学位論文要旨



No 217068
著者(漢字) 大場,剛実
著者(英字)
著者(カナ) オオバ,タケミ
標題(和) と畜場搬入豚のActinobacillus感染症に関する病理学的研究
標題(洋)
報告番号 217068
報告番号 乙17068
学位授与日 2008.12.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第17068号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中山,裕之
 東京大学 教授 熊谷,進
 東京大学 教授 明石,博臣
 東京大学 教授 関崎,勉
 東京大学 准教授 内田,和幸
内容要旨 要旨を表示する

Actinobacillus属の細菌は,通性嫌気性,無芽胞性,非好酸性のグラム陰性桿菌であり,Pasteurellaceae科に属する 。その生態は,人を含む多種の動物の気道,消化管あるいは生殖器の粘膜表面に常在する。現在,動物での病原性が問題となるActinobacillus属菌は,A.lignieresii,A. suis,A. equuli,A. seminis,A. pleuropneumoniae,A. capsulates の 6 種である。牛のActinobacillus 感染症は,A. lignieresii を起因とする。本菌 は,Actinobacillus属菌の基準種として知られ,他のActinobacillus属菌と異なり,主としてアステロイド小体を伴う慢性化膿性肉芽腫を引き起こす。

豚に関するアステロイド小体を伴う肉芽腫性炎は,Actinomyces suis による扁桃陰窩膿瘍および肉芽腫性乳房炎とTonsillophilus suis による肉芽腫性扁桃炎が知られているが,これらは,いずれもグラム陽性菌である。

豚のActinobacillus 感染症は,A. pleuropneumoniaeによる線維素性胸膜肺炎を主徴とする豚胸膜肺炎とA. suisによる子豚の敗血症や流産がある。A. suisに関連した報告は少なく,と畜場搬入豚での報告は見当たらない。しかし,いずれにおいてもアステロイド小体を伴う肉芽腫性炎を記載した報告はない。

A. pleuropneumoniae は豚胸膜肺炎の起因菌で,伝染性が高く,しばしば致死性の感染性呼吸器疾患を引き起こすことから,養豚産業における主要な経済損失の原因となっている。全ての年齢の豚が発症し,壊死性出血性気管支肺炎と漿液線維素性胸膜炎を特徴とする。胸腔以外の部位での病変は非常に稀であるが,滲出性髄膜炎と腎炎,壊死性骨髄炎と線維素化膿性関節炎,心内膜炎,線維性心外膜炎,化膿性関節炎と腱滑膜炎の報告がある。これらの合併症は,いずれも若い豚でみられる。

Actinobacillus属菌は,nicotinamide adenine dinucleotide (NAD) 依存性の種のグループがあり,Actinobacillus pleuropneumoniae (biotype1) とActinobacillus minor が該当する。また,2003年に提唱された暫定的な種のActinobacillus porcitonsillarum (representative strains 0347 and 9953L55) も,これに含まれている。Actinobacillus porcitonsillarum は,健康な豚の扁桃に存在し,これまで非病原性と考えられてきた。この菌は,溶血性と生化学的性状がA. pleuropneumoniaeに類似し,また,抗A. pleuropneumoniae血清に交差反応をもつことから,A. pleuropneumoniaeによる豚胸膜肺炎の細菌学的血清学的診断の重大な妨害となっている。しかしながら,16S rDNAとrpoB配列解析により,A. pleuropneumoniae とA. porcitonsillarumの両者を分けることは可能である。また,A. porcitonsillarumとA. minorは,16S rDNAシークエンスでは,最も近い種であると考えられているが,A. minorは非溶血性なので区別は比較的容易である。A. minorの病原性もほとんどないと考えられている。わが国におけるA. porcitonsillarumおよびA. minorの分離報告は,見当たらない。

本研究では,と畜場搬入豚でみられるActinobacillus属菌感染に関連した病変について病理組織学的および細菌学的に調べ,それらの特徴を明らかにした。

1.と畜場搬入豚のActinobacillus pleuropneumoniae 2型による多発性肉芽腫性肝炎

第1章では, A. pleuropneumoniae感染による多発性肉芽腫性肝炎について病理組織学的および細菌学的に検索した。42農場由来の66,894頭の豚について検査したところ,19頭の肝臓に多発性白色小結節を認めた。このうち11頭の肝臓の病変は,類上皮細胞と多核巨細胞からなる肉芽腫で,中央にグラム陰性菌を伴うアステロイド小体を認めた。この細菌は免疫組織化学的に,抗A. pleuropneumoniae 2型ポリクローナル抗体と反応した。また,類似する肉芽腫あるいは化膿性の組織学的所見が,肺 (7/7頭),脾臓 (1/5頭),リンパ節 (1/9頭) でもみられた。この11頭の肝臓 (7/11頭),肺 (7/7頭) と脾臓 (1/6頭) からA. pleuropneumoniae 2型が,分離された。

