学位論文要旨



No 217117
著者(漢字) 長屋,英和
著者(英字)
著者(カナ) ナガヤ,ヒデカズ
標題(和) バキュロウイルスとカイコを用いた家畜サイトカインの生産方法に関する研究
標題(洋)
報告番号 217117
報告番号 乙17117
学位授与日 2009.03.02
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17117号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 教授 明石,博臣
 東京大学 教授 関崎,勉
 東京大学 教授 内藤,邦彦
 岡山大学大学院 教授 奥田,潔
内容要旨 要旨を表示する

食の安全・安心に直結する家畜の疾病の予防・治療および診断に対して、免疫系を調節している生理活性物質であるサイトカインの利用が有効であると考えられる。サイトカインを含むタンパク質の生産には、多くが遺伝子組換え技術が利用されており、大腸菌をはじめ様々な生産宿主が使われている。それらの中で、バキュロウイルス発現系は、翻訳後修飾がnativeのものと同様であることや組換えタンパク質の生産量が高いことなど注目されている。さらにバキュロウイルス発現系において、カイコ虫体を生産形態として利用することは、高生産性、生産安定性、迅速生産、多品種同時生産、スケールアップの柔軟性の面など、他の宿主およびバキュロウイルス細胞発現系に比べ非常に有効性の高い特徴を有する。本研究では、バキュロウイルスとカイコを用いた生産系を利用して効率よく生産する技術について、主に3種の家畜サイトカイン組換えタンパク質にフォーカスを当て検討を行った。

第一章ではIFNγ誘導因子として発見されたInterleukin18(IL18)は、多機能な生物活性を有し、家畜においてはワクチンアジュバンドや免疫増強などの利用が考えられる。ブタinterleukin18 (rPomIL18)をカイコ体液にて発現を試み、発現されたカイコ体液からの精製方法を樹立した。2種の組換えバキュロウイルス(BmAcpVL1392-IL-18-His and BmAcpVL1392-casp-1) をカイコへウイルス力価が1:5の割合で共感染し、カイコ体液へrPomIL-18を効果的に分泌生産させた。その後、ポリエチレングリコール (PEG) 6000 をカイコ体液へ終濃度8%となるように加え、金属キレートカラムへ非特異的に吸着するカイコ由来の貯蔵タンパク質を沈殿させた。そして、8%PEG処理を行った上清をNiイオンを結合させたキレーティングセファロースにかけ、100mM イミダゾールを用いてrPomIL-18を溶出した。22mlのカイコ体液から純度93.6%、約5.3mgのrPomIL-18が得られた。また、精製rPomIL-18はブタ抹消血単核球細胞からのIFNγを誘導する活性を示した。

PEGと市販されているキレーティングセファロースを利用することで、簡便かつコストパフォーマンスの高いrPomIL-18の精製法が開発された。この技術を利用して得られたrPomIL-18から抗体を作製し、ブタIL18の測定キットが開発、販売されている。これら開発されたキットの利用から粘膜感染症におけるIL18の関与が明らかとなり、IL18が重要な役割を果たしていることが示唆された。今後、更なる役割や発病機構との関連を調査し、rPomIL-18をワクチンアジュバンドや免疫増強剤として臨床応用に向けての技術開発が重要である。

第二章で、免疫未成熟の新生児の下痢症や呼吸疾病の防御として期待されるNK細胞の成熟化と増強化を示すウシInterleukin21(IL21)を対象に、カイコ幼虫体液およびカイコ蛹磨砕物での発現が非常に有効であることが示された。陽イオン交換カラムを用いてカイコ幼虫体液30mlからウシ成熟型IL21をワンステップ精製で97.8%の純度の精製品を0.5mg取得することができた。またカイコ幼虫体液から生産されたウシ成熟型IL21は、ヒトNK細胞株であるNK0を用いた実験でNK細胞の増殖を強力に誘導し、さらにウシ末梢血単核細胞のリンフォカイン活性化キラー活性を増強させることが明らかとなった。

カイコを用いた発現系では生産させるタンパク質の局在性に応じて、生産形態をカイコ幼虫体液とカイコ蛹とを使い分けている。ウシIL21では、両生産形態に生産量自体の差異はあまり認められなかったが、カイコ由来の夾雑タンパク質とウシIL21との比率からその後の精製におけるカイコ幼虫体液での生産の優位性が確認された。機能においてnativeのものと遜色ないことが実証され、免疫機能の未発達な新生児の呼吸器疾病や下痢症などに効果が示されるものと期待される。

