学位論文要旨



No 217079
著者(漢字) 青木,一二三
著者(英字)
著者(カナ) アオキ,ヒフミ
標題(和) セメント改良補強土を利用した耐震性橋台に関する研究
標題(洋)
報告番号 217079
報告番号 乙17079
学位授与日 2009.01.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17079号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古関,潤一
 東京大学 教授 東畑,郁生
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 准教授 内村,太郎
 東京理科大学 教授 龍岡,文夫
内容要旨 要旨を表示する

橋梁と盛土の接続部である橋台は,橋台から盛土へのアプローチ部が,列車走行による軌道から受ける繰返し荷重のため,橋台背面路盤の沈下が顕著になり,乗り心地などの劣化をもたらし,必然的に軌道整備等の保守量が多くなる。とりわけ地震時には橋台背面の盛土の沈下は著しく,路盤面に顕著な段差や不同沈下が生じることになり,列車の走行安全性を低下させる問題があった。

これらの問題を踏まえて長野新幹線で採用したスラブ軌道対応のセメント改良アプローチブロックは,列車走行における乗り心地の向上とメンテナンスフリーを実現した。また,地震時における橋台背面の揺すり込み沈下も十分小さくなることが想定された。一方,1995年兵庫県南部地震において補強土擁壁が高い耐震性能を発揮した。補強土擁壁は,背面盛土の揺すり込み沈下が少なく,背面盛土をジオグリッドにより壁体と一体化することによって壁体の断面力が軽減され,安定においても壁体の基礎が小さくできる特徴を有している。

以上の背景のもとで,本研究において飛躍的な耐震性と経済性を備えた橋台を開発にあたり,セメント改良土とジオテキスタイル補強土に着目して検討を進めることとした。

地震時における橋台の背面盛土沈下対策工は大きく分けて「揺すり込み沈下対策」と「段差対策」がある。前者には,橋台背面(アプローチブロック)を,(1)粒度調整砕石などの良質の盛土材を用いて十分に締め固める方法,もしくは(2)粒度調整砕石にセメントを添加したセメント改良礫土を用いる方法がある。方法(1)は従来から多く用いられてきた対策工であり,方法(2)は北陸新幹線で用いられた対策工である。後者は,橋台と背面盛土をジオテキスタイルなどの補強材によって連結する対策工であり,ジオテキスタイルによって橋台の安定性が高まると同時に,仮に沈下が生じても橋台背面での大きな段差とはならない効果がある。

以上の対策工を施した橋台について,10分の1スケールの橋台模型を用いた振動台実験を系統的に実施して耐震性能を検証した。

アプローチブロック橋台の実験では,無補強橋台および粒調砕石を用いた橋台は背面盛土が崩壊した。セメント改良土を用いた橋台では,フーチングに踵がある場合は背面盛土が崩壊したが,フーチングに踵がない場合は,橋台部分と背面盛土が分離されているために,互いの動的応答特性が大きく異なるという欠点が見られた。一方,補強土橋台の実験では,背面盛土に敷設した補強材を橋台に固定することによって,補強領域の土が橋台・壁面工と一体となって挙動し,補強領域全体の土のせん断抵抗が橋台の耐震性に大きく寄与することが判明した。

以上の実験結果から新しい橋台形式として,揺すり込み沈下を抑制するためにセメント改良土アプローチブロックを用い,段差沈下を抑制するために補強材を配置してアプローチブロックと橋台を連結したフーチング部の踵の無い「セメント改良補強土橋台」を提案した。

「セメント改良補強土橋台」を対象にした詳細な模型振動実験では,前フーチングが大きい場合と小さい場合の比較実験を行った。前者の場合は転倒に対してフーチングに作用する地盤反力で大きな抵抗力が得られるのに対して,後者の場合は得られる地盤反力が小さいために,大きな補強材張力が発揮され,これを介して抵抗力がセメント改良土に分担された。この結果,補強材張力が破断強度以下であれば,躯体厚,フーチング幅をスリム化できることが分かった。

レベル2地震時の変位予測法を確立するために,上記の模型振動実験結果を対象として,Newmark法と極限安定解析による残留変形解析,等価線形化法による動的FEM解析と累積損傷度理論を組合わせたハイブリッド解析による累積変形解析,弾塑性FEM解析および弾塑性FDM解析による動的変形解析を実施して検証した。この結果,有限差分法による弾塑性FDM解析は,残留変形が若干小さめであったが,パラメータの少なさ,解の安定性といった利点のほか,段階盛土,荷重載荷などの施工工程を反映した解析が可能であり,詳細な動的変形解析に適していることを明らかにした。一方,Newmark法による解析は,入力地震動が大きくなって滑動安全率が1以下になると残留変形が急激に大きくなり,実測値より若干大きめではあるが,実設計において滑動変形量を比較的簡易に求めるために有効であることが分かった。

