学位論文要旨



No 217100
著者(漢字) 後藤,啓光
著者(英字)
著者(カナ) ゴトウ,ヒロミツ
標題(和) 絶縁性セラミックスのワイヤ放電加工に関する研究
標題(洋)
報告番号 217100
報告番号 乙17100
学位授与日 2009.02.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17100号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 毛利,尚武
 東京大学 教授 小林,郁太郎
 東京大学 教授 高増,潔
 東京大学 教授 佐久間,一郎
 東京大学 准教授 山本,晃生
内容要旨 要旨を表示する

本研究は,加工が不可能であった絶縁性セラミックスに対するワイヤ放電加工を実現するものである.

機能性セラミックスは,半導体材料と共に今世紀の基幹材料の一つである.現在,セラミックスの機能性を生かした応用が多くの分野で試みられている. 機能性部材としてセラミックスを使用するためにはセラミックス材料に対して本来の機能性のほかに複雑な形状を付与する必要がある.

セラミックスの持つ高強度,高硬度という長所は,加工の面では難加工性という短所となり,複雑形状部品の作製が極めて困難となる.現在,セラミックスへの形状加工はダイヤモンドによる研削加工が最も一般的な方法である.そのため,加工可能な形状に大きな制約を受けるだけではなく,加工能率が悪く,加工精度が不十分となり加工コストが増大する.

一方,放電加工法は被加工物の硬さに依存することなく加工を行うことができる.また,複雑な形状を容易に加工することができるため,導電性のあるセラミックスに対しては,放電加工やワイヤ放電加工がきわめて有用な加工法であると考えられる.特に,ワイヤ放電加工法は,他の加工方法では実現が極めて困難な形状を容易に,かつ高精度に達成することが出来る.そのため,複雑な製品の無人化加工に革新を与え,産業界で確固たる地位を築き上げている.絶縁性セラミックスに対するワイヤ放電加工法が実現すれば,セラミックスの優れた性能を十分に発揮することが出来る.しかしながら,機能性セラミックスの多くは絶縁性を有し,絶縁性セラミックスの加工方法として放電加工法が適用されることはほとんどなかった.

本研究では,「補助電極法」と呼ばれる一種の表面改質法を用い,絶縁性セラミックスに対するワイヤ放電加工を実施する.「補助電極法」は,一種の表面改質現象を利用した絶縁性材用に対する放電加工法であり,加工対象となる絶縁性の材料をあらかじめ導電性の材料で覆い,放電加工油の中で加工を行い,加工中に発生する熱分解カーボンや電極材料,および母材成分との炭化物などにより,導電性を有する被膜を絶縁性材料の表面に形成させ,加工を行う手法である.

本研究では,一般に広く利用される黄銅ワイヤを使用し,絶縁性Si3N4セラミックスに対するワイヤ放電加工を実施した.頻発するワイヤ電極線の断線を回避し,2層式補助電極処理法を開発によって,厚さ100mmのSi3N4ブロックの加工を実現した.さらに,加工速度,表面粗さ,各種形状精度の測定および各種複雑形状加工を実施することによって,本加工法の有効性を示した.

以上の実験により,絶縁性セラミックス加工において特有の放電現象が確認され,市販の加工機では加工特性の向上などにおいて十分に対応できないことが明らかとなった.そこで,独自の制御を搭載できる「モジュラー型ワイヤ放電加工機」を製作した.これにより,金属の加工時には特に影響を与えない因子である放電検知電圧の設定値が,絶縁性セラミックスの加工においては大きな影響を与えることを突き止めた.また,「長パルス放電」と呼ばれる特殊な放電波形にも対応が可能な「放電波形解析ソフト」を開発した.このソフトによる放電状態の解析によって,加工中の導電性被膜の抵抗変動を評価し,加工の安定性,導電性被膜形態と放電波形の関係について考察した.これらの評価結果に基づいた制御によって,工業的に求められる表面粗さでの仕上げ加工を達成した.

