学位論文要旨



No 217110
著者(漢字) 鈴木,一敏
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,カズトシ
標題(和) 変化した通商交渉とその力学 : 複数分野交渉としての日米構造協議の分析
標題(洋)
報告番号 217110
報告番号 乙17110
学位授与日 2009.02.27
学位種別 論文博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 第17110号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古城,佳子
 東京大学 教授 山影,進
 東京大学 准教授 内山,融
 東京大学 教授 石田,淳
 筑波大学 教授 赤根谷,達雄
内容要旨 要旨を表示する

本稿はまず、1980年代を境に日本が直面する通商交渉の構造、特に外国からの圧力にさらされる国内集団の立場が変化してきたことを指摘する。その変化とはすなわち、通商摩擦において係争品目とは無関係の産業分野に対する制裁の脅しが頻繁に用いられるようになったことによって、国内集団が自らとは無関係の問題で制裁の脅しにさらされる事例が増加したことである。このような制裁の脅しは、相手国内の政治過程を経由して、間接的に係争分野の結果に影響を及ぼそうとする。その点で、利害関係が基本的に個別の業界、場合によっては個別の企業の内部で完結していた個別分野交渉とは大きく異なる。産業分野が異なれば、業界団体も、所轄する省庁・部局も、産業の利益を代弁する政治家も異なることが想定されるため、制裁対象が係争品目と無関係の産業分野であることは、国内決定過程を複雑化させ、場合によっては国家間交渉の結果にも影響すると考えられるからである。

本研究は、このようないわば間接的な圧力を用いた通商交渉を分析するための枠組みを提示し、典型例として日米構造問題協議(Structural Impediments Initiative, SII)をとりあげて、その結果を説明する。

導入部ではまず、WTOの紛争解決手続き、および米国通商法301条のデータを用いて、係争分野と無関係の産業分野に対する制裁、いわゆる「たすきがけ制裁」が増加してきたことを示す。そしてその背景として、二つの点を指摘する。第一点は、主要国の通商政策の焦点が、自国市場への他国製品の流入抑制から、海外市場の開放へと変化したことである。米国通商法301条のデータからは、係争分野に直接制裁する場合と、無関係の分野に制裁する場合は明確に使い分けられており、特に後者は専ら海外市場開放目的で利用されていることが分かる。これは、保護を必要とするような外国の国内産業はそもそも輸出を行なっていることが少なく、関税譲許の停止や輸入制限などの制裁が有効でないため、無関係の産業分野に対する制裁の必要性が生じたことが一因である。

第二点目は、国家間の貿易自由化や相互依存化の進行である。貿易自由化や相互依存化は、通常、貿易に関わる産業分野から進行しやすい。このため、これらのプロセスが進行するに従って、輸出や海外業務を行っていない国内向けの産業分野や、従来は国内問題と考えられてきた制度などが、交渉テーブル上に多く残りがちとなる。これらの問題も、関税譲許の停止や輸入制限などの手段によって、相手国内の関連する利益集団に制裁を加えにくい傾向がある。このため、無関係の輸出産業に対して制裁の脅しを利用せざるを得ない事例が増加しているのである。

本研究は、このように、異なる産業分野に対する制裁を背景とした交渉の増加とその特徴を示した上で、輸出産業に対する圧力がそれとは無関係の分野での譲歩を引き出す過程をモデル化する。そして、そうした交渉の典型例として日米構造協議(以下SIIと表記)を取り上げる。SIIは、米国が海外市場開放を目指す流れの中で生み出されたものであり、また、日米間での貿易自由化および相互依存化の進行を象徴する交渉だからである。SIIにおいて米国は、(1)貯蓄・投資、(2)土地政策、(3)流通、(4)排他的取引慣行、(5)系列、(6)価格メカニズムなど、従来は国内問題とされていた6分野の構造問題について、日本に改革を要求した。これらの中には、大店法や市街化区域内農地の宅地並み課税といった問題も含まれた。中小商店主や都市部の農地所有者など、米国が輸入制限措置によって制裁することができない集団も国際交渉に巻き込まれたのである。

