学位論文要旨



No 217070
著者(漢字) 矢野,互
著者(英字)
著者(カナ) ヤノ,ワタル
標題(和) アディポネクチン欠損マウスが呈する中程度のインスリン抵抗性の分子メカニズム
標題(洋)
報告番号 217070
報告番号 乙17070
学位授与日 2008.12.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第17070号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 矢冨,裕
 東京大学 准教授 平田,恭信
 東京大学 准教授 大西,真
 東京大学 准教授 秋下,雅弘
 東京大学 准教授 上妻,志郎
内容要旨 要旨を表示する

アディポネクチンは脂肪細胞から分泌される主要なインスリン感受性ホルモンである。血中アディポネクチン濃度は、肥満やインスリン抵抗性、2型糖尿病により減少するが、モデル動物での検討から、アディポネクチンの補充によりインスリン抵抗性が改善することが知られている。また、別の主要なインスリン感受性ホルモンとしてレプチンが存在し、その欠損マウスは重度の肥満およびインスリン抵抗性を呈することが知られている。

我々の研究室ではアディポネクチンの生理的役割を検討する目的でアディポネクチン欠損(adipo(-/-))マウスを作製し、adipo(-/-)マウスがインスリン抵抗性および耐糖能異常を呈することから、アディポネクチンは生体内においてもインスリン抵抗性改善ホルモンとして働くことを世界で初めて報告した。しかしながら、レプチンやアディポネクチンの投与実験、あるいは、レプチン欠損マウスの表現型から予想されるより、adipo(-/-)マウスが呈するインスリン抵抗性は弱く、中程度にとどまっていると考えられる。そこで本研究では、adipo(-/-)マウスが呈するインスリン抵抗性がなぜ中程度にとどまっているのか、その分子メカニズムを明らかにすることを目的として検討を行なった。

1.アディポネクチン欠損マウスは肝臓におけるインスリン抵抗性を呈する。

トレーサー技術を用いたグルコースクランプによりadipo(-/-)マウスのインスリン抵抗性とその責任臓器の検討を行なった。その結果、adipo(-/-)マウスでは、野生型マウスに比べてGIR(グルコース注入速度)が有意に減少していたことから、adipo(-/-)マウスは実際にインスリン抵抗性を呈することが示された。adipo(-/-)マウスのRd(糖取り込み)は野生型マウスと同程度であったが、EGP(糖産生)は有意に上昇していた。このとき、糖新生系遺伝子であるPEPCKやG6Paseの発現は増加傾向を示した。以上のことから、adipo(-/-)マウスは主に肝臓におけるインスリン抵抗性を呈することが明らかとなった。

2.アディポネクチン欠損マウスの肝臓におけるインスリンシグナル伝達は障害されている。

adipo(-/-)マウスの肝臓および骨格筋におけるインスリンシグナル伝達について検討した。adipo(-/-)マウスの肝臓において、タンパク質レベルでは、IRS-1では変化は認められなかったが、IRS-2についてはadipo(-/-)マウスにおいてタンパク質レベルでの顕著な発現低下が認められた。また、adipo(-/-)マウスではインスリン刺激によるIRS-1チロシンリン酸化は有意に減少しており、またインスリン刺激によるIRS-2チロシンリン酸化は顕著に減少していた。さらに、下流のAktリン酸化について検討したところ、adipo(-/-)マウスではインスリン刺激によるAktリン酸化は有意に低下していた。次に、骨格筋における検討を行なった。IRS-1のタンパク質レベルおよびインスリン刺激によるチロシンリン酸化レベルは、野生型とadipo(-/-)マウスで同程度であった。インスリン刺激によるAktリン酸化も両者で同程度であった。

以上の結果から、adipo(-/-)マウスは肝臓におけるインスリンシグナル伝達障害を呈することが示された。

3.アディポネクチン欠損マウスの肝臓では中性脂肪含量は増加しておらず、骨格筋では中性脂肪含量は意外なことに低下している。

脂質代謝についてadipo(-/-)マウスにおける検討を行なった。まず、肝臓について検討したところ脂肪酸燃焼に関与するPPARα遺伝子発現がadipo(-/-)マウスでは有意な低下が認められたが、同じく脂肪酸燃焼に関与するAMPKリン酸化には変化は認められなかった。意外なことに、SREBP-1やSCD-1のような脂質合成系遺伝子の発現もadipo(-/-)マウスにおいて有意な低下が認められた。そして、中性脂肪含量はadipo(-/-)マウスと野生型で同程度であった。次に、骨格筋の検討を行なった。PPARα遺伝子発現はadipo(-/-)マウスと野生型で同程度であったが、AMPKリン酸化はadipo(-/-)マウスでは有意に亢進しており、中性脂肪含量はadipo(-/-)マウスでは、むしろ有意な低下が認められた。

これらの結果から、adipo(-/-)マウスの肝臓では、脂肪酸燃焼が低下しているものの、意外にも脂質合成も低下しているために、この両者がつりあって中性脂肪含量が変化しなかったと考えられた。また、骨格筋では脂肪酸燃焼が亢進されているために中性脂肪含量が低下したと考えられた。

