学位論文要旨



No 217123
著者(漢字) 平林,紳一郎
著者(英字)
著者(カナ) ヒラバヤシ,シンイチロウ
標題(和) 海洋鉛直乱流拡散に関する数値的研究
標題(洋) A Numerical Study on Vertical Turbulent Diffusivity in the Ocean
報告番号 217123
報告番号 乙17123
学位授与日 2009.03.04
学位種別 論文博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 第17123号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,徹
 東京大学 教授 影本,浩
 東京大学 准教授 多部田,茂
 東京大学 准教授 早稲田,卓爾
 東京大学 准教授 川村,隆文
 東京海洋大学 教授 山崎,秀勝
内容要旨 要旨を表示する

O(10m)程度の水塊中の鉛直拡散係数は、熱や物質の小スケール拡散現象から海洋中の温度や塩分濃度の広範囲に渡る分布を予測する上で重要なパラメータである。

本研究では、小スケール乱流場における鉛直拡散係数をエネルギー散逸率、バイサラ周波数、およびエネルギーの最大長さスケールの3つの支配パラメータによって表すことを試みた。提案する鉛直拡散モデルが適用できるのは、一様でせん断により駆動される定常乱流場である。また、対象としてO(10m)の領域を考えているため、Colioris力の影響は無視できると仮定している。

最初に一様な非等方乱流場を数値的に模擬するためのforcing手法を提案した。この手法ではエネルギー平衡仮定の下、設定した成層強度で任意のエネルギー散逸率を保つことができる。実際の海洋混合層に代表されるようなReynolds数の高い乱流場を模擬するため、提案する手法をLESに実装し、一辺16mの立方領域における平衡乱流場を数値的に生成した。この平衡乱流場を用いてアクティブスカラーとパッシブスカラーの鉛直拡散係数を見積もった結果、弱い安定成層下では両者はほとんど一致するが、成層が強くなると前者が後者に比べて小さくなる傾向を得た。これにより、乱流強度に比べて成層が強く、浮力の効果が相対的に大きくなるようなケースでは熱拡散係数モデルをパッシブなスカラーの拡散にそのまま適用するのではなく、修正を施す必要があることが示唆された。

次に、前述したO(10m)の平衡乱流場を様々なエネルギー散逸率、バイサラ周波数、最大長さスケールの3つの支配パラメータについてLESにより模擬し、turnover Froude数やflux Richardson数などの鉛直混合を表すパラメータを抽出した。各混合パラメータを支配パラメータによりスケーリングした結果、従来考慮されてこなかった最大長さスケールが混合パラメータに大きく寄与していることが分かった。このスケールは流場のReynolds数を決めるエネルギー保有スケールに相当すると仮定し、3つの支配パラメータにより各混合パラメータを表すモデルを提案した。

最後に、実海域における流速データからスペクトル解析とLESを組み合わせることによってエネルギー散逸率を推定する手法を提案した。4点において同時に計測された流速時系列よりスペクトル解析を用いて流速成分の空間分布をO(1m)程度で推定し、それらをLESの低波数成分としてforcingすることでより小さなスケールの渦を生成させるというものである。流速成分のforcingにおいて高波数成分に発生する人工的なエラーを避けるため、partial spectral filterを新たに開発した。このフィルタを導入したLESにより、北太平洋における深度2200mにおいて計測した流速データを用いて流場を再現した結果、生成された高波数成分の誤差はほとんど見られず、慣性小領域と考えられる領域が適切に生成された。この生成流場からエネルギー散逸率および鉛直拡散係数を見積もったところ、それぞれ2.8×10-10 m2s-3および3.6×10-5 m2s-1となり、地形の影響を受けない深海としては妥当な値を得た。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は6章からなり、第1章は緒言で、数mから数十m程度の水塊中の鉛直拡散係数は、熱や物質の小スケール拡散現象から海洋中の温度や塩分濃度の広範囲に渡る分布を予測する上で重要なパラメータであることが述べられた後、本論文の目的として、平衡な非等方乱流場を数値的に再現計算を実施することのできる新たな手法を提案し、小スケール乱流場における鉛直拡散係数をエネルギー散逸率、バイサラ周波数、およびエネルギーの最大長さスケールの3つの支配パラメータによって表すことであることが記述されている。

