学位論文要旨



No 217098
著者(漢字) 嶋﨑,守
著者(英字)
著者(カナ) シマザキ,マモル
標題(和) 固体アクチュエータを用いたスマート構造によるアクティブ振動制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 217098
報告番号 乙17098
学位授与日 2009.02.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17098号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤田,隆史
 東京大学 教授 須田,義大
 東京大学 准教授 新野,俊樹
 東京大学 准教授 鈴木,高宏
 東京大学 准教授 中野,公彦
内容要旨 要旨を表示する

1980年代後半頃からスマート構造と呼ばれる新しい構造概念が盛んに研究されるようになった。スマート構造を適用した技術は、スマート材料が用いられるため、構造が単純である、信頼性が向上する、大量生産向きの低コスト化など、従来技術と比べてさまざまな利点を有する可能性を持った新しい技術であると考えられるが、これまでのスマート構造に関するほとんどの研究は、大出力のアクチュエータを必要としない航空機や宇宙構造物の振動制御や形状制御への適用を目指した研究である。本研究は、地上の大規模構造物や大型の機器のアクティブ振動制御へのスマート構造の適用可能性について検討したものである。すなわち、大出力のアクチュエータを必要とするために従来困難と考えられていた全く新しい分野への適用を目指すものであり、具体的には、建築構造物のアクティブ制振、免震精密生産施設のアクティブ微振動制御、天井懸架型手術顕微鏡のアクティブ微振動制御の3つのアクティブ振動制御へのスマート構造の適用可能性について検討した。本論文は、以下に示す全6章からなっている。

第1章 序論

第1章では、まず、本研究の背景と目的を述べ、次に関連する既往の研究を詳細に分類して紹介した。さらに、本研究の特長を述べ、最後に本論文の構成を示した。

第2章 スマート構造のための固体アクチュエータ

本研究は、スマート構造の概念を地上の大規模構造物や大型の機械に適用したアクティブ振動制御に関する研究であるため、比較的大出力の積層型ピエゾアクチュエータや超磁わいアクチュエータなどの固体アクチュエータを用いることが非常に有効である。第2章では、積層型ピエゾアクチュエータおよび超磁わいアクチュエータをスマート構造のためのアクチュエータとして用いることを念頭においた単体特性実験を行なった。その結果、両アクチュエータとも十分に速い応答速度を持っていること、単位長さあたりの最大発生変位は0.4×10-3~0.8×10-3程度で、ほぼ同等であること、積層型ピエゾアクチュエータの単位面積あたりの発生力は約26~48N/mm2で、超磁わいアクチュエータの約1.8~3.1N/mm2と比べ、はるかに大きいことなどを明らかにした。この結果、構造信頼性からは超磁わいアクチュエータの方が勝るが、大きな発生力が必要な場合や軽量・コンパクト性が必要な場合には積層型ピエゾアクチュエータの方が有利であり、精密機器の微振動制御など、必ずしも大出力、コンパクトなアクチュエータが必要とされない場合は超磁わいアクチュエータが有利であることを示した。

第3章 ピエゾアクチュエータを用いたスマート構造による建築構造物のアクティブ制振

第3章では、ピエゾアクチュエータを用いたスマート構造による建築構造物のアクティブ制振について検討した。すでに、柱にピエゾアクチュエータを組込んだスマート構造により建築構造物をアクティブ制振する方法は研究されている。この技術を実大の建物に適用できるかどうかを見極めるためには、制振性能の予測が可能である必要があるが、従来の研究では、ピエゾアクチュエータを組込んだ時のアクチュエータ発生力が推定できないために制振性能の予測をすることが出来ない。本章では、まず、建物の柱にピエゾアクチュエータを組込んだ際の発生力の解析方法を提案し、静的加力実験結果および振動実験結果と比較し、その妥当性を示し、従来困難であった制振性能の予測を可能にした。また、高さ31mの9階建ての実大建物を想定し、スマート構造を適用した場合の制振性能の予測解析を行なった結果、24個の大型ピエゾアクチュエータを用いた場合、アクティブ・マスダンパによる制振に比べ、同等以上の制振性能を有することを示した。さらに、スマート構造を適用して超高層建物のアクティブ制振を行なう場合、断面が250×250mm程度の大型ピエゾアクチュエータが必要になるものと考えられることを示した。

