な漁業管理を行っていれば補助金による生産刺激効果や貿易歪曲効果は抑制できる旨の定性的分析を行っている点などに注目し、この議論の詳細や、この議論を巡るWTOにおける交渉状況などをレビューした(第2章)。あわせて、筆者らは、実際の補助金及び漁獲統計データを用いて計量経済学的に検証し、OECDの定性的な分析と整合性がある結果を得た(第3章及び第4章)。

漁業補助金については、未だWTOにおいて交渉の決着を見ておらず議論も百出している状態ではあるが、本研究の結果から、漁業補助金払いの可否は、漁業管理制度が効果的に機能しているか否かを判断基準とすべきとの点がより明確になったと考えている。

貿易自由化の2重の配当議論

OECDなどでは、水産物貿易の自由化が進めば、輸入国には更に安い輸入品が入るため輸入国の十国資源に対する漁獲圧が減ること、及び消費者も安い水産物が購入できるという、いわゆる2重の配当(double dividend)が享受できるとの議論がなされている。この点には直接異を唱えるものではないが、筆者は、貿易自由化は、2重の配当以外の部分において、2重の支払いが存在する可能性に着目をした。

貿易自由化による資源枯渇への懸念とその対処

1つめの支払いは、資源の枯渇問題である。有限天然資源である漁業資源については、効果的な漁業管理がなされない場合、貿易の拡大によって水産資源の枯渇が生じるとの議論が存在しており、その状況のレビューをまず行った(第5章)。特に、世界の水産物輸出の半数が途上国からなされていること、他方で途上国では漁業資源管理体制が整備されていない国が大多数を占めることをあわせて考えれば、貿易の更なる拡大により、とりわけ途上国において漁業資源枯渇が進む可能性が懸念されている。筆者らは、実際のモロッコのタコ資源に関し、実際の漁獲データと漁価のデータを利用しつつ、貿易が拡大するにつれて資源枯渇が示唆される旨の分析を生物経済学的に行った(第6章)。

また、公海漁業であるマグロ漁業についても、国際規制を逃れて操業する漁船が漁獲した製品であっても、過去においては自由な貿易がなされていたため、国際的な規制管理措置が損なわれた事例を示した。この対策のために、国際的な地域漁業管理機関は、規制下にある漁船が漁獲した製品だけを国際貿易の対象とする措置を導入し、この措置が効果を上げている点もレビューした(第7章)。このようなマグロの貿易規制については、これまでWTOにおいては提訴する国が存在していなかったものの、生産手段を理由とする禁輸措置についてはWTO整合性が問題になる可能性も存在する。筆者は、この点を検討するため、類似のWTO紛争解決案件であったエビカメ・パネル及び上級委での議論を詳細に分析した(第8章)。その結果、生産手段の際を理由とする禁輸措置であっても、有限天然資源の保全を目的としたものであればWTO整合性が存在するとの上級判断がエビカメの事例で存在していることなどから、またマグロの禁輸についてもWTO条約上問題は生じないと考えることが可能である。

本稿における上記分析に鑑みれば、これら問題の対処として、貿易自由化の条件として、政府レベルで資源管理の徹底を行う必要があると考えられる。少なくとも、自由化を行う前に影響アセスメントなどが必要ではないだろうか。また、資源管理コストを適切に市場価格に反映させるような仕組みにより、経済的なインセンティブを生産者に与える方策の検討も重要であろう。こちらについては、政府の役割だけでなく、民間による製品ラベリング基準作成なども有効であろう。

貿易自由化による勝者と敗者が生じる問題への懸念

貿易自由化は、便益を享受するセクターと、悪影響を被るセクターを生じさせるが、水産物貿易自由化の場合、悪影響を被るセクターは輸入国の生産者(製品販売価格が国際価格まで下がるため)と輸出国の消費者(消費価格が国際価格まで上昇するため)である。日本に関しては、漁業収入の低迷のため新規参入が極めて少なく、従って漁業者が高齢化し、地域の活性化が図れないという問題につながっている可能性が存在している(第9章)。

これについても、政府による介入(すなわち補助金等によるもの)及び、民間主導のもの(ビジネス効率合理化による収入増加の努力)の両面から対応が検討されることが重要と思われる。