これら6分野の交渉は、短期間のうちに並行して行われたが、日本の譲歩幅は分野ごとに大きく異なった。この結果を説明する先行研究(Leonard Schoppa, Bargaining with Japan、Norio Naka, Predicting Outcomes in United States-Japan Trade Negotiations、他)は、以下の二点において見解がほぼ一致している。一つは、日本の譲歩幅に関する所見であり、具体的には貯蓄・投資分野、流通分野で譲歩レベルが高く、排他的取引慣行分野でそれに比べて低く、系列分野で最も低いとされる。もう一点は、SIIがスーパー301条を背景とした米国の脅しの元に行われた交渉であるという点である。これらの研究は、その上で、分野ごとの譲歩幅の違いを、様々な要因(日本国内の決定プロセスへの参加者の拡大の余地、代案特定戦略の成功、外圧の強さ、日米の省庁や政治家の連合関係、事務レベルの問題認識の違いなど)を分野ごとに比較することで説明している。

しかし、これらの先行研究は、特定の分野で譲歩が少なかった理由を説明できないという点で不十分である。脅しの内容であるスーパー301条や反ダンピング手続きなどは市場アクセスを制限するものであるから、標的となり得たのは大規模な対米輸出・投資を行っている日本企業である。先行研究の言うように信憑性のある脅しが行われたのならば、こうした企業は、先行研究の指摘する「国内の政治的状況」や「問題認識のギャップ」といった要因に関係なく、率先して譲歩するのが合理的である。逆にこうした企業と関係の薄い分野では直接の制裁が行われにくいため、脅しに反応しにくいはずである。しかし、実際には、これらの企業が改革を要求された分野(主に排他的取引慣行、系列)では日本の譲歩が少なく、これらの企業の関係が薄い貯蓄・投資、流通などの分野において大幅な譲歩が決定されるという、逆の結果が出ている。

本研究は、この説明力不足が、先行研究に共通するリサーチデザインから生じていると論じる。先行研究は、様々な要因を分野ごとに比較するリサーチデザインを用いている。しかし、各分野の内部状況の比較によって結果を説明するためには、各分野の結果が独立である必要がある。例えば、分野Aの交渉が分野Bでの進展によって影響される場合には、分野Aの結果は分野Aの状況だけでは説明できない。

そこで本稿では、このような分野間の結果の連繋を考慮した二国間交渉のモデルを、交渉理論の争点リンケージの議論に基づいて作成し、これを用いてSIIの結果を説明する。このモデルは、二つの部分から成り立っている。一つは、ほとんどの政府に共通する特徴である権限の分業・階層構造に着目しており、交渉で同時に取扱われる争点の産業分野が異なる場合には、より管轄が広く権限が強い高次のアクターが決定に加わる必要があることを示す。もう一つは、エッジワースボックスに似た空間モデルによって、複数分野における交渉の進み方(暫定合意案の内容の推移)を示すものである。この二つの部分を組み合わせることによって、政府内の取扱いレベル(例: 官僚レベル、首脳レベル)を独立変数として、合意案の内容を、交渉期間中の変化も含めて動的に予測するモデルとなっている。

モデルの独立変数は、一次・二次資料やインタビューに基づいた日米両国のSIIに関する政策過程の分析により特定した。その結果、当初は日米ともに次官(審議官)以下のレベルで主な決定が行われていたこと、日米ともに次官以下のレベルでは省庁間の利害対立や権限の制限から争点の絞り込みや管轄を超えた譲歩内容の調整が行えなかったこと、米国側は90年2月末、日本側は90年3月下旬以降、元首を含む政府首脳レベルによって重要問題が取り扱われたことが分かった。この結果と、両国の首脳レベルの選好から、日本側の譲歩内容は、90年3月下旬より前には制裁の標的となる企業の関連する排他的取引慣行と系列分野に集中するが、それ以降は、貯蓄投資と流通分野によって代替される、というモデルの予測を示した。

モデルの従属変数は、各時期の日本の譲歩内容である。本研究では、新たに公開された日米両政府の準備文書、議事録等の一次資料を用い、客観的な基準(問題の存在認定の有無、数値目標設定の有無、期限の記載の有無、法改正などの明確な内容の明示の有無)にしたがって日本側の譲歩内容を数値化して、時期ごと分野ごとの日本側の譲歩内容を集計した。

