学位論文要旨



No 217076
著者(漢字) 朴,素英
著者(英字) Park,Soyoung
著者(カナ) パク,ソヨン
標題(和) キラル希土類触媒による触媒的不斉マイケル反応およびエポキシ化に関する研究
標題(洋) Studies on Chiral Rare Earth Metal-Catalyzed Asymmetric Michael Reaction and Epoxidation
報告番号 217076
報告番号 乙17076
学位授与日 2009.01.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第17076号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴,正勝
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 准教授 金井,求
 東京大学 講師 松永,茂樹
内容要旨 要旨を表示する

(1)Malonateのα,β-不飽和N-acylpyrroleへの触媒的不斉マイケル付加反応

マイケル反応は最も有用な炭素-炭素結合形成反応の一つであり、その触媒的不斉反応は様々な光学活性化合物の合成に応用可能なビルディングブロックを与える有機合成化学上極めて重要な反応である。近年触媒的不斉マイケル反応の開発においては活発な研究がなされており、多くの優れた金属触媒や有機触媒が開発されているが、基質の適用範囲に問題点を残すものも多く、さらなる研究開発が望まれる。柴崎研究室では、これまでにmalonateのエノンへの触媒的不斉マイケル反応を触媒するAlLibis (binaphthoxide) (ALB)錯体とLa-linked BINOL錯体の二つの優れた多点認識不斉触媒の開発に成功している。これらの触媒はmalonateの環状エノンへのマイケル付加反応においては非常に高い選択性で反応を促進するが、鎖状の基質に関しては良い結果を与えない。そこで、私は今まで柴崎研究室において触媒的不斉化が困難であった鎖状の基質、特に合成上有用なカルボン酸誘導体に対して有効な不斉触媒系の開発を目標に研究に着手した。

当初、オキサゾリジノンあるいはイミダゾライドを基質としてLa-linked-BINOL錯体での反応を検討したが全く生成物を得ることはできなかった。そこで、α,β-不飽和N-アシルピロールの特性に注目し検討を進めた結果、N-アシルピロールのピロール環上2位への電子吸引性基の導入により41%eeで生成物を得た。さらに新たな不斉配位子の設計に取り組んだ結果、linked-BINOLのC2対称性は必ずしも重要ではなく、linked-BINOLの一つのOHをPhenyl基に置き換えることでランタンの中心金属の周りのかさ高さを増した配位子Ph-linked-BINOLL6を用いることで86%eeにて生成物を得ることに成功した(Scheme1)。最終的に、立体的かさ高さによる反応速度の低下をヘキサフルオロイソプロパノールの添加により克服することができ、良好な化学収率(78%)とエナンチオ選択性(80%ee)を両立する系を見いだすことができた。Table 1に示すように各種α,β-不飽和N-アシルピロールに対して最適条件下反応が進行し、78-96%eeにて目的物を得ることに成功した。また、得られた生成物の有用性を示すべく変換反応の検討を行った(Scheme 2)。

(2) α,β-不飽和ホスフィンオキシドに対する触媒的不斉エポキシ化反応

有機リン化合物、とくにホスホン酸あるいはリン酸は生物活性化合物に多く見られるユニットであり、例えば抗菌剤、触媒抗体のhaptenとして重要な位置を占めている。一方、光学活性ホスフィンオキシドは生物学的応用以外にも不斉配位子としての応用が期待、官能基化されたキラルホスフィンオキシドの効率的な合成法の開発は多様な不斉配位子の供給につながると考えられる。このような背景をもとに私は希土類触媒を用いたα,β-不飽和ホスフィンオキシドに対する触媒的不斉エポキシ化反応の開発に着手した。柴崎研究室では、これまでに種々の希土類錯体を用いたα,β-不飽和カルボニル化合物に対する触媒的不斉エポキシ化反応を報告しているがこれまで、希土類触媒をα,β-不飽和カルボニル化合物以外に適用したケースはなかった。私はこれまでに蓄積された知見を背景に、うまく触媒を選択すれば他の電子不足オレフィン、すなわちα,β-不飽和ホスフィンオキシドに対しても類似の触媒サイクルが可能であろうと考えた。

