学位論文要旨



No 217082
著者(漢字) 三谷,祐一郎
著者(英字)
著者(カナ) ミタニ,ユウイチロウ
標題(和) シリコンMOSゲートSiO2膜の電気ストレスによる欠陥形成と絶縁破壊機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 217082
報告番号 乙17082
学位授与日 2009.01.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17082号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 和田,一実
 東京大学 教授 吉田,豊信
 東京大学 教授 鳥海,明
 東京大学 准教授 榎,学
 東京大学 講師 喜多,浩之
内容要旨 要旨を表示する

【はじめに】

今から50年ほど前にシリコンを用いた電界効果トランジスタ(Metal-Oxide-Semiconductor Field-Effect Transistor: MOSFET)の研究が始まって以来、マイクロプロセッサ、メモリ、ICチップなど、現在それが使われていない電子機器は皆無であると言えるほど、シリコンLSI(Large-scale Integrated)は電子部品として広く汎用されており、小型化、高機能化が進む電子機器技術の発展に大きく貢献してきた。そのシリコンLSIの発展を支えてきた要因は、それを構成するMOSFETの微細化による高性能化である。MOSFETの微細化は、スケーリング則[1]と呼ばれる縮小化ルールのガイドラインを指導原理として進められており、それによれば素子サイズを1/k倍すると面積は1/k2倍になり、遅延時間(処理時間)も1/kに高速化する。このMOSFETの微細化ルールに従えば、ゲート酸化膜の薄膜化も必須となる。実際、年々ゲート酸化膜の薄膜化は進んでおり、ロジック用MOSFETではすでに2nmを下回る極薄膜が製品で使用される世代になっている。一方で、ゲート酸化膜の薄膜化に従い、信頼性の課題も深刻化している。特に、ゲート酸化膜の膜中欠陥生成に起因した絶縁破壊の分布は、薄膜ほど分布が広がることが知られている[2]。絶縁破壊寿命分布の広がりは、不良素子の割合(累積故障率)を増大させ、一億個を越えているMOSFETから構成されるLSIの信頼性を大きく悪化させてしまうことになる。経験的にゲート酸化膜の絶縁破壊寿命分布は、ワイブル分布関数で記述される。ワイブル分布関数は、

f(t)=β/η(t/η)^β-1・exp{-(t/η)^β} :β=ワイブル係数、η:形状パラメータ

で記述され、絶縁破壊時間(tBD)の複数データを累積故障率(F)としてプロットすると(ワイブルプロット)、

ln{-ln(1-F)}=βln(tBD)-βln(η)

となり、分布の形を表すパラメータ(β:ワイブル係数)で特性ばらつきが記述される。つまり、β値が大きいほど分布の広がりが大きいことを意味し、ゲート酸化膜の薄膜化に従いこのβ値が小さくなっている。一方、絶縁破壊分布はパーコレーション法を用いた解析モデルで実験結果を良く再現できることが報告されている[2]。それによれば、ゲート酸化膜をある任意の大きさ(a0)の立方体(セル)が膜厚(tox)方向および面積(Aox)方向に積み上がっている構造と考え、その一つ一つのセルが電気ストレス印加により、徐々に確率λで導電性に変化し、膜厚方向に連結したときに絶縁破壊が起こると考える。すると累積不良率(Fbd)は、

ln[ln(1-Fbd)]=tox/a0*ln(λ)+ln(Aox/a0)

