学位論文要旨



No 217118
著者(漢字) 金,景遠
著者(英字) KIM,GyeongWon
著者(カナ) キム,ギョンオン
標題(和) 有限要素法によるバイオ材料の力学的物性値推算法に関する研究
標題(洋) Study on Determination Methods for Mechanical Properties of Biomaterials Using FEM
報告番号 217118
報告番号 乙17118
学位授与日 2009.03.02
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17118号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 相良,泰行
 東京大学 教授 田中,忠次
 東京大学 准教授 芋生,憲司
 東京大学 准教授 佐藤,雅俊
 東京大学 准教授 溝口,勝
内容要旨 要旨を表示する

生体材料を用いた食品の設計,加工,あるいは製造機械の操作において,対象とする生体材料の理工学的諸特性を把握する必要がある.しかし,生体材料は一般の工業製品とは異なり,均質等方性体として取り扱うことが困難である.また,理工学的諸特性は,生体材料から食品至る多くの調理・加工において様々な影響を受けることが知られている.生体材料は,水分が多く組織が軟弱であるため理工学的諸特性,いわゆる,力学的物性解析が困難である.さらに,生体材料の加工において作られた内部構造の違いは,生体材料の力学的物性に大きな影響を与えると考えられる.このため,力学的物性は,内部構造を定量的に計測した上で解析する必要がある.しかし,従来,生体材料内部の構造計測が困難であったため,力学的物性は対象材料を均一とみなし,計測してきた.このため,公表された計測値にはばらつきが多く,信頼性や再現性に疑問が残され,新しい製品を設計する際には,繰り返し実験を必要としている現状にある.これらの現状を打破するためには,生体材料の内部構造情報を加味した新しい力学的物性計測,いわゆる,シミュレーションによる解析法の開発が必要である.従来,生体材料の力学的物性は,レオロジーの観点から弾性率,動的粘弾性などのパラメータで考察している.しかし,生体材料の計測に用いる均一な試片作製も困難であった.従来の力学的物性計測から算出された弾性係数,ポアソン比などの物性パラメータをそのまま用いたシミュレーション結果は,その信頼性および再現性に疑問がある.このためには,試料の内部構造,力学的物性試験から算出された物性パラメータを,さらに推算する新たなモデルを開発する必要がある.一方,有限要素法(Finite Element Method: FEM)は複雑な連続体を単純な形状,領域(要素)に分割し,個々の要素に補間関数を用いることで全体の挙動を予測する手法であり,構造力学において物体全体の変形や応力の解析,レオロジー物体の動的変形シミュレーション,生体材料の動的粘弾性などを予測している.そこで,本研究では力学的物性試験から算出された物性パラメータを推算し,材料の内部構造を加味した力学的物性値の推算法の最適化にFEMを用いること,いわゆる,FEM最適化アルゴリズムを開発することに着目した.

本研究の目的は,均質および不均質性方性体材料の力学的特性を解析するために,FEMによりバイオ材料の力学的物性値の推算法を開発することにある.具体的な研究成果は,1)力学的物性計測における均質材料のモデル系である寒天ゲルゼラチンゲルの物性計測値と内部構造に基づく粘弾性有限要素最適化,2)材料の内部構造は凍結・解凍により変形されることから,不均質材料のモデル系である凍結・解凍寒天ゲルゼラチンゲルの2相内部構造に基づく粘弾性有限要素最適化,3)水分を多く含むバイオ材料としてリンゴを選び,有限要素法に基づくリンゴの準静的圧縮における粘弾性推算法の最適化,4)最終的にリンゴ固体の3次元形態情報を計測し,これに基づく物性有限要素最適化手法の開発などであり、これらの成果を4章に分けて報告している.これらの内容を以下に述べる.

1)有限要素法に基づく寒天ゼラチンゲルの物性計測値

本章では,材料の物性試験値に均質構造情報を加味し,これらの試料の粘弾性特性を推算するFEMアルゴリズムを開発した.供試試料は,一般的な食品モデル系として用いられる均質等方性体を有する寒天ゲルおよび寒天ゲルゼラチンゲルを用いた.物性試験は単純圧縮,応力弛緩,クリープ解析を行なった.単純圧縮は,応力弛緩試験に必要な初期変形量を,応力弛緩試験は,非線形回帰分析およびFEM最適化するための物性値と試験条件を,クリープ試験は FEM最適化アルゴリズムにより得られた粘弾性パラメータの有効性を検討するために行なった.

