学位論文要旨



No 217094
著者(漢字) 森田,浩司
著者(英字)
著者(カナ) モリタ,コウジ
標題(和) 新規糖部架橋核酸の創製及び生物活性に関する研究
標題(洋)
報告番号 217094
報告番号 乙17094
学位授与日 2009.02.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第17094号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橋本,祐一
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 准教授 浦野,泰照
内容要旨 要旨を表示する

第1部 アンチセンス核酸を指向した新規架橋核酸研究

【序論】

遺伝子に直接作用し発現制御する核酸分子は、新たな創薬分子「核酸医薬」として期待されている。しかしながら、体内での安定性・作用特異性・細胞内移行性の不十分さのために、現在までに実用化された核酸医薬は、眼球内局所投与薬に限られている。ここで実用化された修飾核酸であるDNAホスホロチオエート(PS-DNA)は、ヌクレアーゼ抵抗性の点で優れるが、RNAへの低親和性に由来する有効性の低さや非特異的タンパク結合による副作用誘発が、より汎用的な全身投与型の核酸医薬開発において問題となっている。PS修飾の問題点を克服するために、現在、種々の核酸化学修飾法に関する研究が精力的に行われている。中でも、今西ら、Wengelらによって近年見出された2'-O, 4'-C-メチレン架橋核酸(2'-O, 4'-C-methylene-bridged nucleic acid/locked nucleic acid: 2',4 '-BNA/LNA, Fig.1A)は、糖パッカリングをRNAにおいて優勢なN型に架橋固定することで、相補鎖RNAとの結合が熱力学的に有利に進行し、これまでの他の修飾核酸と比べて格段に高いRNA親和性を有することが明らかとなっている。本研究で私は、全身投与可能な核酸医薬開発を実現するために、2',4 '-BNA/LNAをより発展させ、(1)標的細胞内外のヌクレアーゼで分解されにくく、(2)標的遺伝子と熱的に安定な複合体を形成し配列特異的な作用を示す、新規糖部架橋核酸の創製を目指した。

【方法及び結果】

1-1. 2'-O, 4'-C-ethylene-bridged nucleic acid(ENA)及び2'-O, 4'-C-Propylene-bridged nucleic acid(PrNA)の合成2'-O,4'-C-架橋の炭素鎖長を2',4'-BNA/LNAのメチレン架橋より増やしたENA(Fig. 1B)及びPrNA(Fig.1C)の合成を行った.すなわち、anofuranoseを出発原料として、4位のhydroxymethyl側鎖の導入及び増炭素化したhydroxyethylもしくはhydroxypropyl基への変換後、各種核酸塩基との縮合、ビシクロ環化を経て、ENA, PrNAのヌクレオシドユニットを合成した。いずれの架橋修飾ヌクレオシドもN型の糖パッカリングに固定されていることをH-NMRもしくはX線結晶解析により確認した。核酸合成機を用いた固相ホスホロアミダイト法により、所望の配列を有するENA, PrNA修飾オリゴヌクレオチドを合成した。

1-2. 相補鎖RNAとの二本鎖形成能

ENA, PrNAの相補鎖RNAとの二本鎖形成能を、UVによる融解温度Tm測定により評価した。ENAでは2', 4'-BNA/LNAと同等の高度なRNA親和性(ΔTm=+5.2℃/修飾)が確認された。一方、PrNAでは逆にTm値が低下し不安定化(ΔTm=-0.5℃/修飾)が認められた。

1-3. ヌクレアーゼに対する安定性

3'末端から2番目に各架橋ヌクレオシドを有するオリゴヌクレオチドを用いて、3'-エキソヌクレアーゼによる切断への抵抗性を評価した。その結果、架橋鎖長が一炭素増加していくごとに3'側リン酸ジエステル結合の抵抗性が飛躍的に増加していくことが判明した。また、エンドヌクレアーゼに対する各架橋ヌクレオシドの両隣のリン酸ジエステル結合の安定性を評価した。その結果、架橋修飾の3'側のリン酸ジエステル結合では完全な切断抵抗性を示し、5'側のリン酸ジエステル結合では、架橋鎖長に応じて高い切断抵抗性が認められた。従来のPS修飾や2'位アルキル修飾とは異なり、2'-O, 4'-C-架橋修飾には5'位側のリン酸ジエステル結合の安定化効果をも有することを明らかとした。

以上より、ENAは、2', 4'-BNA/LNA,PINAと比べ、相補鎖RNAとの高い親和性と、ヌクレアーゼに対する高い抵抗性の両性質を併せ持つ最も好適な2'-O, 4'-C-架橋核酸であることが明らかとなった。以下、アンチセンス核酸としてのENAの機能評価を行った。

1-4. RNase HによるRNA切断の誘導能

DNAの両末端の数ヌクレオチドにENA修飾を施したENA gapmerにおいて、RNase Hによる相補鎖RNA切断活性を評価すると、DNA及びPS-DNAを用いた時よりも、速やかな相補鎖RNAの切断が観察された。すなわちENA gapmerでは、RNAと安定な二本鎖を形成し、より効率的なRNase H切断活性が誘導されたと考えられた。

1-5. 血漿中での安定性

ラット血漿中における安定性を評価した。ENAは、2',4'-BNA/LNAと比べ高い安定性を示した。特に、ENA gapmerでは、殆ど分解が観察されず、PS-DNAを超える高い安定性が明らかとなった。

1-6. ENAアンチセンスの細胞内遺伝子発現抑制活性の評価

ヒト血管内皮増殖因子(VEGF)に対する既知のPS-DNAアンチセンス(PS-AS)と同配列のENA gapmerアンチセンス(ENA-AS1,-AS2)を合成し、ヒト非小胞性肺癌細胞A549ヘトランスフェクトし、VEGFmRNA発現抑制活性を比較した。その結果、PSASやミスマッチ配列を含むENAでは発現抑制 が認められなかったのに対し、ENA-AS1は、90%以上のVEGF mRNA発現を抑制した。一方、ENA部分がENA-AS1よりも少ないENA-AS2では弱い抑制に留まり、ENAユニットの導入量に応じて発現抑制活性が向上する傾向が認められた。また、配列をより短くしたENA-AS3e~6eでは、鎖長に応じた発現抑制活性の低下が認められた。以上の結果より、ENAアンチセンスは、細胞内において高い配列特異性に基づくアンチセンス効果を示す修飾核酸であることを示した。

第2部 2',5 '-oligoadenylate(2-5A)の新規誘導体研究

【序論】

2',5'-Oligoadenylate(2-5A)は、I型インターフェロン(IFN)下流の抗ウィルス機構である2-5Asystemにおいて産生される細胞内リガンドである。2-5Aは、特異的にRNase Lを活性化し、細胞内RNA分解を引き起こし、ウィルス感染細胞をアポトーシス死へと導く。近年、RNase Lは癌細胞のアポトーシスとの関連も注目されている。RNaseLを介したIFNの抗ウィルス・抗腫瘍効果は、2-5Aの投与によりその増強が期待されるが、天然型2-5Aでは細胞内外で速やかに分解されるため薬効は期待できず、生体内での安定性の高い2-5A誘導体の開発が前提になる。

2-5A分子の構造(Fig2)は、特徴的な2'→5'結合のアデノシン3merを基本骨格とし、これまでの誘導体研究より、2番目のアデノシンの3'一水酸基はRNaseL活性化に必須であることが分かっている。しかしながら、この3'。水酸基を保持したまま、切断を受けやすい隣接するリン酸ジエステル結合をヌクレアーゼ抵抗性にすることは困難であり、これまでPS修飾以外に細胞での活性が報告されている2-5A誘導体は知られていない。私は、非特異的な作用が知られているPS修飾を持たない、ヌクレアーゼに安定な2-5A誘導体の創製を目指した。ここで、第1部の研究で得られた新たな知見である、4'位からの架橋修飾によって修飾ヌクレオシドの5'側のリン酸ジエステル結合がヌクレアーゼ抵抗性になる効果に着目した。すなわち、2'→5'結合が可能な3'-O, 4'-C-架橋修飾を3番目のアデノシンとして適用することにより、RNaseL活性化に必須な2番目のアデノシンの3'一水酸基を保持しながら、隣接2',5'リン酸ジエステル結合の安定化が図れると考えた。

【方法及び結果】

2-1. 2-5A誘導体の合成

2'-O, 4'-C-架橋ヌクレオシドの合成法を基に、3',4'位間での環化を行うことにより、3'-O, 4'-C-ethylene adenosine, 3'-O, 4'-C-propylene adenosineを合成した.これらは、ほぼ完全に3型の糖コンフォメーションを取ることをH-NMRより確認した。固相ホスホロアミダイト法により、所望の構造を有する2.5A誘導体を合成した。

2-2. ヌクレアーゼに対する安定性を指標とした誘導体の評価

各架橋修飾を3番目のアデノシンに導入した2-5A誘導体(pAAXA)のエキソヌクレアーゼに対する切断抵抗性を比較した。pAAXA→pAAX→pAAの2段階の切断反応両方において、その修飾部位(X)として3'-O, 4'-C-propylene修飾を用いた場合に、Xの2',5'両側のリン酸ジエステル結合が最もエキソヌクレアーゼ抵抗性になることを見出した。このことから、3番目のアデノシンに3'-O, 4'-C-propylene修飾を用いることで、RNase L活性化に必須な2番目のアデノシンの3'-水酸基を保持しつつ、隣接するリン酸ジエステル結合が安定化できることが明らかとなった。

2-3. RNase L活性化能を指標とした誘導体の評価

1番目もしくは3番目のアデノシンに各種修飾を施した2-5A誘導体のヒトRNaseL活性化能を調べた。1番目のアデノシンとしては、3'-O-methyl体が最も高活性(EC50=6.0nM)であった。3番目のアデノシンとしては、3'-O-methyl体EC50=7.8nM)もしくは3'-O, 4'-C-propylene体(EC50=8.1nM)が高活性であった。上述したヌクレアーゼ抵抗性の知見と合わせると、2-5A誘導体としては、1番目アデノシンには3'-O-methylが、3番目には3'-O, 4'-C-propyleneである誘導体が好適であると推測された。

2-4. ホスファターゼに対する安定性を指標とした誘導体の評価

5'-リン酸基はボスファターゼにより速やかに切断されうることから、5'-リン酸基の誘導体展開を行った。RNase L活性化能及びホスファターゼ抵抗性を検討した結果、2-hydloxyethyl phosphate基を有する2-5A誘導体6a(Fig.3)は、天然型2-5A(EC50=5.0nM)と同等の高いRNase L活性化能(EC50=3.2nM)と、ホスファターゼに対する抵抗性を併せ持つことを見出した。

2-5. 癌細胞に対する2-5A誘導体の殺細胞効果

2-5A誘導体6aについて、ヒト非小胞性肺癌株A549細胞に対する殺細胞活性を検討した。その結果、天然型2-5Aでは活性が見られないのに対し、2-5A誘導体6aでは培地添加のみで殺細胞効果が認められた。また、このときの細胞内rRNAの分解パターンは、これまでに報告されているRNaseL活性によるrRNA分解パターンとよく一致すること、またRNaseLを欠損しているヒト肝臓癌株HepG2細胞においては殺細胞活性及びrRNA分解は全く認められないことから、6aの殺細胞活性は、RNaseLの特異的な活性化によることが強く示唆された。

【総括】

糖架橋構造に着目した合成展開を行うことにより、相補鎖核酸への高度な親和性を有し、かつヌクレアーゼに高い抵抗性を有する新規修飾核酸ENAを見出した。ENAは、アンチセンス分子として細胞内で配列特異的に機能することを明らかとした。

また、糖架橋構造がヌクレアーゼ抵抗性をもたらす効果に着目し、これを新規2-5A誘導体合成へと応用した。その結果、核酸分解酵素に抵抗性を有し、RNaseLの特異的な活性化により癌細胞に対して殺細胞効果を示すことのできる新規2-5A誘導体を見出した。

Figure 1. Structures of 2',4'-BNA/LNA, ENA and PrNA

Figure 2. Structure of natural 2-5A

Figure 3. Structure of 2-5A analog 6a

審査要旨 要旨を表示する

核酸分子(オリゴヌクレオチド)は、従来の低分子やタンパク質とは異なる、新たな作用機序を有する核酸医薬としての開発が期待されている。しかしながら、核酸分子の体内での安定性・細胞内移行性の低さから、哺治療薬としての実用化は現状において局所投与薬に限定されている。より汎用的な全身投与薬を目指し、核酸分子の体内での安定性・作用特異性を同時に実現する核酸修飾技術の開発は、核酸化学分野における重要な研究課題である。「新規糖部架橋核酸の創製及び生物活性に関する研究」と題する本論文において森田浩司は、糖部架橋修飾核酸に関する合成展開を行い、第1部ではアンチセンス核酸としての新規化学修飾法の開発を、第2部ではRNaseL酵素活性化剤の開発を目指した研究を行った。

第1部新規アンチセンス核酸ENAの開発

近年、RNAの二重鎖形成時と同じN型糖構造に骨格固定した2'-O,4'-C-メチレン架橋核酸(2'-O,4'-C-methylene-bridgednucleicacid/lockednucleicacid:2',4'-BNA/LNA)が、相補鎖RNAに対する高い親和性を発揮することが報告されている。森田は、血漿中での高い安定性をさらに付与した、2'-O,4'-C-架橋型核酸の構造最適化に着手した。森田は、メチレン架橋鎖を一炭素ずつ増加させたエチレン、プロピレン架橋の核酸(2'-O,4'-C-ethylene-bridgednhcleic acid(ENA>及び2'-O,4'-C-propylene-bridgednucleicacid(PrNA),Fig.1)の合成を行った。これらと相補鎖RNAとの親和性を評価した結果、ENA,PrNAはともにN型糖構造を有しながらも相補鎖との親和性は一炭素の違いで大きく異なり、ENAでは2',4'-BNA/LNAと同等の非常に高い親和性を保持すること、逆にPrNAでは未修飾RNAよりも親和性が低下することを見出した。次にヌクレアーゼに対する抵抗性を検討した結果、架橋環構造が一炭素ずつ増加することで、ヌクレアーゼ抵抗性が飛躍的に向上していく効果を見出した。血漿中での安定性を評価したところ、2',4#39;-BNA/LNAでは数時間内に分解されていたのに対し、ENAでは血漿中での分解に対してほぼ完全な抵抗性を示すことを明らかとした。これらの実験検討から、高いRNA親和性と血漿中安定性を併せ持っ最適化分子としてENAを見出すに至った。次いで森田は、ENAの実際の細胞内でのアンチセンス分子としての機能評価を行った。ヒト血管内皮増殖因子(VEGF)に対するアンチセンス配列にENAを適用した場合、ENAアンチセンス分子は、現在実用化されているボスホロチオエート(PS)修飾と比較して顕著に高い、90%以上のVEGFmRNA発現抑制効果を有することを明らかとした。その効果は、ENAユニットの導入量に応じて配列特異的に増減し、ENAは細胞内において配列特異性に基づくアンチセンス効果を示す修飾核酸であることを示した。

第2部2',5'-Oligoadenylate(2-5A)の新規誘導体開発

2',5'-Oligoadenylate(2-5A)は、1型インターフェロン下流において、ヌクレアーゼRNaseLを特異的に活性化する細胞内核酸分子であり、抗ウィルス作用・抗腫瘍作用を示す分子として期待される。しかしながら、そのまま体内に投与した場合ではヌクレアーゼにより容易に分解されるため上記作用の発現は期待できない。森田は、核酸分解酵素に抵抗性の2-5A誘導体の合成に着手した。ここで、第1部で見出した、4'位からの架橋修飾によって修飾ヌクレオシドの5'側のリン酸ジエステル結合がヌクレアーゼ抵抗性になる効果に着目し、これを2-5A誘導体合成展開へと適用した。その結果、これまでPS修飾以外の技術では困難であった2-5A構造中の活性必須3'-水酸基を保持しながら、ヌクレアーゼ抵抗性を実現した誘導体6a(Fig.2)を見出すことに成功した。すなわち、本誘導体が、天然型2-5Aと同等の数nMレベルの高いRNaseL酵素活性化能を有すること、核酸分解酵素(ヌクレアーゼ及びボスファターゼ)に対して分解抵抗性であり、癌細胞A549に対してRNaseL特異的な殺細胞効果を示すことを明らかとした。本誘導体は、非特異的な作用が知られているPS修飾やトランスフェクション試薬を必要とせずに、細胞でのRNase L 活性化を示すことのできる初の2-5A誘導体である。

以上、森田は、糖架橋構造に着目した修飾核酸研究を展開し、核酸糖部における架橋修飾が、その鎖長に応じてヌクレアーゼに対して顕著な抵抗性を発生させること、また、従来の核酸の糖修飾技術では困難であった5側のリン酸ジエステルのヌクレアーゼ抵抗性も付与できることを明らかとした。さらに、2'-4'架橋、3'-4'架橋それぞれにっいて応用研究を展開し、細胞系で有効に機能し in vivoへの適用も期待できる機i能性核酸分子として、新規アンチセンス核酸ENA及び新規2-5A誘導体を見出した。これらの研究成果は核酸化学研究並びに核酸医薬の研究開発に貢献するものであり、博士(薬学)の学位を授与するに値すると判断した。

Figure 1. Structures of ENA (A) and PrNA (B)

Figure 2. Structure of 2-5A analog 6a

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