学位論文要旨



No 217127
著者(漢字) 杉森,哲也
著者(英字)
著者(カナ) スギモリ,テツヤ
標題(和) 近世京都の都市と社会
標題(洋)
報告番号 217127
報告番号 乙17127
学位授与日 2009.03.05
学位種別 論文博士
学位種類 博士(文学)
学位記番号 第17127号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,伸之
 東京大学 准教授 桜井,英治
 専修大学 教授 西坂,靖
 京都橘大学 教授 横田,冬彦
 東京大学 教授 伊藤,毅
内容要旨 要旨を表示する

本論文の最も基本的な課題は、1200年以上の歴史を有する「伝統都市」京都を対象とし、近世都市史研究の一環として、近世京都の社会構造および空間構造の特質を明らかにすることである。その際、次の2つの視角から、近世京都という都市を捉えようとするものである。

(1)都城・平安京に始まり1200年以上にも及ぶ京都の歴史の中における近世。

(2)近世という時代が生み出した近世都市の中における京都。

(1)は「伝統都市」京都の歴史という縦軸、(2)は近世都市という横軸であり、この両軸が交差するのが近世京都であると位置づけることができる。京都は古代律令国家の首都である都城・平安京として建設されて以来、現代に至るまで1200年以上の歴史を有する「伝統都市」である。この歴史で最も注目すべき点は、単に空間的に同じ位置に都市が継続しているということではなく、明確に都市としての生命が連続していることにある。さらに特筆されるのは、古代から近世に至る前近代において、常に国家の中枢的機能を担い続けたことにある。すなわち連続性と中心性という点において、日本の都市の中では突出した存在なのである。京都は日本の都市史を考えるうえで最も重要な都市であるいっても過言ではなく、京都の歴史は日本都市史を貫く主軸であると評することができる。その京都の歴史の中で、近世がどのように位置づくのかの検討は、大きな課題であると考えられる。

次に近世都市の中における京都の位置づけである。近世幕藩制国家の中で、京都は天皇と朝廷が所在する幕府直轄の巨大都市として存在していた。江戸をはじめ全国各地に城下町が展開し「都市の時代」といわれる近世において、京都はどのように位置づくのだろうか。言い換えるならば、近世都市としての普遍性と独自性を検討することもまた大きな課題であると考えられる。

このように本論文における近世京都を捉える基本的な視角は、「伝統都市」京都の歴史という縦軸と近世都市という横軸が交差する点に位置づけることにある。そして本論文の基本的な立場は、近世史研究あるいは近世都市史研究の一環として近世京都を研究対象とすることにある。

本論文は、3部構成とし、各部に3章ずつ合計9章と補論2点を収めた。以下、本論文の構成を紹介するとともに、各部および各章の具体的な課題と位置づけを述べる。

第I部「近世京都の成立過程」では、16世紀末から17世紀初頭の近世京都の成立過程を、都市全体、惣町、町組という各レベルについて、具体的に論じる。ここで依拠している最も基本的な方法論は、都市の社会構造と空間構造を不可分のものとして捉え両者を総合的に分析しようという社会=空間構造論である。さらにここでは、都市の全体的位置づけ、権力的編成という視角も重視している。

第1章「近世京都の成立――京都改造を中心に」では、近世京都の成立について、16世紀末から17世紀初頭までの時期を見通しつつ、主として都市的要素と政権構想という観点から、総括的に論じる。本章は、分節構造論によって近世京都を分析したものでもある。第2章「聚楽町の成立と展開」では、惣町レベルに焦点を合わせる。16世紀末の時点で京都を構成していた四つの惣町の中の一つである聚楽町を取り上げ、その構造と成立から解体までの過程を検討する。第3章「町組の発展過程――上京・西陣組を事例として」では、町組レベルに焦点を合わせる。町組の発展過程とその内部構造について、上京・西陣組を事例として検討する。補論1「室町通りと一条組」では、近世初期に室町通りが果たした歴史的役割を明らかにするとともに、ここを中心に展開した上京・一条組という町組の空間構造と運営方法について検討する。補論2「近世京都の地点表記法」では、近世京都における地点表記方法について、詳細に解説する。その基本には、町(=町側町)の位置を表記することにあることを指摘するとともに、近代以降の変化についても述べる。