審査要旨 要旨を表示する

WTO(World Trade Organization:世界貿易機構)では、2001年から現在まで、「ドーハ開発アジェンダ(通称、ドーハ・ラウンド)が行われており、貿易のさらなる自由化、アンチダンピングや補助金などのルールの強化、サービス、知的財産権、開発や環境への考慮といった課題が議論されてきた、交渉は、2008年7月をもって、実質的に中断状態に入り2008年9月の時点でもこの状態が続いている。ラウンド交渉での、水産分野に関する議論としては、(1)関税交渉として非農産品交渉グループでの議論、(2)漁業補助金に関する議論、(3)貿易と環境に関する議論がなされており、ラウンド交渉とは別に、(4)海洋資源の保全を目的とした貿易制限措置の妥当性が争われたりする。このうち、(4)については国際経済法の官邸から分析がなされている例があるが、(1)から(3)についてはWTOによる規制ないし規制緩和がもたらす生物資源や社会経済に与える影響についての分析はほとんどない。本論文の目的は、漁業補助金と漁業生産の関係の実態を明らかにする一方、貿易と水産資源の関係を分析し、さらに、国際的な資源保全のための貿易措置の効果について論じ、貿易と水産に関する総合的な考察を行うことである。

緒言にひき続いて、WTOにおける漁業補助金交渉の概況をレビューした第2章では、漁業補助金の漁業資源に対する影響は、輸出国、輸入国のいずれにおいても、適正な資源管理が行われているか否かによって異なるという、分析結果を示す一方、NGO等を中心とする環境意識の高まりから、補助金の規制等による環境負荷の低減効果に対する期待が大きくなり、水産資源保護というWTO本来の機能とは異なる視点からの論議が必要になっていること示した。第3章では、OECD加盟国の補助金が漁業生産にもたらす影響について、実証的な分析を行い、その結果、OECDにおいては、漁獲向上のために直接支払いを使用した国がある可能性、一般サービス支払いを漁獲規制を実施する費用として使用した国がある可能性が示唆された。しかしながら、政府財政移転の内容は各国によって様々であり、今後その内容について精査する必要があること、補助金が、漁業生産だけでなく、社会にどのような影響をもたらすかの分析も必要であることも指摘した。第4章では日本における補助金と漁業生産について時系列的なデーターの分析を行った。その結果、一般的なサービス経費と漁業者一人当たりの実質生産額にのみ正の相関があり、その他については、補助金と漁業生産の間に有意な相関を見出すことはできなかった。すなわち、この分析においても、漁獲規制が有効に行われていれば、補助金が支払われた場合でも、漁獲量が大きく拡大しない場合があり、日本では補助金は生産増加にはつながっていないことが明らかになった。第5章では、それまでの分析を総括し、資源管理の強化と管理費用について言及し、規制的な手法に経済的な手法を組み入れることの有効性を主張するとともに、地域漁業機関など国際的な資源管理をさらに効果的に実施することの必要を主張した。

第6章では、資源状態に関する水産資源学的なデーター収集と分析が困難な途上国において、漁獲量と漁獲物の単価といった市場データーを用いて、資源状況を把握することを、モロッコのタコのデーターを用いて試み、シェーファーのモデルを改編したモデルによって、資源状態のステージを推測可能なことを示した。第7章では、国際的な資源管理の取り組みとして、FOC船(flag of convenience:便宜置籍船)によるマグロの違法漁獲と貿易規制の問題を論じ、正規船リストと統計証明制度の組み合わせにより、FOC船による漁獲物を世界貿易の市場から締め出すことで、FOC船の減少がもたらされたことを示した。第8章ではさらに進んで、水産物の製造過程での環境・生物への影響の問題として、WTOのエビ・カメ・パネルにおける議論を分析し、マグロの禁輸につても、WTO条約上の問題が生じないと考えられる可能性を示した。さらに、第9章では、こうした世界的な状況の中で、我が国の生産者が取りうる対応について指摘した。

最終章の第10章では、以上の論議を総括し、貿易自由化の水産資源と社会・産業への影響を取りまとめ、政府による介入と民間主導の両面からの対応の必要を述べた。

以上、本研究は、WTOにおける貿易自由化と水産資源および水産業の関係を、初めて広い範囲にわたって実証的に論じたものであり、その解析結果は、今後、我が国の水産資源の保全、水産業の振興、国際対応を考える上で、きわめて重要な情報である。よって、審査委員一同は本研究を博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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