その結果、(1) 最終的な譲歩幅は、貯蓄・投資と流通分野で多く、排他的取引慣行で少なく、系列で最少であること、(2) 最終的な譲歩内容のほとんどがスーパー301条の影響が強い期間に決定されていること、(3) 次官以下のレベルで扱われていた期間には、日本の譲歩は、制裁の標的になりうる企業が深く関わる分野(排他的取引慣行、系列)に集中し、それ以外での譲歩はほとんど無かったこと、(4) 首脳レベルによる決定が行われた時期にはこの傾向が逆転し、貯蓄・投資と流通分野で大幅な譲歩があった一方、排他的取引慣行と系列分野での実質的な譲歩は見られなくなったことが分かった。(1)(2)は、先行研究で指摘されていた傾向と同様であるが、(3)と(4)は本研究によって新たに発見された明確な傾向である。

先行研究によって提示されているいずれの仮説も、これらの4つの傾向を同時に説明できない。一方、本研究のモデルの予測は、これらの4つの傾向全てと合致しており、また、決定過程の叙述的分析に照らしても妥当であり、その有効性が示された。

このモデルは通商摩擦を念頭にして作成されたが、分野を跨いだ譲歩の代替というメカニズムは、FTA交渉などにおいても同様に存在するため、通商摩擦の分析ばかりでなく、貿易自由化の議論にも示唆を与えるだろう。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、1980年代以降、日本が直面した通商摩擦の交渉の構造変化を解明した論文である。1980年代以降の通商交渉は、複数の分野を関連づけた交渉が多くなり、係争分野とは別の分野における制裁措置を背景とする、いわゆる「たすきがけ交渉」が積極的に用いられるようになったが、本論文は、このような交渉がそれまでの交渉と異なる帰結をもたらすのか、また、どのように異なる帰結をもたらすのかを、リンケージ論に依拠した国際交渉と国内政治過程とを接合した二国間交渉のモデルを作り、日米構造協議(U.S.-Japan Structural Impediments Initiative:SII)を事例にモデルを検証した意欲作である。

本論文の構成は、第1章から第6章までの全6章である。末尾には参考文献目録が付され、全体のページ数は203ページである。本論文の要旨は以下の通りである。

第1章では、日本が直面した通商摩擦をめぐる交渉が概観され、1980年代以降に、交渉において複数分野が関連づけられる「たすきがけ交渉」が多用されるようになったことが、WTO

(世界貿易機関)の紛争解決手続き、及び米国通商301条のデータを用いて示される。その上で、なぜ係争分野と異なる分野に対する脅しが増加したのかを、このような交渉方式を主導してきたアメリカの事例を検討することによって、同一分野への制裁が十分な効力を発揮しない事例の急増が原因であることを明らかにする。さらに、直接的な制裁の限界と新たな交渉の梃子の必要性は、貿易自由化や相互依存の深化という構造的な要因によってももたらされていることが示される。

以上の手順を踏んだ上で、複数分野が交渉の議題に上がった典型的な事例として、米国が、従来は国内問題とされた6分野(貯蓄・投資、土地政策、流通、排他的取引慣行、系列、価格メカニズム)の改革を日本に対して要求したSIIを取り上げる。SIIが、スーパー301条を背景とした米国の脅しの下に行われたが、日本の譲歩のレベルが分野によって異なっていた(貯蓄・投資、流通では譲歩のレベルが高く、排他的取引慣行はそれより低く、系列では最も低かった)ことが述べられ、なぜ特定分野で譲歩が少なかったのかという問いを提示する。そして、分野毎の要因のみを分析する先行研究は、複数の分野間の関連性を考慮に入れていないため、この問いに対して答えられないことを指摘する。

