学位論文要旨



No 217121
著者(漢字) 岩瀬,哲
著者(英字)
著者(カナ) イワセ,サトル
標題(和) 一般病棟における緩和ケアチームの介入効果
標題(洋)
報告番号 217121
報告番号 乙17121
学位授与日 2009.03.04
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第17121号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮川,清
 東京大学 教授 北村,聖
 東京大学 准教授 北山,丈二
 東京大学 講師 宮下,光令
 東京大学 講師 秋本,崇之
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

一般病棟や在宅で悪性腫瘍患者に緩和ケアを提供する緩和ケアチームは約20年前に英国、カナダ、アメリカ合衆国で起こったホスピス・ムーブメントの中で誕生し、2000年までに英語圏で数百~1千の緩和ケアチームが活動していると推測されている。わが国では2002年に緩和ケア診療加算が新設され、一般病棟においても緩和ケアが提供されるように医療環境が整備された。しかしながら、わが国における緩和ケアチームの歴史はまだ浅く、緩和ケアチームの有用性は十分に評価されておらず、その在り方はまだ手探り状態といえる。そこで、我々は東大緩和ケアチームが採用している緩和ケア評価ツール(Support Team Assessment Schedule:以下STAS)を用い、緩和ケアチームの介入効果を評価した。

対象と方法

東大病院では各科の主治医から緩和ケアチームにコンサルテーションの依頼状が出され、緩和ケアチームが病棟に赴き、依頼を受けた患者の同意が得られれば、介入を会しうるという形式を取っている。今回我々は、2004年6月~2005年12月までに東大緩和ケアチームに依頼のあった悪性腫瘍患者316例のうち診療期間中に最低2回以上STASを用いて評価した217例を解析の対象とした。STASによる症状の評価は、緩和ケアチーム介入時を初回とし、患者が退院するまで(転院を含む)、あるいは患者の意識レベルが低下してSTASによる評価ができなくなるまで、1週間毎に行なわれた。今回、我々が評価した患者の身体症状は疼痛、口渇、食欲不振、嘔気、嘔吐、便秘、下痢、呼吸困難、全身倦怠感、咳嗽、腹水、不眠の12症状である。各症状について緩和ケアチーム介入後の初回と最終回のSTASスコアの平均を比較し、Paried t-testを用いて検定して、95%信頼区間を計算した。STASによる各症状の評価は緩和ケアチームに所属する1名の緩和ケア医によって行なわれた。

結果

緩和ケアチームが介入時に評価した症状で最も多かった症状は疼痛(81.0%)で、最も少なかった症状が下痢(7.8%)であった。 次に全12症状について緩和ケアチーム介入時(初回)と最終回のSTASスコアの平均を算出した。t検定では疼痛、嘔気、嘔吐、呼吸困難で初回と最終回のSTASスコアの平均値に統計学的有意差を認めた。そして、呼吸困難については緩和ケアチームが介入したにも関わらず、症状はむしろ悪化していると評価された。依頼患者をsurvivor群とnon-survivor群に分けて解析を行ったところ、survivor群(92人)では、疼痛、嘔気の2症状で統計学的有意差が認められ、non-survivor群(125人)では疼痛、口渇、嘔気、呼吸困難、の4症状で統計学的有意差が認められたが、呼吸困難は症状の増悪と評価された。そして、嘔吐、咳嗽では統計学に改善傾向が認められた。