で表すことができる。λはある時間における欠陥生成量と考えることができるので、上式のワイブル分布の式と比較することで、分布形状を表すβは、tox/a0に比例することがわかる。つまり、セルのサイズ、すなわち生成欠陥サイズ(a0)が一定であれば、薄膜ほど(toxが小さいほど)β値は小さくなる。したがって、絶縁破壊のワイブル分布を改善し、ある絶縁破壊時間tbdにおける累積不良率を低下させるためには、1欠陥生成量λを低減する(分布の平行シフト)、2ワイブル分布の傾きβ値を大きくする(生成欠陥サイズa0を小さくする)、ことが必要となる。これら1及び2を実現するために、本研究ではゲート酸化膜中への重水素及びフッ素の導入技術に着目した。これらの元素は、チャネルホットキャリア耐性など、MOS界面特性を向上させることが報告されているが、本研究ではこれらがゲート酸化膜の膜中欠陥生成や絶縁破壊寿命に及ぼす影響について詳細に調べた。さらに得られた知見をもとにして、シリコン酸化膜の膜中欠陥生成や絶縁破壊が何によって決まっているのかを明らかにし、今後より信頼性の高い膜を実現するためにはどのようにゲート酸化膜構造を設計すべきかと言う指針を示すことを目的とする。

【シリコン酸化膜への重水素添加による膜中欠陥生成の抑制】

LSI技術に重水素を用いた研究は、イリノイ大学を中心とした研究グループが報告した、水素アニール工程(シンター工程)で重水素を用いてMOSFETをアニールするとチャネルホットエレクトロンストレス耐性が数倍から数十倍改善されるという実験が発端となっている[3]。この重水素によるゲート酸化膜界面の信頼性向上は次のように説明されている。ゲート酸化膜界面に電気的ストレスが印加されると、界面に存在するSi-H結合あるいはSi-D 結合の首振り(bending mode)振動エネルギー励起されるが、Si基板のTOフォノンの振動数と近いSi-D結合の振動エネルギーが共鳴・吸収され、その結果Si-H 結合よりも切れにくくなると説明されている。上記機構によってSi-H結合をSi-D結合に置換する効果が得られるならば、シリコン酸化膜中においても、Si-O-Si結合の横揺れ(rocking mode)振動数がSi-D結合の振動数に近いことから、O≡Si-D結合のように重水素終端することで、膜中の欠陥生成に対しても効果が期待される。そこで本研究では、シリコン基板との界面のみならず、ゲート酸化膜中にも重水素を導入させるために、通常行われている水素燃焼酸化と同様に、高純度精製重水素ガスと酸素の燃焼酸化によりゲート酸化膜を形成した[4]。ゲート酸化膜形成後、ゲート電極としてポリシリコンを堆積した。ポリシリコンの堆積には、通常シランガス(SiH4)を用いるが、この工程での水素の導入を避けるために、重水素シランガス(SiD4)によるポリシリコン堆積も用いた。図1にMOS構造のシリコン酸化膜中の重水素濃度プロファイルをSIMS(Secondary Ion Mass Spectroscopy)で分析した結果を示す。酸化によりシリコン酸化膜中に1018~1019cm-3、さらにSiD4を用いたポリシリコン電極で、約1020cm-3の高濃度に重水素が膜中全体に導入される。図2には、重水素添加ゲート酸化膜および通常のゲート酸化膜、さらに重水素アニールしたMOSキャパシタにF-N(Fowler-Nordheim)ストレスを印加した場合のストレス誘起リーク電流(SILC: Stress-induced Leakage Current)を比較した結果を示す。ここで、SILCとは、電気的なストレスをゲート酸化膜に印加したときに膜中に形成される欠陥を介して、低電界で流れるリーク電流を示しており、先述の欠陥生成量λと強く相関する。図2によれば、重水素添加によりSILCが低減していることがわかり[5]、さらにこの結果から生成欠陥量λは、15%~20%の低減と見積もられる。図3には絶縁破壊時間のワイブルプロットを比較した結果を示す。重水素を用いることで、絶縁破壊寿命も長寿命化が可能であり、またその改善量は水素燃焼酸化の約、1.3倍となり、これは欠陥生成量の低減分と定量的に一致する。また、この効果は例えば累積故障率(F)100ppmを約1/10に低減することに相当する。次に、重水素による信頼性改善のメカニズムを調べる目的で、重水素を用いて酸化したゲート酸化膜と水素を用いたゲート酸化膜の熱脱離分析(TDS:Thermal Desorption Spectroscopy)を行い、ゲート酸化膜からの水素もしくは重水素の熱脱離過程を比較した結果を図4に示す。その結果、重水素のほうが水素よりもより高温で熱脱離し[5]、スペクトルのピーク値の温度から見積もられる解離エネルギーは、重水素アニールで2.7eV、重水素燃焼酸化膜で2.9eVと見積もられる。これは、重水素の添加でSi-H結合よりもSi-D結合で強化されることによって、電気ストレス印加時に膜中に生成される欠陥(欠陥生成量λもしくはや欠陥生成速度)が抑制されたと考えられる。