まずβ位にアルキル基が置換された基質を用いて検討を行った。触媒系は中心金属としてYを用い、まずは不斉配位子としてBINOLを用い、Ph3As=O、Ph3P=Oなどのルイス塩基を添加して検討を行ったところ、Ph3As=OよりもPh3P=Oを用いた際により高いエナンチオ選択性が得られた。α,β-不飽和ホスフィンオキシドを基質とする場合、炭素-炭素二重結合に隣接するジフェニルホスフィンオキシド部位が比較的かさ高いため、不斉配位子としてはBINOLのようなビナフチル骨格を有するものよりも、よりサイズの小さなビフェニル骨格を有する配位子のほうが適当ではないかと考え配位子を検討した結果、エナンチオ選択性の向上が見られた。特に自由度の高いL9(Table 2)を用いた際に良好なエナンチオ選択性が得られた。本反応のさらなる反応性とエナンチオ選択性の向上を目指し、添加するホスフィンオキシドの効果、配位子の効果、希土類の効果、ハイドロパーオキシドの効果、そして添加剤の量の効果を検討した。その結果、2座配位効果の期待できるようなメトキシをもったホスフィンオキシドA9が添加剤として最適で、高い選択性を得るには最低でも90mol%の添加剤を必 要とすることがわかった(Table 2, entry 1)。これは基質や生成物と添加剤とが配位競合するためであり、高い不斉収率を獲得するには一定量以上の添加剤が必要であると考えている。なお、添加剤が中心金属であるYに2座配位することにより金属上の電子密度が高まり、求核性が増し反応性に寄与する、さらにホスフィンオキシドのo-位のメトシキ基の導入により立体的にも有利に影響をおよぼしたものと推定している。また、きわめて予想外ではあったが、β-アルキルの基質においては添加剤を加えない場合にもっとも速やかに反応が進行し、わずか1.5時間で反応が完結し、85%eeと若干選択性は低下はするものの比較的高い選択性が得られることが判明した(Table 2, entries 2-5)。この場合には反応基質の一部、あるいはエポキシ体が添加剤としての機能を果たしている可能性が考えられる。一方、β-芳香族置換の基質はβ-アルキル基が置換された基質に比べ、はるかに低い反応性しか示さず、配位子としてL9を使用し、添加剤A9を90 mol%加えることが必須であった。反応性の低い、β-芳香族置換の基質の場合には最適なアキラルなホスフィンオキシドでイットリウムパーオキシドを強く活性化する必要があるのだろうと考えている。最適反応条件下、各種不飽和ホスフィンオキシドから77-99%収率、96-98%eeにて目的のエポキシドを得た(Table 2)。得られたエポキシドはScheme3 に示すように位置選択的開環反応を行うことでαおよびβ-ヒドロキシホスフィンオキシドを得ることに成功した。

結語

1) 鎖状カルボン酸誘導体に対するmalonateの触媒的不斉マイケル反応において、2位に電子吸引基を導入したアミド置換N-アシルピロールが最適な基質であることを見いだし、さらに従来のlinked-BINOLよりも金属周囲の立体的なかさ高さを増した新規Ph-置換linked-BINOLの有効性を見いだした。La(O-i-Pr)3/Ph-置換linked-BINOL=1:1錯体によりマイケル付加体を最高99%の収率、98%eeで得ることに成功した。

2) α,β-不飽和ホスフィンオキシドに対する初の触媒的不斉エポキシ化反応の開発に成功した。不斉配位子や添加剤の種類および添加量の選択が高収率かつ高エナンチオ選択性の決め手であった。イットリウムアルコキシドとビフェニルジオール配位子、適切なトリアールホスフィンオキシド添加剤からなる最適触媒系を用いることによりβ-芳香族エポキシドを77-99%の収率、96-98%のエナンチオ選択性で得ることができた。またβ-アルキル置換基質は添加剤なしでも反応は速やかに進み94-99%の収率、87-95%の選択性で目的のエポキシドを得ることができた。これは希土類触媒を用いた電子不足オレフィンの触媒的不斉エポキシ化反応において初めて不飽和カルボニル化合物以外に基質適用範囲を拡大することに成功した例である。

Scheme 1. Optimizatioonf MichaelR eactionsU sing (S,S)-Ph-linked-B-NLO6L and HFlP.

Table 1. CatalytiAcs ymmetric MichaelR eactionU sing La (O-iPr)3/(S,S)-Ph-linked-BIL6N OSLy stem.

Scheme 2. Transformation of N-AcylpyrroleM oiety.

Table 2. Catalytic Asymmetric Epoxidation of α,β-Unsaturated Phosphine Oxides

Scheme 3. Transformation of Epoxy-phosphine Oxide

審査要旨 要旨を表示する

(1) Malonateのα,β-不飽和N-acylpyrroleへの触媒的不斉マイケル付加反応

マイケル反応は最も有用な炭素-炭素結合形成反応の一つであり、その触媒的不斉反応は様々な光学活性化合物の合成に応用可能なビルディングブロックを与える有機合成化学上極めて重要な反応である。近年触媒的不斉マイケル反応の開発においては活発な研究がなされており、多くの優れた金属触媒や有機触媒が開発されているが、基質の適用範囲に問題点を残すものも多く、さらなる研究開発が望まれる。柴崎研究室では、これまでにmalonateのエノンへの触媒的不斉マイケル反応を触媒するAlLibis (binaphthoxide) (ALB)錯体とLa-linked BINOL錯体の二つの優れた多点認識不斉触媒の開発に成功している。これらの触媒はmalonateの環状エノンへのマイケル付加反応においては非常に高い選択性で反応を促進するが、鎖状の基質に関しては良い結果を与えない。そこで、朴素英は今まで柴崎研究室において触媒的不斉化が困難であった鎖状の基質、特に合成上有用なカルボン酸誘導体に対して有効な不斉触媒系の開発を目標に研究に着手した。

