学位論文要旨



No 217097
著者(漢字) 阿部,秀明
著者(英字)
著者(カナ) アベ,ヒデアキ
標題(和) 原子炉用ジルコニウム合金管の冷間加工に関する研究
標題(洋)
報告番号 217097
報告番号 乙17097
学位授与日 2009.02.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17097号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柳本,潤
 東京大学 教授 帯川,利之
 東京大学 教授 関村,直人
 東京大学 教授 小関,敏彦
 東京大学 教授 吉川,暢宏
 東京大学 准教授 土屋,健介
内容要旨 要旨を表示する

日本国内では現在、55基の軽水型原子炉(以下、軽水炉と称す)が稼動している。軽水炉には加圧水型原子炉(以下、PWR)と沸騰水型原子炉(以下、BWR)の2種類がある。 2005年実績では原子力発電による総発電量は305GWhで、国内総発電量の3分の1を占める。

原子力発電は火力発電と比較して、二酸化炭素ガスの発生率が極めて低いため、地球環境保護の観点から今後ますます、世界的に重要なエネルギー供給源となることが期待されている。その役割を果たすためには原子力発電の安全性、放射性廃棄物の削減、そして原子力発電コストの低減、の3つの視点からの取り組みが重要である。原子炉の構成要素中、核燃料がこの3つの視点に対して重要な位置を占めている。

軽水炉用核燃料の寿命は数年であり、この燃料の交換年数の長短が放射性廃棄物発生量や発電コストに大きな影響を及ぼす。この燃料の寿命延長における大きな課題の一つはウラン燃料を被覆する燃料被覆管の健全性の確保である。軽水炉の燃料被覆管には現在、ジルコニウム合金が採用されている。1980年代から燃料の長寿命化を目的として、この燃料被覆管の性能向上が図られてきた。燃料の長寿命化における具体的な課題は耐応力腐食割れ性(以下、耐SCC性)向上と耐食性向上の2つである。耐SCC性は核分裂で発生するヨウ素の腐食環境下で、被覆管内面がウラン燃料ペレットから受ける応力によって生じ得る応力腐食割れの防止である。耐食性向上は高温水に曝される被覆管外表面の腐食の低減である。特にBWRではノジュラー腐食と呼ばれる白色結節状の酸化の抑制が課題であった。

ジルコニウム合金管の製造工程の概要は次のとおりである。真空溶解によりインゴットを製造し、それを熱間鍛造により中実丸ビレットとする。孔繰り後、熱間押出しにより押出管を造る。その後、焼鈍-冷間ピルガ圧延-焼鈍を数回繰り返し、研磨や酸洗の表面仕上げを施して、燃料被覆管とする。燃料被覆管は全数、寸法、表面健全性について超音波検査法などによって厳しい品質検査が行われる。

製造工程の中で、被覆管の性能、品質に大きく影響するのは冷間ピルガ圧延工程である。冷間ピルガ圧延の工具は上下一対のロールダイスとマンドレルから構成される。ロールダイスとマンドレルにより管の外径、内径そして肉厚が圧下され、管は軸方向に延伸される。圧延中、管の横断面は非対称な楕円形状で、ウェブ部と呼ぶロールダイスとマンドレルによって肉厚加工を受けて延伸圧延される領域とウェブ部の延伸に随伴して引張変形を受けるフランジ部の2つの領域に分けて、考察を加える必要がある。冷間ピルガ圧延は圧縮変形を基本としており、加工度を大きく設定できる、難加工材の加工も可能であるなどの利点はあるが、加工中に管をへん平変形させるため圧延条件によってはフランジ部の管内面に疵が発生することがある。

本論文は燃料長寿命化を目的として進めたジルコニウム合金管の冷間加工技術に関する研究である。この燃料長寿命化の取り組みはジルコニウム合金管の変形集合組織形成、ジルコニウムとジルコニウム合金の冷間加工性、大ひずみ加工の効果、圧延工具孔型設計、そしてジルコニウム合金への高周波熱処理の影響に関する研究につながった。

最初に冷間ピルガ圧延におけるジルコニウム合金管の変形集合組織形成に関する研究を行った。ジルコニウムの大きな特徴はα相で稠密六方晶にあり、種々の異方性を示すことである。そのため集合組織の研究は本論文全体の基礎と言える。最初に、冷間加工工程全体に亘る集合組織形成過程の調査、考察から開始した。従来、集合組織形成については冷間圧延パラメータの中でQ値(=肉厚加工度/径加工度)のみの影響が指摘されていた。これに対して、多くの圧延スケジュールに関する集合組織の調査により、もう一つの圧延パラメータである加工度(断面減少率)の影響が大きいことを見出した。その影響は応力除去焼鈍後も残るものであった。この調査の結果、最終圧延の加工度、Q値と集合組織の間に良い関係式を見出すことができた。さらに圧延解析で得られたひずみ履歴と圧延管の集合組織調査結果から、六方晶のc軸回転に寄与する新しいパラメータとして、圧延中のウェブ部の半径ひずみεrと円周ひずみεθの比である局所塑性ひずみ比γε(=ln(|εr/εθ|))を提案した。このパラメータによる集合組織形成シミュレーション計算と実験により、その妥当性を確認した。圧延中の定量的なひずみ履歴の考察により集合組織形成を論じる試みはこの研究が始めてであった。

冷間加工性についてはZrライナ管と呼ばれる二重管の研究から開始した。従来ジルコニウム合金管においては冷間ピルガ圧延の採用により良好な品質が得られていた。これに対して、Zrライナ管は冷間ピルガ圧延後に管内面にしわが多いという問題があった。この問題を解決するため、材料と加工条件の両面から研究を行った。その結果、次のようなしわ疵発生メカニズムを見出した。内面Zrライナ部は結晶粒径が大きいため、圧延初期の空圧延部で表面に凹凸が生じやすい。圧延中、フランジ部には局所的な自由表面が生じ、大きな円周方向の圧縮ひずみと半径方向の引張ひずみ状態となるため、この凹凸がしわに進展する。さらにライナ部の結晶方位は縮径加工に不利であり、しわが圧延中に疵に進展する。縮径加工比率が大きいと、円周ひずみは大きく、この傾向が顕著となり、しわ疵は深くなる。また圧延前に表面に凹凸や微小疵が残存しているとそれを起点にしわ疵に進展しやすい。この研究結果を基に、Zrライナ管の内面しわを抑制するための適切な製造条件を提案することができた。

また変態領域(900℃以上)からの急冷熱処理を施したジルコニウム合金(Zr2)素管では圧延時に疵が発生しやすくなることがあった。この素管に対して材料調査を行い、円周方向の圧縮変形能の低いことを明らかにした。このような変形能の低い素管に対して、Zrライナ管の研究内容を発展させた圧延試験と圧延解析を行った。その結果、適切な圧延条件の設定により圧延疵を防止できること、さらに圧延中のひずみ履歴すなわちフランジ部の半径ひずみεrと円周ひずみεθの比-εr/εθの大小によって圧延条件の良否が説明できることを明らかにした。

この調査を進める中で、ジルコニウム合金素管の冷間加工性評価方法として管の円周、半径、軸の3方向から採取した円柱状試料に対する圧縮試験が有効であり、特に円周方向の限界圧縮率が加工性良否の評価指標になりうることを見出した。この方法を用いて、素管製造工程での各熱処理条件が圧縮変形能に及ぼす影響を把握することができた。最終的に、材料の変形能を圧縮試験の円周方向限界圧縮率で、加工条件を圧延解析から得られたフランジ部のひずみ比-εr/εθで示すことによって、冷間ピルガ圧延の加工性を全体的に把握することができた。

大ひずみ加工の効果と圧延工具孔型設計の研究は高加工度圧延の取り組みの中で行われた。高加工度圧延の実現のため圧延試験と圧延解析を行い、適正圧延工具と適正圧延スケジュールを調査した。そして91%の高加工度冷間圧延を実現した。これはひずみでは2.4に相当する大ひずみ冷間圧延である。中間圧延にこの高加工度圧延を適用し、最終管において結晶粒の細粒化とそれに伴う機械的性質の向上を確認することができた。

ジルコニウム合金管への高周波熱処理の適用については材料特性を考慮した熱処理装置を開発した。この熱処理装置は素管表面熱処理と素管全肉厚熱処理の両方に適用可能なものであった。この装置は温度制御性が良好であり、耐食性向上に必要な加熱能力と冷却特性を有することを確認した。この高周波熱処理を適用した素管から製造した最終管ではノジュラー耐食性が向上し、その他の機械的性質などには影響が現れないことを確認した。

一連の研究で得られた知見を基に長寿命燃料用ジルコニウム合金管の開発を行った。PWRでは、集合組織調整と新ジルコニウム合金の安定製造そして高加工度圧延を実現した。BWRでは高周波熱処理を適用した高耐食性Zrライナ管の開発と安定製造、そして高耐食性Zr2管の高加工度圧延を実現した。集合組織調整管とZrライナ管は耐SCC性に、新ジルコニウム合金と高周波熱処理は耐食性の向上にそれぞれ寄与している。

これらによって燃料の安全性が高まり、長寿命化が実現し高レベル放射性廃棄物である使用済燃料の発生量削減につながった。その削減量はPWR 、BWRともおよそ30%と見込まれており、今後の環境負荷低減に寄与するものである。また高加工度圧延の実現は燃料製造コスト低減に寄与している。このように本研究は、最初に述べた原子力発電の3つの視点全てに貢献することができた。

また金属製管材の冷間加工技術という点では、本研究では材料と加工条件の両面から冷間加工性に検討を加えた。材料面では結晶粒径、集合組織、そして圧縮変形能などが冷間ピルガ圧延の加工性に影響することを明らかにした。加工条件面では圧延試験と圧延解析を行い、冷間ピルガ圧延中のひずみ履歴、すなわち半径ひずみと円周ひずみの比が加工性に影響することを明らかにした。この両面を合わせて総合的に加工性の評価を行った。この知見はチタン合金などにも応用可能なことも示した。今後ますます、難加工材が高性能管材の候補に挙げられる傾向は強まっていく。こうした中、本研究で示した調査手法は加工実績のない金属材料に対して、冷間ピルガ圧延の可能性を検討する上で参考になると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

国内総発電量の約3分の一を占める原子力発電は、CO2排出量が極めて低い等の特徴があり、今後ますます世界的に重要なエネルギー供給源となることが期待されている。また原子力発電には、安全性の確保、放射性廃棄物の削減、および発電コストの低減が今後の課題として上げられるが、いずれにも原子力発電用核燃料が深く関わっている。軽水炉用核燃料の寿命は数年であり、交換年数の長短が廃棄物の発生やコストに関連する。核燃料の寿命延長における大きな課題が、燃料を被覆する燃料被覆管の健全性の確保である。燃料被覆管には現在ジルコニウム合金が利用されており、1980年代より核燃料の超寿命化を目指して燃料被覆管の性能向上、具体的には、耐応力腐食割れ性(耐SCC性)と耐食性の向上がはかられてきた。応力腐食割れは、核分裂にて発生するヨウ素の腐食環境下で燃料被覆管が核燃料ペレットから受ける内圧による割れであり、高温水に曝される燃料被覆管外表面での腐食としては、特に軽水炉ではノジュラー腐食と呼ばれる白色結節状の酸化が問題となっている。

核燃料被覆管であるジルコニウム合金管は、真空溶解によるインゴット製造、熱間鍛造、熱間押出しにより成形された素管を、焼鈍と冷間加工とを繰り返して薄肉化縮径および延伸することによって製造される。ここでの冷間加工には、圧縮変形を基本としているため加工性が悪い高合金管の高加工度での製造に適した、ピルガ圧延が利用される。この工程は、燃料被覆管の性能および品質に大きく影響するため、本論文では、燃料の超寿命化を目指し、ジルコニウム合金管の冷間加工技術について、検討を行った。論文は7章によって構成されている。

第1章は序論であり、研究の背景と目的について述べている。第2章では、冷間ピルガ圧延時のジルコニウム合金管の集合組織形成についてまとめた。ジルコニウム合金はα相で稠密六方晶となり、冷間加工中によって多様な異方性を発現する。この異方性すなわち集合組織の発達は、従来はQ値(=肉厚加工度/径加工度)によって論じられてきたが、本研究ではさらに断面減少率の影響が大きいこと、形成された集合組織は焼鈍後も残留すること、新しいパラメータとして局所塑性ひずみ比を半径方向ひずみの円周方向ひずみに対する比として定義し、このパラメータによって集合組織形成の過程を予測しえることを示した。第3章はジルコニウムライナ管(二重管)の冷間加工性、具体的には内面しわの抑制についての検討し、適切な製造条件を見出した。第4章は、ジルコニウム合金管の熱処理についての研究である。熱処理についての基礎的な研究の成果を踏まえ、全肉厚熱処理と表面熱処理の双方に利用できる高周波熱処理装置を新たに開発し、この熱処理を行った素管から製造した燃料被覆管では耐食性(耐ノジュラー腐食性)が向上することを示した。第5章は、冷間加工性を評価するために考案した、円柱試験片による圧縮試験法について述べている。第6章は、ここまでの研究成果を踏まえた高加工度圧延法の研究である。適正な工具と圧延スケジュールを選定することで、減面率が90%を超える高加工度圧延を実現し、さらにこの製造工程を経ることで最終製品の結晶粒が微細化され機械的特性が向上することが示された。第7章は総括であり、研究成果をまとめ、他の稠密六方晶系難加工材料への適用など、本論文の波及効果について述べた。

以上に述べたとおり本研究は、原子力発電用燃料の長寿命化に関連した冷間加工技術について、加工プロセスと材料の両面から論じたもので、今後の原子力発電の進展に寄与する点で工業的な価値は高い。また、稠密六方晶の加工における集合組織形成過程やその冷間加工性および評価試験法などについて論じていること、さらに本論文の内容が、5編の原著論文(内4編は英文)として公表されていることは、工学的にも高く評価できる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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