学位論文要旨



No 217101
著者(漢字) 松木,則夫
著者(英字)
著者(カナ) マツキ,ノリオ
標題(和) 頑健なブレンド処理のための立体表現の拡張と手続き的な面表現に関する研究
標題(洋)
報告番号 217101
報告番号 乙17101
学位授与日 2009.02.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17101号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木村,文彦
 東京大学 教授 毛利,尚武
 東京大学 教授 佐々木,健
 東京大学 准教授 横井,浩史
 東京大学 教授 青山,和浩
内容要旨 要旨を表示する

本論文では,立体モデルに基づくCAD/CAMシステムにおいて工学的に重要なブレンド処理の頑健性を向上させる新たなデータ構造と,それに基づくブレンド面作成手法および,ブレンド面のための新たな形状表現の手法を提案する.

ブレンド処理とは,CAD/CAMシステム内に定義された立体形状の角を丸く滑らかにするため,ブレンド面(あるいはフィレット面)と呼ばれる面を立体の稜線や頂点付近に作成する幾何処理および,このブレンド面作成に付随する一連の処理のことである.

ブレンド処理手法は多くの研究があり,ほとんどの市販CAD/CAMのシステムにおいて実装され,不可欠の機能として利用されている.しかし,実際の製品に対するブレンド処理において,エラー発生率は高く,これらエラーの対応のための,形状の修正に多くの作業工数を要している,と報告されている.しかし,学問的にこれらの問題を分析し,対応を行うことは困難である.その主な要因は,問題が分析可能な状態で公開されることがほとんど無いためである.

一方,ブレンド面研究の歴史は長く,多くの研究行われてきた.そこで残された課題として,

(1)ブレンド両端の形状作成手法の問題(終端問題),

2)ブレンドの大きさ(ブレンド半径)に比して稜線の一方あるいは両方の面が狭い場合の作成手法の問題(面線問題),

(3)複数のブレンド面の結合の問題(大域問題),

が検討されてきたが(1)以外については,解決手法の研究そのものが少ない.また,ブレンドのみならず形状モデリングの課題として,

(4)テンソル積型面としての表現した場合の面品質の問題(品質問題),が議論されてきたが,これも有効な方法が提案されていない.

そこで,本研究では,(1)から(4)の課題を解決できる平明な手法を導入する.これにより,直接的な因果関係を明確にすることはできないが,実際のブレンド処理の課題も解決され,安定的かつ頑健なブレンド処理が実現できると考えられるからである.本論文では,(1)から(3)の課題に対応するための,新たなデータ構造とそれに基づくブレンド面作成手順および,(4)の課題を解決するためのテンソル積型に代わる面表現手法を提案する.

従来研究を概観すると,まず(1)の終端問題については,複数の稜線ブレンドの合流部分である頂点に対して,(a) 特別な面を作成する頂点ブレンド手法,と(b)稜線ブレンドを組み合わせる手法,が提案されている.本論文は(b)の方法の研究である.頂点ブレンドの手法は,一般に関連する稜線ブレンドの処理の順序に依存しない,という特徴があるが,一方で,ある頂点に合流するすべての稜線ブレンドが作成されていないと頂点ブレンドが作成でない制約がある.さらに短い稜線の両端について作成が困難となる問題がある.また,市販CAD/CAMシステムでは終端問題に対して,基底となる面の延長処理をブレンド面作成処理の内部で実行することが一般的である.しかし,自由曲面の延長処理は困難な処理であり,ブレンド処理が不安定になる要因となっている.

(2)の面線問題に対する従来の研究では,狭い部分の境界線と面の特殊処理を行い,通常のブレンド面とつなげる形状を作成する方法が特許として公開されている.しかし,作成された二つのブレンド面は???? 連続ではなく,つなぎの面を作成する必要がある.このため,処理の複雑化とともに処理の不安定さが増大するという問題がある.(3)の大域問題は,解決法が未だ提案されていない状態である.

これらの問題を解決するために,本研究では立体モデルの表現手法である境界表現(B-rep)を拡張したデータ構造とこれに基づくブレンド面作成手順を提案する.提案する手順において,複雑な曲面間の連続性の制御が必要なつなぎ面あるいはボカシ面を作成する必要が無くなり,形状の丸め処理が,稜線ブレンドの単純な繰り返しにより実現できる.この結果,終端問題は拡張したデータ構造により解決できる.面線問題に対しても,面が拡張され面と面のブレンド手法が適用できるため,頑健性が向上する.さらに大域的な形状に対しても同じ手順を適用することで対応ができる.提案するデータ構造は現状の立体モデルとの親和性が高く,市販CAD/CAMシステムでも導入が比較的容易である.また,本手法のブレンド処理は,多様なモデリングが可能である,という特徴もある.

(4)のテンソル積型面の品質問題については,ブレンド面をB-splineやNURBSといった明示的な幾何データとしての表現を行わず,手続き的に表現することで対応する手法を提案する.これにより,近似誤差の累積に起因するブレンド面の品質問題に対応が可能である.また,手続き的な面のデータ交換については処理のコンポーネント化による手法を提案する.これにより,従来の幾何データによる交換に代わる形状データの流通が実現できる.

新データ構造と新しい面表現手法を実験システムで実装し,その有効性を検証した.これら本論文で提案した手法により,ブレンド処理の頑健性の大幅な向上と作業工数の低減が期待できることが確認された.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「頑健なブレンド処理のための立体表現の拡張と手続き的な面表現に関する研究」と題して,立体モデルに基づくCAD/CAMシステムにおいて工学的に重要なブレンド処理の頑健性を向上させる新たなデータ構造と,それに基づくブレンド面作成手法および,ブレンド面のための新たな形状表現の手法を提案し,実験システムに実装してその有効性を検証したものである.