α,β-不飽和N-アシルピロールの特性に注目し検討を進めた結果、N-アシルピロールのピロール環上2位への電子吸引性基の導入により41%eeで生成物を得た。さらに新たな不斉配位子の設計に取り組んだ結果、linked-BINOLのC2対称性は必ずしも重要ではなく、linked-BINOLの一つのOHをPhellyl基に置き換えることでランタンの中心金属の周りのかさ高さを増した配位子Ph-linked-BINOL L6を用いることで86%eeにて生成物を得ることに成功した(Scheme 1)。最終的に、立体的かさ高さによる反応速度の低下をヘキサフルオロイソプロパノールの添加により克服することができ、良好な化学収率(78%)とエナンチオ選択性(80%ee)を両立する系を見いだすことができた。Table1に示すように各種 α,β-不飽和N-アシルピロールに対して最適条件下反応が進行し、78-96%eeにて目的物を得ることに成功した。また、得られた生成物の有用性を示すべく変換反応の検討を行った(Scheme 2)。

(2)α,β-不飽和ホスフィンオキシドに対する触媒的不斉エポキシ化反応

有機リン化合物、とくにホスホン酸あるいはリン酸は生物活性化合物に多く見られるユニットであり、例えば抗菌剤、触媒抗体のhaptenとして重要な位置を占めている。一方、光学活性ホスフィンオキシドは生物学的応用以外にも不斉配位子としての応用が期待、官能基化されたキラルホスフィンオキシドの効率的な合成法の開発は多様な不斉配位子の供給につながると考えられる。このような背景をもとに朴素英は希土類触媒を用いたα,β-不飽和ホスフィンオキシドに対する触媒的不斉エポキシ化反応の開発に着手した。

中心金属としてY、リガンドとして自由度の高いL9-(Table 2)から成る触媒系を用いた際に良好なエナンチオ選択性が得られた。反応性とエナンチオ選択性の向上を目指し、添加剤の検討を行った結果、2座配位効果の期待できるようなメトキシ基をもったホスフィンオキシドA9が最適であることがわかった(Table 2, entry 1)。これは基質や生成物と添加剤とが配位競合するためでありぐ高い不斉収率を獲得するには一定量以上の添加剤が必要であると考えている。なお、添加剤が中心金属であるYに2座配位することにより金属上の電子密度が高まり、求核性が増し反応性に寄与する、さらにホスフィンオキシドのo-位のメトシキ基の導入により立体的にも有利に影響をおよぼしたものと推定している。また、きわめて予想外ではあったが、β-アルキルの基質においては添加剤を加えない場合にもっとも速やかに反応が進行し、わずか1.5時間で反応が完結し、85%eeと若干選択性は低下はするものの比較的高い選択性が得られることが判明した(Table 2, entnes 2-5)。この場合には反応基質の一部、あるいはエポキシ体が添加剤としての機能を果たしている可能性が考えられる。一方、β-芳香族置換の基質はβ-アルキル基が置換された基質に比べ、はるかに低い反応性しか示さず、配位子としてL9を使用し、添加剤A9を90 mol%加えることが必須であった。反応性の低い、β-芳香族置換の基質の場合には最適なアキラルなホスフィンオキシドでイットリウムパーオキシドを強く活性化する必要がある可能性が高い。最適反応条件下、各種不飽和ホスフィンオキシドから77-99%収率、96-98%eeにて目的のエポキシドを得た(Table2)。得られたエポキシドはScheme 3に示すように位置選択的開環反応を行うことで αおよびβ-ヒドロキシホスフィンオキシドを得ることに成功した。

以上の結果は、医薬合成研究に対して重要な貢献をすると考え、博士(薬学)に十分相当する研究成果と判断した。

Scheme 1. Optimizatioonf MichaelR eactionsU sing (S,S)-Ph-linked-BINOLL6 and HFlP.

Table 1,C atalytiAcs ymmetric MichaelR eactionU singL a (O-iPr)3/(S,S)-Ph-linked-BLI6N OSLy stem.

Scheme 2. Transformation of N-Acylpyrrole Moiety.

Table 2. Catalytlc Asymmetric Epoxidation of α,β-Unsaturated Phosphine Oxides

Scheme 3. Transformation of Epoxy-phosphine Oxide

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