学位論文要旨



No 217074
著者(漢字) 飯島,和丸
著者(英字)
著者(カナ) イイジマ,カズマル
標題(和) ビール混濁性細菌の包括的検出法構築に関する研究
標題(洋)
報告番号 217074
報告番号 乙17074
学位授与日 2009.01.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17074号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北本,勝ひこ
 東京大学 教授 祥雲,弘文
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 吉村,悦郎
 東京大学 准教授 有岡,学
内容要旨 要旨を表示する

ビールは、微生物耐久性の優れた飲料であり、古くから世界中で飲まれているにも拘わらず、近年に至ってもなお、新規なビール混濁性微生物が発見されている。新菌種による混濁事故の報告はまだ少数ではあるものの、今後も新規なビール混濁性菌種が出現する可能性は否定できない。万一、ビール製造工程中にビール混濁性微生物が混入した場合、製品ビールの異臭や混濁が発生し、製品回収を行わなければならない事態になり、ビール製造企業にとっては、多大な経済的損失と長年培ってきた企業ブランドの失墜を招くことになる。そこで、未対応の新菌種が微生物管理網を潜り抜け、微生物混濁事故を引き起こすことを未然に防止するため、本論文では、未確立菌種を含めたビール混濁性菌を包括的に検出できる微生物管理手法を構築することを研究の目的とした。第1番目に、菌種が未確立なビール混濁性乳酸菌の検出法について検討を行い、第2番目に、新菌種を含む既報のビール混濁性菌種の包括的な検出法の開発を行うことにより、目的の実現を図った。

第1番目の菌種が未確立なビール混濁性乳酸菌の検出法については、horA遺伝子およびhorC遺伝子をマーカーとしたビール混濁性乳酸菌検出法が有望視されている。ただし、horA遺伝子についてはホップ耐性遺伝子であることが明らかにされていたが、horC遺伝子の機能については不明であり、horC遺伝子をビール混濁性マーカーとすることの根拠が必ずしも十分ではなかった。また、両遺伝子のビール混濁性マーカーとしての有効性については主要なビール混濁性乳酸菌種およびビール非混濁性菌種を用いて検討されてきたが、菌種が未確立なビール混濁性乳酸菌株を検出できる可能性を有しているのかという点については、さらに検討の必要があった。

まず、horC遺伝子の機能と乳酸菌のビール混濁性との関係を明らかにするため、代表的なビール混濁性菌種であるLactobacillus brevisのビール非混濁株でhorC遺伝子を欠失しているABBC45cc株にhorC遺伝子を導入することにより機能解析を試みた。L. brevisにhorC遺伝子を導入するため、大腸菌-乳酸菌シャトルベクターpHY300PLKをベースとして、シャトルベクターpGK13の選択マーカーであるクロラムフェニコール耐性遺伝子を組み込んだシャトルベクターpHYcを新たに構築することにより、horC遺伝子をABBC45cc株に導入することに成功し、機能解析が可能となった。そこで、ビール混濁性に関連する機能として、horC遺伝子導入株について、ホップ耐性およびビール混濁性を調査したところ、ホップ耐性の上昇およびビール混濁性の獲得が認められた。このことから、horC遺伝子をビール混濁性マーカーとして利用することは、機能の観点からも妥当であると考えられた。horC遺伝子がどのような条件下で機能発現するのかという知見が、horC遺伝子の起源、あるいは、どのような微生物種に水平伝播する可能性があるのかという謎を解決する糸口になると考え、horC遺伝子の機能解析を進めた。その結果、horC遺伝子は多剤耐性を賦与する機能を有していることが示された。また、HorCタンパク質は、ハーフサイズのRNDトランスポーターと推定しているが、ホモダイマー(あるいはホモオリゴマー)の形態で、ホップ耐性および多剤耐性機能を発現することが示唆された。

