学位論文要旨



No 217099
著者(漢字) 佐藤,栄児
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,エイジ
標題(和) スマート材料を用いた減衰力可変ダンパによる建築構造物のセミアクティブ免震に関する研究
標題(洋)
報告番号 217099
報告番号 乙17099
学位授与日 2009.02.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17099号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤田,隆史
 東京大学 教授 須田,義大
 東京大学 教授 川口,健一
 東京大学 准教授 鈴木,高広
 東京大学 准教授 中野,公彦
内容要旨 要旨を表示する

地震動から構造物を守る技術として「耐震」,「制震」,「免震」などがある.そのうち免震技術は,構造物のみでなくその中に設置された様々な機器も地震による被害から守ることができ,非常に有用であり,さまざまな構造物に実用化されている.これらの免震構造では,高い免震効果を得るため,近年免震周期の長周期化などが進んでいる.

一方,現在地震学の分野で巨大地震や長周期成分を含む地震の発生が懸念されている.これらの地震動が発生した場合,免震構造では想定以上の巨大地震や長周期地震動による共振現象により,地盤と免震された構造物との間に非常に大きな相対変位が発生するという問題がある.これらの問題を解決するために,免震構造の減衰特性を構造物の応答に応じて変化させることで,従来のパッシブ免震以上の性能を実現させるセミアクティブ免震技術が検討されてきた.しかし,これまで検討されてきたセミアクティブ免震での可変ダンパは,サーボ弁を用いた油圧アクチュエータによる可変摩擦ダンパなどであり,可変減衰機構が大がかりで,可変機構へのエネルギ供給と装置の性能維持のための定期的なメンテナンスなどを必要とするものであった.このため,信頼性および高額な費用などの理由からセミアクティブ免震は実用化に至っていない.

一方,1980年代後半頃からスマート材料(インテリジェントマテリアル)を用いたスマート構造と呼ばれる研究等が盛んに行われてきた.スマート材料とは,自己診断および自己修復機能をもった材料あるいは複合材料で,その材料自体が,外部からの刺激や自らの変化を関知し(センサー機能),その刺激や変化に対して適切に反応する(アクチュエータ機能)材料である.このスマート材料を構造部材に埋込んだり貼付けたりして融合させ,言わば,構造部材に筋肉や神経の機能を持たせた構造を一般にスマート構造と呼んでいる.これらの材料を用いたスマート構造は,構造が単純で小型化できる,高機能・高精度である,信頼性が向上する,低コストで大量生産が可能であるなど,従来技術と比べてさまざまな利点を有する可能性を持った新しい技術である.

本研究では,このスマート材料を用いることで可変減衰機構を簡素化でき,性能,信頼性およびメンテナンス性も向上し,低コスト化が可能と考えられるセミアクティブ免震用可変ダンパを3種類提案し,それらの可変ダンパを用いたセミアクティブ免震構造の性能を実験的,解析的に明らかにしている.ここでは,可変減衰機構を実現できるスマート材料として,「ピエゾアクチュエータ」,「磁性粘性流体(MR流体)」,「超磁歪アクチュエータ」に注目し,それぞれのスマート材料を用いた可変ダンパによるセミアクティブ免震構造の性能について検証した.さらに実大免震建物を対象とした,それらの可変ダンパの適用性について検討した.

「ピエゾアクチュエータを用いた可変摩擦ダンパによる建築構造物のセミアクティブ免震」に関する研究では,可変摩擦機構にピエゾアクチュエータを用いることで機構的に簡素で応答性の高い可変摩擦ダンパを提案した.さらに本可変摩擦ダンパには,セミアクティブ免震の信頼性の向上のためフェールセーフ機能を組み入れた.これにより従来にない可変摩擦ダンパを実現した.本可変摩擦ダンパの性能検証を行うため単体での特性実験を行い,セミアクティブ免震用の可変ダンパとして十分な性能を有していることを明らかにした.この単体実験結果から可変摩擦ダンパの数値モデルを構築し,セミアクティブ免震の数値解析により性能の検討を行い,本システムの有効性を明らかにした.さらに小型免震建物モデルを用いた振動台による振動制御実験により,提案した可変摩擦ダンパを用いたセミアクティブ免震構造物の各種性能について検証実験を行い,セミアクティブ免震の有効性を示した.