FEM最適化アルゴリズムは,弾性係数,相対弾性係数,ポアソン比,弛緩時間,動的粘弾性の物性パラメータを同時に決定可能なモデルとした.FEM最適化アルゴリズムモデルへの初期入力値は,物性パラメータ値,状態変数,目的関数である.初期入力値の物性パラメータ値は,弾性係数,相対弾性係数,弛緩時間により求め,ポアソン比は文献値を用いた.状態変数は実験値から応力と弛緩時間に,目的関数は実験値から応力総和を最小化して用いた.上述したFEM最適化アルゴリズムモデルと初期入力値に基づきFEMを最適化するためのシミュレーションを行い,FEM最適化アルゴリズムを開発した.開発されたFEM最適化アルゴリズムを検証するために,従来の非線形回帰解析による得られた値と本研究でFEM最適化アルゴリズムによる得られた値を実験値と比較した.その結果,実験値と非線形回帰解析の間の誤差は7.5%,また,FEM最適化アルゴリズムの間には4.7%であった.さらに,クリープ試験の実験値との誤差は3.4%であることが確認された.

2)凍結・解凍寒天ゲルゼラチンゲルの内部構造に基づく粘弾性有限要素最適化

本章では,不均質構造のモデル系として凍結・解凍寒天ゲルゼラチンゲルを供試試料とし,その内部構造を2相体として定義した.2相体構造モデルはマトリックス(四角形柱)とセール(マトリックスとの境界領域)として定義した.セールは,凍結・解凍において熱および物性変化がないこと,弾性係数,ポアソン比のような力学的特性は一定であることに仮定し,その厚さを文献値により40μmに設定した.その面積は,切断面領域に対して約3.4%である.一方,マトリックスの領域は熱および物性変化が起きることに仮定した.FEM最適化アルゴリズムは,前章で述べた物性パラメータを同時に決定可能なモデルとし,そのFEM最適化アルゴリズムモデルへの初期入力値は,物性パラメータ値,状態変数,目的関数で,前章モデルと同一である.但し, 物性パラメータ値であるポアソン比は,前章のFEM最適化アルゴリズムモデルから算出された値を用いた.以上により,FEMを最適化するためのシミュレーションを行い,2相体構造を持つFEM最適化アルゴリズムを開発した.実験値と非線形回帰解析の間の誤差は12.5%,また,FEM最適化アルゴリズムの間には3.1%であるとこが確認された.

3)有限要素法に基づくリンゴの準静的圧縮における粘弾性推算法の最適化

水分を多く含み軟弱な組織を持つバイオ材料としてリンゴを選び,その果肉円柱形試片を試料とし,その物性試験およびFEM最適化アルゴリズムにより粘弾性を推算した.FEM最適化アルゴリズムは2段階モデルとして,1段階は短期圧縮における弾性係数とポアソン比を,2段階は長期圧縮における弾性係数,相対弾性係数,弛緩時間を同時に決定可能なモデルとして構築した.但し,2段階におけるポアソン比は1段階において算出された値を用いた.1段階の最適化は,弾性係数とポアソン比を求めるモデルであるが,その初期入力値として物性パラメータ値,状態変数,目的関数が必要となる.物性パラメータである弾性係数,ポアソン比,相対弾性係数,応力弛緩時間は実験値を非線形回帰解析し,求めた.状態変数は実験値から変形による反発力に,目的関数は実験値から変形エネルギー総和に基づいた.但し,状態変数および目的関数における初期値は,実験値に試片のばらつきが見られ,2次元回帰分析により修正を行った.2段階の最適化は,弾性係数,相対弾性係数,弛緩時間を求めるモデルである.その初期入力値は,物性パラメータ値,状態変数,目的関数からなる.物性パラメータは,前章の不均質FEM最適化アルゴリズムと同一である.以上により,リンゴ試片のFEM最適化アルゴリズムを開発した.1段階における実験値と非線形回帰解析の間の誤差は12.6%,また,FEM最適化アルゴリズムの間には9.8%であった.2段階における実験値とFEM最適化アルゴリズムの間の誤差は1.5%であるとこが確認された.

4)リンゴ固体の3次元形態情報に基づく物性有限要素最適化

バイオ材料は固体として3次元形態構造を有する.このため,バイオ材料の力学的物性値の推算には,3次元形態情報をFEMモデルに適用する必要がある.本章では,ASAE S368.4により提案された見掛け弾性係数および接触最大応力と本研究で提案する実測3次元形態に基づくFEM解析の比較を試みるために,リンゴ固体3次元形態を実測し,デジタル3次元形態モデルを構築した.3次元形態モデルを検証するために,実測の体積値と同じ値をモデルの体積として適用した.3次元形態モデルは実測値に対して高さ1.6%,幅1.2%,試験表面接触距離0.4%以内の誤差であった.FEM弾性解析における初期値は,弾性係数,ポアソン比であり,前章で求めた値を用いた.以上により,リンゴ固体のFEM解析を行なった.弾性係数は7.7MPaであり,米国農業工学会(ASAE)の値に対し8.3%であった.接触最大応力は369.4kPaであり,ASAEの値に対し約1.7倍であった.これらの差は,球形体の曲率を求める際,ASAEでは,その最大と最小のみを用い,弾性係数および接触最大応力の推算する.本章の手法では,球形体の曲率値をFEM解析から推算することが可能である.これにより,バイオ材料個体の物性推算法を開発した.