【シリコン酸化膜へのフッ素素添加による絶縁破壊寿命分布の改善】

ゲート酸化膜の信頼性を向上させる方法の一つに、ハロゲン元素をシリコン酸化膜中に導入することが知られている。前章で述べた重水素と同様、ハロゲン元素もSi-X(X:Cl, F, Brといったハロゲン元素)結合を形成し、シリコンを終端する。このハロゲン元素は、前述の重水素技術と同様、始まりはホットキャリア劣化の抑制のように、シリコン表面やシリコン基板/ゲート酸化膜界面の改質技術として広く検討された。特にフッ素と塩素はその効果が報告されており、これらの元素はシリコン酸化膜の界面に導入され、水素結合をフッ素に置換し界面を終端することで、シリコンとの結合が強化され、ホットキャリア耐性が向上すると説明されている。一方、本研究においてゲート電極中へのドーピングイオン注入種を変えたMOSFETの経時絶縁破壊分布を調べたところ、リンやヒ素の場合はワイブルプロットに分布のスソと呼ばれる、平均的な経時絶縁破壊よりも短い時間で破壊が起こる偶発不良が多数存在するのに対し、同じゲート酸化膜であっても、BF2をイオン注入した場合は、ワイブル分布形状が改善することを見いだした[6]。この結果から、フッ素は絶縁破壊寿命分布の改善効果があると考えた。そこで、リンをドープしたn型ゲート電極からなるnチャネルMOSFETを用いて、ゲート電極中に低加速でフッ素イオンを注入し、その後高温熱処理でゲート電極中のフッ素をゲート酸化膜へ拡散させて信頼性への効果を評価した。このとき、フッ素はゲート酸化膜中および界面に導入される。フッ素を導入した厚さ約9nmのゲート酸化膜からなるMOSFETの経時絶縁破壊寿命分布を測定した結果を図5に示す[7]。これによると、フッ素添加なしの素子で見られていたワイブル分布のスソ(偶発不良)が、5×1014~1×1015cm-2のドーズ量フッ素添加により消失していくことがわかる。また、累積故障率50%以上の領域でワイブル分布の傾きβを比較した結果を図6に示す。これより、β値がフッ素添加により4.5から8に増大することがわかる。これは、フッ素添加によって、生成欠陥サイズa0が縮小することを示唆しており、ゲート酸化膜厚とβ値から算出すると2.6nmから1.6nmに縮小する。この破壊寿命分布に対するフッ素添加効果の起源を調べるために、フッ素添加ゲート酸化膜の赤外線吸収スペクトル測定結果を図7に示す。Si-O-Siの逆対称伸縮振動スペクトルは、吸収ピークがフッ素添加により高波数側にシフトしていき、1000℃の高温で形成されたドライ酸化膜の吸収スペクトルのピーク波数1073cm-1に近づいていく。このことから、フッ素添加により、歪んだSi-O-Si結合の構造緩和が起こっていると考えられる。つまり、フッ素添加によりゲート酸化膜中の構造歪みが緩和され、それにより電気ストレスにより形成される生成欠陥サイズが収縮したと考えられる。

