学位論文要旨



No 217115
著者(漢字) 中谷,洋明
著者(英字)
著者(カナ) ナカヤ,ヒロアキ
標題(和) 山地河川での現地観測に基づく流砂量解析に関する研究
標題(洋)
報告番号 217115
報告番号 乙17115
学位授与日 2009.03.02
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17115号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,雅一
 東京大学 教授 酒井,秀夫
 東京大学 教授 宮崎,毅
 東京大学 准教授 芝野,博文
 東京大学 准教授 大手,信人
内容要旨 要旨を表示する

本研究においては、これまでの流砂量研究において十分に検討されてこなかった、河床及び流送土砂構成材料の粒径が大きい場合の流砂現象、あるいは中規模以上の流域での流砂現象について、北陸地方の山地河川流域における現地観測を実施し、流砂量の解析手法を検討した。同時に実施した集中的な流砂の直接観測資料を較正対象として、堅牢で安定した観測を行いうる間接観測資料に基づく流砂量解析手法が構築された。得られた解析流砂量を、マクロスケールで北陸地方の貯水池堆砂資料と比較する検証手法を考案し、適用した。換算率等に関して検討の余地はあるものの、ほぼ近い量となることを明らかにした。また、構築した解析手法を、上下流方向に約1,200m程度の近さで設置した2箇所における、5分間隔の観測に適用した。これによって、一洪水中にも多数の土砂波形がパルス状に移動することを準定量的に把握できる可能性をはじめて実証した。

第1章においては、山地河川での、水位・流量の観測箇所は非常に限定的であり、特に、山地河川での流砂量の観測に関し、実証的な事例調査が極めて限られていることを見た。一方で、流送土砂は河川の流量そして水位に大きな影響を与えているため、その解析は極めて重要である。実験系から小規模スケールの流域での現地観測資料の解析へという研究の展開を概観した上で、中規模以上の面積を持つ流域で、広い粒径範囲を持つ流砂量に対しての、短い時間間隔の連続的な解析は、実務上の高い必要性にも関わらず、これまで充分には進められていないことを明らかにした。

第2章においては、山地河川における土砂流送の形態の区分をまず整理した。研究の主対象として、中規模流域における各個運搬の形態によって流送される土砂を選定することを明示した上で、山地河道急勾配区間の土砂流送特性として、アーマ・コートに加え、ステップ・プール(階段状河床形態)の形成、多様な河床形態等の、複雑性についての既往の知見を整理した。流砂量解析に当たっては、流水のエネルギー勾配推定が困難、さらに、ステップ・プール内の土砂礫の貯留状況推定の困難等もある。従来の研究では、実験的に得られた流砂量式を、山地河川に直接的に適用する際の課題の整理が十分でなかったが、本研究において体系的かつ明示的な整理した。第1章で必要性を示した短い時間間隔の連続的な解析の実現のためには、水位・流量及び直接法・間接法での流砂関連量に関し、長期間の連続かつ安定した観測の実施が不可欠であり、直接法と比較した場合に、間接法による流砂関連量観測の実施が、経済面と実施面から見て有利であることを推察した。

第3章においては、山地河川での連続的な流砂量解析法を構築するための方法論について検討を行った。まず、観測の一般論から理解される真値、観測値、及び解析値の関係を、流砂量解析に演繹して整理した。土砂水理観測が現象自体に与える影響に関する留意点を体系的に整理し、流砂量解析の観測面からの基礎付けを行った。流砂量解析を、土砂水理因子・変数からその出力の1つである流砂量への写像関係の研究であると規定し、工学的解決のために問題を明示的に体系化した。実現象系における流砂現象を多数の因子が同時に変化し、また相互作用して構成される複雑な写像関係として体系化することで流砂量解析の課題の全体像を明らかにした。その上で、流砂現象の解明について、強い意味及び弱い意味での解明を区分し、段階的な解明方式の必要性を整理した。流砂関連量を導入することで、最終的な出力となる流砂量との対応関係の解明・解析の複雑さの緩和を図ることが有効であることを明らかにした。流砂量解析手法に用いる因子及び手法に求められる要件を整理し、間接観測に基づいて構築される流砂量解析手法に求められる条件を理論体系に沿って明らかにした。

第4章においては、流砂量解析手法を検討した流域及び事例の概要を整理し、観測流域及び観測事例が、異常ではなく、流砂量解析のために適切な観測資料となることを整理した。