これらの結果から,豚胸膜肺炎の原因であるA. pleuropneumoniaeが,肥育後期の豚に肺炎を伴った多発性肉芽腫性肝炎,脾炎をも引き起こすことが明らかになった。

2.と畜場搬入去勢雄豚にみられたリンパ節のActinobacillus pleuropneumoniae 2型 による肉芽腫

第2章では,A. pleuropneumoniaeによる肉芽腫性リンパ節炎について病理組織学的検索および細菌学的検索を実施した。病変は10.4% (5/48) の農場由来の0.02% (6/33,342頭) の豚に認められ,6頭すべてが去勢雄であった。豚胸膜肺炎を伴っていた症例は,17.7% (1/6頭) であった。主たる病変は,縦隔リンパ節50% (3/6頭),下顎リンパ節50% (3/6頭) に存在し,うち33.3% (2/6頭) は,他の複数のリンパ節にも病変が存在した。

リンパ節病変は,アステロイド小体を伴う肉芽腫で,アステロイド小体内にはグラム陰性菌の菌塊が認められ,A. pleuropneumoniae 2型抗原陽性であった。また,6頭すべてのリンパ節よりA. pleuropneumoniae 2型が分離された。

以上の結果から,と畜検査でまれにみられる豚のリンパ節炎の一部は,A. pleuropneumoniae 2型感染によることが明らかになった。また,この病変は去勢雄豚に好発することもわかった。

3.と畜場搬入豚におけるActinobacillus porcitonsillarumによる肉芽腫性リンパ節炎と肺炎の一症例

手拳大~ソフトボール大に著しく腫大したリンパ節をもつ豚を1症例発見し,病理組織学的検索を実施したところ,アステロイド小体内を伴う肉芽腫性リンパ節炎がみられた。

リンパ節病変部からは,溶血性を示すグラム陰性桿菌が分離された。分離株は,スライド凝集試験で抗A. pleuropneumoniae 12型血清に強い交差反応を示した。しかし,PCR法では,A. pleuropneumoniaeに特有の omlA 遺伝子は,検出されなかった。そこで,16S rDNA遺伝子配列解析を実施したところ,この分離菌は,A. porcitonsillarumであることがわかった。

リンパ節病変のアステロイド小体内にはグラム陰性桿菌を認めた。アステロイド小体周囲には広範囲の炎症細胞浸潤と類上皮細胞と多核巨細胞からなる肉芽腫がみられた。肺の病変はリンパ節のそれと類似し,少数のアステロイド小体を認めた。リンパ節の菌塊は抗A. pleuropneumoniae 12と2型のポリクローナル血清に陽性反応を示した。

これらの結果から,これまで非病原性と考えられていたA. porcitonsillarumが多発性肉芽腫性リンパ節炎と肺炎を肥育後期の豚に引き起こすことが明らかとなった。

上述の一連の研究から,A. pleuropneumoniae とA. porcitonsillarumは,同様の肉芽腫病変を引き起こすことから,その鑑別が重要であると考えられた。これらの成績は,豚のActinobacillus属感染症の貴重な資料となり,と畜検査ならびに野外での病性鑑定の診断に役立つものと考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

Actinobacillus 属の細菌は,通性嫌気性,無芽胞性,非好酸性のグラム陰性桿菌で,Pasteurellaceae 科に属し,人を含む多種の動物の気道,消化管あるいは生殖器の粘膜表面に存在する。動物において病原性が問題となる菌種は,A. lignieresii,A. suis,A. equuli,A. seminis,A. pleuropneumoniae,A. capsulates の6種である。とくに牛のActinobacillus 感染症は,A. lignieresii に起因し,他のActinobacillus 属菌とは異なり,アステロイド小体を伴う慢性化膿性肉芽腫を引き起こす。