【シリコン酸化膜界面の欠陥生成と膜中の欠陥生成の関連性】

ゲート酸化膜中に重水素を添加すると、界面準位生成、SILCが抑制され、絶縁破壊寿命が延びる。また、ゲート酸化膜中へフッ素を導入すると絶縁破壊寿命分布が改善する。本章では、この実験結果から、SILCの生成メカニズムと終端元素の効果について考察する。

ゲート酸化膜の劣化モデルの一つに、水素拡散モデル(Hydrogen Release Model: HRモデル)がある[8]。これは、カソード側から注入されるエネルギーの高い電子(ホットエレクトロン)によって、アノード界面に存在するシリコンと水素の結合(Si-H 結合)が切断され、その解離した水素がカソード側に拡散し膜中に欠陥を生成し、絶縁破壊に至るというモデルである。図8は、F-Nストレス印加後の界面準位量とSILCをプロットした結果である。これによると、SILCは、 SILC∝?Ditnの相関をもち、ストレス条件や酸化条件によらず、ほぼ一定の関係にあることが実験的に明らかになった[9]。次に、F-Nストレス下での界面準位生成とSILC生成の結果を水素燃焼酸化と重水素燃焼酸化で比較した結果を図9に示す。先述のように、重水素燃焼酸化により、界面準位生成およびSILCが抑制されることがわかる。ここで、この界面準位生成量(ΔDit)とSILCの相関をプロットすると、図10の結果が得られる。また、図中には、重水素により界面準位生成量もSILCも低減した実験結果も同様にプロットした。その結果、重水素燃焼酸化のデータが、水素燃焼酸化のデータと同一線上にプロットされることがわかる。つまり、界面準位生成の抑制は膜中の欠陥生成と相関しており、電気ストレスによりMOS界面から解離する水素が膜中欠陥生成のトリガーになっていることが示唆される[10]。

以上の実験結果から、膜中欠陥生成過程と終端効果を図11のように考える。電気ストレスを印加するとMOS界面で水素の脱離(Si-H結合の破断)が起こり、この水素が拡散し膜中で欠陥を生成する。膜中欠陥生成は、膜中に内在するSi-H結合や歪んだSi-O結合のような結合力の弱い結合が切断され、SiとOからなる三角錐構造から導電性を有する平面的な三配位シリコン(O≡Si+)構造に変化することと提案されており[11]、界面からの放出水素がこれらの弱い結合に作用することで構造変化を引き起こし、その周辺のSi-O構造にゆがみを生じサイズa0の欠陥を生成すると考える。これに対し、重水素を添加することはMOS界面においてSi-D結合を形成することで水素の放出量を抑制し、かつ膜中でSi-D結合を形成することで、放出水素との反応による欠陥生成確率を低減させ、結果として欠陥生成量λを抑制したと考えられる。一方フッ素の添加は、膜中のSi-HをSi-Fに置換するのみならず、歪んだSi-O結合の構造緩和を起こし、放出水素との反応で生じる局所的な構造変化(三配位Siへの変化)による影響範囲を縮小させ、これによりa0が縮小しβ値が増大したと考えられる。

【結論と今後の展望】

極薄ゲート酸化膜の信頼性向上させるためには、シリコン基板との界面およびシリコン酸化膜中の欠陥生成を抑制することが必要である。膜中欠陥の生成は、水素の放出量と放出水素が膜中で反応する確率で表されると考えると、欠陥生成量λの低減には、MOS界面のSi-H結合量の低減、界面及び膜中の弱い結合の低減と強化が必要である。また、欠陥サイズa0を縮小させβ値を増大させるためには、放出水素が生成する欠陥による構造変化の影響範囲を縮小することが必要である。シリコン酸化膜はシリコン基板表面の酸化により形成されるため、新しい酸化手法を用いても、界面準位がなく膜中に欠陥が存在しない構造を実現することは不可能である。したがって、シリコン酸化膜を形成していく際にできる欠陥はシリコン、酸素以外の元素で補間をする必要がある。従来は、水素がこの役割を果たし、界面や膜中のシリコン未結合手を終端し系を安定化させていた。しかし、今やこの水素が信頼性を劣化させる原因となっている。したがって、今後は水素に代わる元素を用いて、界面及び膜中を修復し、系全体を安定化させることが、さらなる高信頼化の鍵となるだろう。

【参考文献】[1] G. E. Moore: Tech. Dig. of Int. Electron Device Meet., 11 (1975).[2] J. Sune et al.: Thin Solid Films, 185, 374 (1990).[3] J. W. Lyding et al., Appl. Phys. Lett., 2526 (1996).[4] Y. Mitani et al.: Jpn. J. Appl. Phys. 2, Lett., vol.39, .L564 (2000).[5] Y. Mitani et al.: IEEE Trans. Electron Devices, 49, 1192 (2002).[6] A. Toriumi et al.: in Amorphous and Crystalline Insulating Thin Films - 1997. Symposium, 3 (1997).[7] Y. Mitaniet al.: IEEE Trans. Electron Devices, 50, 2221 (2003).[8] D. J. DiMaria et al., J. Appl. Phys., 3368 (1993).[9] Y. Mitani et al.: Proceedings of IEEE Semiconductor Interface Specialists Conference, P7[10] Y. Mitani et al.: IEEE IRPS Proceedings, 226 (2007).[11] H. Satake et al.: IEEE IRPS Proceedings, 156 (1997).
審査要旨 要旨を表示する

現在、マイクロプロセッサ、メモリなど、シリコン電界効果トランジスタ(MOSFET:Metal-Oxide-Semiconductor Field-Effect Transistors)を使っていない電子機器は皆無と言えるほど、シリコンLSI(Large Scale Integrated Circuits)は汎用の電子部品として電子機器技術の発展に大きく貢献してきた。シリコンLSIの発展を支えてきた要因は、それを構成するMOSFETの微細化による高性能化である。MOSFETの微細化は、スケーリング則と呼ばれる縮小化ルールを指導原理として進められており、素子サイズを1/k倍すると面積は1/k2倍になり、遅延時間(処理時間)も1/kに高速化する。このスケーリング則はゲート酸化膜の薄膜化を要求し、ロジック用MOSFETではすでに2nmを下回る極薄膜が製品で使用されている。ゲート酸化膜の薄膜化はLSIの信頼性低下をもたらし、その原因解明と対策明確化が現在最も重要な課題となっている。ゲート酸化膜中の電気的な欠陥生成に起因した絶縁破壊は、薄膜ほど分布が広がることが知られている。絶縁破壊寿命分布の広がりは、不良素子の割合(累積故障率)を増大させ、一億個を越えるMOSFETから構成されるLSIの信頼性や歩留まりを劣化させる。言い換えれば、絶縁破壊のワイブル分布を改善し絶縁破壊時間tBDにおける累積不良率を低下させるためには、(1)電気的欠陥生成量λを低減する(ワイブルプロットの平行移動)、(2)生成欠陥サイズa0を小さくする(ワイブルプロットの傾きβ値を大きくする)、ことが必要となる。

本論文では、(1)および(2)を実現するためゲート酸化膜中への重水素及びフッ素の導入に着目した。導入効果の評価には、膜中の電気的欠陥の生成量λと強い相関を持つストレス誘起リーク電流(SILC: Stress induced leakage current)、すなわち電気的なストレスをゲート酸化膜に印加したときに膜中に形成される欠陥を介して、流れるリーク電流を測定した。また、生成欠陥サイズa0と強い相関を示す、MOSFETの経時絶縁破壊寿命のワイブル分布のスソ(偶発不良)および傾き(β値)を測定した。全六章からなる。