菌種が未確立なビール混濁性乳酸菌株を検出できる可能性を有しているのか考察するため、ビール醸造関連環境からビール混濁性乳酸菌株のスクリーニングを行い、主要ビール混濁性乳酸菌34株以外にビール混濁性に関する知見に乏しい新菌種Lactobacillus backi LA21、LA22、LA23株およびPediococcus inopinatus LA20株を取得した。分離されたL. backiおよびPed. inopinatusについてビール混濁性を調査した結果、L. backiは3株全てがビール混濁性を示し、Ped. inopinatusについては非常に弱いビール混濁性(準ビール混濁性)を持つことが示唆された。Ped. inopinatus LA20株を含む全ての乳酸菌38株についてビール混濁性マーカーhorA遺伝子およびhorC遺伝子の有無を調査したところ、horA遺伝子については分離株の92%、horC遺伝子については分離株の97%が保有していた。また、全ての乳酸菌分離株でhorA遺伝子およびhorC遺伝子のいずれか一方を保有していたため、horA遺伝子およびhorC遺伝子の2つの遺伝子マーカーを併用すれば包括的にビール混濁性乳酸菌株を検出できると考えられた。Ped. inopinatus LA20株およびL. backi LA21株、LA22株について、horA遺伝子およびhorC遺伝子の周辺領域解析を行い、いずれの株のhorA遺伝子およびhorC遺伝子領域もL. brevis ABBC45株の当該領域と本質的に同じDNA領域を有していることを示した。このことから準ビール混濁性株Ped. inopinatusやビール混濁性新菌種L. backiにおいても水平伝播によりビール混濁性マーカーhorA遺伝子およびhorC遺伝子を獲得していることが示唆された。そのため、ビール混濁性マーカーhorA遺伝子およびhorC遺伝子の水平伝播が主要ビール混濁性菌種だけで起きている特別な現象ではなく、その他の乳酸菌においても起きている可能性が示された。このことは、ビール混濁性マーカーhorA遺伝子およびhorC遺伝子が、菌種が未確立なビール混濁性乳酸菌株の検出にも適用できることを示唆するものであると考えられた。

2004年以降、Lactobacillus backi、Pectinatus haikarae、Megasphaera sueciensis、Megasphaera paucivoransがビール混濁性を有する新菌種として提案されたが、乳酸菌以外でビール混濁性細菌として重要なPectinatus属菌やMegasphaera属菌などの偏性嫌気性グラム陰性菌には、これまでにビール混濁性マーカーの報告は無い。このため、現状では、グラム陰性菌については菌種が未確立なビール混濁性菌株を検出する手段はなく、ビール混濁性新菌種が提案されたら、菌種同定検出法を速やかに構築することが必要となる。そこで、本論文第2番目の取り組みとして、操作性に優れたマルチプレックスPCR法の開発を行い、新菌種を含む既報のビール混濁性菌種を包括的に検出することを試みた。2004年以降に新菌種提案されたビール混濁性菌種について、同定検出法構築の必要性について検討するため、菌種の再同定および既報マルチプレックスPCR法における反応性を調査したところ、P. haikarae、M. sueciensis、M. paucivoransについて、新たに同定検出法を構築する必要があると考えた。P. haikaraeについては菌種特異的プライマー、M. sueciensisおよびM. paucivoransについては、両菌種を同時に検出可能な共通プライマーを設計し、それぞれ既報のPectinatus属菌用マルチプレックスPCR法(P. multiplex)およびビール混濁性球菌用マルチプレックスPCR法(C. multiplex)にプライマーを加えた新菌種対応Pectinatus属菌用マルチプレックスPCR法および新菌種対応ビール混濁性球菌用マルチプレックスPCR法を構築した。新菌種対応マルチプレックスPCR法の性能について評価したところ、いずれも実用水準を満たした特異性、反応性、検出感度を有していると考えられ、新菌種を含めた既報の全ビール混濁性菌種を同定検出することが可能になった。

本研究により、horC遺伝子が乳酸菌にホップ耐性およびビール混濁性を賦与すること、主要ビール混濁性菌種以外のビール混濁性乳酸菌もhorA遺伝子およびhorC遺伝子を保有しており、さらに水平伝播により両遺伝子を獲得している可能性があることを示した。これらのことは、これまで明確ではなかったhorC遺伝子の機能および主要ビール混濁性乳酸菌種以外へのhorA遺伝子領域およびhorC遺伝子領域の水平伝播について知見を与えるものであり、ホップ耐性遺伝子が乳酸菌間を拡散して新たなビール混濁性乳酸菌が出現するという水平伝播仮説を強く支持するものであると考えられる。このことから、horA遺伝子およびhorC遺伝子をマーカーとしたビール混濁性乳酸菌検出法は、遺伝子マーカーの有無とビール混濁性との高い相関および水平伝播仮説に加え、機能の観点からも裏付けられた信頼性の高い手法であると言うことができ、菌種が未確立なビール混濁性乳酸菌を検出するための有効な施策であると考えられた。また、実用水準の特異性、反応性、検出感度を有した既報の全ビール混濁性菌種を簡便に検出できるマルチプレックスPCR法を完成させた。本研究により、菌種が未確立なビール混濁性乳酸菌および既報のビール混濁性細菌について、包括的に検出することが可能な微生物管理手法が完成したと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