第4章 ピエゾアクチュエータを用いたスマート構造による免震精密生産施設の総合的アクティブ微振動制御

第4章では、ピエゾアクチュエータを用いたスマート構造による免震精密生産施設の総合的アクティブ微振動制御について検討した。半導体工場や液晶パネル工場などの精密生産施設では、製造工程で製品に悪影響を及ぼす微振動が問題となっており、製品の高集積化・高性能化にともなって、微振動の低減要求はますます高まっている。現在では、機器を対象としたアクティブ微振動制御装置が実用化されているが、このような局所的なアクティブ微振動制御では、今後対処しきれなくなると考えられる。また、日本のような地震国における精密生産施設では、建物内部の設備機器をも効果的に地震から守るために、免震構造の採用が望ましい。そこで本章では、免震精密生産施設を対象に、ピエゾアクチュエータを用いたスマート構造によって、製造フロア全体や建物全体をアクティブ微振動制御するシステムについて、総質量6.9tの建物モデルを用いて検討した。この結果、粘性せん断型ダンパを用いたパッシブ免震システムは、水平方向の微振動に対してかなり有効な制振効果を有すが、強風に対しても有効であること、パッシブ免震に柱・はりに組込まれたピエゾアクチュエータを加えたシステムで水平方向の微振動を更に効果的に低減できること、また、鉛直方向には粘性せん断型ダンパの効果がないため、はりに組込まれたピエゾアクチュエータによるアクティブ制御は非常に有効であることを示し、より低コストで現実的なシステムとして、粘性せん断型ダンパを用いたパッシブ免震に、制御対象床のはりにピエゾアクチュエータを組込んで上下動をアクティブ制御するシステムが考えられることを示した。本研究では、外乱として、設備機器等が発生する内生微振動、また、地盤の常時微動や交通振動などによる外来微振動、さらに、風を考慮したものであり、これは他に類を見ない研究である。

第5章 超磁わいアクチュエータを用いたスマート構造による天井懸架型手術顕微鏡のアクティブ微振動制御

第5章では、超磁わいアクチュエータを用いたスマート構造による天井懸架型手術顕微鏡のアクティブ微振動制御について検討した。緻密な施術が必要な手術では手術顕微鏡が用いられているが、現在、手術顕微鏡を使用している病院によっては、空調機器などの機械や、人間の歩行などを振動源とする天井スラブの微振動が顕微鏡に伝わって手術に支障をきたすといった問題が生じている。従来のパッシブ除振技術による対策では、除振性能を向上させると顕微鏡の支持剛性の極端な低下を招いてしまう欠点があるため、多関節アーム先端に小形・軽量なアクティブ動吸振器を設置して制御することで、支持剛性を低下させずに十分な制振性能を得る方法が提案されているが、設置スペースの点で適用範囲が制限される。本研究では、現実的な解決方法として、超磁わいアクチュエータを用いた制御装置を介して顕微鏡を支持してアクティブ制御する方法を提案した。これは、ほとんどの天井懸架型手術顕微鏡に容易に適用可能である。アクティブ微振動制御実験の結果、顕微鏡先端の絶対変位を最大約18%に低減することが可能であること、4つの様々な姿勢において、同一の制御器で良好な制御性能を得られることを示した、さらに、アクティブ・パッシブ切換え則を構築し、制御系が不安定になるような外乱に対してアクティブ・パッシブ切換え制御を行ない、その有効性を示した。また、本アクティブ微振動制御装置による顕微鏡の支持剛性は、水平が2Hz程度,鉛直が13Hz程度であり、超磁わいアクチュエータを用いることで支持剛性の極端な低下を防いだことも示した。

第6章 結論

第6章では、各章で得られた結論を要約して述べた。

以上のように、本研究は、全く新しい分野へのスマート構造の適用を目指したものであり、建築構造物のアクティブ制振、免震精密生産施設のアクティブ微振動制御、天井懸架型手術顕微鏡のアクティブ微振動制御へのスマート構造の適用可能性について、固体アクチュエータと大型の建物モデルや実用の機器を用いたアクティブ振動制御実験/解析を通して検討した。その結果、従来困難と考えられていた地上の大規模構造物や大型の機器のアクティブ振動制御へのスマート構造の適用可能性を示したものである。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「固体アクチュエータを用いたスマート構造によるアクティブ振動制御に関する研究」と題し、6章から構成されている。