第2章では、複数の分野を関連づけた脅しによる交渉を説明する二国間交渉のモデルを、通商交渉に関する先行研究を批判的に検討しつつ提示する。争点リンケージ論に基づいて作成されたモデルは、(1)交渉で同時に取り扱われる争点の産業分野が異なる場合には、より管轄が広く権限が強い高次のアクターが決定に加わる(官僚レベルから首脳レベルへというように、交渉の議題を取り扱うレベルが上がる)こと、(2)エッジワース・ボックスに似た空間モデルによって、複数分野における交渉の進み方を示すこと、の二つの部分からなっており、政府内の取り扱いレベルを独立変数として、交渉の合意案の内容を、交渉期間中の変化も含めて従属変数として動的に予測するものである。このモデルは、複数の分野を関連づけた交渉では、国内の利害対立の構図、対立の所在、交渉の結果が、個別分野交渉とは全く異なるものになる可能性を示し、合意内容は国内での決定のなされ方に依存していることを説明する。

第3章から第5章までは、SIIについての事例研究であり、第2章で提示されたモデルがSIIを説明できるか、すなわち、SIIの結果である譲歩幅の相違を説明できるか否かを検証する。

第3章では、1989年7月にSIIが開始されるまでの経緯を日米の一次資料より検証し、SIIが、米国による制裁の脅しを背景とした交渉であったこと、日米双方向の協議という位置づけであったのにもかかわらず、実質的には複数分野における日本側の構造問題を米国側が問題とした交渉であったこと、米国の要求内容が無関係の複数分野に渡るものであり、そのうち一部の日本国内の社会集団に対してのみ制裁が可能だったこと、という3点を確認し、第2章で提示されたモデルの基本的な前提を満たしていることが示される。

第4章では、1989年7月から1990年7月までのSIIの交渉の経緯の詳細が明らかにされ、日米ともに次官(審議官)以下のレベルで主な決定が行われていたこと、日米ともに次官以下のレベルでは省庁間の利害対立や権限の制限から争点の絞り込みや管轄を超えた譲歩内容の調整が行えなかったこと、米国側は90年2月以降、日本側は3月以降、大統領・首相を含む政府首脳レベルによって重要問題が取り扱われたことを、一次・二次資料及び日米関係者へのインタビューによって裏付けた。すなわち、どの時期にどのレベルで問題が取り扱われたか、各レベルの取扱者がどのような選好を持っていたのかが明らかになった。この分析の結果を第2章で提示されたモデルに当てはめ、日本側の譲歩の内容は、90年3月下旬以前には、制裁の標的となる企業が関連する排他的取引慣行と系列分野に集中するが、それ以降は、貯蓄投資と流通分野によって代替されるという予測が立てられる。

第5章は、第3章、第4章の分析に基づきモデルにより立てられた予測が、SIIの結果と同じか否かを検証する。米国側の詳細な要求が出揃った後の第3回、第4回、第5回協議に関連する資料から、時期ごとの交渉の進み方の傾向を析出する。1990年2月から6月までを4期に区分して、各期間における新たな譲歩幅を分析した。まず、第4章の分析から、第1期と第2期は個別分野交渉型(米国が分野別の要求を出し日本が個別に対応する)と包括交渉型(米国は包括的な要求を出すが日本は国内で別々に対応する)に当てはまり、米国から制裁の標的となる日本企業自身が主に譲歩を求められた分野で日本が譲歩することが予測され、第3期と第4期においては、包括交渉型(米国が包括的な要求を行い、日本も包括的に対応する)が当てはまるので、政府・自民党の首脳部が決定に深く関わった第3期、第4期においては、大企業の関連する系列や排他的取引慣行分野での譲歩は、他の分野の譲歩に比べ、かなり抑制されるはずであるという予測が確認される。

次に、争点を5分野(実質的な争点とならなかった価格メカニズムは除外する)41争点とし、譲歩幅の評価を客観的な基準(問題の存在認定の有無、数値目標設定の有無、期限の記載の有無、法改正などの明確な内容の明示の有無)を設けて、日本側の譲歩内容を数値化して、時期毎、分野毎の日本側の譲歩の内容を測定した。この結果、先行研究で指摘されている譲歩幅の大小、譲歩がスーパー301条の影響の強い期間で行われたことが実証されたことに加え、取り扱いレベルが低い時期には、日本の譲歩は、標的になりうる企業が深く関わる分野に集中し、それ以外での譲歩はほとんど無かったこと、取り扱いレベルが上がり首脳レベルによる決定が行われた時期には、その傾向が逆転し、大企業の関連する分野での譲歩幅は低くなったことが明らかにされた。この結果は、本論文で提示されたモデルの予測にSIIの結果は当てはまったことを示し、モデルの有用性を実証した。