豚のActinobacillus 感染症には,A. pleuropneumoniaeとA. suis による2種があるが,いずれも肉芽腫を記載した報告はない。A. pleuropneumoniaeに起因する豚胸膜肺炎は,世界的に蔓延し,養豚産業の主要な経済損失の原因となっている。その病変は主に胸腔内に限局していることから,わが国では豚胸膜肺炎の病名で呼ばれている。これに対し、Actinobacillus porcitonsillarum は,健康な豚の扁桃に存在し,その病原性は問題にならないと考えられている。しかし,この菌は,溶血性や生化学的性状がA. pleuropneumoniaeに類似し,また,抗A. pleuropneumoniae血清に交差反応をもつことから,豚胸膜肺炎の細菌学的血清学的診断の妨害となっている。また, A. porcitonsillarumについては、わが国での分離報告はまだない。本研究では,と畜場搬入豚にみられるActinobacillus属菌感染に関連した病変について細菌学的および病理組織学的にしらべ,その特徴を明らかにした。

第1章では,A. pleuropneumoniae感染による多発性肉芽腫性肝炎について病理組織学的および細菌学的に検索した。42農場由来66,894頭の豚について検査したところ,10農場由来19頭の肝臓に多発性白色小結節を認めた。このうち3農場由来11頭の肝臓病変は,類上皮細胞と多核巨細胞からなる肉芽腫で,中央にグラム陰性菌を伴うアステロイド小体が認められた。免疫組織化学的にこの細菌に一致して,A. pleuropneumoniae 2型抗原がみとめられた。また,A. pleuropneumoniae 2型に関連した肉芽腫または化膿巣が,肺 (7/7頭),脾臓 (1/5頭),リンパ節 (1/9頭) でもみられた。この11頭の肝臓 (7/11頭),肺 (7/7頭) ,脾臓 (1/6頭) からA. pleuropneumoniae 2型が,分離された。以上の結果から,豚胸膜肺炎の原因であるA. pleuropneumoniaeが,豚に肺炎を伴った多発性肉芽腫性肝炎,脾炎を引き起こすことが明らかになった。

第2章では,A. pleuropneumoniaeによる肉芽腫性リンパ節炎について細菌学的検索および病理組織学的検索を実施した。この病変は48農場中5農場由来の0.02% (6/33,342頭) の豚に認められ,6頭すべてが雄 (去勢) であった。主たる病変は,縦隔リンパ節50% (3/6頭),下顎リンパ節50% (3/6頭) に存在し,うち33.3% (2/6頭) に他のリンパ節にも病変が認められた。リンパ節病変は,組織学的にアステロイド小体を伴う多発性肉芽腫であり,アステロイド小体内にグラム陰性菌を認めた。免疫組織化学的にこの細菌に一致して,A. pleuropneumoniae 2型抗原がみられた。また,6頭のリンパ節病変よりA. pleuropneumoniae 2型が分離された。以上の結果から,A. pleuropneumoniae 2型が,豚に肉芽腫リンパ節炎を引き起こすことが明らかになった。

第3章では,前章と同様のリンパ節病変をもつ1頭の豚の細菌学的および病理組織学的検索を実施した。細菌学的検索では,リンパ節病変部から,溶血性を示すグラム陰性桿菌が分離された。分離株は,抗A. pleuropneumoniae 12型血清に最も強い交差反応を示したが,PCR法で,A. pleuropneumoniaeに特有の omlA 遺伝子は,検出されなかった。そこで,16S rDNA遺伝子配列解析を実施したところ,この菌は,A. porcitonsillarumであることがわかった。病理組織学的検索では,アステロイド小体を伴う肉芽腫性リンパ節炎がみられ,前章のA. pleuropneumoniaeによるものと違いはなかった。肺の病変はリンパ節と類似し,少数のアステロイド小体が認められた。また,免疫組織化学的にリンパ節のアステロイド小体内に抗A. pleuropneumoniae 12型抗原がみられた。これらの結果から,これまで非病原性と考えられていたA. porcitonsillarumが,豚に肉芽腫性リンパ節炎と肺炎を引き起こすことが示唆された。また,A. pleuropneumoniae とA. porcitonsillarumは同様の病変を引き起こすことから,細菌学的な鑑別が重要であると思われた。

本研究で示した一連の研究により,A. pleuropneumoniae とA. porcitonsillarumは,同様の肉芽腫病変を引き起こすことから,その鑑別が重要であると考えられた。これらの成績は,豚のActinobacillus属感染症の貴重な資料となり,と畜検査ならびに野外での病性鑑定の診断に役立つものと思われる。よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位を授与するに値するものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク