学位論文要旨



No 217083
著者(漢字) 博田,忠邦
著者(英字)
著者(カナ) ハカタ,タダクニ
標題(和) 原子力発電施設の安全目標と多数基立地の地震リスク評価の研究
標題(洋)
報告番号 217083
報告番号 乙17083
学位授与日 2009.01.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17083号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡,芳明
 東京大学 教授 神田,順
 東京大学 教授 古田,一雄
 東京大学 教授 関村,直人
 東京大学 教授 長崎,晋也
内容要旨 要旨を表示する

原子力は大きなエネルギーを生む便益があるが、他方で多量の放射性物質を扱うことから公衆や社会・環境に放射線影響を及ぼす潜在的危険性(リスク)がある。この潜在的リスクをどこまで低減すれば十分かを示す安全目標は、様々な原子力分野の規制の基礎を明確で、整合性、透明性のあるものにし、リスクの顕在化を十分に防止するために重要な施策である。我が国の原子力安全委員会は安全目標の中間とりまとめを公表し、発電炉の性能目標案を定め、今後、国民からの意見を反映して安全目標を確定するとしている。

こうした状況を背景とし、我が国及び米国、英国、オランダ、フィンランド、IAEA, ICRP等の安全目標と、わが国における確率論的安全評価(PSA)技術の状況を調査し、研究が必要と考えられる、包括的安全目標、地震に対する社会的安全目標、多数基立地の地震PSA手法開発の3つを研究論文に纏めた。その論文の内容の要旨を以下に述べる。

1.包括的安全目標

安全目標は、原子力安全の広い課題に対応できる一貫した基礎と目標を与えられることが望まれる。その為には、原子力施設から有意な放射能が放出される可能性がある全ての状態を対象とし、平常時から過酷事故に亘る放射能放出がある場合の施設周辺の公衆に与える各種の健康影響を考慮した全ての原子力施設に共通に適用できる包括的な安全目標が必要である。

安全目標は、上位の包括的な安全目標と、その下位の各種施設の特徴やリスク水準を考慮した個別の安全目標(性能目標)の階層構造を前提として、上位の包括的安全目標を研究対象とした。安全目標の作成では技術的面を中心としたが、公衆や社会の意見を反映することは重要であるので、米国や我が国の安全目標の策定過程で実施された公開会合論等での代表的意見を参考とし研究に反映した。

各種の健康影響に対する相対的リスク比による目標の作成

安全目標の作成方法には、絶対的リスク或いは相対的リスクの基準による2方法がある。前者は或る絶対的リスク基準と比較し、後者は公衆が日常生活でさらされている一般原因のリスクと比較しリスクが有意に増加しなければ受容されるとする。英国および我が国の安全目標中間とりまとめは絶対リスク基準(10-6/年)を用いており、米国は相対的リスク基準によっている。本研究では、安全目標作成の際に公開会合等で得られた一般の意見でより支持の多い相対的リスク基準を用いた。

本研究では、公衆の被ばくによる健康影響として、急性死亡、晩発性ガン死亡に加えて、生体の比較的放射線感受性の高い組織への悪影響による各種の健康障害と重篤な遺伝的影響を考慮した。それらの健康影響の厳しさに応じたアバージョン(嫌悪感)を考慮した相対的リスク比を導入し、原子力施設の通常時は0.1、非致死の健康障害は1%, 致死リスクおよび重篤な遺伝的影響は0.1%として、下式により、各種の健康影響の発生頻度の許容限度目標を定めた。

被ばくによる各種の健康影響リスク < 日常の健康影響リスク×相対的リスク比

被ばくの生体に与える健康影響データは、国際放射線防護委員会(ICRP)および、国際連合放射線影響科学委員会(UNSCEAR)の推奨値に拠った。平常時の線量限度目標は、ICRPの単線源の線量拘束値の推奨値0.3mSvを採用した。日常の一般原因の死傷率は国の死亡率統計および病院患者数統計に基づき定めた。作成した包括的安全目標は下記である。

作成した包括的安全目標は、米国NRCの発電炉の安全目標、ANS安全設計基準、英国の原子力施設及び非原子力施設に適用される安全基準(限度と目標)及び、ICRPの個体放射性廃棄物に対する放射線防護の目標等と比較した。また、我が国の発電用原子炉施設の安全指針の平常時、事故時、立地事故の判断のめやすと比較し、その妥当性を検討した。

2.地震に対する社会的安全目標

安全目標の中間とりまとめは公衆個人に対するものであり、社会的リスクの抑制は課題とされている。社会的リスクには、集団の健康影響と、原子炉施設の損失や放射線汚染に係わる経済的損失があるが、本研究では、英国やオランダを参照にして集団の健康影響(死者数)を対象とした。我が国は地震多発国であり、発電炉のリスクは地震が支配的であり、かつ、地震の共通要因による損傷の相関および、強地震での損傷確率の増加により複数基サイトでは複数の発電炉が同時損傷しサイト外影響が大きくなる可能性がある。本研究では社会的関心が強くリスクが支配的な地震に対する社会的安全目標を研究課題とした。

急性死亡および晩発性ガン死亡の相対的リスク比

公衆個人に対する安全目標はある程度の集団の健康影響の抑制効果もあるので、100人以上の死者が出る原子力災害のリスクが、直接的地震災害(死者数100人以上)のリスクの0.1%を超えないことを目標とし相対的リスク比を0.1%とした。地震の直接的災害(死者数)は、我が国の地震災害記録から算出した。晩発性ガン死亡の場合は、同様に100人の死者数出るリスクが、一般ガンで100人死亡するリスクと比較し、有意にリスクが増えないことを目標に相対的リスク比を0.1%とした。急性或いは晩発性ガンによる死者数が100人を超える場合は死者が1桁増えるに伴い相対的リスク比は1~2桁づつの範囲で下がるものとした。評価範囲はサイトから100kmの範囲をめやすとし、さらに必要な場合はそれ以遠も評価することとした。作成した地震に対する急性死亡の社会的安全目標を下図に示す。

作成した安全目標は、我が国には比較できる評価結果がないため、米国の代表的発電炉5基の集団リスクのPSA結果(NUREG-1150)と比較し、また、オランダの社会的安全目標、我が国の立地指針の集団線量のめやす2万人Svと比較し、妥当性を検討した。

3.多数基立地の地震PSA手法の開発研究

発電炉の地震に対するリスク抑制の重要性は前項で述べたが、現状では、2基を越える多数基の実用的な地震PSA手法は国内外を含めて未開発である。

世界の最大サイトは8基の発電炉があり、日本は柏崎刈羽原発の7基があるので、9基までの多数基立地の地震PSA手法の開発研究を行った。

多変数相関モデルの開発

現在の地震PSAでは、原子炉内機器の相関は、多重系システムに対して安全側に全て完全相関を仮定するのが一般的であるが、保守的過ぎる仮定である。多数基の地震PSAでは、機器の直列―並列配置、無相関―中間―完全相関、ユニット内―ユニット間の多変数相関を正しく扱うモデルが必要であり、本研究では下記のモンテカルロ法の基本式を開発した。

ここで、Si =機器の応答及びフラジリティのバラツキ、βi =応答及びフラジリティのバラツキの対数正規分布の標準偏差、ρ=相関係数、Rcom ,Ri= 機器に共通および独立な対数正規分布の乱数である。この相関式は、数学的および、作成したコードの試計算で検証した。

モンデカルロ法の確率計算と発電炉の同時損傷の確率計算

システムフォールト・ツリー及び事故シーケンス、炉心損傷、格納容器破損、放射能放出等の確率計算は、ブール方程式で入力し、モンテカルロ法にて確率計算するフォールトツリー連結の方式を用いた。多数基の同時損傷確率は、多数基の考えられる損傷の全組み合わせの発生をモンテカルロの試行毎に積算して最後に同時損傷確率を算出する。

重要な構築物・系統及び機器の模擬と、プラントのグループ化

詳細な地震PSAの実施経験から地震PSAの結果は限られた数の重要な機器及び事故シーケンスに拠ることが一般的に知られているので、重要な系統及び機器および事故シーケンスを選定して模擬する。同じ原子炉設計、同じ建築設計で対称配置で隣接して建設されるツインのユニット等はグループ化し扱い、現実的なサイズの模擬をおこなう。

計算機コード CORAL-reefの作成と試計算

本研究で開発したモデルはパソコン計算機のVisual BASIC 開発環境の上でプログラムし多数基立地の地震PSAの汎用コードCORAL-reefを作成し、モデルの検証、及び試計算を実施した。試計算として、各種の検証解析の他に、複数基立地の発電炉間の地震による苛酷事故時の相互支援として、タイラインによる電源や冷却水の融通システムのアクシデント・マネージメント策の地震PSAを実施し、サイト総合の炉心損傷頻度は約50%低減できる結果を得た。多数基立地のサイト総合リスクの多数基効果等のリスク指標も提言した。

4.論文の内容の結び

本論文の研究成果は、今後、安全目標の包括性の向上、社会的安全目標の策定、および、地震PSA技術の向上に寄与し、原子力施設の安全性向上に役立つものと考える。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は原子力施設の安全目標案の作成と多数基立地の地震リスク評価手法の開発に関する研究についてまとめたものであり、5章より構成されている。

第1章では、米国、英国、オランダ、原子力国際機関や国際放射線防護委員会等及び我が国における安全目標の策定と確率論的安全評手法の状況を調査し、包括的安全目標、地震に対する社会的安全目標、多数基立地の地震確率論的安全評価PSA手法の開発を研究目的としている。

第2章では、原子力施設に対する包括的安全目標の研究について述べている。原子力施設敷地周辺の公衆が受ける放射線の被ばくによる各種の健康影響のリスクを抑制する目標の設定方法を研究し、安全目標案を作成している。目標の設定では、原子力施設の敷地周辺の公衆が日常の生活で晒されている不慮の事故や負傷、或いはガンによる死亡のリスクを原子力施設が有意に増やすことがないことを目標として定めている。

第3章では、地震に対する社会的安全目標に関する研究の内容と成果を述べている。

原子力施設の安全目標の基本的理念は、公衆個人の保護と共に、社会が放射線影響による災害から十分に防護されることであるとしている。社会的なリスクには原子炉の重大事故時の公衆集団の放射線被爆による健康影響と、原子炉施設の損失や放射線汚染に係わる経済的損失等があり、そのリスク抑制の目標を定めるのが社会的安全であるとしている。

地震時の社会的安全目標は、公衆個人に対する安全目標を補完するもので、発電炉敷地周辺の多数の公衆の生命損失の災害(死亡数が100人を超えて増加)のリスク抑制の目標として、急性死亡については我が国の社会が受けている地震災害(死者数)の歴史統計を調査し、その地震災害(100人を超える死者が出る災害)のリスクを有意に増やさないことを目標として定めている。事故時の被ばくによる晩発性ガン死亡の死者数増加のリスクは、発電炉敷地の広域周辺地域(半径100kmの地域をめやす)で一般原因のガンによる死者数を有意に増やさないことを目標として定めている。この原子力事故による災害(死者数)のリスクは、直接的地震災害や一般原因のガン死亡のリスクの0.1%を超えて増加しないこととし、死者数が増加するに応じて、0.1%の比を更に小さくする目標を作成している。

第4章では、多数基立地の地震PSA手法の開発研究の内容と成果を述べている。

原子力施設がその安全目標を達成しているかを評価するには確率論的安全評価(PSA)手法がある。しかし地震時に多数の発電炉があるサイトで地震の共通要因により複数の発電炉が同時損傷する可能性を含めたPSAの手法は海外を含めて未開発である。地震に対する安全目標、特に、地震に対する社会的安全目標では、多数基立地の地震PSA評価は必須である。世界には最大8基、我が国では最大7基の発電炉があるサイトがあり、本研究では、最大9基までの多数基立地の地震PSA手法の開発研究が実施されている。

多数基立地の地震PSA手法では、地震時に、地震を共通要因として原子炉内及び原子炉を跨って複数の機器が同時に損傷し、原子炉損傷確率の増加と同時損傷の増加の確率を評価する必要がある。本研究では、複数機器の直列―並列配置、無相関―中間―完全相関、発電炉内―発電炉間の相関を正しく評価するモンテカルロ法の多変数相関モデルを開発している。9基までの多数の発電炉のリスクを同時に評価できるモデルが作成され、多数基立地の地震PSAの汎用コードCORAL-reefが作成され、モデルの検証、及び典型的発電炉サイトの試計算が実施されている。本手法の応用研究として、複数基立地の発電炉間の安全系の連携による相互支援のアクシデント・マネージメント策を含む地震PSAが実施され、リスクの低減効果が示されている。

本論文は、原子力施設の安全目標の精緻化及び多数基立地地震PSA手法開発の成果により、我が国の原子力安全工学の進展に寄与すると認められる。また、海外の原子力安全工学への寄与も期待できる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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