第6章は、第5章までの分析をまとめた上で、本論文が、既存の二層ゲーム論、リンケージ論に対して、国際交渉と国内政治のゲームがどのように接合しているのかについて、より説明力のあるモデルを提示したことを指摘し、このモデルが分野を跨いだ交渉に適用できることが含意として述べられた。

以上のような内容をもつ鈴木氏の博士論文については、多くの優れた点を指摘できるが、特に次の三点に注目すべきであろう。

第一に、日本の通商交渉について交渉を時系列的に追い記述する研究が多い中で、本研究は、近年に生じた通商摩擦交渉の変化という観点から、国際交渉と国内政治過程を接合する理論的な枠組みを提示し、それをSIIにおいて検証するというリサーチ・デザインをとっており、日本の通商交渉に関する既存研究に比べ遥かに分析的である。特に、通商交渉については、その重要性が変わらないにもかかわらず、80年代までの研究の蓄積に比べ、日本の対外経済交渉についての研究が少なくなっている中で、特筆すべき成果と言える。

第二に、本論文は、リンケージ論の精緻化という点で貢献している点、評価できる。争点のリンケージを論じた既存研究は、リンケージが国内外の集団や交渉結果に対してどのような影響を与えるかについては踏み込んだモデルを提示していないのに対し、本論文は、国際交渉のレベルでリンクされた問題が、実際に国内の政治過程においてどのように取り扱われるのかという点を分析の射程に入れることによって、国際交渉と国内の政策決定過程を接合する分析枠組みの提示に成功している。このような視点を持つ本モデルは、二層ゲームモデルが1人の交渉者(Chief of Government)を想定しているという限界を超えて発展する可能性を持つものである。また、既存のリンケージ論が交渉で争点をリンケージさせることの帰結についての合意がない中で、本論文は経済交渉における争点をリンケージさせることの効用についての事例を提示しており、他のイシューにおいても今後のリンケージの研究に大いに貢献するものである。

第三に、本論文は、抽象的なモデルの構築だけでなく、SIIについて新たに公開された日米両政府の準備文書、議事録等の一次資料を発掘、渉猟するとともに、関係者へのインタビューも数多く行うことによって、SIIが最近の事例であるにもかかわらず、多くの資料に基づいた検証を行うことに成功している。特に、リンケージに対するアクターの選好を析出するには一次資料は欠かせないし、譲歩幅の測定も一次資料なくしてはなし得ない。本研究は、日本ばかりでなく国際的に見てもSIIに関する最も分析的な研究と言え、今後の通商交渉の分析に寄与するところが大きい。

以上のように本論文の貢献は大きいが、不十分な点がないわけではない。第一に、第2章のエッジワース・ボックスに似た空間モデルは、経済学のモデルを二国間交渉の分析に巧みに援用しているが、このモデルが、どのような点で限界があり、それを今後どのように発展できるのか等の考察が欲しかった。この点が改善されれば、今後の交渉のモデル分析により貢献できるであろう。第二に、本論文ではリンケージの有無が問題とされているが、リンケージがいつ生じたのかという点については、それほど説得的に述べられていない。リンケージが生じたとは、どのような指標によって説明されるのか。この点についての、より詳しい説明が望まれる。第三に、本論文では、SIIの事例によりモデルは検証されたが、このモデルは他の交渉に照らしてどれほどの汎用性があるのであろうか。本論文では、FTAの交渉についても適用できると示唆されているが、通商交渉以外の交渉において、モデルはどれほどの説明力があるのであろうか。この点についても、検討がなされれば良かった。

以上のような不足点はあるものの、これらは本論文の学術への貢献をいささかもそこねるものではなく、むしろ今後の研究の課題と言うべきであろう。以上の点から、審査委員会は、本論文の提出者は、博士(学術)の学位を授与されるのにふさわしいと判断する。

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