学位論文要旨



No 217116
著者(漢字) 近藤,道治
著者(英字)
著者(カナ) コンドウ,ミチハル
標題(和) 複層林の上木間伐にともなう下木損傷軽減と複層林造成に関する研究
標題(洋)
報告番号 217116
報告番号 乙17116
学位授与日 2009.03.02
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17116号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 酒井,秀夫
 東京大学 教授 丹下,健
 東京大学 准教授 仁多見,俊
 東京大学 准教授 龍原,哲
 東京農業大学 教授 豊川,勝生
内容要旨 要旨を表示する

戦後日本の拡大造林推進の時代には,木材需要に対応するため生産性を高めることや画一的管理の容易さから,大面積皆伐一斉更新が森林施業の主流であった。近年は,森林に対する国民の要望は多様化し,多様な森林づくりに期待が寄せられている。とくに複層林は非皆伐であるため,水資源の確保,山崩れの防止,風致維持など公益的機能を維持する効果が大きく,全国で造成されてきている。しかし,現在進められている複層林造成は,技術的裏付けが不十分なままに実行が急がれている傾向もみられ,上層木が閉鎖して林内が暗く,下層木の成長が抑えられている林分も多い。このため,早急に上木の間伐実施が望まれるが,上木を伐倒すると下木に多数の損傷が発生することから,上木の間伐が進んでおらず,下木損傷を軽減する作業方法の提示と確立が大きな課題となっている。本論文では,解明が未だ十分ではない上木伐採にともなう下木損傷の実態を明らかにし,損傷を受けた下木のその後の生育状況を調査するとともに,下木損傷を軽減する作業法を明らかにすることとした。また,複層林造成後の管理という視点から,路網整備も含めて今後の複層林造成法を提案した。

まず,複層林の上木間伐にともなう下木損傷の実態を,上木と下木をランダムに植栽した点状複層林と,1残1伐列状複層林(1残1伐列状間伐を行った伐採跡地に下木を1列,列状に植栽した複層林)および3残2伐列状複層林(3残2伐列状間伐を行った伐採跡に下木を列状に3列植栽した複層林)の2種類の列状複層林で調査した。その結果,点状複層林の上木を規則性なしに間伐した場合,下木の39.3%に損傷が発生した。点状複層林は上木と下木が近接し,下木が2.5~3.0m間隔に均一に植栽されていたため,下木に損傷を発生させずに伐倒・搬出を行うことは極めて困難と考えられた。一方,2種類の列状複層林は,点状複層林に比べ下木損傷率が低く,損傷程度も軽微であった。しかし,1残1伐列状複層林は,下木の27.8%に損傷が発生した。この林分は,上木と下木の間隔が2~2.5mと狭かったのに対して,上木の樹冠半径が2.8~3.2mと大きく成長しており,そのため予想以上の損傷が発生した。3残2伐列状複層林では,上木3列の中央列を伐倒したことにより,伐倒木を両側の上木の間に誘導しやすかったことや,間伐した上木が林地斜面を横滑りした場合でも両側の上木に保護され下木と衝突しなかったため,下木の損傷は0.7%であった。以上の結果から,3残2伐列状複層林は上木間伐にともなう下木損傷の少ない複層林型であることが示された。

次に,カラマツ-ヒノキ複層林で,カラマツの間伐により損傷を受けたヒノキの5成長期経過後の生育状況を調査した。その結果,上木間伐により倒伏した下木ヒノキは全く回復しておらず,傾斜したヒノキの33.1%は立ち直っていなかった。幹や梢端が折れたヒノキは,折損部分が「S字状」(主幹は1本であるが折損部分で曲がっているもの)や「ほうき状」(折損部分から複数の幹が発生したもので主幹が明らかでないもの)になるものが多くみられた。また,ヒノキの折れた枝の割合が25%を越えると,樹冠のバランスが崩れて傾斜するヒノキが多くみられた。損傷を受けたヒノキの標本木を伐採して樹幹解析を行ったところ,すべてのヒノキで樹皮剥離を受けた部分から変色が発生していたが,変色や腐朽の上下方向への広がりは,ほとんどの場合小さかった。しかし,剥離面積の大きいヒノキでは変色や腐朽が広がり,劣化が進んでいた。幹や梢端が折れたヒノキの折損部分では変色が発生していたが,変色は上方へは広がっておらず,下方への広がりもそれほど大きくなかった。以上の結果から,上述の点状複層林と2種類の列状複層林で,損傷を受けた下木の中で5成長期まで影響の残る下木は,1残1伐列状複層林では残存木の22.0%,3残2伐列状複層林は0%,点状複層林は33.3%であった。

本論文における上記調査は1回目の上木間伐時に行っており,少なくとももう一度上木間伐を実施しなければ下木の一斉林とはならない。次回の間伐では上木の樹冠はさらに成長するため,間伐にともなう下木の損傷は今回より多く発生すると推定される。そこで,上木間伐にともなう下木損傷軽減法を以下のように検討することとした。