本研究では,均質および不均質性方性体材料の力学的特性を解析するために,有限要素法によりバイオ材料の力学的物性値の推算法を提案した.本研究の特徴は,均質および不均質性体のモデル系の力学的物性を推算し,バイオ材料の固体3次元形態を加味した物性推算に適用したことにある.本手法は,複雑な形態および内部構造を有するバイオ材料の理工学的諸特性の定量化ツールとして応用されると考えられる.

審査要旨 要旨を表示する

バイオ材料を原料として用いる食品の設計、加工あるいは製造機械の操作においては、対象とする材料の理工学的諸特性を把握する必要がある。しかし、バイオ材料は一般の工業製品とは異なり、均質等方性体として存在し、さらに、水分が多く組織が軟弱であるため理工学的特性、特に本研究で対象とした力学的物性の計測とこれに伴う解析が困難である。また、バイオ材料の加工により創出される新しい構造や性状にも普遍的に適応可能な力学的物性計測法も存在しない。このためには、計測対象の外的形態と内部構造・性状を定量的に把握し、非破壊により力学的物性を計測する適用性の高い手法の開発が望まれてきた。しかし、バイオ材料の構造計測が困難であったため、同一条件下で計測し、公表された実測値の変動幅も大きく、また、信頼性や再現性にも疑問が残り、確からしい物性値を推算するためには、再度の繰り返し測定を必要としている現状にある。

他方、バイオ材料の粘弾性特性については、弾性率、粘性率、動的粘弾性などのパラメータを組み合わせた粘弾性モデルの係数により表現されてきた。しかし、これらのモデルの有効性を測定結果により実証することは困難であった。その主な原因として、バイオ材料は上述した理由により、計測用均質試片のサンプリングや同一形態作成が困難であることが挙げられる。これらの事由により、従来の計測法により得られた力学的物性やパラメータに関するデータをそのまま用いた多様なシミュレーション結果は、その信頼性および再現性に疑問が残されてきた。これらの現状を打破するために、バイオ材料の形態・内部構造などの情報を加味した新しい力学的物性計測法、いわゆる、シミュレーションによる解析法の開発が必要と考えた。

有限要素法(Finite Element Method: FEM)は複雑な連続体を単純な形状、領域(要素)に分割し、個々の要素に補間関数を用いることで全体の挙動を予測する手法であり、主に構造力学において物体全体の変形や応力の解析に多用されている。そこで、本研究では力学的物性試験から得られた力学的物性パラメータ値を推算し、材料の形態と内部性状を加味した力学的物性値測定法最適化にFEM最適化アルゴリズムを開発し、シミュレーションにより推算する方法を開発することに着目した。

本研究の目的は、均質および不均質・不等方性バイオ材料の力学的特性を把握するためのFEMシミュレーション手法に基づくバイオ材料の力学的物性値の推算法を開発することにある。以下に得られた研究成果を要約する。

まず、均質材料の粘弾性特性を推算するFEM最適化アルゴリズムを開発した。供試試料には従来から均質食品モデルとして用いられてきた典型的均質等方性材料として、寒天ゲルおよび寒天ゲルゼラチンゲルを選び、工業材料試験法を用いて単純圧縮、応力弛緩、クリープ解析を行なった。その結果、実験値と非線形回帰解析結果間の誤差は従来法に比べて高精度であることを確認した次に、不均質・非等方生2層構造食品モデルとして、凍結層を含む寒天ゲルおよびゼラチンゲルを供試モデル試料とし、本方法の普遍的適用性について検討した。これらの結果、FEM最適化アルゴリズム手法は、基本的に多相系食品モデルの力学的物性測定に優位に有用であることを確認した。

次に、軟弱な組織を持つ典型的バイオ材料としてリンゴを選び、その果肉試片を試料としてFEM最適化アルゴリズムにより粘弾性値を推算した。また、推算精度を高めるために、新しく2段階最適化アルゴリズムを開発した。その特徴は、短期圧縮における弾性係数とポアソン比、長期圧縮における相対弾性係数、弛緩時間を同時に決定可能なモデルとして構築したことにある。この手法によりさらに測定精度が向上したことを実証した。

最終的に、本手法をリンゴ固体の粘弾性値測定に適用し、その測定精度検証のための比較手法として、米国農業工学会が青果物の3次元標準計測法として提唱し、世界的にも使用されてきた計測・解析法を採用した。先ず、リンゴ固体のデジタル3次元形態モデルを構築した。得られた形態データを用いてFEM最適化シミュレーションを行った。その結果、本手法の測定精度はASAE標準計測法よりも高いことが実証された。

すなわち、本研究の成果は、均質および不均質・非等方性バイオ材料の3次元形態を加味した力学的物性値を推算する高精度FEM最適化シミュレーションモデルを開発し、このモデルが現存する計測法の測定精度に比べて優位であり、適用性にも優れていることを実証したことにある。

以上の研究成果により、審査委員一同は本論文の学術的な独創性と実用的な有用性を高く評価し、博士学位論文として価値あるものと認めた。

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