「MR流体を用いた可変粘性ダンパによる建築構造物のセミアクティブ免震」に関する研究では,すでにいくつか研究実績もあるMR流体を用い機構的に簡単である可変粘性ダンパ(MRダンパ)について検討した.MRダンパは,その構造およびMR流体の特性から入出力間に応答の遅れが存在しているが,既往の研究ではMRダンパの応答性の遅れについて検討しているものはなく,本研究ではMRダンパの遅れを考慮したセミアクティブ免震構造について検討した.MRダンパ単体での特性実験を行い,応答性を含め各種性能を明らかにし,本特性実験結果からMRダンパの数値モデルを構築した.MRダンパの応答性の遅れを考慮したセミアクティブ免震制御則を提案し,本セミアクティブ免震制御則の有効性を数値解析により示した.さらに小型免震建物モデルを用いた振動制御実験により,MRダンパの遅れを考慮した場合のセミアクティブ免震構造の性能向上について明らかにした.

「超磁歪アクチュエータ駆動の油圧システムを用いた可変摩擦ダンパによる建築構造物のセミアクティブ免震」に関する研究では,実大構造物への拡張性を考慮し,車両用のブレーキシステムとして研究されている超磁歪アクチュエータ駆動の油圧ポンプを応用した可変摩擦ダンパを開発,提案した.本油圧ポンプは,直接超磁歪アクチュエータを制御するため構造が簡素で応答性が向上する.本可変摩擦ダンパにフェールセーフ機能を組込むため摩擦発生部にネガティブブレーキを採用した.本可変摩擦ダンパは,サーボ弁を用いた油圧システムではなく車両等の油圧ブレーキシステムを高度化した油圧システムを用いているため,メンテナンス性がよく,低コスト化が期待できる.さらに油圧システムであるため,可変摩擦ダンパの能力の拡張性が高く実大建物への適用に有利となる.本油圧ポンプとネガティブブレーキを用いたブレーキシステムが,セミアクティブ免震用の可変摩擦ダンパとして十分な性能を有することを,可変摩擦ダンパ単体での特性実験より明らかにした.さらに本可変摩擦ダンパを用いたセミアクティブ免震構造が,有効であることを,小型免震建物モデルを用いた振動制御実験により示し,本可変摩擦ダンパによるセミアクティブ免震が実現可能であることを示した.

「セミアクティブ免震の実大免震建物への適用に関する検討」では,小型免震建物モデルを用いて振動制御実験を行い検討してきた「ピエゾアクチュエータ」,「MR流体」および「超磁歪アクチュエータ」の3つのスマート材料を用いたセミアクティブ免震用可変ダンパに関し,実大免震建物への適用性について設計検討を行った.さらに,実現性について地震応答解析により検討した.実大の高層,中層,低層建物モデルを対象としたセミアクティブ免震構造に関して,近年多大な被害の発生が懸念されている直下型巨大地震での短周期地震動や海溝型巨大地震での長周期地震動に対する応答低減性能について数値解析により明らかにした.さらにこれらの結果から提案したスマート材料を用いた可変ダンパのうち,最適なセミアクティブ免震用可変ダンパを明示した.

