学位論文要旨



No 217069
著者(漢字) 平岡,久忠
著者(英字)
著者(カナ) ヒラオカ,ヒサタダ
標題(和) フルオロスコピックナビゲーションシステムを用いた鏡視下膝前十字靭帯再建術の開発
標題(洋)
報告番号 217069
報告番号 乙17069
学位授与日 2008.12.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第17069号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 芳賀,信彦
 東京大学 教授 斎藤,延人
 東京大学 准教授 秋下,雅弘
 東京大学 准教授 田中,栄
 東京大学 講師 小野,稔
内容要旨 要旨を表示する

緒言

鏡視下膝前十字靭帯(ACL)再建術において、再建靭帯を固定する骨孔位置が適切でない場合には不良な術後成績の要因となる。特に、脛骨骨孔位置に関して、矢状面で骨孔が過度に前方に設置されればルーフインピンジメントをきたし、また、過度に後方に設置された場合には再建靭帯断裂の頻度が増すなど、いずれも成績不良の要因となる。すなわち、脛骨骨孔は矢状面ではルーフインピンジメントが起こらない位置で、かつなるべく前方に設置されることが良好な術後成績を得るためには必須である。

一方、冠状面でみた場合、脛骨プラトー関節ラインと脛骨骨孔のなす角度が70度以上に設置された場合、PCLインピンジメントの程度が増すため、その角度を65度以下にすべきであると報告されている。

術者はこれらの点に留意しながら手術を行うが、術後の評価で脛骨骨孔位置が不適切なことがしばしばある。それは各個人の膝最大伸展角度の違いや矢状面における大腿骨骨幹軸に対する顆間天蓋の角度の違いなどの解剖学的個体差により引きおこされることが多い。これまで、関節鏡視のみによって、これらの解剖学的個体差を評価し、正確な位置に骨孔の作成を可能とする方法は提案されていない。

目的

本研究の目的は、鏡視下ACL再建術の際に、矢状面においてはルーフインピンジメントをおこさず、かつできるだけ前方に、同時に冠状面においてはプラトー関節面となす角度が65°以下となるように、脛骨骨孔を正確に設置する方法を開発すること、そして、その方法で施行した膝ACL再建術後に、脛骨骨孔位置の正確性及びその再現性が従来の鏡視下再建術と比較して向上しているかどうかを調査し、新たに開発した本術式の正確性を知ること。

新たな鏡視下ACL再建術の開発

筆者は、脛骨骨孔を矢状面ではルーフインピンジメントをおこさず、かつ、できる限り前方に、また同時に冠状面では骨孔と脛骨プラトー関節ラインのなす角が65度以下の浅い角度になるように設置し、それが正確で再現性のあるものにするために、従来の鏡視下再建術へのナビゲーションの導入を提案した。

本研究で導入したナビゲーションシステムはフルオロスコピックナビゲーションシステムである。術前にナビゲーションシステムに取り込んだX線イメージ画像(以下ナビゲーション画像)の上に、術中の手術器具の位置やこれから行う手術操作の予想図がバーチャル画像としてスーパーインポーズされる。

本システムでは、リファレンスフレームを任意の骨に装着してイメージ画像を撮影し、その画像をナビゲーションシステムに登録することで、その任意の単一の骨内に限ってナビゲーションが可能である。

隣接する骨については、可動性のある軟部組織が介在するため両骨の位置関係が容易に変化し一定でない。したがって、ナビゲーションシステムにオリジナルに備わった機能のみでは、隣接骨に対するナビゲーションを行うことも、また隣接骨の骨構造をナビゲーションの指標にすることもできない。