ブレンド処理とは,CAD/CAMシステム内に定義された立体形状の角を丸く滑らかにするため,ブレンド面(あるいはフィレット面)と呼ばれる面を立体の稜線や頂点付近に作成する幾何処理および,このブレンド面作成に付随する一連の処理のことである.ブレンド処理手法には多くの研究があり,ほとんどの市販CAD/CAMのシステムにおいて実装され,不可欠の機能として利用されている.しかし,実際の製品に対するブレンド処理において,エラー発生率は高く,これらエラーの対応のための,形状の修正に多くの作業工数を要している,と報告されている.しかし,問題が分析可能な状態で公開されることがほとんど無いため,学問的にこれらの問題を分析し,対応を行うことは困難であった.本研究は.ブレンド処理におけるエラー発生の様相を分析し,立体表現の拡張と手続き的な面表現による実用的な解決法を提案したものである.

本論文は,全6章からなる.第1章は序論であり,頑健なブレンド処理に関する問題点を概説し,本研究の目的を述べている.第2章は,ブレンド処理の問題点を詳述し,本研究による解決策の考え方を示す.第3章においては,立体の境界表現の拡張とそれに基づくブレンド処理のアルゴリズムを詳細に説明している.第4章では,手続き的な幾何によるブレンド面表現手法により高品質なブレンド面を生成する手法を述べている.第5章では,実装した実験システムの概要を説明し,実際に生成されたブレンド面の評価を行っている.第6章は結論である.以下に各章の内容を記す.

ブレンド面研究の歴史は長く,多くの研究行われてきた.残された課題として以下のものが検討されてきた.

(1)ブレンド両端の形状作成手法の問題(終端問題)

(2)ブレンドの大きさ(ブレンド半径)に比して稜線の一方あるいは両方の面が狭い場合の作成手法の問題(面線問題)

(3)複数のブレンド面の結合の問題(大域問題)

(1)以外については,解決手法の研究そのものが少ない.また,ブレンドのみならず形状モデリングの課題として,次の課題も議論されてきたが,これも有効な方法が提案されていない.

(4)テンソル積型面としての表現した場合の面品質の問題(品質問題)

そこで,本研究では,(1)から(4)の課題を解決できる平明な手法を導入した.本論文では,(1)から(3)の課題に対応するための,新たなデータ構造とそれに基づくブレンド面作成手順および,(4)の課題を解決するためのテンソル積型に代わる面表現手法を提案している.

まず,従来研究を概観すると,(1)の終端問題については,複数の稜線ブレンドの合流部分である頂点に対して,(a) 特別な面を作成する頂点ブレンド手法,と(b)稜線ブレンドを組み合わせる手法,が提案されている.本論文は(b)の方法を基礎とする.頂点ブレンドの手法は,一般に関連する稜線ブレンドの処理の順序に依存しない,という特徴があるが,一方で,ある頂点に合流するすべての稜線ブレンドが作成されていないと頂点ブレンドが作成でない制約がある.さらに短い稜線の両端について作成が困難となる問題がある.また,市販CAD/CAMシステムでは終端問題に対して,基底となる面の延長処理をブレンド面作成処理の内部で実行することが一般的である.しかし,自由曲面の延長処理は困難な処理であり,ブレンド処理が不安定になる要因となっている.

(2)の面線問題に対する従来の研究では,狭い部分の境界線と面の特殊処理を行い,通常のブレンド面とつなげる形状を作成する方法が知られている.しかし,作成された二つのブレンド面は連続ではなく,つなぎの面を作成する必要がある.このため,処理の複雑化とともに処理の不安定さが増大するという問題がある.(3)の大域問題は,解決法が未だ提案されていない状態である.

これらの問題を解決するために,本研究では立体モデルの表現手法である境界表現(B-rep)を拡張したデータ構造とこれに基づくブレンド面作成手順を提案している.提案する手順においては,複雑な曲面間の連続性の制御が必要なつなぎ面あるいはボカシ面を作成する必要が無くなり,形状の丸め処理が,稜線ブレンドの単純な繰り返しにより実現できる.この結果,終端問題は拡張したデータ構造により解決できる.面線問題に対しても,面が拡張され面と面のブレンド手法が適用できるため,頑健性が向上する.さらに大域的な形状に対しても同じ手順を適用することで対応ができる.提案するデータ構造は現状の立体モデルとの親和性が高く,市販CAD/CAMシステムでも導入が比較的容易である.また,本手法のブレンド処理は,多様なモデリングが可能である,という特徴もある.

(4)のテンソル積型面の品質問題については,ブレンド面をB-splineやNURBSといった明示的な幾何データとしての表現を行わず,手続き的に表現することで対応する手法を提案している.これにより,近似誤差の累積に起因するブレンド面の品質問題に対応が可能である.また,手続き的な面のデータ交換については処理のコンポーネント化による手法を提案している.これにより,従来の幾何データによる交換に代わる形状データの流通が実現できる.

以上を要するに、本論文は、立体モデリングにおいて工学的に重要なブレンド処理の頑健性を向上させる新データ構造と新しい面表現手法を提案して,実験システムに実装し,提案した手法によりブレンド処理の頑健性の大幅な向上と作業工数の低減が期待できることを確認したものであり,精密機械工学の発展に寄与するところが大きい.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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