第5章第1節においては、直接観測資料に流砂量式を適用して検討を行い、発生頻度の高い中小規模出水に適用できる流砂量の上側解析値を与える解析式を導いた。実際の河川における流量・流砂量観測資料を対象に流砂量式を適用した。実験系で平衡流砂量を対象に検討・検証されてきた流砂量式を、平衡流砂量以下の現象である観測系に適用する際には、観測する流砂現象が河床全体の移動を伴う大規模なものであるか否かを区別した上で、実験・観測手法、その計測水準、及び土砂水理条件といった諸条件の相違を適切に考慮することの重要性を実証的に確認した。

第5章第2節においては、間接法の一種の統計的な組み合わせ解析式によって流砂量解析を行い、観測に対する解析の適合性を検討した。間接法に用いる観測量の1つであるハイドロフォンのパルス数は、流砂量と流量の2因子を反映する。3つの因子は相互相関を持っている。そこで、因果律を逆に解き、相対的に観測の容易な流量とパルス数とから、相対的に観測の困難な流砂量を解析する方式を検討した。検討の前提となる測器としてのハイドロフォン音響センサーの感度特性が、粒度特性と流量とに対して安定であるか検討した。その結果、観測されるパルス数は、下限粒径0.85mm以上の粒径集団に対して最も安定な感度を持っていることが明らかになった。間接法に基づいて、変数としてハイドロフォンパルス数を用いることで、流砂量をより良く解析できることを新たに見出した。間接観測に基づく解析手法の構築に当たっては、水理学的因子及び土砂水理学的因子の中から幾つかの因子を選定し、直接観測との対応が良い因子・式形を統計的に選定した。流砂量を解析するための因子として、単位幅流量と単位幅でのハイドロフォンパルスとを選び、式形として単純な線形結合式を用いることが解析手法としてすぐれていることを新たに見出した。不偏度・一致度の双方を一定程度満足する流砂量解析を行うためには、従来から、パルス数と流量各々から流砂量を解析する手法が検討されてきたが、パルス数と流量とを組み合わせることが流砂量解析に有効であることを実証的に説明したのは本研究が初めてである。本解析手法は、式形が単純であることで、汎用性・共通性・拡張可能性が確保され、他河川での観測事例と共通の解析プラットフォームとして用いるのに適していると考えられる。流砂量の観測と解析において、間接法による流砂量解析方式の活用が有効であることが明らかになった。

第5章第3節においては、年間程度の期間の間接法連続観測資料を解析した比流砂量について、貯水池堆砂資料から算出した比堆砂量との比較検証を実施した。地域及び流域特性を考慮して導出した比堆砂量の頻度分布における累積標本確率によって評価することで、検証資料の限定される実現象系における解析流砂量の精度を検証する手法を新たに構築した。同手法を用いた結果、年間程度の長期間の流砂量を解析する際には、相互作用を考慮しない方式の偏りが小さく、適切である可能性が高いと推察された。

第5章第4節においては、手取川水系牛首川上流細谷において、小規模な洪水事例の期間に発生した流砂波形に対し、流砂量解析手法を適用し、観測区間での土砂流入・流出の収支を分析した。その結果、流砂波形の通過段階ごとの観測区間からの流出流砂量の変化を、初めて実証的に検出することができた。解析において、個々の流砂波形に着目することで、上流地点と下流地点での波形ピーク時刻差から流砂の流下速度を推定し、流砂の平均流下速度が、流水の平均流下速度の約3分の1程度となる事例を初めて定量的に見出した。

第6章においては、流砂量解析手法の特徴を整理し、提案した解析手法を、今後蓄積される観測資料を用いて高度化する際、また、他河川に適用する際に考慮すべき点として、観測資料の一次入力因子群の類似性等があることを明らかにした。解析手法の適用性を検討することで、工学的・実務的に有用な適用可能性が整理した。

本解析手法の工学的な応用としては、(1)山地河川における砂防計画の高度化、(2)既往の砂防施設の効果検証、(3)森林域を含む観測流域における経年的な土砂流出状況の把握、及び(4)流砂現象の発生や程度を示した山地河川における洪水の解析と短時間予測、等が挙げられる。いずれも実務上の必要性及び緊急性が高い。(1)の応用によって、流域を保全するための砂防施設整備を、より効果的・効率的な計画に沿って実施することが可能となる。(2)の応用によって、更新時期に入ってきている既往の砂防施設の保全を的確な優先順位と妥当な投資額で行うことが可能となる。(3)の応用によって、流域・森林域における土砂環境が開発や気候・気象によってどのような影響を受けているかを可視化し、社会に明示することが可能となる。また、(4)の応用によって、人命損失の大きい山地部での土砂移動を伴う破壊力の大きい洪水に対する防災情報の提供が可能となる。本研究において構築した流砂量解析手法は、流砂の観測・解析の経済性と実用性を大きく向上させる可能性を持っている。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、これまでの流砂量研究において十分に検討されてこなかった、河床及び流送土砂構成材料の粒径が大きい場合の流砂現象について、北陸地方の山地河川流域における現地観測を実施し、堅牢で安定した観測ができるハイドロフォンを用いた間接的測定手法による流砂量解析手法を構築したものである。ハイドロフォンは、流路の河床に設置した鉄管に砂礫が当たる音響を計測する装置である。