第2章では、本論文の主目的であり、かつ本論文で新たに開発された、一様な非等方平衡乱流場を数値的に再現するための乱流forcing手法につき説明している。この手法の特徴は、エネルギー平衡仮定の下、設定した成層強度で任意のエネルギー散逸率を保つことを可能とした点にある。従来、一様せん断。一様成層乱流の数値計算においては、支配パラメータを試行錯誤的に与え、結果としてエネルギー平衡になるケースにつき、結果を考察していた。本論文で開発された手法によれば、任意の散逸率を与えることで、常にエネルギー平衡となる乱流場を計算機上に生成することが可能となる。

第3章では、第2章で開発した数値計算手法により平衡乱流場を数値的に再現した結果を用い、既存のモデル式と組み合わせて求めたアクティブスカラーの鉛直拡散係数と、実際に染料拡散を数値解析して求めたパッシブスカラーの鉛直拡散係数に関し、弱い安定成層下では両者はほとんど一致するが、成層が強くなると前者が後者に比べて小さくなる傾向を得た。これにより、弱い安定成層下のケースにおいて、開発した数値解析法の検証がなされ、一方、浮力の効果が相対的に大きくなるようなケースでは熱拡散係数モデルをパッシブなスカラーの拡散にそのまま適用するのではなく、修正を施す必要があることを示唆した。

第4章では、前述した数mスケールの平衡乱流場を、様々なエネルギー散逸率、バイサラ周波数、最大長さスケールの3つの支配パラメータについて数値計算により再現し、計算結果からoverturn Froude数やflux Richardson数などの鉛直混合を表すパラメータを抽出した。各混合パラメータを支配パラメータによりスケーリングした結果、従来考慮されてこなかった最大長さスケールが混合パラメータに大きく寄与していることが分かった。このスケールは流場のReynolds数を決めるエネルギー保有スケールに相当すると仮定し、3つの支配パラメータにより各混合パラメータを表すモデルを提案した。

第5章では、実海域における流速データからスペクトル解析とLarge Eddy Simulation(LES)を組み合わせることによってエネルギー散逸率を推定する手法を提案した。4点において同時に計測された流速時系列よりwavelet解析を用いて流速成分の空間分布を数m程度で推定し、それらを低波数成分としてforcingすることで、より小さなスケールの渦を数値的に生成させた。本論文では、流速成分のforcingにおいて高波数成分に発生する人工的なエラーを避けるため、partial spectral filterを新たに開発している。このフィルタを導入したLESにより、北太平洋における深度2200mにおいて計測した流速データを用いて流場を再現した結果、この海洋流場におけるエネルギー散逸率および鉛直拡散係数を見積もることができ、地形の影響を受けない深海として妥当な値を得た。

第6章は本論文の結論であり、一様な非等方平衡乱流場を数値的に再現する新たな数値解析手法を開発したこと、それを用いてアクティブスカラーとパッシブスカラーの鉛直拡散係数を推定し、本手法の検証を行ったこと、様々なエネルギー散逸率、バイサラ周波数、最大長さスケールの3つの支配パラメータについて数値計算を実施した結果、従来考慮されてこなかった最大長さスケールが混合パラメータに大きく寄与していることが分かり、これについてモデル式を提案したこと、北太平洋における深度2200mにおけるエネルギー散逸率および鉛直拡散係数を見積もり、妥当な値を得たことについてまとめている。

なお、本論文第2章は、佐藤徹(東京大学大学院教授)との共同研究であるが、論文提出者が主体となって開発を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

以上より、博士(環境学)の学位を授与できると認める。

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