学位論文要旨



No 217125
著者(漢字) 岡田,康男
著者(英字)
著者(カナ) オカダ,ヤスオ
標題(和) 断層モデルによる予測地震動に基づく建築構造物の動的信頼性設計法に関する研究
標題(洋)
報告番号 217125
報告番号 乙17125
学位授与日 2009.03.04
学位種別 論文博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 第17125号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 神田,順
 東京大学 教授 久保,哲夫
 東京大学 教授 高田,毅士
 東京大学 教授 中埜,良昭
 東京大学 准教授 清家,剛
 東京大学 准教授 佐久間,哲哉
内容要旨 要旨を表示する

1998年の建築基準法の改正により、建築物の構造設計法も従来の仕様規定型から性能指向型に移行しつつある。耐震設計手法としては許容応力度設計法、保有耐力設計法に替わり、限界耐力計算法、エネルギー法等が提案されており、要求性能としては地震に対する建物の強度や変形性能のみでなく居住性に関する床応答加速度や2次部材、設備機器の耐久性に関わる層問変形角も提案されている。

しかしながら、これらは確定論的な設計法であり、構造性能のメニューにおいて限界状態は定義されているが、定量的な安全性の目安値である損傷確率や信頼性指標については明示されていない。我が国において目標安全性を明示した信頼性設計法に近いものとしては日本建築学会の「建築物の限界状態設計指針」がある。本指針は種々の構造形式、荷重を対象として、目標安全性を設定して荷重・耐力係数設計法の形で示したものであり、既往の設計法との連続性の観点から有意義なものと考えられる。しかしながら、建築構造物の要求性能に層間変形角や累積塑性変形等が設定された場合、荷重・耐力係数型の設計法への展開は容易ではない。

本論は、従来の確定論的な耐震設計法に代わる、確率論に基づく信頼性設計法を対象としている。信頼性設計法はその詳細さに応じてレベル1(荷重・耐力係数型設計法)、レベル2(信頼性指標を用いた2次モーメント法) 、レベル3(損傷確率を目標値以下とする設計法)に分類されるが、本論ではレベル3の設計法を実現するため遺伝的アルゴリズム(Genetic Algorithms,以後「GA」と呼ぶ)により構造重量を最小としつつ設定した限界状態の超過確率(以後「損傷確率」と呼ぶ)を目標値以下とする最適信頼性設計法を取り上げた。本手法によれば、損傷確率が定量的に評価可能であれば、如何なる限界状態も設計条件として考慮可能であり、複数の限界状態や地震動入力に関する目標損傷確率を同時に満足させる多目的最適化も比較的容易に実現できる。

本論では、鉄骨構造物をFEMによりモデル化し、層間変形角や累積塑性変形等、従来の荷重・耐力係数法等では考慮し難い限界状態について動的信頼性解析手法を用いて評価するとともに、地震動のスペクトル特性と継続時間についても実記録の解析結果や断層モデルによる評価手法を用いたより詳細なモデル化手法を提案し、これらの手法を適用した最適信頼性設計法の実例を示すことにより信頼性設計法の今後の発展に資することを目的としている。

本論文の内容構成を以下に記す。

1章概要

2章既往の動的信頼性解析手法に関する検討

3章断層モデルによる予測地震動に基づく動的信頼性解析

4章耐震設計への適用

5章結論

2章では、レベル3の信頼性設計法に適用可能な動的信頼性解析手法の概要を整理し、入力地震動のモデル化手法について検討した。

2.1節では、厳密解が理論的に導かれる線形域の動的信頼性解析手法、限界状態の設定概念、損傷確率の評価法等についてまとめた。

2.2節では理論解が直接得られない非線形の履歴構造物を対象とした動的信頼性解析手法について既往の研究例を検討した。非線形域での動的信頼性解析はいずれも解を近似的に求める手法となるが、その中で本論で対象とするFEMモデルや、より現実的な震源特性を考慮した地震動モデルに適用可能な手法の観点から検討を行い、統計的等価線形化手法を最適な解析手法として選択した。