ビールは、抗菌作用をもつホップ成分を含むことから品質を劣化させる微生物の生育は限られているため、微生物学的には比較的安定な食品といえる。しかし、近年、生ビールの消費が増加していることから、ビール製造企業にとってビール混濁性微生物の管理は重要な問題となっている。本論文は、ビール混濁性菌を包括的に検出できる微生物管理法を構築することを目的として行ったものであり、5章からなる。

第1章の序論に続き、第2章では加だ遺伝子の機能と乳酸菌のビール混濁性について検討を行った、horA遺伝子についてはホップ耐性遺伝子であることが明らかにされてい、たが、horC辿伝子の機能については不明であった。そこで、加が遺伝子の機能と乳酸菌のビール混濁性との関係を明らかにするため、代表的なビール混濁性菌であるLactobacillus brevis のビール非混濁株で加が遺伝子を欠失しているABBC45。株に加が遺伝子を導入することにより機能解析を試みた。horC遺伝子導入株について、ホップ耐性およびビール混濁性を調べたところ、ホップ耐性の上昇およびビール混濁性の獲得が認め/られた。加tC遺伝子の機能解析の結果、horC遺伝子は多剤耐性を賦与する機能を有していること、HorCタンパク質は、ハーフサイズのRNDトランスポーターと推定され、ホモダイマーの形態でホップ耐性および多剤耐性機能を発現することが示唆された。

第3章では、ビール混濁性マーカー加た1遺伝子および加が遺伝子を用いた未確立菌種検出法について検討した。ビール醸造関連環境からビール混濁性乳酸菌株のスクリーニングを行い、主要ビール混濁性乳酸菌34株以外にビール混濁性に関する知見に乏しい4株の新菌種(Lactobacillus backiおよびPcdiococcus inopinatus)を取得した。P.inopinatusを含む全ての乳酸菌38株についてビール混濁性マーカーhorA遺伝子およびhorC遺伝子の有無を調べたところ、horA遺伝子については分離株の92%、horC遺伝子については分離株の97%が保有していた。また、全ての乳酸菌分離株でhorA遺伝子または加が遺伝子のいずれか一方を保有していたため、加が遺伝子およびhorC遺伝子の2つの遺伝子マーカーを併用すれば包括的にビール混濁性乳酸菌株を検出できると考えられた。P.inopinatusおよびL.backiについて、horA遺伝子およびhorC遺伝子の周辺領域解析を行い、いずれの株のhorA遺伝子およびhorC遺伝子領域もL.brevisABBC45株の当該領域と本質的に同じDNA領域を有していることを示した。このことからP.inopinatusやL.backiにおいでも水平伝播によりビール混濁性マーカー加烈遺伝子および加ど遺伝子を獲得していることが示唆された。

第4章では、ビール混濁性細菌の包括的な菌種同定検出法の開発を行った。2004年以降、L.backi、pectinatus haikarae Megaspharae sueciensis、Megaspharae paucivorans がビール混濁性を有する新菌種として提案されている。しかし、pectinatus属菌やMegaspharae属菌などの偏性嫌気性グラム陰性菌には、これまでにビール混濁性マーカーの報告は無い。そこで、操作性に優れたマルチプレックスPCR法の開発を行い、新菌種を含む既報のビール混濁性菌種を包括的に検出することを試みた。P.haikaraeについては菌種特異的プライマー、M.sueciensisおよびM.paucivoransについては、両菌種を同時に検出可能な共通プライマーを設計し、新菌種対応マルチプレックスPCR法を構築し性能について評価したところ、いずれも実用水準を満たした特異性、反応性、検出感度を有していると考えられた。第5章では、総括と展望が述べられている。

以上、本研究は、加が遺伝子が乳酸菌にホップ耐性およびビール混濁性を賦与すること、ビール混濁性乳酸菌は少なくとも加州遺伝子または加が遺伝子を保有していること、また、菌種が未確立なビール混濁性細菌について包括的に検出することが可能な微生物管理法について提案したものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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