第1章では、山地河川の水位・流量の観測箇所は非常に限定的であり、特に、山地河川での流砂量の観測に関し、実証的な事例調査が極めて限られていることを示した。また、中規模以上の面積を持つ流域で、広い粒径範囲を持つ流砂量に対しての、短い時間間隔の連続的な解析は、実用上の高い必要性にも関わらず、これまで充分には進められていないことを示し、本研究の課題を明らかにしている。

第2章では、中規模流域における各個運搬の形態によって流送される土砂を研究の対象とした流砂量解析に当たっては、アーマーコトや流水のエネルギー勾配推定をはじめ困難があり、実験的に得られた流砂量式を山地河川に直接的に適用する際の課題の整理が十分でなく、本研究において体系的に整理している。

第3章においては、山地河川での連続的な流砂量解析法を構築するための方法論について、土砂水理因子・変数からその出力の1つである流砂量への写像関係の研究であると規定し、流砂関連量を導入することで、最終的な出力となる流砂量との対応関係の解明・解析の複雑さの緩和を図ることが有効であることを明らかにした。

第4章においては、流砂量解析手法を検討する流域及び事例の概要を整理し、観測流域及び直接法のよる土砂量と流砂関連量としてのハイドロフォンによる計測値を求めた観測事例が、流砂量解析のために適切な観測資料であることを示した。

第5章第1節では、直接観測資料に流砂量式を適用して検討を行い、実験系で平衡流砂量を対象に検討・検証されてきた流砂量式を平衡流砂量以下の現象である観測系に適用する際には、実験・観測手法、その計測水準、及び土砂水理条件といった諸条件の相違を適切に考慮することの重要性を実証的に確認した。

第5章第2節では、間接法の一種の統計的な組み合わせ解析式によって流砂量解析を行い、観測に対する解析の適合性を検討した。間接法に用いる観測量の1つであるハイドロフォンのパルス数は、下限粒径0.85mm以上の粒径集団に対して最も安定な感度を持つことを明らかにしたが、その感度は流量で変化するので直ちに流砂量とは対応せず、流砂量と流量の2因子を反映する。そこで、ハイドロフォンのパルス数、流砂量、流量の3つの因子は相互相関を持っていることから、因果律を逆に解き、相対的に観測の容易な流量とパルス数とから、相対的に観測の困難な流砂量を解析する方式を検討し、単位幅流量と単位幅でのハイドロフォンパルスを変数とし、式形として単純な線形結合式を用いて、流砂量をより良く解析できることを新たに見出した。不偏度・一致度の双方を一定程度満足する流砂量推定を行うために、パルス数と流量とを組み合わせることが有効であることを実証的に説明したのは本研究が初めてである。

第5章第3節では、年間程度の期間の間接法連続観測資料を解析した比流砂量について、マクロスケールで北陸地方の貯水池堆砂資料から算出した比堆砂量との比較検証を実施し、実現象系における解析流砂量の精度を検証する手法を新たに構築した。換算率等に関して今後の検討の余地はあるものの、ほぼ近い量となることを明らかにした。

第5章第4節では、手取川水系牛首川上流細谷において、上下流方向に約1,200m程度の近さで設置した2箇所における5分間隔の観測によって、小規模な洪水事例の期間に発生した流砂波形に対し、流砂量解析手法を適用した。その結果、流出流砂量の変化を流砂波形の通過として、初めて実証的に検出することができた。また、上流地点と下流地点での波形ピーク時刻差か流砂の平均流下速度が、流水の平均流下速度の約3分の1程度であることを検出した。一洪水中にも多数の土砂波形がパルス状に移動することを把握できたのである。

第6章では、本研究を総括すると共に、流砂量解析手法の特徴を整理し、提案した解析手法を、今後蓄積される観測資料を用いて高度化する際に考慮すべき点をまとめ、本研究において構築した流砂量解析手法が、流砂の観測・解析の経済性と実用性を大きく向上させる可能性を持つことを述べた。

以上のように、本研究は学術上のみならず応用上も価値が高い。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位を授与するにふさわしいと判断した。

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