考察

1989年にHigginsonが最初に報告したSTASは17項目(症状)を評価するものであった。その後、改変されたSTASが数多く報告されている。1996年にはChamberlainがSTASのextended versionとしての40項目から成るE-STASを発表、さらに1998年にはPolly M EdmondsがE-STASをシンプルにした9項目のreduced E-STASを発表している。このようにSTASは改良されながら最も汎用されている緩和ケア評価ツールの一つと言える。STAS以外ではESAS(Edmonton symptom assessment system) やPACA(the palliative care assessment )などが緩和ケアの評価ツールとして有名であるが、2000年にAnneke L Franckeがまとめたliterature reviewではThe STAS may be good choice, because this instrument covers a rather broad of symptoms and problems in terminal patients.とSTASの有用性が強調されている。このようなbackgroundから我々もSTASを緩和ケアの評価ツールとして選択し、11の症状についてprospectiveな解析を行なった。本研究において、疼痛、嘔気、嘔吐の3症状においてのみ緩和ケアチームの介入により統計学的有意な改善を示し、咳嗽についても改善傾向を示した。そして、survivor群とnon-survivor群に分けて行なった解析では、症状の改善傾向に大きな違いは認められなかった。今回の我々の研究では、introducing bias、selection biasを考慮する必要があるが、最終的には次のような結論が導き出された。1)緩和ケアチームの介入により、一般病棟においても疼痛、嘔気、嘔吐は終末期までよくコントロールできる。2)終末期の咳嗽は緩和ケアチームの介入によりコントロールできる傾向にある。3)口渇、食欲不振、便秘、下痢、全身倦怠感、腹水は緩和ケアチームが介入しても長期的に症状緩和することが難しい。ところが、reduced E-STAS を用い、緩和ケアチームの介入効果を評価したPolly M Edmondsのデータでは、全身倦怠感の評価が行われていないが、352人の悪性腫瘍患者を解析し、疼痛、mouth discomfort、anorexia、nausea、vomiting、constipation、breathlessness、depression、psychological distressの9項目のうちdepressionを除くすべての項目で統計学的に有意差をもって改善傾向を認めたと報告している。この結果は本研究の結果と異なっているが、この差異を検討したところ 食欲不振、便秘、腹水については、わが国では消化器癌が多いということに一因があると思われる。今回、我々が対象とした患者のうち、消化器癌(食道癌、胃癌、大腸癌、肝癌、胆嚢癌、膵癌)は全体の52%を占めており、少量でも腹水を認めた患者は全体の80%であった。Polly M Edmondsらの報告では消化器癌が30%であり、我々の統計とは大きく異なる。末期の消化器癌ではほとんどの患者が腸閉塞を起こしており、便秘を緩和することは極めて難しいというのが日常診療における我々の印象である。 いすれにせよ、我々はさらに症例数を集積して緩和ケアチームの介入効果を解析する必要があり、悪性腫瘍患者のすべての症状をコントロールすることを目標として掲げるべきであろう。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、一般病棟において緩和ケアチームが提供した緩和ケアを客観的な評価ツール(Support Team Assessment Schedule: STAS)を用いて評価し、わが国ではまだ歴史の浅い緩和ケアチームの介入効果を検証した。本研究において、緩和ケアチームの介入によるがん患者の身体症状の改善を、緩和ケアチーム介入時と1週間後および最終介入時のSTASスコアの平均値をt検定を用いて検証し、以下の知見を得ている。

1.評価尺度のレビューから信頼性の高い身体症状を選択した結果、解析に適応な身体症状は「疼痛」「口渇」「食欲不振」「嘔気」「嘔吐」「便秘」「呼吸困難」「全身倦怠感」「咳嗽」「腹水」「下痢」「不眠」の計12項目であった。

2.研究の限界を踏まえた上で、本研究の結果を以下のように結論付けた。

1)一般病棟において緩和ケアチームは、癌患者の「疼痛」「吐気」「嘔吐」に対して有効な介入ができる。

2)一般病棟において緩和ケアチームは、癌患者の「咳嗽」を良好にコントロールできる可能性が高い。

3)一般病棟において終末期癌患者の「口渇」「食欲不振」「便秘」「下痢」「倦怠感」「腹水」は、緩和ケアチームが介入しても良好なコントロールを得ることが難しい。

以上、本論文では、わが国ではいまだ十分に評価されていない緩和ケアチームの介入効果を国際的に汎用されている評価尺度Support Team Assessment Schedule(STAS)を用いて客観的に検証している。よって、本論文は、全国の一般病棟における緩和ケアチームの活動に対して有用な情報を提供していると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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