バイオメカニカルな研究によると、ACL損傷膝において膝最大伸展位で前方引き出し負荷が加わらない限り、大腿骨と脛骨は他動運動の後にも運動前と有意差なくほぼ同じ位置関係に復することから、この性質を利用して新しいACL再建術を考案した。すなわち、膝最大伸展位における画像を用いてナビゲーションを行うことにより、関節を介して隣接する骨の解剖構造である大腿骨顆間天蓋をナビゲーションの指標とすることを可能とする方法である。実際の手技としては、術直前には膝最大伸展位でナビゲーション画像を取り込み、術中のナビゲーションを行う際は手術操作を膝屈曲位で行うが、ナビゲーション自体には膝最大伸展位のナビゲーション画像を用いる。その画面上で大腿骨の顆間天蓋線(Blumensaat線)を指標に脛骨骨孔位置を計画し骨孔を穿孔すれば、術後に膝関節を最大伸展位に戻した際には脛骨と大腿骨の位置関係はナビゲーション画像の位置関係と同じとなるため、脛骨骨孔は目標とする適切な位置に設置できることになる。同時に、冠状面においても脛骨骨孔とプラトー関節面のなす角度を65度以下となるようにナビゲーション画像上で骨孔位置を計画すれば、脛骨骨孔は3次元的な至適位置に設置が可能となる。

対象

フルオロスコピックナビゲーションシステムを用いた鏡視下ACL再建術を臨床実施するにあたり、新たに開発した術式として実施するため、まず東京大学倫理委員会の認可を受けた。その後、すべての患者にインフォームドコンセントを施行し、書面にて承諾の著名を得て施行した。対象は2001年10月から2003年4月までの間にフルオロスコピックナビゲーションシステムを用いた関節鏡視下ACL再建術を施行し、1年経過時の外来経過観察が可能であった16人16膝(Navi群、男性10人、女性6人、手術時平均年齢26.9±9.0歳)である。鏡視下ACL再建術へのナビゲーションシステム導入直前に、従来の方法で鏡視下ACL再建術を施行した16人16膝(男性12人、女性4人、手術時平均年齢29.8±8.9歳)をControl群とした。

評価

脛骨骨孔位置は術後12ヶ月における膝関節最大伸展位側面および正面X線像を用いて評価した。

膝関節最大伸展位側面像では、矢状面の脛骨骨孔位置として、脛骨プラトー関節ラインレベルにおけるBlumensaat 線と脛骨骨孔前縁線間距離の、脛骨プラトー前後径に対する比率 (% B-A distance)を算出した。脛骨骨孔前縁線がBlumensaat 線よりも後方に位置する場合を正の方向に、前方に位置する場合を負の方向と定義した。矢状面の脛骨骨孔の傾きとして、Blumensaat線と脛骨骨孔軸のなす角 (B-T angle)を計測した。

正面X線撮影像においては、冠状面の脛骨骨孔位置として、脛骨プラトー関節ラインレベルでの脛骨骨孔中心と脛骨プラトー関節ラインの内側縁との距離の脛骨プラトー内外径に対する割合(%C-M distance)を算出、さらに脛骨骨孔の冠状面の傾きとして、脛骨骨孔軸と脛骨プラトー関節ラインとがなす角(P-T angle)を計測した。

また、Navi群については、術後1年時に膝最大伸展位で撮影されたMRI T2強調画像について再建靭帯実質の信号強度、及び再建靭帯の走行についても調査した。

さらに、両群の平均手術時間、および術後1年経過観察時に膝関節弛緩性測定装置KT-1000または2000において計測された膝関節前方不安定性の患健差を調査した。

統計学的処理は2群の中央値の比較にはMann-Whitney U-testを、分散の比較にはF testを用い、p<0.05を有意差ありとした。

結果

膝最大伸展位側面像において、Navi群の16膝中14膝では% B-A distanceは0~9.9%に分布し、ルーフインピンジメントは回避されていた。前方設置となっていた2膝においては%B-A distanceはそれぞれ-3.9%、-4.2%の前方設置であった。一方、Control群では16膝中14膝で脛骨前後径に対して最大で20.0%の後方設置、他の2例はそれぞれ-4.7%、-5.6%の前方設置であった。Navi群の% B-A distanceの絶対値の平均値は2.7 ± 3.4%、Control群では8.4 ± 7.4% で、%B-A distanceの絶対値はNavi群において有意に値が小さかった(p=0.01)。その分散においてもNavi群ではControl群よりも有意に値の分散が小さかった(p=0.004)。矢状面におけるB-T angle、冠状面における%C-M distance、P-T angleはいずれも両群間で有意差はみられなかった。Navi群において1年経過時に膝最大伸展位で撮像されたMRI T2強調矢状断像では、Navi群の全例で再建靭帯は大腿骨顆間天蓋に接して位置し、また、再建靭帯は全例で低信号像として描出されており、靭帯組織としての組織学的構築が保たれていることが示唆された。