第三章では、S. aureus感染が原因である潜在的乳房炎に対し効果が確認され、その他複合感染症などに強力な治療薬などとして期待されているウシ顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF)をカイコ体液に生産させ、効率的に生産する手法を開発した。ウシGM-CSFを発現させたカイコ体液を回収し、硫酸アンモニウムを用いた塩析、そして3ステップのカラムクロマトグラフィー(シリカゲルカラム、イオン交換カラム、金属キレートカラム)を用いて精製を行った。その結果、精製されたウシGM-CSFの比活性は1.57- 6.26 x 105 ED50/mgで169倍に向上し、回収率は20.7%を示した。

ウシGM-CSFは2箇所の糖鎖結合部位があるため糖鎖が結合するが、本研究内で得られたものでは推測される分子量とやや異なる。それはN型糖鎖の結合であるため多種の糖鎖が結合したため、様々な分子量を示すものが得られか、もしくはC末端がタンパク質分解によって異なる複数のものが得られたことが示唆される。

複雑な精製工程であるため、純度および比活性は非常に高いものの回収率が逆に低くなるため、コストとのバランスを考慮し、今後は精製工程の簡略化を検討しながら、動物を利用した臨床実験を進めることが重要である。

上記3種のサイトカイン以外にもウシIFNγおよびウシIFNτの発現をバキュロウイルス‐カイコ発現系で生産を行い、それぞれ精製工程を開発し、高純度の精製物を得ることに成功している。ウシIFNγは、ガラスに特異的に吸着する特徴を有し、また糖鎖が結合している糖タンパク質である性質を用いて、最初のカラムではシリカゲルを選択し、その後、糖結合型アフィニティクロマトのCon-Aレクチンカラムそして最終精製クロマトとして銅イオン結合アフィニティクロマトグラフィーを組み合わせて実施し、その結果、純度95%以上、比活性が1.55×108U/mgの精製ウシIFNγを取得することに成功した。一方、ウシIFNτの生産方法は、IFNτが耐酸性である特徴を利用して、出発原料であるカイコ体液を一旦塩酸によって酸性状態化(pH2.0)にし、その後、水酸化ナトリウムを用いて中和させる酸中和処理を行って、カイコ由来の夾雑タンパク質と分離を図った。そして、ウシGM-CSFと同様に3本のカラムクロマトグラフィー(シリカゲル、陰イオン交換、銅キレートアフィニティ)を用いてクロマト精製を行い、純度91%、比活性1.26×108U/mgの精製ウシIFNτを得ることができた。

ウシIFNγは、乳房炎に対しての予防ν治療が数多く報告され、またヨーネ病の早期診断用としてのウシIFNγを用いたELISAキットが販売されている。一方、IFNτは反芻動物における黄体退行阻止因子として考えられ、妊娠成立と維持に深く関与している。本研究で得られたウシIFNτを利用することにより多くの知見を得ることができ、また放射性免疫測定法(RIA)を樹立することによってヒツジIFNτとは交差性を示さない特異性の高い検出法が可能となった。

これらのことから、比較的分子量が低く、分泌される家畜サイトカインの生産にはバキュロウイルス-カイコ発現系を用いた系が非常に適しており、スケールアップが容易で動物を用いた臨床試験を行うためには最も実現的な系であることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

畜産業の生産コスト削減のため飼育規模拡大や集約化が進むとともに、複合感染や日和見感染により下痢や肺炎などが増加している。これら疾病に対しワクチンや抗生物質での治療は耐性菌などの問題から困難で、有効な手立てが見出されていない。そのような状況の中、免疫系を調節するサイトカインの利用が有効であると考えられる。そこで、大量のサイトカインが必要とされ、それらを生産する方法として遺伝子組換え技術を用いて行う方法が一般的となっている。多くの遺伝子組換え技術の中で、バキュロウイルスを用いる方法は、発現量が多いことや糖鎖修飾願がなされるなど優位な点が多く、特にカイコ虫体を用いた場合は、細胞系を用いた場合に比べ安定した発現が見込め、迅速に生産が可能など多くの特徴を示す。