さらに,加工後にセラミックス表面に形成される導電性被膜や加工屑成分を同定し,導電性被膜の主成分がSiであることを示した.また,長パルス放電の放電持続時間を任意に制限するための放電検知電圧を別に設け,長パルス放電と加工特性の関係を詳細に調査し,加工メカニズムを推定した.不活性ガス中のワイヤ放電加工の実施より推定したメカニズムを実証し,先行研究である形彫放電加工で得られている現象と照らし合わせ,各加工条件における絶縁性セラミックスの加工プロセスを解明した.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「絶縁性セラミックスのワイヤ放電加工に関する研究」と題し,これまで,加工が不可能であると考えられてきた絶縁性セラミックスに対するワイヤ放電加工を実現したものである.

本論文は,全5章から構成されている

第1章「緒論」では,本研究の背景と目的,および本論文の構成について述べている.放電加工の原理,電源回路,放電波形の制御について概説し,本研究で適用するワイヤ放電加工の工業的な位置づけについて述べ,さらに絶縁性材料に対する放電加工に関して先行研究を踏まえて現状を整理し,絶縁性セラミックスの放電加工におけ・る技術的な課題を述べている.また,本研究でキーテクノロジーとなる「補助電極法」について述べ,絶縁性セラミックスに対するワイヤ放電加工法の有用性を述べている.

第2章「ワイヤ放電加工における補助電極法の適用」では,一般に広く利用されている黄銅ワイヤ電極を用い,絶縁性Si3N4セラミックスに対するワイヤ放電加工を実施した.断線したワイヤ電極の観察を行い,放電波形の時間的な変化を抑えることで頻発するワイヤ電極線の断線を回避し,加工を継続させることができることを示している.

さらに,あらかじめセラミックス表面に施す,補助電極処理法を再検討し,補助電極に求められる機能を検討し,2層式の補助電極処理法を開発することで厚さ100mmのSi3N4,ブロックに対するワイヤ放電加工を実現した.また,加工速度,表面粗さ,各種形状精度の測定および各種複雑形状加工を実施することによって,絶縁性セラミックスに対するワイヤ放電加工法の有効性を示した.

第3章「絶縁性セラミックス用ワイヤ放電加工機の製作」では,2章までの研究において明らかとなった絶縁性セラミックス加工における特有の放電現象に対して,市販の加工機では加工特性の向上などにおいて十分に対応できないことを述べ,独自の制御機能を搭載できる「モジュラー型ワイヤ放電加工機」を製作し加工を実施している.その結果,金属加工の際には特に影響を与えない因子である放電検知電圧の設定値が,絶縁性セラミックスの加工においては大きな影響を与えることを突き止め,この設定値によって,実際の放電電流およびD.F.(デュ一ティファクタ)値が変化することを明らかにした。また,絶縁性セラミックスの放電加工において観察される「長パルス放電」と呼ばれる特殊な放電波形の評価にも対応が可能な「放電波形解析ソフト」を開発した.このソフトウェアを用いた放電状態の解析によって,加工中の導電性被膜の抵抗変動を評価し,加工の安定性,導電性被膜形態と放電波形の関係について述べている.また,これらの評価結果に基づいた制御を実施することによって,工業的に求められる表面粗さ程度での仕上げ加工を達成した.

第4章「加工メカニズムの解明」では,加工後にSi3N4セラミックス表面に形成される導電性被膜や加工屑成分をSEM観察,EDS分析,XRD分析などで同定し,導電性被膜の主成分がSiであることを示した.また,長パルス放電の放電持続時間を任意に制限するための放電検知電圧を別に設け,長パルス放電と加工特性との関係を詳細に調査し,絶縁性Si3N4セラミックスの加工メカニズムを推定した.さらに,補助電極法を用いたセラミックスの放電加工では実現できなかった不活性ガス中のワイヤ放電加工を実施し,本論文で推定したセラミックスのメカニズムを実証している.さらに,先行研究である絶縁性セラミックスに対する形彫放電加工で得られている各種現象と照らし合わせ,各加工条件における絶縁性セラミックスの加工プロセスを解明している.

第5章「本研究の総括」では,本研究で得られた成果についての総括を行い,さらに今後の展望について述べている.

このように,本論文でなされた研究は,絶縁性セラミックスに対するワイヤ放電加工の有効性を示すと共に,絶縁性セラミックスに対する放電加工が実現できる加工機を開発し,さらに,本論文で提案・開発した加工機械および加工特性の評価法を用い,絶縁性セラミックスの加工メカニズムを明らかにし,放電加工の分野において新たな可能性を示したものである.その成果は,次世代における加工技術の発展に大きく貢献するものといえる.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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