2.3節では、動的信頼性解析に用いるパワースペクトルと周波数依存性を考慮した有効継続時間による地震動のモデル化手法を提案し、実観測記録における有効継続時間の周波数依存性の検討を行った。さらに提案した手法により実観測記録の応答スペクトルの推定を行い、その妥当性を確認した。

3章では、本論の主眼の一つである断層モデルによる地震動のモデル化手法を反映した動的信頼性解析の実施例を示した。

3.1節ではホワイトノイズ入力による単純な1自由系の履歴構造物を対象とした統計的等価線形化手法について検討した。従来の手法では1自由度系の金井-田治見型のフィルターにより地盤増幅特性を与えていたため、低振動数領域で入力地震動のパワースペクトルが過大評価されていたが、さらにもう1段1自由度系のフィルターを通すことにより実際の地震動に近いω-2型のスペクトル特性を与える手法を提案した。この手法を実観測記録のシミュレーション解析及び1自由度系の履歴構造物を対象とした等価線形解析に適用し、その効果を確認した。

3.2節では、より現実的な地震動特性を再現するため、断層モデルを想定して統計的グリーン関数法を用いて地震動パワーのスペクトルと有効継続時間を直接評価する手法を示した。従来手法により位相特性を擬似乱数により変化させて多数の時刻歴波形を作成したモンテカルロ手法と本手法との比較によりパワースペクトル、応答スペクトル、エネルギースペクトル等の再現性を示し、手法の妥当性について確認した。

さらに、本手法を用いて動的信頼性解析により鉄骨構造を対象としたFEMフレームモデルの応答の統計量を評価し,手法の妥当性を確認した。非線形域での応答の統計量は統計的等価線形化手法の概念を用いて剛性及び減衰定数の等価線形化を行い評価した。鉄骨部材の累積塑性変形倍率については推定精度を上げるためモンテカルロ手法から応答の統計量と継続時間を考慮した回帰式を作成して評価を行い、構造物の固有周期が変化した場合の適用性を確認した。

4章では、2、3章で検討した非線形域での動的信灘解析手法及び断層モデルに基づく地震動のモデル化手法を用いて、GAにより2次元の鉄骨フレーム構造物を対象として最適信頼性設計を試みた。

4.1節では対象構造物、最適化手法を設定し、既往研究を参考として限界状態及び性能項目を設定した。地震動及び地震動レベルの確率モデルの評価は定常ボアソン過程及び更新過程により行うこととし、信頼性設計法に適用するための損傷確率の評価手法を構築した。

4.2節では既往の設計法の目標安全性を整理するとともに、従来の確定論的な設計法により断面設計を行った構造物について地震及び地震動の発生確率モデルを設定して動的信頼性解析により使用限界状態及び終局限界状態の各種の性能項目に関する安全性を評価し、これらを参考に目標安全性を設定した。

4.3節ではこれまでの検討を総合して地震荷重を対象とした動的信頼性解析に基づく最適信頼性設計フローをまとめた。このフローに従い、5層の鉄骨フレーム構造物を対象としてGAを用いて設定した目標損傷確率を満足しつつ構造物量を最小化する最小重量設計を行った。限界状態としては使用限界状態として層間変形と弾性限界、終局限界状態として層間変形、部材の曲げ変形による塑性率と累積塑性変形倍率を考慮した。地震発生の確率モデルは地震ハザード曲線による定常過程と固有地震の発生確率を設定する更新過程を考慮し、これらを組み合わせて構造物の損傷確率を評価した。GAにより得られた構造断面は現行設計法による断面と比較して妥当なものであった。また、限界状態設計法による既往の研究例との比較により荷重・耐力係数型設計法と本論で対象とした動的信頼性解析に基づく信頼性設計法との相違点について考察を行った。