第一章は研究の目的と背景を述べている。第二章は重水素の効果とその機構について述べている。高純度精製重水素ガスと酸素の燃焼酸化によりゲート酸化膜を形成し、ゲート電極として堆積するポリシリコン成膜に重水素シランガス(SiD4)を用いた。その結果、ゲート酸化膜中に1018~1020cm-3の重水素を膜中全体に導入することに成功し、ストレス誘起リーク電流が低減し、絶縁破壊時間も長寿命化した。この結果は累積故障率(F)10ppmを約1/10に低減することに相当し、工業的に信頼性向上技術として有望であることを示している。重水素を用いて酸化したゲート酸化膜の熱脱離分析により、重水素の添加でSi-H結合よりも強固なSi-D結合が形成され、電気ストレス印加時に膜中に生成される欠陥量(欠陥生成量λや欠陥生成速度)が低減したことが重水素の効果の起源であるとのモデルを提案した。

第三章はフッ素の効果とその機構に関する結果について述べている。ハロゲン元素もMOS界面でSi-X(X:Cl, F, あるいはBr)結合を形成し、MOS界面を改質することが知られていた。本論文では、ゲート電極中に低加速でフッ素イオンを注入し、その後高温熱処理でゲート電極中のフッ素をゲート酸化膜へ拡散させて信頼性への効果を評価した。フッ素を導入したMOSFETではワイブル分布のスソが消失し、またワイブル分布の傾きβ値も4.5から8に増大したことから、フッ素添加は生成欠陥サイズa0を縮小したことが示される。フッ素添加ゲート酸化膜ではSi-O-Siの逆対称伸縮振動スペクトルの吸収ピークがフッ素添加量の増加に伴い高波数側にシフトしていき、高温形成されたドライ酸化膜の吸収スペクトルのピーク波数に近づくことを赤外吸収スペクトル測定により明らかにした。以上より、フッ素はゲート酸化膜中の構造歪みを緩和し、電気ストレスにより生じる生成欠陥サイズを収縮させることを明らかとした。

第四章はシリコン酸化膜界面の欠陥生成と膜中の欠陥生成の関連を考察している。電気ストレス印加による界面準位量とSILCの生成にはSILC∝(Dit)nの関係があること、さらにこの関係はストレス条件や酸化条件によらずほぼ一定となることが明らかとなった。さらに、重水素による界面準位生成およびSILC抑制も上式により示されることが分かった。このことは電気ストレスによりMOS界面から解離する水素が膜中欠陥生成のトリガーになっていることを示唆している。

第五章は膜中欠陥生成過程と終端効果との関係を考察している。これまでに膜中欠陥の実態と成因については、導電性を有する平面的な三配位シリコン(O≡Si+)構造に起因し、その生成はSi-H結合や歪んだSi-O結合のような結合力の弱い結合が切断されSiとOからなる三角錐構造へと変化すると言うモデルが支持されている。換言すれば、界面から放出させた水素は膜中に存在するこれらの不安定な結合と反応することによりその周辺のSi-O構造にゆがみを生じ、特定のサイズ(a0)の欠陥を生成する。これに対し、本論文が明らかにしたことは以下の通りである。

1) 重水素はMOS界面においてSi-D結合を形成することで水素の放出量を抑制し、かつ膜中でSi-D結合を形成しMOS界面からの放出水素との反応による欠陥生成確率を低減させ、結果として欠陥生成量λを抑制する。

2) フッ素は、膜中のSi-HをSi-Fに置換し、同時に歪んだSi-O結合を構造緩和させることで放出水素との反応で生じる三配位Siへの変化を抑制し、これによりa0が縮小しβ値が増大する。

第六章は結論と提言を述べている。

以上のように、本論文は、LSIの構成要素であるMOSFETのゲート酸化膜の信頼性向上において、水素の同位体である重水素の添加による効果、フッ素添加による効果を検証した。さらに、シリコン酸化膜中欠陥生成および絶縁破壊の起源を明らかにし、さらに得られた知見をもとにシリコン酸化膜の膜中欠陥生成や絶縁破壊の機構をモデル化し、より信頼性の高いゲート酸化膜を実現するための構造設計に関する指針を与えており、マテリアル工学上極めて重要な知見を明らかにしており、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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