4.アディポネクチン欠損マウスで認められた肝臓での脂質合成系遺伝子発現低下や骨格筋での脂肪酸燃焼促進は、レプチン非存在下では認められなくなる。

これまでの検討から、adipo(-/-)マウスでは肝臓におけるインスリン抵抗性を呈することが明らかとなった。一方、肝臓においてSREBP-1やSCD-1といった脂質合成系遺伝子の発現はむしろ低下が認められ、骨格筋においてはAMPKの活性化が認められた。すなわち、adipo(-/-)マウスにはインスリン抵抗性を減弱させるメカニズムも同時に存在し、これを一元的に説明できるメカニズムとして、レプチン作用の関与が推察された。

そこで、レプチン非存在下でadipo(-/-)マウスの検討を行なうため、レプチンが存在しないadipo(-/-)マウス、すなわちadipo(-/-)ob/obマウスを作製し、adipo(-/-)マウスで認められた肝臓でのSREBP-1およびSCD-1発現低下や骨格筋でのAMPK活性化といった表現型がレプチン非存在下で消失するかどうかを検討した。

adipo(-/-)ob/obマウスの肝臓においては、adipo(-/-)マウスと同様、脂肪酸燃焼に関与するPPARαの遺伝子発現に有意な低下が認められた。一方、脂質合成に関与するSREBP-1cやSCD-1の遺伝子発現量は、対照であるob/obマウスと同程度となった。そして、中性脂肪含量はadipo(-/-)ob/obマウスでは有意な増加が認められた。骨格筋においては、adipo(-/-)ob/obと対照マウスでPPARαの遺伝子発現量は同程度であり、AMPKリン酸化も両者で同程度であった。また、中性脂肪含量にも変化は認められなかった。

以上のことから、adipo(-/-)マウスで認められた肝臓での脂質合成系遺伝子発現の低下や骨格筋での脂肪酸燃焼の促進には、レプチンの存在が関与していることが示された。

以上、本研究により、アディポネクチン欠損マウスは、レプチンやアディポネクチン投与実験あるいはレプチン欠損マウスから予想されるより弱い中程度のインスリン抵抗性を呈するが、この表現型にはレプチン作用が関与していることが示唆された。また、アディポネクチンが生理的に肝臓でのインスリン抵抗性改善に作用すること、さらに、アディポネクチンはインスリンシグナル伝達を制御する可能性も示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、アディポネクチン欠損(adipo(-/-))マウスが呈するインスリン抵抗性がアディポネクチンの投与実験等の結果から予想されるより弱く中程度にとどまっているメカニズムを明らかにするため、グルコースクランプによる解析およびインスリンシグナルや脂質代謝に関する分子生物学的検討を行なうとともに、アディポネクチン・レプチン二重欠損(adipo(-/-)ob/ob)マウスにおける検討を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. トレーサー技術を用いたグルコースクランプにより、adipo(-/-)マウスの糖取り込み(Rd)は野生型マウスと同程度であったが、糖産生(EGP)は有意に上昇していた。このとき肝臓における糖新生系遺伝子PEPCKやG6Paseの遺伝子発現は増加傾向を示した。以上のことから、adipo(-/-)欠損マウスは主に肝臓におけるインスリン抵抗性を呈することが明らかとなった。

2. adipo(-/-)マウスの肝臓において、IRS-2のタンパク質レベルは野生型マウスに比べ顕著に低下していた。また、インスリン刺激によるIRS-1チロシンリン酸化は有意に、IRS-2チロシンリン酸化は顕著に減少していた。さらにAktリン酸化も有意に低下していた。一方、骨格筋ではIRS-1およびAktにこのような変化は認められなかった。以上の結果から、adipo(-/-)マウスは肝臓におけるインスリンシグナル伝達障害を呈することが示された。

3. adipo(-/-)マウスの肝臓において、脂肪酸燃焼に関与するPPARα遺伝子発現は野生型に比べ有意な低下が認められたが、同じく脂肪酸燃焼に関与するAMPKリン酸化には変化は認められなかった。また、脂質合成系遺伝子SREBP-1およびSCD-1の発現も有意に低下していた。そして、中性脂肪含量はadipo(-/-)マウスと野生型で同程度であった。骨格筋では、adipo(-/-)マウスではAMPKリン酸化は有意に亢進しており、中性脂肪含量は有意な低下が認められた。これらの結果から、adipo(-/-)マウスの肝臓では脂肪酸燃焼が低下しているものの、脂質合成も低下しているために中性脂肪含量が変化しないと考えられた。また、骨格筋では脂肪酸燃焼が亢進されているために中性脂肪含量が低下していると考えられた。

4. adipo(-/-)ob/obマウスを用いて、レプチン非存在下におけるadipo(-/-)マウスの検討を行なった。肝臓においては、SREBP-1cやSCD-1の遺伝子発現量は、対照であるob/obマウスと同程度となり、中性脂肪含量は有意な増加が認められた。一方、骨格筋においては、adipo(-/-)ob/obと対照マウスでAMPKリン酸化は同程度であり、中性脂肪含量にも変化は認められなかった。以上のことから、adipo(-/-)マウスで認められた肝臓での脂質合成系遺伝子発現の低下や骨格筋での脂肪酸燃焼の促進には、レプチンの存在が関与していることが示された。

以上、本論文はadipo(-/-)マウスが呈する中程度のインスリン抵抗性にはレプチン作用が関与していることを明らかにした。本研究はこれまでほとんど明らかでなかったadipo(-/-)マウスの分子メカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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