学位論文要旨



No 217078
著者(漢字) 藤原,寅士良
著者(英字)
著者(カナ) フジワラ,トラジロウ
標題(和) 構造系転換による耐震補強工法の開発 : 地表面にスラブコンクリートを設置する杭基礎の簡易な耐震補強工法
標題(洋)
報告番号 217078
報告番号 乙17078
学位授与日 2009.01.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17078号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 内藤,廣
 東京大学 教授 小長井,一男
 東京大学 教授 東畑,郁生
 東京大学 准教授 石田,哲也
内容要旨 要旨を表示する

本論文は,地表面にスラブコンクリート(以下,基礎スラブと称す.)を設置し,それを小径の杭(以下,基礎スラブ杭と称す.)により固定することにより,地震時における地盤と構造物の相互作用を積極的に利用する耐震補強工法の開発に関する研究について述べたものである.

従来の耐震補強工法の多くは,地震による作用に対して所要の性能を満たさない部材(Element)を直接的に補強する方法である.

また,所要の性能を満たさない項目が地震による作用のうち水平力であり,鉛直力に関して性能を満たしている場合に,既設部材を考慮しない補強設計を行う場合が多い.

一方,本論文にて,開発・研究を行った耐震補強工法は,地盤と構造物の相互作用を積極的に利用し,構造系全体(System)を転換することにより,所要の性能を満たさない部材に直接補強を行わず,既存部材の能力を最大限活用する耐震補強工法である.

換言すれば,本工法は,構造物全体系を転換(Structural System Transformation)し,既設構造物が有する冗長性(Structural Redundancy)を活用する耐震補強工法である.

本工法は,平成16年10月に発生した新潟県中越地震により,柱中間部を埋戻し土や基礎スラブにより拘束された鉄道高架橋が,地上部の柱でせん断破壊し地中部の柱には殆ど損傷を受けなかった被災例を分析し,埋戻し土や基礎スラブが地震時の構造物に作用する水平力を負担した点に着想を得ている.

結果として,杭部材の耐震補強が,仮土留め・掘削工事等を伴う直接的な杭部材の補強を行うことなく,地上部からの簡易な補強工事により実現する.

1995年に発生した兵庫県南部地震以来,その後約10年の間に,三陸南地震,福岡県西方沖地震,新潟県中越地震,能登半島沖地震,新潟県中越沖地震等のマグニチュード6.5を超える大きな地震が頻発しており,社会資本を構成する構造物の耐震性に対する社会の要求が高まっている.

兵庫県南部地震以降,土木構造物の供用期間中に,非常に少ない確率ではあるが発生し得る強い地震動として,最大で約2000galとなるスペクトルIIレベル2地震動が設計地震動として設定された.旧運輸省は,兵庫県南部地震による大きな被害状況を鑑み,各鉄道事業者にせん断先行破壊すると考えられる高架橋および橋脚の柱部の耐震補強を進めるよう通達を出しており,各鉄道事業者は,新たに開発された技術を利用する等して,鋭意,柱部の耐震補強工事を進めてきている.

また,大地震時に鉄道・道路等のネットワーク機能を構成する構造物の一部が損傷した場合,そのネットワーク機能が停止,もしくは著しく低下し,地震後の早期復旧が困難となり社会に大きな影響を与える点が,新潟県中越地震を契機として指摘されている.仮に高架橋や橋脚の基礎部が損傷した場合,構造物全体に大きな塑性変形を生じさせ,復旧に多大な時間を要し,構造物が構成するネットワーク機能を著しく低下させることとなる.しかし,基礎部の損傷は,柱部の損傷と比較して構造物全体の崩壊に与える影響が小さい点,また,基礎部の耐震補強は掘削や薬液注入・地盤改良を伴うため高コストとなる傾向にある点から,構造物の大規模改修時にのみ検討される傾向にある.