提案橋台を実現場に適用するにあたって,提案橋台の主部であるセメント改良土の変形強度特性に関する試験とセメント改良土中に定着した補強材の引抜き抵抗力特性に関する試験を実施した。さらに,セメント改良アプローチブロックの必要強度を得るための施工管理手法について検討した。

セメント改良補強土橋台の背面盛土(アプローチブロック)には,粒度調整砕石をセメント安定処理して締固めた「セメント改良礫土」を用いるが,そのピーク強度,残留強度などの強度特性を明らかにする必要があった。このため,セメント改良礫土の大型三軸試験結果を行なった結果,十分な締固めを行なうことでセメント改良礫土のピーク強度が飛躍的に高まることが確認できた。

セメント改良補強土橋台は,躯体に結合されたジオグリット補強材をセメント改良土に定着することによって,構造的に一体化して安定性が確保される。また,補強材の引抜き抵抗特性は躯体の設計にも大きく関与する。このため,セメント改良補強土アプローチブロックに敷設した補強材の引抜き試験を行なった。いずれの試験も補強材がつかみ部近傍で破断し,セメント改良土との付着は良好であった。同荷重レベルでの引き抜け量は,剛性の高い60 kN/mタイプの方が30 kN/mタイプよりも小さかった。しかし,拘束圧の違いによる引き抜け量の差は見られなかった。補強材が比較的固いセメント改良土の中で引き抜かれる場合,セメント改良土と補強材のすべり特性だけでなく,補強材の引張変形特性が強く反映されると考えられる。なお,引抜き試験による補強材のばね定数は,想定した設計ばね定数と近いことが確認された。

セメント改良補強土橋台は,セメント改良粒度調整砕石アプローチブロックの抵抗力に依存する構造物であるので,適切な施工管理手法を定め,品質が保証できるものにする必要がある。粒度調整砕石にセメントを添加し,一層ごとに撒き出して十分な転圧を行うことで,間隙を限りなく小さくして,土の恒久的な安定性を確保することが最も重要な施工条件となる。締固め管理は,これまでの施工試験方法および施工管理データの問題点とセメント改良礫土の三軸圧縮試験結果に基づいて,締固め密度比(D値)を基本にした新しい施工管理方法を提案した。合理化された主な点は以下のとおりである。

(1) 圧縮試験用の供試体寸法は,粒調砕石の最大粒径を考慮した大きさにした。

(2) 締固め密度比(D値)が95 %のときの強度保証に配慮した。

これまでの模型振動実験による挙動および検証解析結果,セメント安定処理土の強度特性およびジオグリッド補強材の引抜き抵抗特性を踏まえ,実務設計に適用できる設計手法を提案した。特徴としては,橋台構築における施工手順を踏まえるとともに,橋台躯体と補強材を介してそれを背面で支持するセメント改良アプローチブロックに分離して,安定および部材の照査を行うことにある。これによって,橋台躯体と背面のセメント改良補強土アプローチブロックとの複雑な相互作用を反映させながら,明解で容易な設計法にすることができた。

九州新幹線高田トンネル坑口付近において,提案した設計手法および施工管理方法に基づき設計,施工したセメント改良補強土橋台を対象にして,施工管理手法の確認,載荷試験によって荷重―変形特性,試験時の挙動,主要部の応力状態を把握するとともに,施工中および長期的な挙動を計測した。さらに,水平載荷試験結果について逆解析を行い,同定した諸定数を入力値としてレベル2地震動に対する挙動解析を実施し,実用的設計手法の有用性および本構造の耐震性能を検証した。

セメント改良補強土橋台は,従来形式である逆T式橋台との比較において,耐震性能は同等以上になっているが,建設費は約20%経済的であった。これは,ジオグリッド補強材等のセメント改良補強土アプローチブロックの建設費は増加するが,橋台の躯体およびフーチングの建設費が各段に少なくなったことによる。

水平載荷試験は,おおむね計画最大水平荷重近くで,反力体である隣接橋脚2基の変位が大きくなった時点で終了した。本橋台天端の水平変位量は16mmで,反力橋脚の水平変位量の約半分であり,セメント改良補強土アプローチブロック等の背面側の慣性力を作用させていない条件では,橋脚1基の4倍程度の水平耐力を有していた。セメント改良補強土の変位モードは転倒モードであり,事前検討での想定結果と整合していた。また,補強材等の部材応力も想定結果を下回った。