5章では以上の検討結果をまとめて信頼性設計法の今後の課題を限界状態、目標安全性の設定、信頼性解析手法、地震荷重のモデル化及び他の荷重も含めた信頼性設計体系の構築の観点からまとめた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「断層モデルによる予測地震動に基づく建築構造物の動的信頼性設計法に関する研究」と題し、断層モデルによる予測地震動をモデル化した上で、従来の線形構造物を主とした動的信頼性解析を多質点弾塑性系に展開した手法として検討し、信頼性設計法に適用する枠組みを提案するものである。動的信頼性解析手法は、すでに定常過程における線形問題に関しては、多くの成果が取りまとめられ実用展開もされているが、建築構造物の地震応答のように、非定常過程でかつ弾塑性系を対象としたものについては、手法として確立しておらず、さまざまな試みがなされている現状にある。本論文では、信頼性設計の実用化にあたり、断層モデルによる予測地震動のモデル化手法と非線形域での動的信頼性解析手法を連携し、GA(遺伝的アルゴリズム)を用いた最適信頼性設計法として展開し、設計例を提示した上で有用性を明らかにしたもので、全5章からなる。

第1章では、確率論に基づく信頼性設計法の実用化にあたり、断層モデルによる地震動の知見と動的信頼性解析を応用する意義と研究目的を述べ、各章の内容の概略を紹介している。

第2章では、動的信頼性解析に関する既往の研究成果を概括し、非線形構造物に適用する場合の特徴を論じたうえで、本論の展開において統計的等価線形化手法を選択する意味を論じ、地震動のような振幅非定常性を有する過程の有効継続時間の定義と検討を行い、ウェーブレット解析を用いて、周波数依存性の検討をとりまとめ、マグニチュードと震源距離をパラメータとした回帰式を求めている。

第3章では、動的信頼性解析に供するための、断層モデルによる地震動のモデル化手法を検討し、解析の有効性を検証している。断層モデルとしては、比較的汎用性のある統計的グリーン関数法を用いて予測地震動を推定し、時刻歴応答計算を行うことなく、地震動のパワースペクトルと有効継続時間から動的信頼性解析を実行している。応答量としては応答変位、応答変形角、累積塑性変形倍率などに着目して、弾塑性系における解析の有効性を、モンテカルロシミュレーションとの比較により、確認している。

第4章では、2章、3章で得られた結果を具体的な2次元多層鉄骨フレームの構造設計に応用することにより、実用的な最適信頼性設計を論じている。既往研究を参考に、限界状態および性能項目を設定し、従来の耐震設計における目標信頼性に関するキャリブレーションを行った上で、使用限界状態と終局限界状態に対する、目標信頼性を2段階に設定している。損傷確率の評価にあたっては、特定の地震断層を想定しない地震ハザードモデルにたいする定常過程によるものと、本論の対象とする固有地震の更新過程によるものの両者を考慮している。固有地震の地震発生の条件についても、マグニチュード7と8の地震に対して、比較的高い発生確率の場合と低い発生確率の場合に対して、GAを用いて目標損傷確率を満足する構造重量最小化の最適設計を実行している。結果については、条件設定により異なる部材断面が選定されたことについて考察し、実用化の可能性を確認している。

第5章は結論であり、本論文によって明らかとすることが出来た、建築構造物の動的信頼性設計法の枠組みと特徴を示し、さらに今後の課題について考察している。

以上、本論文は、断層モデルによる地震動評価の知見を整理した上で、それを弾塑性動的信頼性解析に応用し、具体例を通して、建築構造物の信頼性設計法としての枠組みを提示し、実用化の可能性を明らかにしたものである。今後、社会的資産としての建築物に対して質の高い耐震性能を明示した設計法が要求される中で、本論文の成果は社会文化環境学の発展に貴重な貢献をしている。よって、博士(環境学)の学位を授与できるものと認める。

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