まず,1残1伐列状複層林において上木の事前枝払いによる下木損傷軽減について実験した。枝払い列と,そのまま伐採する列(対照列)を交互に設定し,下木損傷を比較したところ,上木間伐による下木損傷率は,対照列が29.1%(41本/141本)であったのに対し,枝払い列は18.8%(28本/149本)と枝払い列の損傷率は有意に低かった(P<0.05)。しかし,4m程度の枝払いを鋸で行う場合1日12本程度しか実施することができず,枝払い作業を併用することで間伐作業の生産性はかなり低減するので,事前枝払いの実施は現実には難しいと考えられた。

次に,点状複層林において上木を列状に間伐した場合と点状に間伐した場合の下木損傷を比較した。点状複層林の上木を列状に間伐した場合の下木損傷率は32.2%であった。この結果を,上木を点状に間伐した場合の39.3%と比較すると,列状間伐の方が下木損傷率は少なかったが,その差は大きくなかった。この原因として,地形の傾斜変化を考慮に入れずに,残存列と伐採列を交互に設定したためと考えられた。平均傾斜が20度を超える比較的急な斜面での集材作業は,最大傾斜方向と伐採方向のずれ(偏角)が大きくなるほど下木損傷率が増加し,樹木の成長や材の経済価値に重大な影響を及ぼす「倒伏」被害の割合も高くなる傾向が認められた。今後,魚骨状に間伐するなど,地形の変化を考慮して偏角20度未満で列状間伐を実施した場合の下木損傷率は27.2%と推定でき,点状間伐に比べて下木損傷の軽減効果が期待できた。

さらに点状複層林において,伐倒作業にともなう下木損傷を,谷側伐倒した区域と山側伐倒した区域で比較したところ,山側伐倒区域の下木損傷率は谷側伐倒区域と比較して半減し,山側伐倒の損傷率は有意に低かった(P<0.05)。同じ伐倒方向で,樹冠長の40%程度の枝払いを行った場合と行わない場合で比較したところ,山側伐倒,谷側伐倒とも,枝払い作業を行った方が下木損傷率は低かったが,1残1伐列状複層林の場合と異なりその差はわずかで,枝払いによる軽減効果は明確ではなかった。上木伐倒にともない樹冠内に入った下木ヒノキの本数のうち損傷を受けた割合を,伐倒方向と枝払いの有無で4区分し,解析したところ,枝払いを行った場合も行わない場合も,山側伐倒の損傷率は谷側伐倒に比べ有意に低かったが(枝払いなしP<0.01,枝払いありP<0.05),同じ伐倒方向では枝払いによる軽減効果は認められなかった。損傷を受けたすべての下木を対象に,損傷程度の軽い枝折れ(小)の占める割合を,伐倒方向の異なる区域で比較したところ,山側伐倒の方が谷側伐倒より枝折れ(小)が多かった。一方,同じ伐倒方向で枝払いを実施した区域と実施しなかった区域とでは,枝払いを行うことにより,枝折れ(小)の割合が減少し,損傷を受けた下木の損傷が重度になる傾向が認められた。これらのことから,点状複層林での上木の山側伐倒は,谷側伐倒と比較して下木損傷程度の軽いものが多く,下木損傷を軽減する作業方法と認められたが,樹冠長の40%程度の枝払い作業では,下木損傷を軽減する方法とはいえなかった。

以上の結果から,複層林の下木損傷を軽減する作業法は,点状複層林では最大傾斜方向に対し偏角20度未満で列状に伐採するとともに,山側に向けて伐採すること,列状複層林では,植栽列に沿って山側に向けて伐採すること,が重要と考えられる。また,集材方向は,上げ荷集材の方が材をコントロールしやすいため,上げ荷集材を優先すべきと考えられる。集材作業で損傷が集中しそうな立木には防護具を設置すること,損傷が発生しそうな区域では間伐木を高さ1m程度の高い位置で伐採し,間伐木の切り株を残存木損傷防止のための杭の役目をさせること,などの配慮を行うことにより,下木損傷がさらに軽減可能と考えられる。

管理のしやすさという視点から今後の複層林造成を考えると,路網密度を高めることが重要で,路網上からプロセッサなどで間伐木を直接つかんで集材することにより残存木損傷を大幅に軽減できることから,路網間隔は間伐木をプロセッサなどで直接つかんで集材できる50mを目標とするのが望ましく,目標林型は本論文の3残2伐列状複層林の調査結果から,上木を3列以上残す列状(帯状)複層林が良いと考えられる。