手術時間に関しては、同一術者(筆者)が行ったACL再建術単独施行例Navi群5膝、Control群6膝について検討したところ、平均手術時間はNavi群154±24分、Control群では120±8分で、Navi群で有意に手術時間は延長しており(p=0.007)、ナビゲーションを用いることにより余分に要した時間は平均で34分であった。

術後1年における膝前方不安定性は片側ACL損傷例について検討した。その結果、Navi群14膝の前方不安定性の平均患健差は1.3 ± 2.7mm、Control群16膝においては1.3 ± 1.7mmで、両群間に統計学的な有意差はみられなかった(p=0.95)。

考察

今回、新たに考案したナビゲーションを用いた鏡視下膝前十字靭帯再建術は、(1)脛骨骨孔の位置決めに際して、ルーフインピンジメントを回避するためには、膝最大伸展位で大腿骨側の解剖構造であるBlumensaat線を基準に骨孔位置を決定する必要があること、(2)膝最大伸展位では膝関節に前方負荷が加わらなければ大腿骨に対する脛骨の位置関係は常に有意差なくほぼ同じになると考えられること、以上の2つの事項を考えあわせて、ナビゲーション画像を膝最大伸展位で取り込めば、脛骨骨孔作成のナビゲーションを行う際に関節を越えて大腿骨の解剖構造であるBlumensaat線を指標にすることが可能であると考えられることを利用したものである。

今回の研究の結果、矢状面においてはNavi群の%B-A distanceの平均値および分散はControl群のそれよりも有意に小さく、Blumensaat線に対する脛骨骨孔設置位置の正確性とそのばらつきが従来の鏡視下再建術と比較して有意に改善したことが明らかとなった。

手術時間に関しては、ナビゲーションを用いることにより余分にかかる手術時間は平均34分であった。しかし、実際にはナビゲーション機器の取り扱いに関してラーニングカーブが存在し、筆者においても手術時間の延長は短縮した。ACL再建術にナビゲーションシステムを用いる本術式の時間的な不利益は最小限であると考えられる。

まとめ

鏡視下ACL再建術の際に、矢状面においてはルーフインピンジメントをおこさず、かつできるだけ前方に、冠状面においてはプラトー関節面となす角度が65°以下となるように脛骨骨孔を正確に、再現性をもって設置することは、従来の鏡視下再建法では不可能であった。これらを実現する方法として、鏡視下ACL再建術にフルオロスコピックナビゲーションシステムを用いる術式を開発した。

本術式によりACL再建術を行うことで、矢状面においてはその傾斜に個人差があるBlumensaat線に対する脛骨骨孔設置位置の正確性とばらつきが、従来の鏡視下再建術と比較して有意に改善した。

鏡視下ACL再建術にフルオロスコピックナビゲーションシステムを導入することにより、術後成績不良の大きな原因の一つである脛骨骨孔設置位置不良という要因を除外することが可能であると考えた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究では、膝前十字靱帯(ACL)再建術において、その設置位置の不適切が術後成績の不良要因となる脛骨骨孔を正確に設置し、かつ再現性あるものとするために、フルオロスコピックナビゲエーションシステムを用いた新たな膝ACL再建術を提示した。術式の概要は以下の通りであり、その術式を用いた症例の検討を行うことにより以下の結果を得ている。