そこで著者は,冒頭で述べたようなメカニズムに基づき,高架橋下等の限られた空間で大規模な設備を必要とせず,簡易に施工できる新しい既設基礎杭の耐震補強工法を開発,実用化するための研究を行った.本論文で対象とした既設杭基礎の耐震補強工法は,高架橋下に基礎スラブを設置し,基礎スラブを基礎スラブ杭で固定する方法であり,掘削作業を必要とせず,低空頭の高架橋下にても施工が可能な点を念頭においたものである.

本工法(以下,基礎スラブ工法と称す.)は,基礎スラブを地表面に設置し表層地盤の水平抵抗効果を高め,フーチング前面および基礎スラブ杭に構造物に作用する地震時水平力を負担させ,土中の杭基礎に伝達される地震時水平力を低減するメカニズムを有する,既設構造物の杭基礎を対象とした耐震補強工法である.

著者は,本工法の耐震補強効果について,遠心力載荷試験装置を用いた模型実験を行い検証した.具体的には,実在するRC鉄道高架橋の1/50縮小模型を遠心場にて水平載荷し,フーチング前面に存在する地盤の水平抵抗効果,基礎スラブ設置による水平抵抗効果,基礎スラブ杭設置による水平抵抗効果について実物大実験を模擬して定量的に把握した.本実験により,基礎スラブを設置することにより,フーチング前面の水平抵抗力が増加する点や基礎スラブ杭により基礎スラブを固定した場合,杭の耐震補強効果が向上する点が確認された.

次に,著者は,本工法における,地盤,基礎スラブ杭の水平抵抗力負担割合,また,基礎スラブ設置による地盤,基礎スラブ杭の水平抵抗力増加割合について,遠心力載荷試験装置を用いた模型実験を行い検証した.具体的には,フーチング模型のみを遠心場にて水平載荷し,実物大実験を模擬して,地盤,基礎スラブ杭の水平抵抗力負担割合,また基礎スラブ設置の効果を定量的に把握した.本実験により,基礎スラブ設置によるフーチング前面地盤の水平抵抗の設定方法,および,基礎スラブ杭設置によるフーチング前面地盤の水平抵抗の設定方法について,既往の研究成果と比較して提案した.

次に,著者は,本工法の一般的な鉄道高架橋の耐震補強設計方法について提案を行った.具体的には,耐震補強効果を検証した実験結果と骨組解析結果を比較することにより,耐震補強設計を行うモデル化の方法を提案した.提案した方法は,基礎スラブ構造のみの静的非線形解析結果による荷重-変位関係から模した地盤バネを基礎スラブバネとして設定し,全体の構造フレームに挿入し解析する簡便な方法である.なお,提案した設計方法の妥当性は,実験結果と設計計算結果を比較することにより検証した.更に,実在するRC鉄道高架橋の杭基礎に対して,本工法を用いた場合の耐震補強計算を実施し補強方法を示した.

現在,東京-上野駅間において東海道線と東北線を相互直通運転化するために,神田駅付近において新幹線高架橋の直上および旧RC鉄道高架橋の直上に新たな高架橋を建設するプロジェクト(東北縦貫線プロジェクト)が推進されている.

このプロジェクトにおいて,本工法は,既設高架橋の杭基礎の耐震補強工法として用いられることが計画されており,鉄道高架橋の耐震安全性の向上に,本研究が少なからず寄与できた.今後とも,本工法の採用,あるいは,より効果的な補強工法を開発・採用することで,可能な限り耐震補強を進め,鉄道構造物全体の耐震安全性を向上させていく必要がある.

審査要旨 要旨を表示する

既存の社会基盤施設の耐震性向上は,国民の生命財産の保護と社会経済活動の維持,ひいては地域や国の国際競争力の維持に直結する重大な課題であることは,巨大都市を襲った過去の地震災害の教訓が教えるところである。特に物資や人の輸送の多くを担う陸上交通基盤施設の耐震性確保は,地震直後の都市機能の応急復旧と人命救急,二次災害拡大の防止に欠くことのできない最優先課題である。都市機能の高度化と時代の変化に併せた再生構築においても,耐震性確保は設計・施工上の懸案事項でありつづけている。