第1章「序論」では、まず、本研究の背景と目的を述べ、次に関連する既往の研究を詳細に分類して紹介している。そして、本研究の特長が、地上の大規模構造物や大型の機器のアクティブ振動制御など従来困難と考えられていた対象へのスマート構造の適用を目指したものにあることを述べ、最後に本論文の構成を示している。

第2章「スマート構造のための固体アクチュエータ」では、積層型ピエゾアクチュエータおよび超磁わいアクチュエータの単体特性実験を行ない、両アクチュエータとも十分に速い応答速度を持っていること、単位長さあたりの最大発生変位は0.4×10-3~0.8×10-3程度でほぼ同等であること、積層型ピエゾアクチュエータの単位面積あたりの発生力は約26~48N/mm2で、超磁わいアクチュエータの約1.8~3.1N/mm2と比べ、はるかに大きいことなどを明らかにしている。この結果、大きな発生力が必要な場合や軽量・コンパクト性が必要な場合には積層型ピエゾアクチュエータの方が有利であり、必ずしも大出力、コンパクトなアクチュエータが必要とされない場合はより頑強な超磁わいアクチュエータが有利であることを示している。

第3章「ピエゾアクチュエータを用いたスマート構造による建築構造物のアクティブ制振」では、柱にピエゾアクチュエータを組込んだスマート構造により建築構造物をアクティブ制振する方法の、実大建物への適用可能性を検討している。そのため、まず、建物の柱にピエゾアクチュエータを組込んだ際の発生力の解析方法を提案し、静的加力実験結果および振動実験結果と比較し、その妥当性を示し、従来困難であった制振性能の予測を可能にしている。次に、高さ31mの9階建て実大建物を対象に、スマート構造を適用した場合の制振性能の予測解析を行ない、アクティブ・マスダンパによる制振と比較して同等以上の制振性能を有することを示している。

第4章「ピエゾアクチュエータを用いたスマート構造による免震精密生産施設の総合的アクティブ微振動制御」では、半導体工場などの精密生産施設、特に、実用化が始まっている免震精密生産施設を対象として、ますます高度化する微振動低減要求に答えるためには機器を対象とした局所的なアクティブ微振動制御では今後対処しきれなくなるとの立場から、ピエゾアクチュエータを用いたスマート構造によって、製造フロア全体や建物全体をアクティブ微振動制御するシステムを検討している。総質量6.9tの建物モデルを用いた振動制御実験の結果、粘性せん断型ダンパを用いたパッシブ免震システムは水平方向の微振動に対してかなり有効であること、パッシブ免震に柱・はりへピエゾアクチュエータを組み込んだスマート構造は水平方向の微振動に対して更に低減効果があること、また、鉛直方向にはパッシブ免震は対応できないので、スマート構造は非常に有効であることを示している。この結果より、より低コストで現実的なシステムは、粘性せん断型ダンパを用いたパッシブ免震に、制御対象床のはりにピエゾアクチュエータを組込んで上下動をアクティブ制御するシステムであることを示している。

第5章「超磁わいアクチュエータを用いたスマート構造による天井懸架型手術顕微鏡の アクティブ微振動制御」では、天井スラブの微振動が顕微鏡に伝わって手術に支障をきたす場合のある天井懸架型手術顕微鏡を対象として、超磁わいアクチュエータを用いた制御装置を介して顕微鏡を支持してアクティブ制御する方法を検討している。アクティブ微振動制御実験の結果、顕微鏡先端の振動(絶対)変位を最大約18%に低減することが可能であること、様々な姿勢において、同一の制御器で良好な制御性能を得られることを示している。さらに、制御系が不安定になるような外乱に対しては、開発したアクティブ・パッシブ切換え制御が有効であることを示している。

第6章「結論」は、以上の結果を総括したものである。

以上を要約すると、本論文は、建築構造物のアクティブ制振、免震精密生産施設のアクティブ微振動制御、天井懸架型手術顕微鏡のアクティブ微振動制御へのスマート構造の適用可能性について、固体アクチュエータと大型の建物モデルや実用の機器を用いたアクティブ振動制御実験および解析によって検討し、従来困難と考えられていた地上の大規模構造物や大型の機器のアクティブ振動制御へのスマート構造の適用可能性を示したものであり、振動工学・制御工学に寄与するところ大と思われる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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