1. 脛骨骨孔を矢状面ではルーフインピンジメントをおこさず、かつ、できる限り前方に、また同時に冠状面では骨孔と脛骨プラトー関節ラインのなす角が65度以下の浅い角度になるように設置し、それが正確で再現性のあるものにするために、従来の鏡視下再建術にフルオロスコピックナビゲーションシステムを導入した。このシステムでは、リファレンスを取り付けた任意の単一の骨内に限ってナビゲーションが可能であるが、隣接する骨については、可動性のある軟部組織が介在するため両骨の位置関係が容易に変化し一定でない。したがって、ナビゲーションシステムにオリジナルに備わった機能のみでは、隣接骨に対するナビゲーションを行うことも、また隣接骨の骨構造をナビゲーションの指標にすることもできないが、バイオメカニカルな研究によると、膝最大伸展位ではACL損傷膝においても前方引き出し負荷が加わらない限り、他動運動の後にも運動前と同じ大腿骨と脛骨の位置関係に復することから、この性質を利用し、膝最大伸展位における画像を用いてナビゲーションを行うことで、関節を介して隣接する骨の解剖構造である大腿骨顆間天蓋をナビゲーションの指標としてACL再建時の脛骨骨孔位置を決定する方法を開発した。

2. 上記のコンセプトにより新たに開発されたフルオロスコピックナビゲエーションシステムを用いた膝ACL再建術を施行した16人16膝(Navi群)と、ナビゲーションシステム導入直前に従来の方法で鏡視下ACL再建術を施行した16人16膝(Control群)を比較検討した。評価には、脛骨骨孔位置は術後12ヶ月における膝関節最大伸展位側面および正面X線像を用い、膝関節最大伸展位側面像で、脛骨プラトー関節ラインレベルにおける顆間天蓋線と脛骨骨孔前縁線間距離の、脛骨プラトー前後径に対する比率 (% B-A distance)を、正面X線撮影像では脛骨骨孔軸と脛骨プラトー関節ラインとがなす角(P-T angle)を計測した。その結果、Navi群の%B-A distanceの絶対値の平均値は2.7 ± 3.4%、Control群では8.4 ± 7.4% で、Navi群において有意に値が小さかった(p=0.01)。その値の分散もNavi群ではControl群よりも有意に小さかった(p=0.004)。P-T angleはいずれの群においても平均65度以下で良好な角度が得られており、両群間で有意差はみられなかった。すなわち、本術式によりACL再建術を行うことで、矢状面においてはその傾斜に個人差がある顆間天蓋線に対する脛骨骨孔設置位置の正確性とばらつきが、従来の鏡視下再建術と比較して有意に改善した。

3. Navi群において1年経過時に膝最大伸展位で撮像されたMRI T2強調矢状断像では、Navi群の全例で再建靭帯は大腿骨顆間天蓋に接して位置し、また、再建靭帯は全例で低信号像として描出されており、靭帯組織としての組織学的構築が保たれていることが示唆された。

4. 片側ACL損傷例について検討された術後1年における膝前方不安定性患健差はNavi群(14膝)平均1.3 ± 2.7mm、Control群(16膝)1.3 ± 1.7mmで、両群間に統計学的な有意差はみられなかった(p=0.95)。

5. 手術時間に関しては、同一術者が行ったACL再建術単独施行例Navi群5膝、Control群6膝について検討したところ、平均手術時間はNavi群154±24分、Control群では120±8分で、Navi群で有意に手術時間は延長しており(p=0.007)、ナビゲーションを用いることにより余分に要した時間は平均で34分であった。しかし、本術式にはラーニングカーブが存在し、両術式間の所要時間の差は短縮可能で、時間的な不利益は最小限であると考えられた。

以上、本論文は鏡視下ACL再建術にフルオロスコピックナビゲーションシステムを併用することにより、矢状面においてはその傾斜に個人差がある顆間天蓋線に対する脛骨骨孔設置位置の正確性とばらつきが、従来の鏡視下再建術と比較して有意に改善し、術後1年における再建靱帯のMRIによる走行、実質の信号強度が良好なこと、および膝前方不安定性患健差は従来の方法による再建靱帯と差がなく良好であること、ナビゲーションを用いることによる手術時間の延長は最小限であることを明らかにした。本研究はこれまで確実にルーフインピンジメントを回避する方法がなかったが、それを確実に実現する術式の開発に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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