都市部においては,人口と経済活動の高密度化によって建設や補強補修,持続再生事業を,一層困難なものにしている。限定された空間と期間と資本のなかで基盤施設の機能再生と向上を図るには,既存構造部の当初設計とは異なる構造システムを能動的に選択できる柔軟性を技術的に保有することが,益々重要な技術課題となっている。このような背景から,本論文は地上部に小規模な付加的構造部材を建設し,これを既設構造システムと杭に連結させることにより、地震荷重に対する抵抗性を根本から転換を可能ならしめる耐震補強工法を開発したものである。特に,地下に埋設されている構造システムの損傷リスクを大幅に軽減することが可能となり,狭隘な空間と施工期間においても都市機能の再生に高いコストパフォーマンスが追求できるのである。これらの発展性と新規性が高く評価された。本論文は以下の章から構成されている。

第1章は本論文の目的について述べ、既往の研究と耐震補強技術の整理を行っている。大規模地震で被災した地下構造部に関する原因の整理と復旧および補強工法技術の現状を分析しており,いずれも被災後は当初設計で想定した構造システムに戻すことを基本としていることを明確にしている。そのため,過度に復旧や補修補強工事が困難を極める結果となっている事例を挙げ,構造系転換による耐震性能向上の可能性とその工学的利点について議論し,本論文の意義を明確にしている。

第2章は,基礎スラブを地表面に設置した場合の既設基礎杭に対する耐震補強効果に着目したものである。新設の基礎スラブの付与によってもたらされる構造システムの転換が,高い耐震性能の付与を可能とすることを実証することに成功した。既設杭と地盤を模擬した縮小模型を遠心力加速試験機に設置し,重力加速度の50倍を作用させることで寸法効果を解消し,地震時水平慣性力下での杭の復元力特性を実験的に求めた。その結果,地表部に設置した床を小規模鋼管杭と既設構造物とに直結させることで,水平復元力特性が大幅に改善され,杭に導入される損傷が極めて小さく制御された。その結果,陸上にある構造部材に大きなせん断力が導入される結果にもなるが,陸上部のせん断補強は地中部よりも簡易で安価に施工することができるため,構造展開による耐震性能向上は経済性を追求できることも示すことができた。

第3章では第2章の考察を受けて、地下フーチング部材と基礎スラブ杭との相互干渉効果を実験的に検討している。地盤との相互作用によって,地震時水平力に対しても,杭のみならずフーチングも復元力特性に大きく寄与していることが判明し,あわせて杭自体が真に支持している地震時水平力も明らかにすることができた。既設構造-地盤-既設杭-新設構造部材間での,力学的相互作用の機構解明がなされた点が高く評価される。

第4章は第2~3章の基礎研究の成果をもとにして,既設鉄道系構造の耐震補強設計法を具現化し,所定の耐震性を確保する設計方法を提示している。杭やフーチングのような地下埋設型の部材を補強あるいは診断には大きな空間的制約があり,時間的にも経済的にも大きな事業者や施工者の負担となる。構造系転換を図り,巨大地震時のエネルギー吸収部位を陸上部材に誘導し,耐震性に劣ると判定された地下埋設部材を損傷から遠ざけることができる。構造システム全体を強化する設計は,都市持続再生に資する設計施工技術と位置づけることができる。

第5章で本研究の結論をまとめ、今後の課題について概括している。

既往の耐震補強設計の基本は弱点部の強化であった。本論文の眼目はシステム転換による弱点部の負担軽減で全体を強化するというものである。そのためには,高度非線形領域での応答予測技術と地盤を見方に引き入れる要素技術が必要となる。その両者を提供することにより,従来の設計思想を発展させた耐震補強法を提示した独創性を高く評価した。また,この設計法により,東京-大宮間の新幹線輸送容量の大幅な拡大を目的とする拡張事業の設計に取り入れられ,2009年から本設計による社会基盤施設が実現する予定である。本論文の実用性の高さ,優れた基本構想の両者から、その工学上の貢献は大である。よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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