以上より,本研究では有効と考えられるスマート材料を用いたセミアクティブ免震用可変ダンパついて検討し,数値解析および小型免震建物モデルを用いたセミアクティブ免震構造の振動制御実験により応答低減性能について検証した.さらにそこで得られた結果をもとに,実大免震建物のセミアクティブ免震構造の実現性について示し,最適なスマート材料を用いた可変ダンパを示した.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「スマート材料を用いた減衰力可変ダンパによる建築構造物のセミアクティブ免震に関する研究」と題し、6章から構成されている。

第1章「序論」では、セミアクティブ免震が望まれている背景として長周期地震動の問題を指摘し、セミアクティブ免震を実現する減衰力可変ダンパとしてスマート材料を用いたそれの利点を挙げ、これらに関する従来の研究について述べ、本研究の目的および本論文の構成を示している。

第2章「ピエゾアクチュエータを用いた可変摩擦ダンパによる建築構造物のセミアクティブ免震」では、ピエゾアクチュエータを用いた機構的に単純で応答性が高く、しかもフェールセーフ機能を組み入れた可変摩擦ダンパを提案している。本可変摩擦ダンパは、特性実験によりセミアクティブ免震用の可変ダンパとして十分な性能を有していることを明らかにし、また、可変摩擦ダンパの解析モデルを構築し、セミアクティブ免震の数値解析により性能の検討を行って、本システムの有効性を明らかにしている。さらに小型免震建物モデルを用いた振動台による振動制御実験により、提案した可変摩擦ダンパを用いたセミアクティブ免震構造の各種性能について検証実験を行い、セミアクティブ免震の有効性を示している。

第3章「MR流体を用いた可変粘性ダンパによる建築構造物のセミアクティブ免震」では,既にいくつかの研究実績があるMR流体を用いた可変粘性ダンパ(MRダンパ)について検討している。ただし、本研究では、既往の研究で無視されていたMRダンパの応答の遅れを考慮したセミアクティブ免震構造について検討している。すなわち、MRダンパ単体での特性実験を行って解析モデルを構築し、MRダンパの応答の遅れを考慮したセミアクティブ免震制御則を提案し,本セミアクティブ免震制御則の有効性を数値解析により示している。さらに小型免震建物モデルを用いた振動制御実験により,MRダンパの遅れを考慮した場合のセミアクティブ免震構造の性能向上について明らかにしている。

第4章「超磁歪アクチュエータ駆動の油圧システムを用いた可変摩擦ダンパによる建築構造物のセミアクティブ免震」では,実大構造物への拡張性を考慮し,車両用のブレーキシステムとして研究されている超磁歪アクチュエータ駆動の油圧ポンプを応用した可変摩擦ダンパを提案している。本可変摩擦ダンパは、直接超磁歪アクチュエータを制御する単純な構造の油圧ホンプを有し、さらにフェールセーフ機能を組込むために摩擦発生部にネガティブブレーキ構造を採用している。そのため、サーボ弁を用いた油圧システムに比べて、メンテナンス性がよく、低コスト化、能力拡張化が期待できる。単体特性実験を通して本可変摩擦ダンパの性能を明らかにし、解析モデルを構築し、小型免震建物モデルを用いた振動制御実験により本可変摩擦ダンパを用いたセミアクティブ免震構造の有効性を示している。

第5章「セミアクティブ免震の実大免震建物への適用に関する検討」では、ピエゾアクチュエータ、MR流体、および超磁歪アクチュエータの3つのスマート材料/素子を用いたセミアクティブ免震用可変ダンパに関し,実大免震建物への適用性について設計検討を行い、MR流体および超磁歪アクチュエータを用いた可変ダンパの実現可能性を明らかにしている。さらに、実大の高層,中層,低層建物モデルを対象としたセミアクティブ免震構造に関して,近年多大な被害の発生が懸念されている直下型巨大地震での短周期地震動や海溝型巨大地震での長周期地震動に対する応答低減性能について数値解析により検討し、MR流体を用いた可変ダンパが最適なセミアクティブ免震用可変ダンパであることを明らかにしている。

第6章「本論文の結論」は、以上の結果を総括したものである。

以上を要約すると、本論文は、有効と考えられる3種類のスマート材料を用いたセミアクティブ免震用可変ダンパついて検討し,数値解析および小型建物モデルを用いた振動制御実験により応答低減性能を検証し、MR流体を用いた可変ダンパが最適なセミアクティブ免震用可変ダンパであることを明らかにするとともに、その実大建物への適用性を示したものであり、振動工学・制御工学に寄与するところ大と思われる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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