上記特徴を示すバキュロウイルスとカイコを用いて様々な家畜サイトカインを生産することは、日和見感染症や乳房炎などの診断や治療などに応用され、畜産業の損失を防御しうるものと考えられる。そこで、本研究では3種の家畜サイトカインにフォーカスをあて、生産方法の開発を行った。

まず第一章にて活性ブタIL18の組換えタンパク質を取得するために、カイコ体液を用い、PEGとニッケルカラムを利用した精製方法を開発した。C末端にヒスチジンタグを付加したブタIL18全長遺伝子と活性型である成熟型ブタIL18とするための切断酵素ブタカスパーゼ1遺伝子の各組換えバキュロウイルスを作製し、両ウイルスを力価比率(ブタIL18組換えウイルス:ブタカスパーゼ1組換えウイルス)として1:1、1=5、1:10の割合でカイコへ共感染させた。その結果、1:1比率では前駆体ブタIL18(24kDa)と成熟型ブタIL18(18kDa)が等量程度検出されたのに対し、1:5および1:10では成熟型の方が多く検出された。カイコにおいて成熟型ブタIL18を効率的に発現させるためにはブタIL18組換えウイルスが1に対してブタカスパーゼ1組換えウイルスが5以上となる必要がある。精製は、最初に4、8、12、14、16%の各濃度のPEGを添加してカイコ由来の夾雑タンパク質との分離を検討した。その結果、8%濃度処理において効果的な分離を示した。そして、ウイルスカ価比率1:5にてブタIL18を生産させたカイコ体液を22m1回収し、PEG8%処理後の遠心分離上清画分をニッケルカラムにて分離精製を行った結果、100mMイミダゾール画分にてブタIL18のみが溶出された。精製されたブタIL18は純度93,6%を示し、ブタPBMCからのIFNγ誘導能活性を測定したところ約5.3mgの精製ブタIL18が取得されたことが明らかとなった。

第二章では、新生児下痢症などの防御として期待されるウシIL21を対象とし、高純度の成熟型ウシIL21の生産方法を開発した。遺伝子組換えバキュロウイルスをカイコおよびカイコ蛹へ感染させて発現を行った結果、成熟型ウシIL21と予想される位置にカイコ体液およびカイコ蛹磨砕液から特異的なバンドがウエスタンより確認された。両生産形態による発現量自体の差異は認められなかったが、目的以外のカイコ由来夾雑タンパク質がカイコ蛹の方で多く存在していたため、精製においてカイコ体液を用いて行うこととなった。精製は、陽イオン交換カラムを用いた結果、500mMのNaClを含むバッファーで溶出されるのが確認され、純度は97.8%を示した。NKO細胞を用いた増殖効果とウシPBMCを用いたLAK活性法で活性確認した結果、精製ウシIL21はNKO細胞増殖をヒトIL21と同程度に強く誘導し、IL2の存在下で濃度依存的なLAK活性を示した。

第三章では乳房炎に対する治療薬として期待されるウシGM-CSFを対象にカイコ体液からの精製法を開発した。組換えバキュロウイルスを作製し、カイコへ感染させた後、カイコ体液を経時的に回収し、発現確認をウエスタンにて行った。その結果、感染3日後からウシGM-CSFを示す特異的なバンドが確認され、それ以降感染6日目まで発現が増加されているのが判明された。最も発現している感染6日目のカイコ体液を用いて硫安塩析(40-75%)を行った後、シリカゲル、陰イオン交換、銅イオンを結合させたアフィニティーの3本のクロマトグラフィーを組み合わせることにより、高純度のウシGM-CSFを取得できた。カイコ体液11m1から得られた精製ウシGM-CSEは、444μg、純度,97.8%で、TF-1細胞による増殖活性において比活性が1.6-6.3×106ED(50)/mgを示しており、精製度としては160倍向上していることが明らかとなった。

上記結果から、比較分子量が低く、分泌される家畜サイトカインの生産にはバキュロウイルスーカイコによる発現系を用いることが有効であると考えられ、今後臨床試験を行うためには最も現実的なシステムであることが示唆された。

したがって、審査委員一同は、本人が博士(農学)の資格の内容を充分に有するとの結論に達した。

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