第II部「町組と町代」は、町を基礎単位とし〈町―町組―惣町〉として形成されている重層構造のうち、主として町組レベルに焦点を合わせる。そして町組の構造や運営のあり方、公儀と町組および町を結ぶ機能を有していた町代について論じる。ここでは〈町―町組―惣町〉という重層構造の各レベルにおける自治的運営のあり方、町代を介しての支配や都市行政のあり方についての検討が主たる課題である。

第4章「町組と町」では、町の成立から解体までの過程について、〈町―町組―惣町〉という重層構造にまで視点を広げることによって、戦国期から近代初頭まで見通すことを試みる。第5章「町代の成立」では、近世初期の町代に焦点を合わせ、その基本的な性格と機能について再検討を試みる。これは同時に、この時期の町組や町のあり方についても再検討することになる。第6章「町代の系譜――上京における町組と町代」では、第5章の課題をさらに発展させ、町組と町代のあり方について、上京という惣町レベルでより具体的に検討する。さらに町代役の世襲化や仲間の形成、町組の編成など、京都の都市行政の基本的枠組みの形成過程についても明らかにする。

第III部「都市社会の諸相」では、近世京都の都市社会について、町や町組といった枠組みとは別の視点から検討する。呉服屋、織屋と下職、筬屋仲間、大工仲間などを取り上げ、様々な社会集団のあり方と、それらによって構成される都市社会の特質について論じる。ここで依拠した方法論の一つに、「重層と複合」論がある。これは同種の社会集団の重層する関係、異なる社会集団間の複合関係を統一して考えるというもので、様々な社会集団によって構成されている近世の都市社会を分析する方法として非常に有効な方法であると考えられる。さらに身分的周縁論も、ここで依拠した方法論の一つである。

第7章「商家同族団と町――京都冷泉町・誉田屋一統を事例として」では、商人のもつ諸側面のうち、同族団そして町人という側面に着目する。18世紀以降、上京・冷泉町を拠点に家業を順調に発展させた呉服屋・誉田屋一統を取り上げ、分家・別家を分出していく商家同族団の実態について、本拠地とする町の構造と関わらせながら検討する。第8章「西陣の社会構造――西陣機業と下職」では、都市内の地域の社会構造を分析する。取り上げるのは、京都の都市内に展開する機業地である西陣地域である。ここでは機業に携わる職人である織屋と下職を取り上げ、機業関係者としての側面、町住民としての側面という両側面からその存在形態を明らかにするとともに、西陣地域全体の社会構造について検討する。第9章「近世京都と身分的周縁――宝暦四年西陣筬屋仲間一件を素材として」では、身分的周縁という視点から近世京都の都市社会の特質の一端について検討する。具体的には、筬という機道具を生産する筬屋仲間と大工仲間の争論の分析から、都市社会に展開する異なる社会集団間の関係、身分制的な社会=空間構造では捉えられない地域の形成、という論点を析出する。

以上が各部および各章の具体的な課題と位置づけである。本論文では、これらの検討を通して、以下のような結論を得た。

(1)都城・平安京として建設されて以来の歴史を有する京都は、16世紀末から17世紀初頭にかけて、豊臣政権および徳川幕府によって戦国期京都を城下町化するという再編成が行われた。こうして成立したのが、近世京都である。

(2)近世京都を構成する都市的要素のうち、最も主要な要素である町人地の構造的特質は、町を基礎単位として〈町―町組―惣町〉という重層構造を形成していること、さらに複数の惣町が併存していることにある。こうした構造的特質は、戦国期京都を母胎とし、そこに近世以降の発展および再編の結果として形成された。

(3)町を基礎単位とする〈町―町組―惣町〉という重層構造の各レベルのあり方、それらの相互関係の解明などを通して、近世京都の構造的特質の具体相をかなり明確化することができた。

(4)近世京都は、近世以前の歴史的展開に基づく独自性とともに、近世都市としての普遍性も有している。特に後者については、1970年代以降の近世都市史研究が進めてきた、社会=空間構造論、分節構造論、「重層と複合」論、身分的周縁論などによる分析が有効であることが改めて確認された。そしてその結果、江戸や大坂などとも共通する都市構造の諸側面が明らかになった。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、日本近世の代表的な巨大都市である京都を対象に、その社会と空間の構造的特質について考察したものである。

まず「総論」で、京都の歴史における近世段階の位置を述べ、併せて研究史を整理したあと、本書の課題・方法を示す。本論部分は9つの章と2つの補論からなり、これらを三部に分けて構成する。

第I部「近世京都の成立過程」では、まず1章で、京都の近世都市化の過程を、城下町の都市性との比較、および秀吉らの政権構想との関連から検討し、京都改造の意味を考察する。2章では、1586年から9年間のみ存在した関白秀次の城館=聚楽第と、これとともに成立する惣町・聚楽町の構造を明らかにし、聚楽第に付随する大名屋敷街を一帯のものとして捉えるべきことを、絵画史料なども駆使して説得的に論ずる。3章では、上京西陣組を素材とし、17世紀末から19世紀前半における町組の発展過程を動態的かつ精緻に解明する。また二つの補論では京都の通りや町名を都市構造との関わりから解説する。

第II部「町組と町代」は、近世京都の制度的骨格をなす「町―町組―惣町」の重層構造と、町代について取り上げる。4章は、町組と町が、中世末期から近代の学区へと継承されるまでの変容過程を都市構造との関連でたどったものである。5章は、町組運営の中核を担う町代が近世初頭にどのように成立したかを追い、惣町と町組という異なるレベルにおける存在を明らかにして、その本源的な性格を検討する。6章では、17世紀の上京における町代の存在状況とその編成過程をみて、都市支配の制度的枠組みの特質を論ずる。

第III部「都市社会の諸相」は、近世京都の都市社会を構成する諸社会集団の性格を空間構造との関わりの中で検討する。7章は、商家同族団としての誉田屋一統を取り上げ、近世後期の商人と町の関係構造を考察する。8章では、京都北西部に展開する西陣機業の存立構造について、織屋と下職を両極とする分業編制や住民構成の特徴を明らかにする。また9章では、1754年の西陣筬屋仲間一件(筬屋の居宅普請を大工が拒否するという差別事件)を取り上げ、身分的周縁論の観点から筬屋と筬掻、常大工と穢多大工の差異と差別構造を解明し、さらに事件の舞台となった一貫町の社会と空間の特質に迫る。

本書の主要な成果は、以下の3点である。(1)近世京都の制度的骨格について、町組、町代などの精緻な実証研究から解明し、新たな知見を多くもたらした。(2)なかでも、聚楽町、西陣組、四千貫目貸付制度、近世初期の町代などについての実証研究は、極めて重要かつ独創的な成果となっている。(3)近世後期の京都都市社会を彩る商家同族団と都市民衆世界の実像を、部分的ではあるが精緻に描写した。

本論文では、研究の前提に厖大な労力を注いだ史料調査と史料収集作業が伺え、これらが本書の独創性を担保している。また、史料分析が高度で緻密な基礎研究であること、論点の摘出が的確でその展開が精緻なこと、などの点で非常に高い水準に有る。本書は、I・II部とIII部との関係が構成上ややバランスを欠き、また全体の総括と見通しが必ずしも十分に述べられていない点が気になるが、本審査委員会は、上記のような顕著な成果に鑑みて、本論文が博士(文学)に十分値するものであるとの結論を得た。

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