本論文では,長野県において広く造成されているカラマツ-ヒノキ複層林を対象に,点状複層林だけでなく,調査事例のない列状複層林において,上木間伐にともなう下木損傷を明らかにするとともに,下木損傷が発生しにくい複層林の林型を示した。また,上木間伐により損傷を受けた下木のその後の成育状況も明らかにした。本論文により,複層林の下木損傷を軽減するための上木間伐法の指針に目途が立ったものと考えられ,今後,カラマツ-ヒノキ複層林ばかりでなく,各地の種々の複層林で応用できるものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

戦後日本の拡大造林推進の時代には、生産性と画一的管理の面から、大面積皆伐一斉更新が森林施業の主流であった。近年、森林に対する国民の要望は多様化し、とくに複層林は非皆伐であり、水資源確保、山崩れ防止、風致維持などの公益的機能を維持する効果が大きいことから、全国で造成されている。しかし、技術的裏付けが不十分なままに実行が急がれており、上層木が閉鎖して林内が暗く、下層木の成長が抑えられている林分も多い。このため、早急に上木間伐が望まれるが、その際、下木に多数の損傷が発生することから、下木損傷を軽減する作業方法の確立が大きな課題となっている。本論文では、上木伐採にともなう下木損傷の発生と損傷を受けた下木のその後の生育状況を分析し、下木損傷を軽減する作業法を確立し、複層林造成法を提案した。

まず,複層林の上木間伐にともなう下木損傷の実態を、上木と下木をランダムに植栽した点状複層林と、1残1伐列状複層林(1残1伐列状間伐を行った伐採跡地に下木を1列、列状に植栽した複層林)および3残2伐列状複層林(3残2伐列状間伐を行った伐採跡に下木を列状に3列植栽した複層林)の列状複層林を対象に分析した。点状複層林は上木と下木が近接していることから、上木を規則性なしに間伐した場合、下木に損傷を発生させずに伐倒・搬出を行うことは極めて困難である。1残1伐列状複層林は、上木の樹冠半径が成長していることから、下木の27.8%に損傷が発生した。3残2伐列状複層林では、下木の損傷は0.7%であり、上木間伐にともなう下木損傷の少ない複層林型であることが示された。

次に、カラマツ-ヒノキ複層林で、カラマツの間伐により損傷を受けたヒノキの5成長期経過後の生育状況を分析した結果、上木間伐により倒伏した下木ヒノキは全く回復しておらず、傾斜したヒノキの31%が立ち直っていなかった。また、折れた枝の割合が25%を越えると、樹冠のバランスが崩れて傾斜する個体が多くみられ、樹皮剥離面積の大きいヒノキでは変色や腐朽が広がり、劣化が進む。損傷を受けた下木の中で5成長期まで影響の残る下木は、1残1伐列状複層林では残存木の22.0%、3残2伐列状複層林は0%、点状複層林は33.3%であった。

上木間伐にともなう下木損傷軽減法として、1残1伐列状複層林において上木の事前枝払いによる下木損傷軽減について実験した結果、枝払い列の損傷率は有意に低かったが(P<0.05)、生産性の点から現実には難しいと考えられた。

点状複層林において、列状間伐した場合の下木損傷率は32.2%であり、上木を点状間伐した場合の39.3%と比較してその効果は小さかった。平均傾斜が20度を超える急な斜面では、最大傾斜方向と伐採方向のずれ(偏角)が大きくなるほど下木損傷率が増加し、下木倒伏被害の割合も高くなる。偏角20度未満で列状間伐した場合の下木損傷率は27.2%と推定され、点状間伐に比べて下木損傷の軽減効果が期待できた。また、山側伐倒の下木損傷率は谷側伐倒と比較して半減し、損傷率は有意に低かった(P<0.05)。樹冠長の40%程度の枝払いを行った場合と行わない場合では、山側伐倒、谷側伐倒とも、枝払い作業を行った方が下木損傷率は低かったが、1残1伐列状複層林の場合と異なりその差はわずかで、下木損傷を軽減する方法とはいえなかった。

本研究結果から、複層林の下木損傷を軽減する作業法として、点状複層林では最大傾斜方向に対し偏角20度未満で列状に伐採するとともに,山側に向けて伐採すること,列状複層林では,植栽列に沿って山側に向けて伐採することが実証され、上木を3列以上残す列状(帯状)複層林と最終間伐時に残存木を300本/ha程度まで少なくする点状複層林が良いと考えられた。また、集材方向は、上げ荷集材の方が材をコントロールしやすいため、上げ荷集材を優先し、管理および作業のしやすさという視点から路網密度を高めることが重要であり、路網間隔は100mを目標とすることが提示された。

以上、本論文で得られた知見によって、上木間伐により損傷を受けた下木のその後の成育状況も明らかにし、上木間伐にともなう下木損傷を明らかにするとともに、下木損傷が発生しにくい複層林の林型を示し、複層林の下木損傷を軽減するための上木間伐法の指針に目途が立ち、今後、各地の種々の複層林施業に関する研究、実践に大きな影響を与え、学術上、応用上貢献することが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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