セメント改良補強土橋台の長期計測を,橋台施工時から水平載荷試験を経て上部工載荷後測定値が十分安定したと見なせる約1ヶ月間まで行った結果,セメント改良補強土橋台の安定性が極めて高いことを確認した。

水平載荷試験結果について弾塑性FDM解析による逆解析を行って同定された諸特性を用いてレベル2地震動相当の地震波入力による動的解析を行った。この結果,降伏震度と変形モードは,おおむね設計結果と一致することが明らかになった。

本研究の成果として,新たに提案した「セメント改良補強土橋台」が,極めて高い耐震性と経済性を具備したメンテナンスフリーの構造物であることを実証した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「セメント改良補強土を利用した耐震性橋台に関する研究」と題した論文である。

橋梁と盛土の接続部である橋台の背面盛土は、地震時に沈下が生じやすく、その結果として鉄道路盤面に顕著な段差や不同沈下が生じて列車の走行安全性が阻害される問題を有している。そこで、よく締固めた粒度調整砕石で建設したアプローチブロック工が最近の新幹線の建設等において採用されてきたが、地震動の規模がある程度以上になると、この構造でも沈下が生じることが明らかになり、抜本的に耐震性を向上させた新たな構造の橋台の開発が必要になっている。

この背景のもとで、本研究では、裏込め土のセメント改良と補強土工法を併用した新しい構造形式の橋台を開発し、振動台模型実験と実物構造物の原位置水平載荷試験によりその耐震性を検証するとともに、室内土質試験や数値解析も実施して、設計・施工管理工法をとりまとめている。

第一編では、既往の地震時被災事例や関連研究および実務における対応状況と問題点をまとめたうえで、本研究の目的を設定し、論文の構成について説明している。

第二編では、実構造物の1/10程度の規模を有する模型を作成して系統的な振動台模型実験を実施し、従来構造とともにセメント改良土や補強土の採用によりこれを改善したいくつかの新構造の橋台の耐震性を比較している。さらに、これらの検討で得られた知見を統合することにより、裏込め土のセメント改良と補強土工法を併用した新しい構造形式の橋台を提案し、1gを超える水平加振においてもこの形式の橋台の残留変位量が限定的であり、飛躍的に高い耐震性を有していることを立証している。さらに、この模型実験結果を対象として数値計算による検証解析を行い、動的挙動の詳細を解明するとともに、用いた数値計算手法の適用性を明らかにしている。

第三編では、提案した構造形式の橋台を実現場に適用するにあたって検討が必要な項目を整理したうえで、セメント改良した礫質土の強度変形特性に関する系統的な室内土質試験を実施して、最適含水比で適切な締固めを行うことにより、ピーク強度が飛躍的に増加することを明らかにしている。また、セメント改良礫質土内に補強材としてジオグリッドを敷設した場合の引抜き特性に関する原位置試験を行い、補強材とセメント改良土の間には十分な付着力が発揮されていることを示すとともに、補強材の設計バネ定数が妥当な値として設定されていることを検証している。さらに、セメント改良土の現場施工法とその管理方法に関する検討などを実施し、これらの結果に基づいて、耐震設計において全体系の安定や構成部材の照査を行うための合理的な設計計算モデルを構築するとともに、セメント改良土の締固め管理などの施工管理工法をとりまとめている。

第四編では、提案した構造形式の橋台を九州新幹線の建設に際して実際に採用し、原位置で載荷試験を実施することにより、橋桁の地震慣性力を想定した水平荷重に対して極めて高い抵抗力を発揮することを実証している。さらに、この載荷試験結果を対象として数値計算による検証解析を行い、用いた数値計算手法の妥当性を明らかにするとともに、大地震を想定した挙動予測も行って、十分な耐震性を有することを確認している。載荷試験後には長期の動態計測も実施し、背面盛土の沈下量や補強材の張力の変化が十分に小さいことを明らかにしている。あわせて、従来型構造の橋台との比較設計と工費の試算を行い、提案構造の橋台では断面のスリム化が図れるとともに、工費も少なくとも2割程度節減できることを見出している。

第五編では、以上の検討成果を結論としてとりまとめ、さらに、実務の設計施工基準に対する反映状況と今後の課題、および現時点における計17箇所での施工実績を整理している。

以上をまとめると、本研究で新たに開発された橋台構造は、1g以上の水平加速度が作用しても崩壊しないような飛躍的に高い耐震性を有しながら、従来型の橋台構造と比較して経済性の面でも有利である点に特徴があり、実務の設計施工基準も整備され、施工実績も増加しつつある。これらの成果により、地盤工学の分野において重要な貢献を果たしている。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク